第65話 春の風にのって
ついに王宮への進撃が始まった。リベルテ、エガリテ、フラトルニテ三拠点の苛烈な攻勢に王宮は晒される。
レボリュシオン・リベルテ拠点の面々はやがてプランタン門前に続々と集結していく。
ここは賤民の居住区であるセーブル区域と王宮の存在するアルジェント区域を繋ぐ門であり、四つの門の中で最も堅牢である。普段使いなどされておらず、レボリュシオンの誰もその門が開いているところは見たことがない。
リベルテ拠点のリーダーであるシモンの指示のもと、各員武器の準備をしたり、陣形や突入経路を再度話し合ったりと王宮への突入準備を始める。それは周囲からよく見える開けた場所で行われており(門前に大挙して集まれば必然的にそうなるのだが)、監獄の異変を察知した門の向こう側の衛兵たちは皆鬼気迫った表情で、着々と準備を進める革命勢力を眺めていた。
しかし彼らはプランタン門からは突入しない、これは陽動である。彼らがこうしている内に、既に王都ミストレルの外縁部に到着しているエガリテ拠点とフラトルニテ拠点の面々が、それぞれ二手に分かれて他三門を攻めるのだ。アルジェント区域と外縁部を直接繋ぐオトンヌ門をまず攻め、衛兵がオトンヌとプランタンに集中したところを見計らって、残りがそれぞれエテ門、イベール門へと向かっていく(エテ門は貴族の居住区であるアジュール区域と繋がっており、イベール門は平民の居住区であるギュールズ区域と繋がっている。どちらも普段使いされている門であり、力ずくの突破もそこまで難易度は高くない)。
つまり作戦上、このプランタン門だけは突破しない手筈であった。もっとも堅牢な門であるし、あれよあれよという間に衛兵が集まってきている。何やら移動式の砲台のようなものが着々と用意され始めている。門を閉ざす檻の隙間から狙ってくるのか、はたまたどこかしらの壁が開く仕組みにでもなっているのかもしれない。とにかく、ここの正面突破はどうにも無謀そうに見えるのが実情であった。
しかしマルローは驚くべきことをシモンに耳打ちした。シモンは呆気にとられるが、それでもこの偉大な鍛冶の神の意見に全幅の信頼を寄せる。
「ははは、さすがは鍛冶の神、そんな隠し玉まで用意しているとは。完全に予定外のことですが」
「そりゃ当然よ。このことは正義の神にしか話してねえからな。あくまでプランタンは攻めないものとして、他三門を攻めているメンバーにはとにかく頑張ってもらい、俺たちも様子を見つつ他三門に合流するのが本来の計画だったがな……時間が経ちゃあ敵さんも分かんだろ、こっちが陽動だってことが。じきにプランタンに集まった衛兵も減っていくはずだ、そこを狙ってこっちを陽動から本命にすり替えるんだよ!」
「……では私の方からメンバーに取り急ぎ共有するとしましょう。速やかに、内密に」
やがてマルローの言う通り、プランタン門に陣取っていた衛兵たちがみるみる減っていった。他三門が攻められ始めたのだろう。遠く、王宮の方角から喧騒が聞こえる。既に何人かは王宮まで到達しているのかもしれない。
マルローは空中に手をかざす。ブラックホールのような黒い空間が広がったかと思えば、そこから巨大な金属製の砲台がせり出してきた。轟音を挙げて地面へと脚を着ける。衛兵たちが門の向こう側で準備しているようなものとは比較にならないサイズであった。ジャミング装置、アシスト機能付き武具、自動車だけでなく、彼は攻城用の大砲まで拵えていたのだ。この日の為に、数年がかりで着々と準備を進めてきたのだろう。
マルローは大砲から少し離れたところに再び自動車を出した。それと共に巨大な荷車のようなものを出現させる。自動車と荷車を連結させると、リベルテのメンバー百名余り全員に搭乗を促す。自動車が唸り声を上げ始める。そしてマルローは大砲のスイッチを入れた。
今宵、マルローの……そしてレボリュシオン一同の不断の努力が実を結ぶ。
夜の帳に染まりながらも彼らの顔は意気揚々と溌剌していた。春風に乗って、凍てつく冬の時代を終らせるために、彼らは戦うのだ!
「この門は突破できないと思ったか?できるんだなぁ、それが……俺は鍛冶の神だからよぉ」
砲身が不気味に鳴動を始める。
異常を察知した向こう側の衛兵たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ始めた。
「季節は春だぜぇ、春から行くんだよ、俺らはなぁ……!」
凄まじい音が炸裂した。大砲から射出された巨大な鉄塊のような弾丸は、難攻不落と思われた堅牢なプランタン門を盛大に破壊してしまった。マルローは自動車に乗り込むと全力でアクセルを踏み込み、王宮目掛けてひた走った。
◇
アルジェント区域では、既にエガリテやフラトルニテといった他拠点のメンバーと衛兵との間で壮絶な戦いが繰り広げられていた。果敢に立ち向かう勇ましい雄叫び、敗れこぼれる苦しみのうめき声、そして轟く鬨の声がそこかしこに聞こえる。異常な喧騒の最中であった。
少し遅れて到着したマルローとシモン率いるリベルテ拠点のメンバーは、要所要所で荷車から飛び降りると、劣勢に立たされている同志を救うべく助太刀していく。そうこうしている内に、宮殿内に突入する頃には、荷車に乗っていたメンバーは半数近くまで減っていた。
宮殿に着くとみな弾けるように飛び出して内部へと雪崩れ込んでいく。それはまさに洪水に晒される家屋の如しであった。しかしやかましく耳を震わせるのは鉄のぶつかり合う音だ。宮殿の中でも混戦ぶりは相変わらずであったが、アシスト機能付きの武具が功を奏し、衛兵ばかりが劣勢に立たされていた。そもそもこの国では重大事件はネメシスが裁くのが基本原則……兵の練度は諸外国と比べるとそこまで高いものでもなかった(だからこそ王宮鍛冶師時代のマルローはそれなりに有難がられていた)。
マルローとマグナ、モンローの三人は道中を他メンバーに任せて、最上階を目指して疾走する。神であるネメシスを討つには、同じ神である彼らが行くしかないのだ。
三階にたどり着いた頃、一人の衛兵が果敢に立ちはだかる。
マルローはその男を知っていた。
「よう、ジェレミィじゃねーか。相変わらわずメイドのアンナにちょっかいだしてんのかい?」
「何故それを……ってお前、まさかマルローか?」
衛兵はさも驚いたような表情を見せるのだった。
「おいおい、そんなに驚くんじゃねえよ」
「驚くわ!なんだ、そのちゃらちゃら伸ばした髪に、どぎついタトゥーは?」
「イメチェンだよ、イメチェン。元王宮鍛冶師が革命勢力に肩入れしてるとか、バレたらめんどくせーだろ?」
慣れ親しんだ友のように話している。
(イメチェンして今の姿があったのか……アイツ)
マグナは王宮鍛冶師時代のマルローがどのような出で立ちであったのか、少し興味が湧いてきた。覚えていたら後で聞いてみるとしよう。
「そうか、お前はずっと王や大臣に嘆願してたもんな……賤民なんて無くせと。もっと自由に平等に暮らせる社会にしていくべきだって」
「へっ、鍛冶師風情が政治に口出しすんなと、取り付く島もなかったがな」
「待遇の良い王宮鍛冶師を辞めてまで革命勢力に肩入れしてるんだ、アンタが本気だってのは分かる。でも俺だって曲りなりに王家に仕え続けてきたし、それなりの忠誠心ってモンがある。簡単に通してやるわけにはいかない……!」
ジェレミィは剣を構える。
マルローもアシスト機能付きの剣を抜くと相対峙した。
「……やっぱ、いつの世も力のぶつかり合いで雌雄を決さなきゃならんわけだな。いいぜ、来いよジェレミィ!お前の想いの丈を俺にぶつけて見せろ!」
「上等だ、マルロー!お前とは気が合っていたがな、革命を成すならまず俺を踏み越えてみやがれ!」
二人の剣がぶつかる音が響く。それが幾度か繰り返されると、キィィンと弾かれるような音に変わったのを聞いた。マルローがジェレミィの剣を弾き飛ばし、壁際まで追いつめていた。
「へへ、わかってたよ、こうなることは……先に行けマルロー、お前の望む世界を叶えてこい……!」
「言わずもがなだぜ、ジェレミィ。悪いがちいと眠っててくれや。安心しろ、起きた時こそ夢の世界になってるからよぉ!」
マルローは両の拳を合わせて握りしめ、ジェレミィに重く叩きつけた。気を失い床に倒れる友に背を向け、彼は最上階への階段を登り始める。王宮を包む騒がしい喧騒の中でも、何故だかその靴音は、力強く頼もしく響いているように聞こえた。