第59話 罪には罰を
カルロはアースガルズの都市の破壊を目論むがまったく失敗に終わる。そして彼はレイシオに無慈悲な制裁を受けることとなる。
グレーデンは血を流して地面に横たわっている。
カルロは屋根の上からその姿を一瞥したあと、右腕を高く掲げた。
彼らは現在アースガルズ北東の官公庁エリアにいるが、そこから斜向かい、南西の居住エリア上空に巨大な火球が出現した。あまりにも巨大なそれは熱く明るく燃え盛り、夜の帳に閉ざされたアースガルズの群青の空をまるで昼間のように照らした。仮初の太陽のようであった。
「……何のつもりだ?」
「作戦変更よ、お前はどうやっても傷つけられそうにねえ。だから先にアースガルズの住民を皆殺しにして、正義の神の信心を削ぐ!」
掲げた右腕を力強く振り下ろす。それと連動して仮初の太陽は地上へ降下してゆき、凝縮、大爆発を引き起こした。あまりにも巨大な爆発だった。ほとばしる閃光が都市を包み、焼け付く熱線が辺りに突き刺さり、耳をつんざくような爆発音が一帯に轟き渡った。ただ単純に燃え盛る炎を地上に落としたとか、そういうものではなさそうだった。核融合のような現象を引き起こしたのだろうか。
カルロがアースガルズの中心でなく居住エリアを中心に大爆発を起こしたのは、ひとえに官公庁エリアに居る自分とグレーデンを慮ってのことだった。しかしこれほどの破壊力では他のエリアも被害は免れないだろう。言うまでもなく爆心地である居住エリアは壊滅……しているはずだった。あの男さえいなければ。
カルロは屋根の上から居住エリアを観察しているが、やがて様子がおかしいことに気付く。あれだけの大爆発にも関わらず、建物がまったく損壊していない。人々も驚いた様子で辺りを見回したり、家から出て来たりしているが、その内の誰も火傷の一つも負っていない。眼をやられている様子も、耳をやられている様子もなかった。街を燃え盛る炎が包んでいるが誰も熱がってなどおらず、もはやただの風景として成立しているに過ぎなかった。さしものカルロも困惑に満ちた表情をみせる。
「馬鹿な、嘘だ!嘘だろ!」
慌てふためくカルロの隣に、いつの間にかレイシオ・デシデンダイが冷酷な表情で立っている。彼は逃れようとするがレイシオに力強く胸ぐらを掴まれ、その両脚が宙に浮いた。
「どういうつもりだ、貴様?この俺がいるからよかったようなものの、もし俺がいなければ居住エリアの住民のほとんどが即死ないし瀕死の重傷を負っていただろう。俺がいたからこそ、焼け付く熱線に晒されケロイドになることもなければ、眩しい閃光が目を焼き失明することもなければ、轟く爆音が鼓膜を震わし打ち破ることもなかった。ただただ爆発を臨場感を持って体感しただけに過ぎん……俺がいなければどうするつもりだったのだ?」
冷たい刺すような瞳がカルロを睨みつけている。声には響くような威厳があった。
「いや、答える必要はない。どうするつもりもなかったのだろう?」
レイシオは乱暴にカルロを屋根に叩き下ろす。カルロはよろめきながら立ち上がった。
「そして質問を続けよう。何故こんなことが笑ってできる?」
「何故って?決まってんだろ、楽しいからだよ。幸福に彩られた顔が絶望に染まり、叫び声や嗚咽と共に命を虚しく散らす……そこに美があるんだよ」
カルロの粋がった言葉を聞きながら、レイシオはまるでどうしようもないものでも見ているかのように嘆息した。
「美?あんなものがか?下らんな、実に下らん。破壊の美とでも言いたいのか?生憎だが、俺の思考はお前とは正反対のようだ。俺は正義の神の眷属だからな、秩序をこそ尊ぶ。協力し合い、育み、受け継がれて来た文化や文明……国というまとまり。それこそ美と呼ぶべきではないのか」
眼鏡を直しながら彼は言葉を続ける。
「お前には大いに反省してもらわなくてはならない。結果として俺がいたから、死人はおろか負傷者も一人として出てはいないが、そんなことは関係ない。お前はともすればアースガルズの大半の市民が死んでいたような凶行に対して、自らの意志で着手したのだからな……」
レイシオがカルロに歩を進める。彼はたまらず後ずさるが、すぐにレイシオの顔が迫って近づく。その表情は静かに激怒しているようであった。
「罪には罰を与えねばならない。お前に課す刑罰はそうだな、『改心の片鱗を見せるまで殴ることを止めない』刑罰にしよう。俺にはお前と違って人を殺す趣味などない。刑はまもなく執行するが、頼むから俺を殺人者にしてくれるなよ……!」
「はっ?え?」
カルロが動揺している内にレイシオの拳が顔面に突き刺さった。歯が飛び、血を噴き出しながら彼は顔を抑える。
「ひゃが、ひゃが」
レイシオは宣言通り殴ることを止めなかった。次から次へと重い拳を浴びせる。カルロは悲鳴を上げながらみるみるうちに負傷していった。悲鳴もやがて嗚咽混じりのものへと変わっていった。顔面は血塗れでボコボコに変形し、もはや誰だか分からない有様だった。多少整っていた顔立ちもすっかり醜悪なものへと変えられてしまっていた。
たまらず屋根から墜落する。カルロは這う這うの体で逃げ出そうとするが、レイシオがそれを許すはずがなかった。
掴み上げ、無理やり立ち上がらせると、またしても容赦の無い拳が浴びせられる。
「ひゃめて、みょうひゃめてぐれえ!」
「何だ貴様は?俺はそんな戯言が聞きたいのではないぞ!」
さらに拳を顔面に叩き付ける。もはや残っている歯、折れていない骨の方が少ないような有様であった。眼も潰れかけており、カルロはぼんやりとした輪郭でしかレイシオを認識できていなかった。
「ひゅるして……みょう、みょうきょきょりょをいりぇきゃえりゅきゃらああ……!!」
カルロは渾身の想いを込めて救いを懇願した。
レイシオは激昂して掴みかかる。
「ふざけるなよ、貴様!なんだそのザマは!死にそうではないか!言ったはずだぞ、俺を殺人者にしてくれるなと!お前の言葉には誠意を感じない!言葉に価値や力など無い、口ではどうとでも言えるからだ。本当に大切なことは口に出さずとも伝わるものだ。生まれたその時から邪悪に染まっている者などいない……お前は生まれたままの真心を欠片でも見せてくれればそれでよいのだ!」
またしても殴打を続ける。泣き叫ぶカルロ、レイシオは顔をしかめた。
「お前はさきほど幸福に彩られた顔が叫び声や嗚咽と共に壊れていくのが美だと言っていたな。しかし今のお前を見ていても美や快感の類なぞまったく感じない。ただただ不快なだけだ。やはりお前の方こそが異常だったのだ。さっさと改心しろ!俺を早くこの苦行から解放するんだ!」
もういったいどれだけ殴られたのだろうか?すっかり衰弱し切ったカルロは泣き喚きながら、なんとかその場から逃げ出そうとする。
「ひいいい……!」
レイシオは彼を逃がすまいと手を伸ばすが、間に割って入る存在があった。巨狼に跨るグレーデンだった。彼はもはや瀕死のカルロを自身の後ろに乗せながら叫ぶ。
「カルロ!意識はあるか?全力でフラッシュを放て!」
直後、ほとばしる閃光が辺りを包み込んだ。
光が消える頃にはグレーデンとカルロは姿を消していた。
「逃げたか、刑の執行途中だというのに……行く先は王城だな」
常人ではあのまばゆい光の中、去り往く狼を肉眼で補足することはできなかっただろう。しかしレイシオにはまるで通用していなかった。彼は眼鏡を直しながらヴァルハラ城の聳える方角を冷たく睨みつけていた。




