第62話 逸失
ヴァルハラ城の宝物庫に安置されていた三種の神器は八咫鏡を除き逸失してしまう。一方フランチャイカ王国ではついに襲撃計画開始の合図が確認された。
一方その頃、ラヴィアは独り王城の地下までやって来ていた。
敵対する神の能力者が三人に増え、そこにマグナの眷属が現れた。ミアネイラ以外の二人はその眷属と既に交戦していたようで、手も足も出なかったのか追いつかれるとひどく狼狽していたようであった。状況からしてラヴィアはこう判断した、自分があの場に留まり続ける意味は薄いと。
(既に勝敗は決していたような雰囲気がありましたし、あの場は眷属さん一人に任せてしまって大丈夫でしょう。それに神の能力が飛び交う中で私がお役に立てることは少ないでしょうし、私は三種の神器が無事かどうかを確認するとしましょう)
地下道をしばらく歩き、やがてラヴィアは宝物庫の前に辿り着く。その厳めしい扉は既に開錠されていたのだが周囲には誰の姿もない。操られた文官が扉を開けた後、ミアネイラを呼ぶために一度ここを離れたのだろう。
宝物庫に立ち入り中の様子を伺う。実に雑多な物品が置かれている。暗くて視界が良好とは言えなかったが、それでも月明りが多少なりとも三種の神器の安否を確認するにあたって便宜を供した。草薙剣はすぐに分かった。他の剣とは異なるやや湾曲した刀身で黒い鞘に納められているし、他の剣が垂直に保管台に入れられているのに対して水平にまるで美術品のように飾り台に備えられていた。
しかし八咫鏡はどこにも見当たらなかった。丸くて平べったい形状の、簡素だが優美なデザインの鏡である。ラヴィアは宝物庫中を歩き回ったが、結局どこにも八咫鏡を見出すことができなかった。
(草薙剣はありましたが八咫鏡が見当たりませんね。片方だけ盗まれるのも不自然ですし、何か別件で王城の別の場所に移動させられているのでしょうか?)
そして最後の一つ、八尺瓊勾玉も捜索する。あれは首飾りであるため他の二つよりずっと小さく、この暗い宝物庫内で見つけ出すことは困難そうに思える。しかし棚の一角に、他とは一線を画す繊細な装飾の宝石箱があるのを見つけた。ラヴィアはこれだと思い、その箱を開けると、中には翠玉色の湾曲した形状の宝石に首に掛ける紐を通したものが入っていた。まさしく八尺瓊勾玉だ、フェグリナが首に掛けていたのと同じものだ。
(八尺瓊勾玉はちゃんとありましたね。やっぱり八咫鏡だけありません)
ラヴィアが八咫鏡についてどうしたのものかと思案していると、部屋の外からどたどたと足音が聞こえる。二人ほどの足音だ、声も聞こえる。
「おっ、本当に扉が開いてんじゃねーか!火事場泥棒に来た甲斐があったぜ」
その声は話しぶりこそ男のようであったが、声音は女のものであった。声の主である女性と、仲間らしき男性が宝物庫に入り込んでくる。ラヴィアは即座に部屋の隅に退避し、安置されている物品の陰に隠れて彼らの視界に入らないようにする。手には変わらず八尺瓊勾玉が握られている。
「イロセス、例の神器でまるっと盗んでいくぞ」
「分かってら。さぁさカドゥケウス、この宝物庫中のお宝を残らず収納しちまえ」
青白い髪の女性は、何やら杖のようなものを手にしていた。女性が杖を高く掲げるとそこから黒い霧のようなものが発せられ、やがて宝物庫内の物品が一切合切消えてしまった。
――宝物庫内には侵入者の男女二人だけが残され、それ以外は何も、誰の姿も無いのであった。
◇
(ブリスタル王国は被害なしだが、ラグナレーク王国で草薙剣と八尺瓊勾玉が逸失。そしてラヴィアも行方不明……一体何が起こっている?)
マグナは夜空を見上げながら物思いに耽る。自分が今からフランチャイカ王国を発ち、ラグナレークへ舞い戻るわけにもいかないので、この件についてはレイシオとオビターに引き続き調査を続けるように命じた。何かが起こっているのは間違いない。不安ではあったが、彼はもう引き返せない。
時期はオビターとレイシオの報告から三日後、トリエネが密偵・暗殺任務を終えたのと同日である。
遠く、王都ミストレルから見て南西の空に白い光のようなものが瞬いた。
マルローが声を上げた。
「照明弾が上がったぜ!エガリテ拠点の奴らが伯爵の件を片付けて、脱出に成功したな。いよいよ始まるぜ……!」
そう、彼はもう引き返せないのだ。革命は今宵始まった。




