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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第11章 世界大戦
256/270

第256話 世界の裏側で

世界大戦の大枠は終息した。ここからは大戦の裏舞台で起きていたことを綴る。

 此度の世界大戦で戦いが起きていたのは、実は三つの戦線だけではなかった。

 それは世界の裏側――冥府と呼ばれる領域でも起きていたのである。


 スラ・アクィナス。

 かつてマグナたちと共に旅をし、今では新たなる冥王となった彼であるが、現在は冥王としての業務や”タルタロス”の管理方法について前任者のハーデスから教わっている最中であった。


 しかしこの日、ハーデスは難しい顔をしながらスラに話し掛けてきた。


「スラ君、スラ君、ちょーっといいかな?」

「なんでしょう?ハーデスさん」


 執務スペースで、机に向かいながらスラは答える。

 冥王らしい少し洒落た黒い衣装に身を包んでいる。


「いやー、ちょっと面倒なことが起きていてね。僕と一緒に来てもらいたいんだけど」

「はあ……分かりました。少々お待ちください」


 スラはどのみち一息入れるつもりだったので、すんなり業務を中断した。

 そして空間転移を利用して、二人は目的の場所へと辿り着く。そこはかつてアンジェラやイロセスの霊魂と再会した場所――”忘却と輪廻の間”であった。


 何故だか石造りの、城の中のような風景になっていた。

 それがスラには、祖国ストラータ王国の王城の中だとすぐに分かった。


「ここは……ストラータの王城内でしょうか?しかし何故このような景観に……?」

「多分あの霊魂が原因なんじゃないのかな。ほら、あの不気味なデカイ顔が話し掛けている相手の方」


 ハーデスが指差す、遠くの方に目線を向ける。

 見れば、土偶のような不気味な顔が宙に浮かんでいた。体は無く、顔と両手ばかりの奇妙な存在であった。明らかにこの冥府に存在するものではない、異質な雰囲気があった。


 その不気味な顔は、誰かに向かって話し掛けているようであった。

 それは金髪の長い髪に紅色のドレスを着た、耳の尖った美女であり、この景色は彼女によって生み出されているらしかった。


「いったい何なのですか、あの顔と手だけの不気味な存在は……?それに冥王の許可なしに、何故霊魂と会話ができているのでしょう?」

「まあ結論から言うと、アレが皇帝リドルディフィードによって生み出された眷属だからだね」


 困惑気な面持ちのスラに、ハーデスはあっさりと返した。


「リドルディフィードですか……たしか現在の彼の人格は、外側から来た人間のものに置き換わっていると以前にお聞きしましたが」

「そういうことだよ、あの男はこの世界を好き勝手に引っ掻き回す為に連れて来られた存在だからね。だからメチャクチャな神力を管理者から与えられているし、それで大量の眷属を生み出した。おまけに七十二体の将軍級(コマンダー)と呼ばれる特別な眷属には、脅威的な戦闘能力か特殊な能力が付与されている」

「なるほど……さしずめ、あの不気味な顔は”冥府に干渉する”能力を与えられた眷属、ということなのですね」


 スラは状況だけは理解しつつあった。

 現在正義の神マグナが世界を結集させ、アレクサンドロス大帝国を相手に戦争を開始したことはスラも把握していることだった。おそらく冥府に入り込み、既に戦死した眷属の魂を連れ帰って、不死族(アンデッド)として復活させるつもりなのだろう。


「あの話し掛けられている女性の方も、リドルディフィードの眷属だったのでしょうか?」

「多分そうだろうね」

「しかし分かりませんね、眷属というのは死ねば神力に戻って主の元へと還るはずなのでは?何故眷属の魂までもが、こうして冥府に存在しているのでしょうか?」

「その答えは簡単だよ。端的に言えば、あの男はこの冥府を戦力のストック倉庫代わりにしているのさ」


 ハーデスはやや呆れたような調子で言っていた。


「眷属が死んだら冥府に向かうようにし、そして冥府に干渉できる眷属も用意しておくことで、いつでも好きな時に死んだ戦力を不死族(アンデッド)として呼び戻せるようにしているのですね。しかしどうやって?」

「からくりとしては、眷属が死ぬタイミングで主神と眷属との間のリンクが切れるようにしているんだろうね。そうなったら眷属というよりは、一個の独立した生命体として扱われるようになる」

「なるほど、そうなればこの世界の大法則に従って、魂は主には戻らず冥府へと向かうことになるのですね。そして元来は冥府に来るはずの魂ではなかったのだから、輪廻転生の流れにも乗らず消えてしまう恐れもない。考えたものです……」


 スラは顎先に手を添える。

 状況は分かったが、どうすべきかという結論は彼の中でまだ出ていない。


「……一つ聞きますが、この状況は冥王として放置してよいものなのでしょうか?」

「うーん、僕に聞かれても困るなあ。だって今の冥王は君じゃない」


 ハーデスは軽はずみな調子で突っぱねた。


「冥府を私物化しているに等しい状況なので、あまりよろしくはないかと思いますが……」

「だったら、邪魔してくればいいんじゃない?これからは君が自分で考えて冥府を運用していくんだよ」

「それもそうですね……」




 その時である。

 背後から声を聞いた。聞き覚えのある冷静で理知的な声だった。


「スラ?お前、まさかスラか……?」


 名を呼ばれた彼は驚きつつ振り返る。

 ――そこにはかつてフェグリナ討伐の旅を共にしたフリーレの姿があったのだ。


「フ、フリーレさんですか!?何故此処に……」


 言いかけたところで、彼女がひと月以上前に戦死していたことを思い出す。

 なれば、冥府に居ること自体はなんらおかしいことではない。


 しかし奇妙な点がある。


「そういえば貴方はアレクサンドロス大帝国との決戦で命を落としていましたね。しかし許可した覚えがないのに、何故意識が明瞭に……?」


「それはねー、ウチが今までフリーレさんとお話ししてたからだよー」


 フリーレの後ろには、学衣に身を包みウェーブがかった茶髪を靡かせた軽薄そうな女性が居る。彼女を見て、ハーデスは見知ったようなリアクションをした。


「あれ?ミーミルじゃん。どーしたの、こんなところまで来て」

「ヤッホー♪おっひさー、ハーデス♪ぴすぴす♪元気してた?」


 ハーデスを見るや、ミーミルと呼ばれた女性もくだけた調子で応答した。


「ミーミル……?そうか、仮想データベース”ユグドラシル”とやらの管理者ですね?」


 スラもようやく、何故冥府に入って来られたのかや、何故フリーレを伴っているのかについて何となく察しがつき始めた。


「そそ、でねー、フリーレさんが死んじゃったから、生き返ってやり直しとかさせてあげたら喜ぶかなーって思って声を掛けてたんだけど、怒られちゃってー」

「はあ……まあ確かに、彼女はそういう都合の良いことは良しとしない性格でしょうね」


 フリーレを見ながら言う。

 付き合いの浅いスラからしてみても、フリーレの反応は予測のできるものだった。


「で、どうしてわざわざ冥府まで来たんだい?」

「それがねー、フリーレさんが遠くの方で懐かしい気配がするって言うから来たんだよね。ミーミルの泉のどこでもないとなると、もう冥府しかないからさぁ」

「ふーん」


 管理者二人が話しているのを余所に、フリーレは独り歩き出していた。

 不気味な顔と、金髪の女性が話している場所まで近づいていく。


【ほーう、どうあっても現世には戻らないと言うのだね?】

「何度同じことを言わせるつもりだ、ムルムル?我ら深淵部隊の将軍級(コマンダー)四人、誰一人としてむざむざ生き返るつもりなどない」


 浮かぶ顔の方は知らない。

 しかし金髪耳長の方はやはり見知った存在であった。


(ブネ……!)


 もはや三か月以上前の夏の頃、ヴェネストリア解放戦でフリーレが打ち破った相手であった。彼女は会話を聞こうと耳をそばだてる。


【どうしてだね?今リドルディフィード様は非常にピンチに陥っておられる。死んでいようが、なんとしてでも復活して、主様の為に身を粉にして戦うのが眷属のあるべき姿ではないのかね?】

「幾らでも復活させられる戦力というものを、主様がどのように考えているかは知らないが……私は実につまらないものだと思っているよ」


 ブネは吐き捨てるように言った。


【何?】

「そうだろう?無尽蔵の兵力を用いた戦いのどこに浪漫がある?兵力も武器も食糧も、限られた中で考え最善を尽くすからこそやりがいがあるんじゃないのか?」


 ブネの意見は司令官ならではのものであった。


【そんなこだわりに何の意味があるというのだね?(いくさ)など勝てばよかろうに】

「換言すればこれは人生と同じだろう。世界というやつはそこで生きる生物たちに、基本的に味方などしてくれぬ。限られた時間、資源、力を最大限に活用し、なんとかやりくりしていくしかないんだ。主様も無尽蔵の戦力に物を言わせての一方的な戦ばかりしていては、いざという時に壁を乗り越える実力も胆力も(つちか)えぬことだろう」


 ブネの言っていることを傍らで聞いていて、フリーレはピクッと反応した。

 いつぞやの彼女と似たようなことを言っていたからだ。


「主様が何故貴様らのような部隊を作ったのか、その真意は知らないがな……去れ!ムルムル!私は一度きりの命を精一杯に戦って死んだのだ!むざむざ生き返って戦い直すつもりはない!」

【おのれブネ……!この分からず屋め……!】

「そして主様に伝えておけ、あまり戦を汚すなと」


 そこで、話を聞いているだけだったフリーレは更に近づいて、二人の前に姿を晒した。


「ブネよ、お前の言っていることはなにもかも正しい……!」

「お、お前はまさかフリーレ、か?」


 ブネは驚きで目を丸くしている。

 更に驚いたのは、彼女がまるで気心の知れた戦友でも相手にしているかのように、何の躊躇もなく隣に並び立ったことだ。


 フリーレとブネは今、共に第14師団”幽冥部隊”のムルムルに対峙している。


「まあ、この世に絶対的に正しいことなどないのかもしれないがな。しかしお前が言っていたことはなにもかも、私自身もその通りに思っていることだ」

「……ふん、そうか」

「お前をムリヤリ現世に連れ戻そうとするこの不届き者を追い払えばいいのだろう?協力するぞ、ブネ」

「……いいだろう。貴様と共に戦うのも、奇妙だが悪くはない気分だ」


 フリーレはその手にグングニールを顕現させる。彼女は現在、魂という思念体である為、手元に存在しないはずの武器でも親しんだ物ならばイメージ通りに顕現させられた。


 ブネも体から三体の光る龍を出現させて、ムルムルの方を睨み据える。


 ムルムルは表情こそ変じていないが(土偶の顔だから変じようがない)、明らかに困惑していた。その隙にフリーレはダッと駆け出すとムルムルに槍の一撃を加え、ブネは龍の口から光る炎を吐き出して追撃する。


【おのれ!主様の為に戦わぬばかりか、敵と手を組み歯向かってくるとは……!もう許さぬぞえ!】


 ムルムルは突如、爆発的な霊力を周囲に波及させた。

 途端に、フリーレもブネも体の自由が効かなくなった。


「ぐっ……!」

「これは……!」


【グフフフ、私の能力はただ冥府に入るだけではないのでね。魂を連れ戻すまでが私の仕事なのだからね。当然、私は魂に干渉する力も持っている】


 ムルムルは両手をわきわきと蠢かしながら近づいていく。

 表情は固定でも、愉悦に歪んでいるように見えた。


【魂の状態で私に歯向かうなど愚行の極みだったのだね!もうお前たちに用など無い!魂ごと消滅してしまえ……!】


「おっと、困りますよお客様――あまり冥府で好き勝手なされては」


 驚きでムルムルは硬直する。

 ブネもフリーレも、動けない状態から目線だけを向ける。


 そこにはいつの間にか、スラが駆け付けていたのだ。


【何者だ、お前は?】

「この冥府の支配者――冥王スラ・アクィナスというものです」


 彼の発言を聞いて、ムルムルは素っ頓狂な声を上げた。


【き、貴様が冥王だと……?冥王はハーデスとかいうテキトーな(やから)だったはずでは……】


 今の言葉で、今までの事情はある程度推察ができた。

 ハーデスは実質、この幽冥部隊という冥府に干渉できる部隊の活動を黙認してきたのだろう。だからムルムルもまさか冥王が邪魔してくるとは思っていなかったのだ。


「まあ今までがどうだったかは知りませんが、これからの冥府は私の考え通りに運用させて頂きます。ひとまず今回のことに関してはフリーレさんたちのおっしゃる通りかと思いますので、貴方にはご退場願いましょうか……」


 スラは空中に光る図形のようなものを出現させると、それらに指を走らせた。途端にムルムルが体を硬直させてゆく。


【こ、これは……私の力が抑制されている……?】

「冥府では私の権限こそが絶対です。それより優先されることなどございませんので、諦めて頂いた方がよろしいかと」


 スラは言いながら涼しい顔を、二人の方へと向けた。

 フリーレとブネの二人は既に体の自由を取り戻していた。


「――後は任せましたよ、お二人とも」


 二人はこくりと頷いた。

 そして共に駆け出すと、フリーレのグングニールとブネの龍の牙が、ムルムルの顔を深く刺し貫いた。


【グアアアア……!申し訳ございません、リドルディフィード様……!】


 断末魔と共に不気味な顔は砕け散るように消えていった。


 ムルムルが消えた後、フリーレとブネはそれぞれ槍と龍を消して、しばらく向かい合っていた。お互いに掛けるべき言葉がよく分からなかった。


 やがて痺れを切らしたように、ブネはフリーレに背を向けて歩き出そうとする。

 去り際にフリーレは声を掛ける。


「……行くのか?」

「……ああ」


 何処へ行くのかは聞かない。行き先などないからだ。


「……達者でな」

「……貴様こそ」


 死んでいるのに何が達者なのか、二人して疑問だったが問わなかった。

 その内にブネの姿はかき消えるようにして消えた。


 フリーレはしばらく悄然と突っ立っていたが、やがてスラが彼女の元へ近づいて来る。


「お疲れ様でした、フリーレさん」

「……スラか」


 彼女は我に返ったかのような面持ちでスラを見ていた。


「……というかスラ、なんでお前、冥王なんて者になっているんだ?」

「フフフ、それについては後で時間の許す限り教えて差し上げますよ」


 スラは何故だか嬉しそうであった。


「……?どうしたんだ、スラ?」

「なんでもございませんよ」


 彼は冥王の座を引き継いだあの日以降も、死生観のあるべき姿について考え続けている。イロセスという女性の弁を聞き、彼は一旦のあるべき姿を結論付けた。


 別にそれを疑っていたわけではなかったが、イロセスの言っていたことはやはり真実足り得るものだったのかもしれないと思い直していた。

 彼女とはまったく異なる人生を歩んできたはずのフリーレ、そして人ではないブネすらも同じような考えに行き着いていたのだから……

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