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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第3章 フランチャイカの悪夢
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第49話 ためらいたる華麗なる刃

ついに伯爵の部屋に突入したトリエネは暗殺を実行する。数多の殺しを繰り返しても、彼女の心は普通であり続けた。

 三階の屋敷内へと至る。トリエネは通路を進むと、突き当りの扉を蹴破るようにして乱暴に開く。そこは伯爵の居室であった。部屋内には少し大柄で髭をたくわえた意地の悪そうな表情の男、そして傷だらけのあられもない姿で床に横たわる少女の姿があった。意識は朦朧としているようであった。


 突然の闖入者に、ジャンダック伯爵は苛立ちと焦りが混じったような表情を見せた。


「なんだ、貴様は?情報にあった暗殺者か?ええい、ジョゼめ、何をしている!奴には高い金を払っているのだぞっ」


 トリエネはボヤく伯爵をよそに、床に横たわる少女に視線を向ける。なんとなく状況に察しはつく。折檻(せっかん)されていたのだろう。それも教育的指導だとか、そういった高尚な理由とは程遠いものが。


 少女はおそらく賤民である。いくら貴族でも平民相手に手酷い外傷を負わせれば罪は免れない。賤民ならば傷を負わせても罪にはならないが、だからといってすべての人間が好き好んでそれをするわけではなかった(この世界にもし法律や刑罰がまったく無くなったとしても、すべての人間が悪逆非道の限りを尽くすかといえばそうはならないだろう)。処罰されないといっても、やはり好んで賤民をいたぶる者はほぼ例外なく心が歪んでいる。


「良かった、クズだ」


 それが伯爵を見たトリエネの第一声であった。


「なんだ、何を言っている?」

「貴方がクズで嬉しいのよ。命を奪うのにあまり心が痛まないから」


 トリエネはメイド服の内側に手を入れつつ話を続ける。


「私たち”裏世界”は秘密組織であり、行動に善悪という判断基準を用いていない。依頼として受理されれば内容に関わらず実行する。だから、私も色んな人の命を奪ってきた。悪人ばかりならまだよかったんだけど、殺される謂れなんてなさそうな善良な人もたくさんいた」


 ジョゼに対してしていたのと同じように、うんざりした目を見せる。


「善良な人を殺すのは本当に心にクるのよね……床に額をこすりつけられて、頼む助けてくれ、家族がいるんだ、なんて言われると……滂沱の涙を流し、悲痛な声で救いを懇願されても、私は命を奪い続けるしかなかった」


 豹変。うんざりと澱んでいた目から一転して、どこか作られたような笑みを浮かべる。


「だから貴方のようなクズは好きよ。殺すのにあんな思いをしなくて済むからね」


 伯爵ににじり寄る。

 彼はおずおずと後ずさりながら、必死に生き残る(すべ)を模索している。


「ま、待て!取引をしないか。そうだ、お前は見てくれも悪くないし私の愛人にしてやろう!金も好きなだけやる!お前も暗殺なんて仕事を好きでやっているわけではないのだろう?どうだ、悪い話ではあるまい」

「精肉処理に入りまーす」


 伯爵の言葉に耳を貸すことなく、トリエネは距離を詰めていく。


「おい!お前はその仕事から解放されるんだぞ!金にも困らない!魅力的な話だろう?」

「これから始まる精肉処理はとても陰鬱です。手に入るお肉はミートパイにすらならないのだから」


 手には大振りの短剣が握られている。


「や、やめろ……助け、助けてくれ……!」

「ネズミ肉以下の精肉処理に入りまーす」


 トリエネはジャンダック伯爵を壁際まで追い詰めると、まず即座に喉を潰した。

 そして間髪入れずに心臓を刺し貫いた。




 部屋の片隅で物言わぬ亡骸が、胸から血を流して壁にもたれるように座り込んでいる。折檻されていた少女も既に気を失っていて相変わらず床に転がっていた。


 トリエネは伯爵の衣服を剥ぎ取り短剣の血を拭うと、短剣をしまい直した。そして部屋の中を漁り始める。デスクの引き出しを開けると、なにやら不正な人事や金のやり取りが読み取れそうな書類がいくつも目に入る。その中にはレボリュシオンへ潜り込ませていたスパイに関する書類もあった。スパイを通して手に入れた革命派閥の情報を他の王党派貴族に売ったりしていたようであった。革命勢力に対抗するどころか、新たなビジネスの素材として彼は利用していた。


 書類という明確な物的証拠が手に入る保証はなかった為、トリエネの聞き込み調査はごく当然の保険的行為だったが、こう簡単に証拠書類が出てくると、とっとと暗殺だけ実行してさっさとズラかればよかったかもしれない。しかし終わってみなければ分からない、結果論である。


「どうやら、任務達成のようですね」


 いつの間にか能力を解除したスラが部屋に現れた。


「そうね、貰うモン貰って、早く帰りましょう」


 取り出した書類を整理しつつ言う。


「どうだった私の仕事ぶり?本職の暗殺者(アサシン)からすればまだまだかしら?」

「いえ、正直私は貴女を過小評価していました。ベテランの暗殺者(アサシン)というものはやはりいかめしいオーラを持つものですが、貴女からはそれが感じられない。ですから少し戦いに心得があるだけの、一般人の延長線上のように捉えていました」


 スラの言葉には純粋な彼の思いが現れている。


「ですがあれだけの身のこなし、立ち回り、機転の利かせ方……多少死線をくぐってきたくらいでは身に付きません。そしてそれだけ死線をくぐり抜けてきたなら、多くの者は心が闇に染まります。貴方の真に驚嘆すべきところは、それだけの技量を得るほどの経験をしていながら心が闇に染まっていないことです」


 心が闇に染まる……残酷なことを平気でしたり、むしろ好き好んでするような精神性になることだろうか?こんなツライ思いをするぐらいなら、いっそこの仕事を好きになれるよう努力した方がいいかもしれないと、彼女がそう思ったことは何度もあった。しかしこの仕事に抵抗感を覚えなくなることや、ましてや好きになることなど(つい)ぞないままであった。


「人間とは周囲に影響されて簡単に変わってしまうものです。暗殺者(アサシン)とは闇の存在……長年闇の仕事をしていれば、心は簡単に闇に染まります。貴方にはそれが無い為、他の暗殺者にはできないような正攻法の立ち回りもできますし、いざ戦いとなってもそちらもまた一級品。正直どこの暗殺組織に行ってもエースになれるかと」


 スラはトリエネの暗殺者(アサシン)としての能力を高く評価するに至った。最初の過小評価ぶりが我ながら嘘のようであった。そんな彼女が裏世界では(少なくともドゥーマに)役立たずと呼ばれているのは、やはり裏世界が神々の秘密組織であり、単なる暗殺組織ではないからだろう。


 トリエネは書類を片付けながら、スラの賛辞を聞いていた。

 大方の人は褒められることには悪い気がしないものである。しかし彼女はびっくりするほど乾いた笑みを浮かべてこうつぶやくのだった。


「アハハ、全っ然嬉しくない」

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