第64話 とある賤民の想い
セーブル監獄内ではレボリュシオンのメンバーと衛兵の間で乱戦が始まった。メンバーは戦いの素人ばかりだったが、マルローお手製の武具で善戦する。
マグナたちはセーブル監獄内を疾走する。
一階は食事スペースや刑吏官の事務所などがあり、牢獄は地下にあるようであった。地下へと下る階段を探していると衛兵たちが立ち塞がったが、彼らは一様に動きを止めてしまった。
「何だ……?体が動かない」
「どうして……?」
マグナは疾走のさなか、傍らのモンローがふふふと不気味にせせら笑うのを聞いた。おそらく彼女の能力によるものなのだろうが、今は深く追及しなかった。
なにより同志の解放が最優先の課題だった。マルローお手製のアシスト機能付きの武具があっても、素人が長時間無傷で戦い続けることは難しいだろう。重篤な負傷者や死者が出ない内にことを進めたかった。マグナたちは動きを止めた衛兵たちをすり抜けると、先へ先へと進んでいく。
◇
セーブル監獄の敷地内には既に多数のレボリュシオン・リベルテ拠点のメンバーが入り込んでいた。突入メンバーはみな剣と盾を構えている。一見何の変哲もない装備に見えるのだが、これらはすべて鍛冶の神ヘーパイストスの能力を持つロベール・マルローが拵えたものである。
衛兵たちが容赦なく斬りかかって来るが、彼らの攻撃はみな一様に盾で防がれ、直後に剣を弾き飛ばされる。それが敷地内の各所で同様に起こっていたので、衛兵たちは革命勢力というものはやり手ばかりなのかと舌を巻いた。そして歯噛みをして悔しがる。しかし革命勢力の大半は賤民であり、彼らの多くはその日を生きていくだけでも精一杯、ロクな鍛錬など積んでいない。そんな革命勢力が衛兵を圧倒しているのは、偏に彼らの剣と盾に搭載されているアシスト機能のおかげであった。
「す、凄え、戦えているぞ!俺達!」
「おい、ピエール!あまり衛兵に構うな!俺たちの目的は同志の解放のはずだぞ」
「監獄へ向かえ、マルローさんに正義の神さんももう突入しているはずだ」
意気揚々と衛兵を撃退しつつ歩を進めていく男たち。やがて一人の厳めしい男が甲冑を鳴らして近づいてくるのに気が付いた。
「貴様ら、何をしているのか分かっているのか?ここは王領や貴族領と等しく立ち入るには許可が必要な場所だ。無断で侵入し、おまけに刃傷沙汰……死罪を免れると思うなよ!」
その厳めしい衛兵は、おやと気付く。
「……!おかしいぞ、そもそも何故貴様らはネメシスに裁かれることなくここまで来れているのだ?」
「へ、その秘密はこれよ。こいつがネメシスの神力を妨害してんのよ」
ピエールが首飾りを掲げて見せる。これはリベルテ、エガリテ、フラトルニテの三拠点に設置されているジャミング装置と同様の効果があるもので、ネメシスから発せられる神力を絶えず妨害していた。このマルローの画期的な発明は、内乱の計画から突入に至るまで神の裁きを完璧に防いでいた(一応神であるマルローとマグナも首飾りを身につけている。セーブル監獄に襲撃しているリベルテのメンバーだけでなく、あらかじめ秘密ルートで配布していたのでエガリテとフラトルニテの面々も身につけている)。
「何だと?何故そのようなものが革命勢力に……」
衛兵はまたもや感づいた。確か王宮には数年前まで鍛冶の神の能力者がいた。その男の所在は今まで掴めていなかったが、彼が革命勢力に肩入れしているのであれば辻褄の合うことだった。
「まさか鍛冶の神が革命勢力に?なにゆえ神が貴様らなんぞに肩入れするのだ」
「マルローさんは弟を亡くされている。賤民とのいざこざのせいでな。この国を変えたいと思っているのは何も賤民だけじゃない……平民にも貴族にも革命を期待する者がいる、正義の神だって外から駆け付けてくれたんだ。こんな自由も権利も無い雁字搦めの国、俺たちの手で変えて見せるんだ!」
「たわけが、この国はずっとそうやって来たのだ!簡単に変わるものか!変わったところで今までの当たり前が突然崩れるのだ、どれほどの人間がそれを笑って素直に受け入れるというのだ?」
衛兵が剣を抜きピエールに斬りかかる。しかしピエールはまるで歴戦の戦士を彷彿とさせる所作でそれを受け止めると、剣を振るい弾き返した。たまらず衛兵は後ずさり舌打ちする。ベテランの兵士であるはずの自分が、このような賤民に剣術で後れを取るなど到底受け入れられぬことであった。
「……そうだな、きっと色々問題は起こるだろうよ。でも現状だって問題だらけなんだ。同じ問題なら、未来をより良くしてゆける方向に俺たちは向かって行きたい!」
「そんなものは夢想だ!自由や平等など聞こえが良いだけの言葉なぞ長続きはせん!人間の汚らしさ、浅ましさを直視せず夢想だけで語るな!」
「その汚らしさを、俺達ばかりに押しつけるんじゃねぇ!」
ピエールは苛烈に攻め立てる。ベテラン衛兵も彼の猛攻にはたまらず、ついには剣を弾き飛ばされる。そして盾を構えたピエールの渾身のタックルをまともに喰らい、吹き飛ばされた挙句衛兵は地面に頭を打って気を失ってしまった。
「へぇ、かっこいいじゃねえかピエール。あの甘っちょろが嘘みたいだぜ」
肩で息をしていたピエールは、背後から聴き慣れた声を聞いた。いつの間にかロベール・マルローが多数の同志を引き連れて舞い戻って来ていた。傍らにはマグナと彼の眷属の姿もある。
「マルローさん!それに正義の神様も!」
「さあ行こうぜ、お前たち。セーブル監獄は陥落した!お次は本命のアルジェント宮殿よ!」




