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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第3章 フランチャイカの悪夢
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第69話 フランチャイカの悪夢

モンローはマグナの素晴らしさを説く為にフランチャイカ王国中で暗躍を始める。フランチャイカの悪夢のような日々は今しばらく続きそうである。

 真夜中のとある一室に一人の男の姿がある。扉には鍵をかけ、窓はカーテンで遮蔽していた。男は卓上の朧げな明かりを頼りに紙に書かれた文字を読んでいる。『ボンドヴイユ家の嫡男の死亡を確認せり、彼の取り巻きや利用した賤民どもも残らず死に絶えり』などと文字が並ぶ。何やら報告書のようであった。


「よしよし、これで今まで目の上のたんこぶだったかの家を始末できたわけだな。他でもない、賤民どものせいにして」


 男は酒を呷り、闇の中でほくそ笑んだ。


「まったく身分制の廃止を聞いた時にはふざけるなと思ったものだが、蓋を開けてみれば前より治安は悪くなるばかり。おかげで元賤民とのいざこざを利用して、あの忌まわしき家を破滅させることができた。ネメシスの元では貴族同士で争うことは難しかったからな。ネメシスが消えてから、かの家はそれまで賤民特権だった事業に進出し、圧倒的な機械化・効率化によって更なる財を成した。もともと賤民には恨まれていたし、後は新聞社に金を握らせて、かの家の所業について誇張と虚構を織り交ぜつつ実に悪しざまに記事の一つでも書かせれば、今回のような騒動もいともたやすく出来上がるというわけだぁ」


 男の声は喜色に富んでいる。よほどその家のことが妬ましかったのだろう。過去に一悶着あったのだろうか。


「事前に秘密裏に、元賤民どもから狙われているぞという情報をリークしたおかげで、あちらさんも臨戦態勢だった。結果、血みどろの殺し合いの果てに双方全滅か。自分たちは同じ立ち位置だと、賤民どもがいい気になっているのも実に面白くなかったからな。ははは、まったく笑いが止まらんわい」




「何やら楽しそうでございますねぇ」


 背後から不気味な声が聞こえて、男は驚き振り返る。

 いつの間にか、藤色の髪に黒いドレスを身にまとった不穏な雰囲気の女が背後に立っていた。扉には鍵がかかっており、カーテンは微動だにしておらず窓が開いたような形跡もなかった。男は、そのどこから現れたかも分からぬ女に対して、取り乱しながら言う。


「何者だ、貴様!いったいどこから入ったのだ!」

「おかしなことをおっしゃいます。侵入したと思われているのでしょうが、ワタクシは初めからここに居たのでございますよ」

「貴様は何を言って……」

現在いまのこの国の状況は、貴方様が私腹を肥やすためにあるのではございません。ワタクシはモンロー、偉大なる正義の神であるマグナ様がつくられし眷属。貴方様に改心を促す為、こうして現れたのでございます」


 男は机の引き出しから短刀を取り出すと女の胸に突き立てた。この不穏な社会情勢の中、元貴族である自分の邸宅に許可なく侵入したのだ。一切の非は自分にはないと判断していた為、その行動には迷いがなかった。何より、その女の醸し出している雰囲気は余りにも気味が悪く、早く視界から取り除きたい気持ちでいっぱいだった。


 短刀は女の胸に深々と突き立ったが、まるで霞にでも触れようとしたかのように短刀は通り抜け、女の姿はかき消えた。男は取り乱して部屋中を見回す。どこにも女の姿がない。


 消えてくれたか、そう思った時に背後から声が響いた。


「ワタクシを殺そうと思っても、それは詮無きことでございます」


 男はたちまち、得も言われぬほどの恐怖に包まれた。


 その正体不明の女は背後どころか、自分の背中から生えてくるかのように、その上半身だけを顕現させて男の首に(すが)り付く様に腕を回した。ひんやりとした生気を感じさせない体温にぞくっとした。顔のすぐ横で、女はいっとう不気味にほくそ笑みながらこちらに視線を向けている。それはあたかも闇が人の形を伴っていたかのようだった。


「ワタクシは、”拒まれぬ存在”。ワタクシは正義の通用力と広範性を体現した眷属……故にワタクシは何処にでも居ることができるのでございます。何人(なんぴと)たりともワタクシを拒むことはできないのでございます」


 恐怖に狂いそうになりながらも、男は短刀を女に突き刺そうとしたり、手で押しのけたりしようと躍起になる。触れられないわけではなかった。しかし刺そうが押そうが、男のいかなる行動も何一つとして影響を及ぼさなかった。


「そしてどこにでも居るということは、どこにも居ないとも言えます。ワタクシにそのような粗末な物を躍起になってあてがい続けたところで、それはそれはとても虚しく詮無きことでございます。今貴方様が触れているワタクシは、ワタクシであってワタクシではない故」


「何が、何が目的なのだ……?殺すのか……?」


 男の声は狂乱に震えていた。

 女は不気味に微笑んで、囁く。


「殺す?そのようなことは我が主がお望みではございません。ワタクシはただ悲しいのです。この国の誰も彼もが、かの御方の素晴らしさをご存じでない。この世に唯一無二の光をもたらす、かの御方を心の底から敬愛し感謝と忠誠を伝えることこそ、世のあるべき姿にして至上の幸福であるというのに……ですからワタクシは国中で、かの御方の素晴らしさを説いているのでございますよ」


 男はやがて気が付いた。薄明りにのみ照らされた部屋の中……女の姿が増えていることに。その数はざっと見ても十を下らない。その不気味な女は、机や椅子や、男の腕や腰から、じつに様々な場所から生えてまとわりつき、背筋の凍るような声で語り始める。


「ソレデ、ドノヨウニカノ御方ノ尊サヲオ伝エスルノデショウカ、ワタクシ?」

「苦シメテ苦シメテ、心ノ底カラ救イヲ求メルヨウニスレバ早イコトカト思イマス、ワタクシ?」

「ソレモマタ意味ノ薄弱ナコトデゴザイマス、無理矢理ニ引キ出シタ信仰心ナゾマグナ様ハ喜バレハシナイノデハ?ワタクシ?」

「マグナ様ノソノヤンゴトナキ尊サ、素晴ラシサヲ何日デモ何月デモオ伝エシ続ケテユケバヨイノデス、時間ハタップリトアリマスノデ、ワタクシ?」



 やがて陽が昇り、そして沈み、再び昇る。何度もそれが繰り返される。そのさなかで、男の耳に入り続ける身の毛のよだつ声は、片時も途切れることがない。


「ソノ時マグナ様ハオッシャタノデス、コレ以上コノ御仁ニ手ヲ出スコトハマカリナラヌト。ゴロツキ達ハ被害者ノ男カラ離レルト、分不相ニモマグナ様ニ向カッテイキマス」

「コノ時ノマグナ様ノ恐怖ニ物怖ジシマイトスル勇気、ソレトハ反シテ心ノ片隅ニ抱エテイタ確カナ恐怖心、ソノ全テガタットク今ノマグナ様ヲ形作ッテオラレマス」

「多勢ニ無勢、コノ時マグナ様ハアエナク敗北ヲ喫シマス、コノ日ハ悔シサニ一層身悶エシテオリマシタ、ソレデモ諦メズ世ノ安寧ト平和ヲ希求シ続ケルソノ姿ハマッコト穢レナク尊キモノデゴザイマス」

「勇気ヲ胸ニ果敢ニ生キルソノ眼差シ、悲シミト切ナサニ包マレタ憂イヲ帯ビタ眼差シ、ソノ全テガワタクシヲ熱クシ、イットウアノ御方ノ虜ニサレルノデゴザイマス、ソウデショウ、ワタクシ?」

「高ブル気持チヲ抑エキレナイノデゴザイマス、ソウデショウ、ワタクシ?」

「アノ御方ニ心ヨリ敬愛ヲ捧ゲルコト、コレニ勝ル喜ビハコノ世ノドコニモゴザイマセン、ソウデショウ、ワタクシ?」


 男はすっかりノイローゼになってしまった。もはや日常生活すらままならなかった。友の言葉も家族の言葉ももはや彼には染み入らないのだ。人は自分という存在を通してでしか世界を認識することはできない……その自分というミーディアムがすっかりダメになってしまえば、もう何も感じないしどうとも思わない。


 あれからどれくらいの時が経っただろう?

 相も変わらずその声は囁かれ続ける。吹きそよぐ風の音の如くに、それはもはや日常となり、すべてが彼の元を離れた後にも絶えずそれだけは彼の元に残り続けた。その声だけは彼を離れなかった。するとどうだろう、あの決して受け入れるべくもなかったはずの言葉が、まことにじんわりと心に馴染んでいくではないか!もはや彼が認識していた世界は崩壊しており、その不気味な言葉が語る世界こそが真実となり果てたのだ。


 男の口から思わず言葉がまろび出た。そこには唯一無二の偉大なる存在への確かな敬愛、畏敬と尊崇の念が顕われていた。涙を流しながら、空を仰ぎ、叫ぶ。その姿にはもはや悲愴感はなく、嘆きと決別していた。初めて依処(よすが)を見つけられた孤児(みなしご)のように、男の顔は輝いていた。


「偉大なる正義の神よ……!万歳……!」



 ◇



 申し訳ありません、マグナ様。勝手なことをするなという貴方様のご命令をワタクシは破りました。耐えられなかったのです。この国の誰もが貴方様の気高さ、尊さを理解しようとしません。それはワタクシには命令違反を犯すよりも耐え難いことでした。


 既にフランチャイカ王国中に”ワタクシ”をばらまいております。貴方様の尊さと、その思想の素晴らしさを説いて回ると決めました。貴方様は何も心配することはございません。お手を煩わせることもございません。それほど遠くない未来に、この国の誰もが諸手を挙げて貴方様を賛美するでしょう。すべての人民が自由と平等と博愛の心を持ち、何者も脅かされず幸福に暮らすことができる社会となりましょう。そしてマグナ様が統べる平和な世界……その礎となるのでございます。


 -----------------------------------------



「…………」


 夕暮れの街の中、マグナの沈んだ顔に暗い陰が差す。

 

 肌で感じていた、自分の眷属が裏で何やら動いていることを。しかしそれを咎める気力は彼にはなかった。そもそも、ふがいない自分が悪いことであった。


 モンロー。


 アレは一体何だろうか?

 不気味で不穏な雰囲気、しかし自分を心から敬い愛してくれる存在。およそ行動の一つ一つが狂気と隣り合わせ。


 眷属は己の内面から生まれ出でる。アレは心の闇から生まれた存在かもしれなかった。誰にだって心に闇はあるだろう。どうしてみな自分を分かってくれないのか(分かってほしい)、なぜ自分はこんなにも孤独なのか(愛してほしい)。


 彼の心にもともとあった闇は、あの日に増長した。生まれて初めての人殺しに手を染めさせ、あまつさえ底冷えのする薄ら笑いと共に嘲笑した暴君……!モンローの醸す雰囲気がどこか似ているのも、もしかしたらそんな理由だったのかもしれない。



 夕闇に染まる街並みをぼんやりと見渡している。

 行き過ぎる誰も彼も長い影を落としている。

 烏が鳴いて陽は沈み、人々は家路を急ぐが

 あの陽は明日はいったいどこから昇ってくれるだろう?


 フランチャイカの悪夢のような毎日は、今しばらく続きそうである。

第3章はこれにて終了となります。眷属のお披露目の章にして、マグナの挫折の章と相成りました。第4章からはフリーレがアレクサンドロス大帝国との戦争に身を投じていきます。

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