第71話 囚われのラヴィア
三種の神器と共に行方知れずとなっていたラヴィア・クローヴィア。彼女は謎の盗賊団のアジトに囚われの身となっていた。
薄暗く狭い道を一人の女が歩いている。青白く長い髪は前髪が綺麗に切り揃えられており(いわゆる姫カットである)、その上に赤いカチューシャを着けている。手には緑色の蛇がまとわりついたような奇怪なデザインの杖が握られていた。
やがて女は広い空間へと出た。吊るされた複数のランタンが周囲を仄明るく照らしている。そこでは男たちが酒やチーズ、ハム等の食肉加工品を並べて、陽気に飲み、喰い、歌い、踊っていた。
男たちの中でもとりわけ大きな図体の覆面を被った男が、立ち上がり女に近づいていく。
「よう、イロセス。どうやら首尾よくいったようだな」
「お頭!へへ、もうバッチリよ。ラグナレーク王国のお宝をたんまりと頂いて来ちまったぜ」
「王が代わり平和が戻ったというが、まだまだ戦争や圧政の爪痕でガタガタの国のようだからな。試しに訪れてみた甲斐があったってもんだ」
「さあさ、戦利品とご対面するとしようぜ!カドゥケウス、収納をしたモンをすべて出しやがれ!」
青白い髪の女、イロセスはカドゥケウスという名の杖を宙にかざす。すると空中の一点に向かって黒い霧のようなものが集まり始め、やがて暗黒の空間が口を開けるとともに大量の物品が流れ出してきた。剣や鎧、壺に絵画と実に様々な物品が視界に入る。その中には、黒い鞘に納められた質素ながらも端麗な装飾の神器――草薙剣もあったのだが、まだ誰もその真価には気づいていない。
イロセスも周囲の男たちも、まず目を奪われたのは散らばる物品の中で蠢く一つの影であった。それは紛れもなく人の姿だった。夜の闇のように黒い髪、小柄な体躯、人形のように整った容姿……
王都アースガルズから消息を絶っていた少女、ラヴィア・クローヴィアが混乱した表情で床にへたり込んでいた。
「……誰だ、テメェ?」
イロセスは不機嫌そうに顔を歪めて言った。
ラヴィアはイロセスに無理矢理歩かされて、薄暗い通路を進んでいる。ここが一体どこなのか、ラヴィアにはさっぱり掴めていなかったが、あの不思議な杖の力で宝物庫の宝物ごと自分も謎の空間に収納され連れて来られたであろうことは理解できた。
「おら!すっとろいんだよ、キリキリ歩きやがれ!」
イロセスという見目麗しいが非常に乱暴な口調の女が、ラヴィアの背をガシッと蹴った。
「ううう……うぇぇ……」
ラヴィアは泣きじゃくっていた。それは傍から見ていても気の毒になるくらいに悲愴感を漂わせており、よたよたと頼りない足取りで向かわされるがままに歩を進めていた。
通路の分かれ道で二人の男と出会う。
「おうイロセス、そいつが紛れ込んでいたっていう小娘か」
「ちんまいがなかなか可愛いじゃねえか」
男二人が興味深げに視線を向ける。
「見てくれよ、この夜の闇のように黒い髪……!西方じゃ珍しい髪色だ。お前ら、こいつを牢屋に入れておいてくれ。こいつは売り飛ばして金にするんだからな、手を出すんじゃねえぞ」
どうやら二人の男は牢屋番のようであった。
「やだ……!やだぁ……!」
ラヴィアは泣き喚きながら、なんとかイロセスの手から逃れようとその場を走り出そうとする。しかし、蹴っつまづいて男の一人にぶつかり、もろともに転倒してしまった。
イロセスは苛立ちに顔をしかめながら、ラヴィアを乱暴に立ち上がらせる。
「だぁぁ、うるっせぇなぁ!めそめそしやがって、みっともねぇ!あたしはお前みたいな奴見てると、イライラしてしょうがねえんだよぉ!」
ラヴィアを再び乱暴に蹴ると、男二人を伴って分かれ道を右へと曲がっていく。やがて鉄格子が所狭しと並んだ牢屋の区画に到着した。イロセスがまたもやラヴィアを蹴っ飛ばして、牢屋の中へとぶち込む。男の一人が服のポケットをまさぐる。
「ありゃ、鍵がねえな?どこへやったっけか」
「お前はそそかっしいからなぁ、俺の持ってるほうで閉めるからよ」
男のもう一人が懐から鍵を取り出すと牢屋の檻を閉める。相も変わらずめそめそと泣き続けるラヴィアを尻目に、イロセスと男たちは踵を返していく。
「めそめそめそめそ、うぜえなぁ。ああいう甘ったれた奴、あたし大っ嫌いなんだよなぁ」
「そもそもなんで紛れ込んでいたんだ?カドゥケウスに巻き込まれてたってことは、王城の宝物庫にアイツもいたってことだろ?同業者か?」
「案外あの嬢ちゃん自体がお宝とか?可愛くて、他の宝物にも負けない値段で売れそうだしなぁ」
三人は言いたい放題語らいながら、立ち去って往くのだった。
◇
やがて夜も更けた。そこかしこで豪快な鼾が聞こえてくる。酒樽や食い散らかされた肉塊などが、酒盛りをしていた広間に乱雑に散らばっている。明かりは落とされ、ただでさえ薄暗かった空間は闇に閉ざされていた。
牢屋の中から周囲を伺う。辺りはとても暗いが、既に夜目に慣れていたので状況は把握できる。見張り番のような存在は無いようであった。
ラヴィアはとっくに泣き止んでいた。
いや、それどころか妙に落ち着き払った雰囲気を醸していた。ゴソゴソと服の内側に手を入れる。
「……さてと、そろそろ脱出するとしましょうか」
ラヴィアの手には牢屋の鍵が握られていた。
あまり音を立てないように檻を開けて外に出る。そして抜き足差し足で先へと進んでいく。分かれ道では一旦止まって、人と遭遇しないことを確認してから歩を進める。広間では男たちが雑魚寝同然で豪快な寝息を立てている。ラヴィアは気づかれないよう細心の注意を払って先へ向かう。しかしこんな状況下でもラヴィアの心は妙に冷静だった。
(まあ、単純な方ばかりでよかったです。隙だらけですし、鍵をスラれたことにも気づかず、牢屋に見張りを付けもしない。せいぜい油断してくれるよう、盛大に演技をした甲斐があったというものですね)
やがてそれなりに大きな金属製の扉へと至った。試しに押してみる。鍵はかかっていないようであった。そして扉の開いた隙間からは、今まで嗅いでいたくぐもった匂いとは違う、爽やかな風の香りを感じた。外へと通じる扉が開いたことに、ラヴィアは心躍った。
しかしいざ外へと出てみると、喜色を帯び始めていた顔色が再び絶望に彩られる。
「……何ですか、これ」
ラヴィアは確かに建物からの脱出は成功していた。
しかしその建物は、巨大な翼をはためかせて空を飛ぶ途方もなく巨大な魚の上にあったのだ。




