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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
最終章 永遠なるもの
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最終話 永遠なるもの

永き旅を終えたマグナとラヴィア。ついに物語はエピローグを迎える。

 聖都ピエロービカより幾分か離れた荒野に、マグナとヤクモの姿がある。

 二人はしばらく何も言わずに、遠くの涼やかな空と山を、冬の寒風に吹かれながら見つめていたが、或る時ヤクモが背を向けてその場を離れ始める。


「もう行くのか?」

「ああ、充分別れは惜しませてもらったからな」


 マグナの問いに、ヤクモはぽつりと答える。

 彼女はこの世界を去ろうとしていた。


「淋しくなるな……」

「仕方がなかろう。前にも言ったが、このアタナシアは仮想世界全体で見れば優先度が低い。そして管理者の数は慢性的に不足している状況なのだからな」


 ヤクモは、アタナシアとは別の仮想世界への配属が決まっていた。

 彼女だけではない。一足先にハーデスも、ミーミルも、この世界を離れている。彼女が去ればこの世界に外側の人間はまったく存在しないことになる。


 ――では、今後のアタナシアは誰が管理・運用するのか?

 その職務が、なんとマグナに委ねられることになったのだ。


「マグナよ、先ほども言ったが、お前には我ら管理者とほとんど同等の権限を付与することが決まった。このアタナシアが始まって以来、お前ほど人々の信仰を集めた存在はいない。一度お前にこの世界を任せてみようと、多くの管理者がその気になっている」

「……身に余る光栄だ」

「これからはお前を筆頭に、内部の人間たちだけでこの世界を(にな)っていくのだ。世界の裏側については一足先に、お前の知人スラ・アクィナスが冥王の座を引き継いでいる。表側についてはお前が頑張ることになるだろう。協力して世界を良いものにしていってくれ」

「ああ、分かったよ」


 マグナは既にスラの事情について聞き及んでいる。

 彼が冥王という立場になっていると聞いた時には心底驚いたものだが、今のマグナにはラグナレーク王国を彼と旅したあの日々が、随分と数奇な巡り合わせだったと思えるようになった。


 世界の表と裏から、彼らは人の世を守り導いていく。


「ミーミルの泉やユグドラシルの機能についても、既に冥府に統合されている。まさしくスラは世界の裏の支配者というわけだ。お前は表の支配者として、今まで通り世のため人のため行動してゆけばよい」

「……ああ」

「お前たち二人は言わば世界の一部と化したのだ。お前たちの意思ある限り、その存在は半永久的なものとなろう」

「……」

「不安かね?」

「なんだか、まだあんまり現実感がなくてな」


 彼の胸中には今までの旅の光景が浮かんでいた。

 様々な出逢いと別れがあった。しかしそのすべてに共通して言えること――それは誰も彼もが生きることに、己の理想の為に必死であったことだ。この残酷な世界、醜くも美しい世界で、人は十人十色に命の輝きを持っていた。


 それをこれからは自分が守らなくてはいけない。

 正真正銘の、正義の神として。


 彼はぎゅっと拳を握る。そしてヤクモに、決意の眼差しを以て言う。


「けど覚悟は決まっている。やれるだけのことはやるつもりだ。いつか外側の人間たちがこぞって羨ましがるくらいには、平和で幸福な世界にしてみせるさ」

「ふふ、簡単に言ってくれるな」

「そうだな、きっと平坦な道のりではないだろう。だが今までだってそうだったし、俺はこの旅を通して気づいたことがある」

「ほう?なんだね?」


 ヤクモは興味深げに問うた。


「俺は本当に、本当に色んな奴らに出逢った。だが誰も彼も、根っこのところで真に願っていることにはそう違いがないんじゃないかって、どうにも俺にはそう思えたんだ」

「……」

「誰しもが同じような願いを、そして心の弱さを持っているのならやりようはある。互いにそれを支え合い、補い合っていけばいいんだからな。それさえ忘れなければ何百年でも何千年でも、躓きながらもなんとかやっていける世界になるだろう」

「ふふ、そう理想通りに往くかね?」

「まあやってみるさ。踏み出さなければ、そこに明日はないのだから」

「その通りだ。私は祈っているよ、お前の想いが世界の新たなる規範――大憲章(マグナ・カルタ)として人々を幸福と繁栄に導いてくれることを」


 マグナの熱い言葉と瞳に、ヤクモは満足げに微笑んでいた。

 そして二人は最後に別れを惜しんで、固く抱擁をした。


 いよいよヤクモは背を向けて、マグナから離れていった。

 どんどん二人の距離が広がっていく。そしてふとヤクモが立ち止まると、彼女の体から光の粒子が立ち昇っていく。


「そうだマグナ、最後にひとつ伝えておこう」


 肉体が(ほど)けながら、ヤクモが振り返る。


「お前はアタナシアという言葉の意味を知っているかね?」

「いや、知らないな。どういう意味なんだ?」

「アタナシアとは”不滅”――すなわち永遠なるものを意味する言葉だ。私はお前に逢えてよかったと心の底から想っているよ。お前の導く世界が、健やかに末永く続いていくことを願っている」


 最後に、ヤクモはにこりと微笑んだ。

 感謝と親愛を(たた)えた表情だった。


「さらばだ、マグナ!もはや逢うことはないだろうし、私はヤクモ・ヤエガキではないまったく別の存在となるであろう……だが、いつでも見守っている!お前が導くこの世界の行く末をな……!」


 少女のように、パタパタと手を振りながらヤクモの姿は消えていった。






「…………」


 荒野に独り残されたマグナは、しばらくぼうっと立ち尽くしていた。

 吹きしく寒風と、なびく彼の外套の音だけが聞こえている。


 やがて、背後から足音を聞く。


「……マグナさん」


 振り向けば、ラヴィア・クローヴィアがそこに居る。

 白い棍を片手に、悠然とした佇まいでどっしりと大地を踏んで、されども瞳は恋と自由に憧れる箱入りお嬢様だった頃に戻って――


「……ラヴィア」


 ようやく手にした世界の平和と、ヤクモとの別れ。

 そして新たなる世界の管理者となったことが、彼の心をどこか感傷的にしていた。そこに現れた懐かしい姿、夜の闇のように黒い髪をした少女の姿は、不思議と彼の心を撫でるように労わっていた。


 ラヴィアは彼の瞳を見つめながら、一歩一歩を踏みしめるように近づいていく。

 ――そして、ついに想いを伝えた。


「マグナさん、私は、貴方のことが好きです」


 少しの間、時が止まったようにしんとした。

 風の音だけが聞こえる。


「三年前のあの日から、誰かの為に体を張って戦う貴方に……私はずっとずっと恋焦がれてきました。お願いします、どうか私を貴方の眷属にして頂けないでしょうか?」


「……」


 マグナは、ラヴィアの気持ちにはとうに気が付いていた。

 それでも二人は、ほとんど同じ旅路を往かなかった。マグナが彼女をアースガルズに置いていったのは、(ひとえ)に自分に正義の神としての力が足りないと思っていたからだ。二人はともに己の力不足に悩み、そして長い道のりを経てようやく同じ場所に戻って来た。


 今の彼女には願いを口にする資格が、今の彼には願いを叶える資格があるように思えた。


「眷属か……本当にいいんだな?」


 じっと目を見る。


「俺はこの世界を、アタナシアを統べる存在となった。俺の意思が続く限り、その存在は半永久的なものとなる。ひょっとしたら何百年も、何千年も共に過ごすことになるかもしれない……それでもいいんだな?」


「かまいません」


 ラヴィアは即答した。

 顔には喜びと充実が、彼女の体験した旅の様々な思い出に裏打ちされて光っていた。


「――だって、私は」


 思い出す。

 衝動に駆られて、彼のリュックサックに潜り込んだ日を。

 思い出す。

 悪しき女王を討つため、仲間と生まれて初めての冒険をした日を。


「――だって、私は」


 思い出す。

 己の至らなさを痛感し、修行に明け暮れた日を。

 思い出す。

 人を愛する気持ちや想いに、隔たりなどないと知った日を。


「――だって、私は」


 思い出す。

 盗賊に身をやつし、誰しもが必死に生きていると知った日を。

 思い出す。

 邪神討伐の旅を経て、諦めないことの肝要さと人の心の尊さを知った日を。


「貴方の隣に戻る為に……その為に、ずっとずっと、旅をしてきたのですから……!」


 力の無い存在だった自分が、このようにして望みを果たせることは彼女にしてみても予想外のことだった。想いを捨てなければ、きっと夢は叶うのだろう。そして誰しもがこの残酷な世界で、脆い心を携えて、懸命に(あえ)ぐように生きている。今度は彼と共に、そんな人の世を見守っていこうと想った。


 ――力無き籠の鳥は恋を知り、自由という大空の旅を経て、世界を見守る神聖なる存在となったのである。

最後までお読み頂きありがとうございます。

この作品は、私がオクトパストラベラーに出逢い、自分も壮大な物語を作ってみたいと思ったのが発端でした。子供の頃に夢想した物語を原案に、神話ネタとRPGネタで補強して出来上がったのがこの作品です。

初めはオクトパストラベラーのように、8人分の等量の物語を作ろうと思いましたが、小説でそれは存外に難しく早々に挫折しました。結局マグナを主人公格に、ラヴィア、フリーレ、スラの前半に集結する4人はそれぞれ行動させて、後に登場するトリエネ、マルロー、リピアー、ヤクモの4人は基本的にマグナと行動を共にさせる折衷案のような形と成りました。

キャラクターが多く、設定のサラダボウルと化した感は否めません。しかし私はこの作品を通して物語作りの妙というものを少しは理解できたような気がします。どうすれば読みやすく仕上げられるか、描写不足も描写過多もよくないということ、キャラクターに命が宿れば自分から動き出して物語を紡いでくれること……

この拙作が少しでも貴方の楽しみになれたなら、これに勝る喜びはございません。ここまで読んで下さりありがとうございました。

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