第267話 破壊するもの
マグナ、ラヴィア、マルロー、トリエネ、ヤクモは最終決戦の舞台へと到達する。そして、ついに皇帝リドルディフィードとの対峙を果たした。
「えーーっ!?お、お菓子ご馳走してもらったのぉ!?」
カウバル城三階、玉座の間に続く扉の前に九名は集結していた。
各自これまでのいきさつについて共有しており、先の言葉はマグナとヤクモの状況を聞いたトリエネの第一声である。
「ケーキに、スコーンに、あったかいお紅茶まで!?う、羨ましい……」
「ふふふ、どれも大変美味であったぞ。なあマグナ」
ヤクモは何故だか意地悪そうな笑みを浮かべて言う。
「いいなー!いいなー!こっちなんて真冬のシバレルよりも寒いところに放り込まれたのに……うう、まだ体が冷えてるよ。明日には風邪引いちゃうかも……」
「心配すんなトリエネ、もしそうなったら付きっきりで看病してやるよ。汗とか拭いてやったりな」
「私が倒れるくらいなら、多分マルローもバタンキューだよ」
「おいおい、俺の体の丈夫さを舐めるなよ?」
「そーだね、おバカは風邪引かないもんね」
トリエネとマルローはいつものように、実に仲良く言い合っていた。とても決戦前とは思えない雰囲気だった。
しかし中には元気のない者も居る。
マグナが片隅に目をやると、ヴィーザルが壁にもたれて座ったままこんこんと眠り続けている。バエルを相手に、限界を越えて戦った時の反動が来ているようだった。隣にはフレイヤが片膝つき、心配げな視線を送っている。
「ヴィーザルは大丈夫なのか?」
「命に別状はないかと思います。軽い応急処置も済ませました。ですが、これ以上戦うのは厳しいかと……ヴィーザルはここに残し、私も付き添いたいと思うのですが」
「そうだな、それがいいだろう」
別の箇所で座り込む音を聞く。見ればアーツもくたびれた様子で壁にもたれていた。
「悪いな正義の神、俺もこっから先は遠慮させてもらうわ。フルパワーで能力を解放した反動が、想像以上に大きい」
「分かった、無理はするなアーツ」
「まあそれと、俺はどうも表舞台には出たいと思わない性分なんでな、ここから先の最終決戦の舞台には正直登りたくねえ。一歩引いたところで気ままにやってる方が性に合ってるんだよ」
アーツは両腕を頭の後ろで組み、リラックスしながら言っている。
そこに今度はバズが続いた。
「俺も同感だな、アーツ」
カラドボルグとゲイボルグを傍の床に置き、アーツと同じように壁にもたれて座り込んでいる。バズの肉体は既に元の老体へと戻っていた。
「久しぶりに全盛期の姿で戦えたのは楽しかったが、やっぱり元に戻ると負荷がやべえな。体中がぎしぎしして痛てえ……ここから先は正義の神とトリエネたちに任せるぜ」
「うん分かった、お爺ちゃんはゆっくりしてて!」
「そもそも俺みたいなくたばり損ないの老人が、最終決戦の華々しい舞台に立つべきじゃあないのさ。未来の先行きを決める戦いだ、こういうのは若けえ奴らでやるもんだ。気にせず行ってこい!もし近衛部隊の残党が出て来ても俺とアーツがなんとかするからよ」
「ああ、任せたぜ……バズ」
こうしてカウバル城に突入した九名の内、四名が途中離脱。
残る五名が玉座の間へと足を踏み入れることとなった。
「私は同行するぞ。正義の神としてのお前の行く末をどうか見届けさせてくれ」
「私もです。参りましょうか、マグナさん」
ヤクモとラヴィアが近づきつつ言っていた。
「……行くか、いよいよ最後の戦いだ」
扉が開く。
マグナ、ラヴィア、マルロー、トリエネ、ヤクモの五名が歩を進めていく。
玉座の間には特筆すべきことはなかった。
紅い絨毯が入り口から玉座の有る段状になった奥のスペースまで伸びており、石レンガで出来た壁には窓もない。玉座の後ろの天幕には、皇帝の私室に至るであろう扉が見える。
異様と言えるのは、玉座に皇帝の姿がなかったことだ。それどころか玉座の間には誰の姿も見受けられない。
(どういうことだ?リドルディフィードはどこにいる?)
そう思いながら歩を進めていた時のことだった。
突然周囲の風景がひび割れるかのように崩壊を始め、真っ黒な空間に包まれた。
「これは……?」
「おそらく亜空間だ。リドルディフィードの奴、近衛部隊のように俺たちをまたしても別の世界に誘い込もうとしているようだぜ」
ラヴィアとマグナは言葉を交わしながらも、足取りを緩めてはいなかった。他の三人も同じだ。五人はすっかり暗闇に閉ざされた世界をまっすぐ突き進んでいく。しばらく風景は変わらなかったが、着実にどこかに向かっている感覚があった。
やがて、一気に視界が開けた。
「……?」
「こ、これは?」
辿り着いたのはやけに明るくだだっ広い空間だった。
そして奥の方にひと際大きなステージが設えられていた。
五人は呆気に取られていた。
”最終決戦の舞台”という比喩を用いつつも、まさか本当に舞台に辿り着くとは思っていなかった。
そうこうしている内に舞台装置が動き出し、ステージ下から四名の女性が姿を現した。左から一人目はチョコレートブラウンのウェーブがかった髪、二人目がハニーゴールドのツインテール、三人目がターコイズの長い髪、最後がダークグレイのショートカットだった。
四人ともやけに短いプリーツタイプのスカートを履いて、両手には黄色いポンポンを持っている。マグナたちがワケの分からぬ想いで見ている内に(ヤクモだけはあれがどういった装いであるかは分かっていた)、やたら軽い調子の明るい音楽が流れ始める。
四人は軽やかに手脚を動かして踊り始めた。
ポンポンを持った手を振り上げ、脚を上げて折り曲げる。
『いつでもー、素敵なあの人♪寝ても覚めても頭から離れなーい♪』
まずチョコレートブラウンの女性が歌い出した。上手いがどこか恥ずかし気だ。
『何をしててもあの人のことが気になっちゃうのー♪胸はドキドキ♪心はやきもき♪』
次いでハニーゴールドが歌う。こちらも上手いが仕方なくやっているといった印象が拭えない。
『貴方がいなくて淋しいの♪眠れぬ夜はどうか私に会いに来て♪ラブラブマイドリーミン♪』
今度はターコイズが歌う。無表情だが動きにはキレがあり、歌も抜群に上手かった。
『貴方がいるから私の世界は色づくのー♪好き好きマイダーリン♪キスキスマイダーリン♪』
最後のダークグレイがノリノリで歌う。しかし踊りにリズム感は感じられず、音程も外れていた。
四人が一斉にポンポンをばさばさと揺らし始め、曲がサビへと差し掛かる。
そこに上空からぶわっと、一人の男がマントを翻しながら颯爽とステージに舞い降りた。葡萄色の髪、ワインレッドのマント……皇帝リドルディフィードであった。
『今行くよ、マイ・スウィート・ハニー♪何故なら俺は世界の覇者♪』
皇帝は高らかに歌いながら、無駄にキレのある動き(気持ちの悪い動きと言い換えてもいい)でステージ上を踊り狂う。バックダンサーと化した四人も一層動きと歌声に力が入る。
『望む物はなんでも与えよう♪なにせ俺は覇者なのだから♪』
『わーお♪流石はリド様♪好き好き抱いて♪』
チョコレートブラウンに近づきつつ乳を揉む。
『いつでも君を放しはしない♪なにせ俺は君に首ったけ♪』
『わーお♪約束だからね♪ずっと傍にいて♪』
ハニーゴールドに近づきつつ肩を抱く。
『君を淋しがらせはしない♪なにせ俺は風なのだから♪』
『わーお♪素敵な世界に二人は揺れる♪』
ターコイズに近づきつつ腰に手を回す。
『君のため世界を手にいれよう♪なにせ俺は強欲だから♪』
『わーお♪でもでも私は貴方さえいればいい♪』
ダークグレイに近づきつつ尻を撫で回す。
やがてリドルディフィードはステージ中央に戻って来る。くるくると回りながらフィナーレを決める。
『そうさー俺こそ♪そうさー俺こそ♪世界の皇帝♪大陸のーー覇者っ♪』
上体をそらし両腕を広げながらひざまずく謎のポーズで、締めを飾った。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
五人はなんともいえない表情で、皇帝の奇行を眺めていた。
(いったい俺は何を見せられているんだ?)
(とても不愉快なものを見せられました……最悪です)
(いいなー美人の姉ちゃんに囲まれながら歌って踊って、楽しそうだなー)
(……とか思ってるんだろうなぁ、マルローは)
(聞きしに勝る道楽ぶりだな、あの男)
五人の反応を余所に、皇帝はまたしても無駄にマントを翻しながら颯爽とステージから降り立った。
「フーハハハハハハ!よくぞここまで来た!正義の神、ご一行よ!」
皇帝は先頭に立つマグナの方に目を向ける。
「しかし心外だな、なにゆえ正義の神が俺を滅ぼそうとする?俺のしていることは間違っているとでも言うのか?強い者が弱い者を支配するのが世の常だろう」
「お前の言っていることも間違ってはいない。だが人間はそんな安っぽいものじゃないのさ。支え合い協力し合うことで大きなものを生み出せる。艱難辛苦にもめげずに乗り越えてゆける。そしてそれを忘れさせないようにするのが、俺の考える正義だ」
「ふん綺麗ごとを言いおって!この世界はもっと自由であるべきだ!あれはダメだ、こうあるべきだなどとつまらんことは聞き飽きた!それに俺は知っているぞ、お前の名、マグナ・カルタの意味を……」
彼はびしりとマグナに人差し指を突き付ける。
「たしか、えーと、なんだったかな……たしか憲法の始祖のようなものだったはずだ。そして法治社会の嚆矢とも言える存在。つまりあれはダメこれはダメの雁字搦め、窮屈な社会の元凶とも呼べるものだ!」
「……リドルディフィード、それは流石に曲解が過ぎるぞ」
ヤクモがたまらずダメ出しをした。
「フハハハハハ!なんでもよいわ!とにかく、俺は自由とチートを楽しむためにこの世界に来たのだ!邪魔などさせるものか!俺はこの大陸を統一し、唯一無二の大陸の覇者として君臨するのだ!」
「近衛部隊はすべて倒されたのですよ?まだ抗うというのですか?」
ラヴィアが冷たい瞳で見つめている。
「フハハ、たしかに、近衛部隊までもが倒された時はさすがに肝を冷やした。だが俺は気が付いた!分かるか?俺の体が凄まじいまでの神力に満ち溢れていることに……」
一行はここでようやく気が付いた。
リドルディフィードの言う通り、彼の肉体からは膨大な神力が迸っているように感じられた。さっきまでの奇怪な歌と踊りに気を取られ過ぎていた。
「今まで俺の神力の大部分が魔軍の維持に費やされてきた。とくに近衛部隊は強力な分、消耗もひどいものだった。だがお前たちが倒してくれたおかげで今の俺にはそのような負担が無い……!俺は今日初めて全霊を以て戦うことができるようになったのだ!」
「……やっぱり、簡単には終わってくれなさそうだね」
「ああ、頑張ろうぜトリエネ。ここが正念場だ」
トリエネとマルローも緊褌一番と気合を入れる。
皇帝はマントを必要以上に靡かせながら歩を進める。
背後から、未だステージ上に居たグレモリーが声を掛ける。
「リド様!私たちも戦います!」
言葉には出さないが、フォカロル、ウェパル、シトリーも同じ瞳で視線を送る。
「いや、ここは俺一人に任せてくれ」
皇帝は歩みを止めず、首だけを後ろに向けて応える。
「近衛部隊ですら敗れたのだ。お前たちが戦ったところでいたずらに命を散らすのがオチだろう。戦う必要はない、俺はお前たちまで失いたくはないからな……その代わり、そこでしっかり応援していてくれ!この皇帝の勇姿をな!」
この時の彼の表情と声音には、戦地に赴く覚悟の決まった男のような力強さと高潔さがあった。グレモリーは不意に胸がときめくのを感じた。傍らのフォカロルも同じ想いだったか、どこか混乱したような表情でグレモリーに近づく。
「ど、どうしよう、グレモリー……不覚にもリド様がかっこいいんだけど」
「え?あー、そうだよね、なんか……」
どぎまぎしながら応えていた。
更にウェパルとシトリーもやって来る。
「リド様はいつでもかっこいい。ちょっとお茶目でチャーミングが過ぎるだけ」
「さあさ、みなさん!リド様の戦いを声の枯れる限り応援いたしましょう!」
そうしてシトリーの声を皮切りに、四人は再び脚を上げてポンポンを振り始める。
声援を背中に受けながら、皇帝はいよいよマグナの前に立ちはだかった。
途端に、リドルディフィードの全身に神力が漲る。激しい風が吹き荒れる。
「ギリシア神話では戦争を司る神が複数存在する。例えばアテーナーもそうだが、あれは戦争における知略や計略といった側面を司る存在だった。一方、同じオリュンポス十二神の一柱であるアレースは、戦争における破壊の側面を司る荒ぶる神であった!」
風が止み始める。
一行が見たリドルディフィードの姿は変貌していた。まるで骨格のような形状の白い鎧に身を包み、下半身には黒衣を纏っていた。肩の部分のつくりが鋭利だ。頭部は紅い宝玉の付いた兜で覆われている。
「見せてやろう……アレースの破壊の力というものを」
背中から、白と黒の翼が生える。
「いや、俺の力は単なる物理的な破壊にはとどまらない……!俺は大陸全土を統一し、自由に楽しめる世界を創るのだ!俺は史上初の世界統一を成し遂げる!そう、前代未聞の、破天荒という意味さえも含めて……俺こそが、真の”破壊するもの”である!」




