第73話 歓迎会
イフリート盗賊団ではラヴィアの歓迎会が催される。そして草薙剣がイロセスの手中に収まってしまうが…
ラヴィアの紹介が終わり、一同はさっそく歓迎会の準備に移った。アリクはうきうきでテーブルの清掃をしている。普段は食器や食い散らかされた食材などが放置されているのだが、柄にもなく丁寧に掃除をしている。他の男どもも何故だか妙にやる気を見せていた。彼らにとっては見てくれの良い女性(まだ少女ではあるが)が加入するのだから、難色を示す理由などとくになかったのである。
ただ一人、盗賊団の紅一点であったイロセスだけは不満そうな顔であった。
「ハッ!野郎どもったら浮かれていてしょうがねえ。うぜぇ、うぜぇ」
彼女は食糧庫で、歓迎会に出す食糧を物色していた。
「テキトーに干し肉やチーズでも酒と一緒に並べときゃいいだろ、ってそれじゃいつもと変わらねえか」
「お邪魔しまーす」
イロセスの背後からは捉えようによっては慇懃無礼に響く丁寧な声が聞こえる。ラヴィアがいつの間にか食糧庫に入って来ていた。
「あん?なんか用か?」
「いえ、どうせなら食事は私が作ろうと思いまして、食材を物色しに来たまでです」
「オメー、料理なんてできんのか?」
「まあ一応」
イロセスは意外そうな顔をした。きっと良いとこのお嬢様で、そんな技能など有しているとは思っていなかったのだろう(事実一月ほど前まではその通りであった)。
「まあ分かってはいましたが、新鮮な野菜や果物とかはないですね」
「そりゃあな、バハムートは何日もぶっ続けで飛んでいられるからな。飛んでねえ時は海の上だし、あまり頻繁に食糧調達する機会がないんだよ」
「おっ、トマトの缶詰があるじゃないですか」
「そういやあったな缶詰とか……野郎どももあたしも料理しねえから放置状態だったわ」
「なら何故買ったんです?」
「いや、略奪した中にあったんだよ、確か」
そういえばここは盗賊団だったと、ラヴィアは今更ながら思い直した。
「よしよし、食材はまあ大丈夫そうですね。イロセスさん……でしたっけ?調理場はあるんですか?」
「そういや、まだちゃんと名乗ってなかったな。あたしはイロセス・ノッキアだよ。よろしくなチビ助」
「チビ助じゃあないです、ラヴィア・クローヴィアです」
「いずれ居なくなる奴の名前なんか覚える意味ねえだろ」
「じゃあイロセスさんはご飯抜きにしますね」
「テメェ!なんの権限があってそんなこと言いやがる!」
二人は言い合いながら食糧庫を後にして調理場へと向かう。決して馬の合わない二人のようにも思えたが、案外そんなことは無いのかもしれない。
調理場はひどく汚かったのでイロセスに掃除をやらせて、ラヴィアは調理に取り掛かる。イロセスは最初は掃除など拒否したが、結局調理は全面的にラヴィアがする関係上次第に所在無くなっていき、いつの間にか自主的に掃除に取り組んでいた。
(しかしこのアジト、どこもかしこも汚いですね。これを機に大掃除するとしましょう)
ラヴィアのこの思いは、偏に自分が汚い環境で寝食を共にしたくないからである。ちなみに調理作業中、三回ほど鼠が出没した。
珍しく片付けられたテーブルにはかぐわしい赤色と白色の混じり合ったスープが並ぶ。後はいつも通りの固いパンと、ジンやブランデーなどの強めの蒸留酒だ(保存性が高いため常備されている)。
男たちはスープを美味そうにすすり始める。トマトとチーズの旨味を効かせたスープだった。具には干し肉を戻したものを用いており、それもまた旨味の供給源となっている。オレガノなどの乾燥香辛料もあったのでほんのり効かせている。
「おうラヴィア!美味えなあ、これ!」
アリクは喜色満面でがつがつと食事を貪っている。食事の時は覆面を外すようだ。
「有り合わせの食材だけで作ったので、たいしたものではないですけどね」
「みんな喜んでいるぜ。仲間になってくれただけでなく、料理までふるまってくれるなんて最高だ!」
「まあどうせなら、みんなで美味しい食事ができたほうがいいかと思いまして。みなさんに喜んでもらえるように心を込めて作りました」
(ホントは自分が粗末な食生活を送りたくないだけですけど)
いつの間にやら二枚舌が得意技になってきたなとラヴィアは我ながら思った。しかし状況を味方に付けられるのなら、リップサービスの一つや二つ安いものだと彼女は考えている。
一応盗賊団に身を置くことを容認したものの、その内は離脱する予定である。それまでは盗賊団の頭領と団員たち(イロセスを除く)に妙に気に入られてしまったこの状況をどうせなら最大限利用して、自身に有利な流れを作っていこうと思った。憎からず思う相手の要求ならば、悪いようにはしたくないと思うのが人間の心理なのだから(すべてはつつがなく離脱することを実現するため!)。
◇
食事が終わり、食器を片付けて洗い物に移る。
ラヴィアの歓迎会のはずだが、彼女がもっとも多くの仕事をしていた。
広間へ戻るとイロセスと男たちが何やら騒いでいた。彼らは広間の片隅で、ラグナレーク王国から頂戴してきた戦利品の確認をしていたのだった。
イロセスが持っていた刀剣を見て、ラヴィアはあっと思った。それは紛れもなく三種の神器の一つ、草薙剣であった。
「すげえ!なんだこりゃ。鞘も美術品みてえに美しいが、刀身が綺麗すぎるだろ……!」
イロセスも男たちも妙に興奮気味であった。それも無理からぬことだった。彼らが手にしているのは正真正銘のお宝なのだから。
「刀身が湾曲しているがショーテルとも違うな」
「それにこの刀身、まるで風そよぐ透き通る小川の水面のようだ」
「水に濡れているんじゃないかと錯覚するほどだな」
(…………)
イロセスや男たちの視線がこちらに向いていないのを確認してから、ラヴィアは服の懐をまさぐり始める。たしかヴァルハラ城の宝物庫に居た時、イロセスたちが入ってきたのでとっさに懐に隠したような……
(あった!ありました、八尺瓊勾玉……!)
ラヴィアはひとまず安堵する。そしてこの勾玉だけは文字通りに肌身離さず持っていようと思った。
さて、既にあちらの手に渡ってしまった草薙剣はどうするべきか?
(草薙剣は強力な神器です、あのマグナさんを苦しめたほどなのですから。彼らにみだりに使わせないようにするにはその危険性を伝えるしかありません。でもそれだと神器だということを説明しなくてはならないので、いっとうこちらに返してくれる未来が遠ざかりそうですね……)
ラヴィアが思案を巡らせていると、イロセスが抜いた状態の草薙剣を持って立ち上がった。嫌な予感がする。
「なにか試し斬りしてみよーぜ!」
「ストップ!ストッープ!」
剣を振ろうとしたイロセスをラヴィアはすんでのところで食い止めた。
「あん?なんだよ、ラヴィア」
「それはみだりに振るっちゃいけない剣です。むちゃくちゃ強力な斬撃が飛んでいきますよ」
「……何で、んなこと知ってんだよ?」
ラヴィアは観念して嘆息する。
もはや危険を回避する為には、その剣がなんであるかを説明するしかなかった。
ラヴィアは草薙剣について説明を始めた。それがかつてラグナレーク王国で圧政を強いていた暴君、フェグリナ・ラグナル(正確にはそれに成り済ましていた黒髪の謎の女性)が用いていた剣であること。正真正銘の神器であり、正義の神を追いつめたほどの代物であること。暴君が討たれた後はヴァルハラ城の宝物庫に安置されていたこと。ついでに、自分が王城に知り合いがいるためお城に入れる身分であり、アースガルズが襲撃されたあの晩、襲撃者の狙いが草薙剣であることが分かった為(”三種の神器”とは言わなかった。他に同格の神器が二つあることを知られて、まだヴァルハラ城にあるであろう八咫鏡に興味を持たれたり、自分が秘匿している八尺瓊勾玉に感づかれても困るからだ)、宝物庫に入って草薙剣の安否を確認している時にカドゥケウスに巻き込まれてここに連れて来られたことも説明しておいた(なお正義の神と自分の関係についてはまったく、おくびにも出さなかった)。
イロセスはラヴィアの説明を聞いて、輝く瞳で草薙剣を見る。
「すげえ!神器かよ!マジモンのお宝じゃねえか!」
彼女の横で男たちが口々に話す。
「神器ってなんだ?」
「あれだよ、この世界を創った過ぎ去りし神々が大昔に作ったっていう武器とか道具のことだ」
「俺らが所持しているカドケゥスだって、たしか神器だろ」
言われてみればカドケゥスというあの奇抜な杖も神器なのだろう。正体不明の空間を作り出し、宝物庫中のお宝をラヴィアごと一瞬にして収納してみせたのだ。盗賊団としてはかなり有用な神器だろうし、その使い道においては応用の幅も広そうだ。
「その草薙剣っての売ったらどんくらいになるんだろうな」
男の一人が言う。
「ハァ?そんな勿体ないことするかよ」
「そうだぞ!神器なんて、この世の最高クラスのお宝なんだからな!」
イロセスが呆れた表情を見せる中で、いつの間にかアリクが広間にやって来ていた。
「……お頭、いつの間に」
「売るなんていつでもできることだしな、虎の子として大事にとっておこう。それにラヴィアの話では、大層凄まじい威力の攻撃ができる神器なんだろうよ!みだりに振るうことは厳禁とするが、正直わくわくが止まらんなあ!」
「お頭が一番、軽はずみに振るいそうに見えるのはあたしだけか?」
イロセスはジト目でアリクを見た。
ラヴィアは考える。結局、草薙剣については説明せざるを得なくなり、彼らはそれが紛うことなき神器であることを知ってしまった。
ここから草薙剣を自分の手に戻すには?いくら自分が頭領や団員たちに気に入られているとはいえ、入って日が浅い新入り(それもいずれいなくなる可能性が高い)に神器と分かった物の所持を許すだろうか?
(……帰ったらマグナさんに相談しよう)
それまでの間、草薙剣が逸失しないか、悪用されないかがとにかく気がかりだった。




