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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第11章 世界大戦
252/270

第252話 世界大戦⑦

バルバトスとレライエを五色(ウースー)同盟国に招待しようとするラヴィア。そこに突如、空飛ぶ大きな漆黒の鎧が襲来する。

 バルバトスとレライエは唇を離した後も、互いに肩を抱き合ったまま固まっていた。至近距離で互いの熱い吐息を感じている。


 二人は火照りと熱の中に囚われていた。

 そこにラヴィアが冷やかしの言葉を掛けつつ、後ろ手を組みながら近づいた。


「素晴らしいです!いやー、良いものが見れました!好極了(ハオジーラ)です!」


「……」

「……」


 二人はいよいよ熱から醒めて冷静な思考を取り戻し始める。

 そして、このラヴィアという少女はなんなのかと考え始めていた。


 敵である自分たち二人を見逃す程に、彼女にとって恋愛事は重大事項なのか?それとも始末する気がなくなったというのは単なる方便で、見たいものを見た後は結局始末するつもりなのだろうか?


 しかし後者の可能性はないように思われた。

 彼女は確かにレライエの願いを叶えると、非常に昂った勢いで宣言していたし、事実次のように言うのである。


「それでは貴方がたお二人については、後ほど五色(ウースー)同盟国にご招待いたしますので」


「「なっ……!」」


 二人して声を上げて驚いていた。


「それは、捕虜ということか……?」

「とんでもない!お二人は愛するパートナーのことだけを考えていてください!こんな煩わしい戦争のことなど、まったく関わらせないようにいたしますので!」

「戦争中の相手を自国に招き入れるのか……どうかしているぞ」

「まあ問題ないですよ。私は貴方がたのことを気に入っていますし、こちらについても破壊させて頂きますので……」


 ラヴィアは後ろ手に組んでいた手を解く。見れば、彼女の手にはバルバトスとレライエが所持していた弓と矢筒が握られていた。


 ここで二人はようやく、いつの間にか(具体的にはレライエがバルバトスに告白し始めた辺り)武器を盗み取られていたことに気が付いた。


 間髪入れず、ラヴィアは弓と矢筒を空中に放り投げると、四聖剣で叩き斬ってしまった。


「もう貴方がたには不要な物でしょう。これより貴方がたは愛によってのみ生きるのですから!」


 溌剌とした顔で叫んでいた。


 会敵から現在に至るまで、ラヴィアの主張は終始一貫している。

 リドルディフィードの眷属とはいえ、美しき心で互いを想い合っていた二人をラヴィアはどうしても殺したくなかったのだ。


 しかし実情を見れば、伝えるつもりなどなかった女の気持ちを伝えるよう強要し、相手の男にも受け入れることを強いて、言う通りにしなければ命は無いと脅していたような状況だった。それにいくら自分が気に入ったからとはいえ、敵国の者(それも将軍級)を自国に迎え入れるというのも自国民からすれば身勝手な振る舞いのように映るだろう。


 では糾弾に値すべきことかと言えば、それも軽々なことである。

 前述したように、レライエが抱いていた恋心に首を突っ込み応援することは、ラヴィアの精神衛生上ひどく重要なことだった。それに彼らを迎え入れるような宣言をしたのも、彼女がこの二人ならば問題ないだろうと、そう確信したが故に言っていることであり、決して世迷い事を言っているつもりはなかった。


 何より、彼女のこの大胆不敵さ無くして、東方五部族をまとめ上げるなどという偉業は成し得なかったことだろう。



「……さて、我が国で暮らして頂くこと自体はいいんですが、一つ考えておかねばならないことがあります」


 ラヴィアはそれまでと打って変わって、静かに切り出した。


「眷属というのは基本、(あるじ)が死んだ場合は自身も消えるのですよね?」

「ああ、確かにそうだが」

「では残念ながら、せっかく結ばれたお二方の蜜月もすぐに終わってしまうかと……」


 ラヴィアは何の疑いもなく、正義の神の勝利を確信していた。


 それにリドルディフィードの正体についても聞き及んでいる。アレはこの世界内部に肉体を持っている外側の人間……マグナが彼との対峙を決めたのは、おそらく彼がただ世界を荒らし回っているからだけではないだろう。そしてリドルディフィードという男がどのような末路を辿るのかも、なんとなく想像がついていた。


「現在ラグナレーク王国側に寝返っているエリゴスさんとウァラクさんですが、お二人とリドルディフィードとの神力のリンクは完全に断ち切られている状況のようです。そうなれば眷属というよりは、一個の生命体としてみなされるらしく、主と運命を共にしないと考えられます。もしお二人がお望みであれば、リドルディフィードを締め上げてでも神力のリンクを断ち切らせますが……」

「いや、そこまでする必要は無い」


 バルバトスは迷いなく言った。

 隣のレライエも同じような表情だった。


「……そうですか」

「ああ、あくまでも俺たちはあの方の眷属だ。流石に最期くらいは運命を共にするべきだろう。もはやアンタには敵わないし、このままむざむざ死ぬぐらいならせっかく気づかせてもらった気持ちに向き合いたいとは思っている。それでも、主様が亡くなった後ものうのうと暮らしていきたいとまでは思えないんだ」

「分かりました。貴方がたの想いには配慮させて頂きますので」


 ラヴィアは、愛情というものにおいて重要なことは、必ずしも時間ではないと思っていた。


 そしてもはや狙撃部隊の主力は自分の手に下ったも同然であり、二人の想いも結ばれた。ラヴィアにしてみても、これ以上我を通す理由は特になくなっていた。




「さてと、であれば急ぎましょうか。早くこの戦線を片付けて、貴方がたお二人を我が国にご招待しないと……ああ、心配しないでください、お二人のことは丁重にお迎えするように私の方から言っておきますので……」


 そこで、ひどく耳障りな声が空中から聞こえてきた。


「オイオイオイオイ!何テメーら、敵同士で仲良くくっちゃべってやがんだぁ!?」


 ラヴィアたち三人は空を見上げる。

 そこには真っ黒い巨大な鎧を着た男が、肘と足裏からエネルギーのようなものを噴出しながら宙に浮かんでいた。


「ゼパル……!」


 バルバトスが叫んでいた。


 ずしゃあっと、大きな音を立てて黒い鎧が地に降り立つ。三メートル以上はありそうな鎧だった。兜はまるで龍の頭骨を模したような形状をしていて大きな角があり、グリーブやガントレットの先端もまるで龍の手足のように鋭利だった。


(ゼパル……たしか第9師団”重鎧部隊”の師団長でしたね。ですが戦線から離れて、何故ここへ?)


 ラヴィアは四聖剣を構えつつ、冷静に相手を観察している。

 しかしゼパルは眼前の小娘を侮っていた。ラヴィアのことは特に意に介さず、バルバトスとレライエの方に視線を向ける。


「バルバトス、レライエ、よく聞け。偵察部隊の連中がなかなか来ねえから、俺が直々に状況を伝えに来てやったんだ。敵はかなりの数だ、重鎧部隊は押されちまっている。おまけにプルソン、フォラス、オロバスが三人とも討ち取られちまった……!」


 ゼパルの声音は、怒りを必死に抑え込もうとしているような印象だった。


「だからよぉ、お前たち狙撃部隊にももっと前線に出て、役に立ってもらわなきゃならねえ。だから、こうして助力を乞いにここまで来たわけなんだがなぁ……」


 ギロリと、二人を睨んで声を張り上げる。


「テメエらの部隊は、なんだこのザマは!?ええ!?」


 そしてラヴィアの方にも視線を向けた。


「テメエら狙撃部隊は、遠くからコソコソ弓を射るのが仕事だ。だからよぉー、理解はしているつもりなんだぜぇ?懐に入られると弱いってなぁ!だがよぉ、こんな小娘一匹に部隊が壊滅するなんて、テメエら弱すぎるにも程があんぜぇ!」


「ゼパル……気づいていないようだから、教えてやる」


 ゼパルの剣幕を前に、バルバトスは泰然自若としていた。


「その小娘こそが、東方五部族をまとめ上げ五色(ウースー)同盟国を打ち立てた存在――ラヴィア・クローヴィアだ」

「ああ!?」


 苛立ちながら、ゼパルは険しい視線をラヴィアの方に投げかけた。

 一方ラヴィアは涼しい顔をしている。これまで様々な修羅場を越えてきた彼女にとって、眼前の存在は取るに足らないものだった。


 敵を甘く見ているわけではない。それでも直感で分かってしまうのだ。


「そうか、コイツが敵軍の御大将……なるほど、たしかに妙な神器を持っていやがるなぁ……!」


 鎧の爪を振りかざしながら、ゼパルは高笑いを始めた。


「ヒャハハハハ!なら話は簡単だ!ここでコイツを殺せば敵兵どもは瓦解してゆくだろう!五色(ウースー)同盟国はコイツのカリスマ性でまとまっているようなものらしいからな!(くび)り殺して、その首を戦場(いくさば)に晒してやる……!」


「……どうやら、貴方には”気まぐれ”は起きそうもないですね」


 ラヴィアは言いながら、白い棍をその手に構えた。


「何を言ってやがる?残念ながら起きるワケがないぜぇ、”マグレ”なんてな……!」

「……」


 突如、ゼパルの身を包む鎧の胴体部分が開いたかと思えば、そこから黒い棒状の造りが顔を覗かせた。


「死にやがれ!」


 けたたましい音を上げながら、弾丸が連続で射出されてゆく。どうやら機関銃の砲身であった。発射の衝撃で鎧は金属音を奏でながら震動し、その黒いメタリックは火花に照らされ鈍く光っていた。


「ヒャハハハハハハ……ん?」


 立ち込める煙が晴れる頃、異変に気付く。

 ――眼前には大きな黒い盾が広がっていて、射出した弾丸のことごとくを弾き返していた。


「なんだと!?」


 ゼパルが驚いている内に、ラヴィアは間髪入れずに四聖剣を玄武形態から朱雀形態へと移行する。そして暴風とともに土煙を巻き上げた。


 ゼパルは敵を見失うまいと、辺りに視線を泳がせるがとうに捉えられなくなっていた。


「ちくしょう!何処へ行った!?」


 右を向けども左を向けども姿を見つけられない。

 やがて、ようやく気配を感じて上を見上げる。


 そこには推進力を発生させた白い棍を握り、宙に浮きあがっているラヴィアの姿があった。


「い、いつの間にあんなところに……!」


 ゼパルが気付いた時には既に遅かった。


 ラヴィアは推進力の発生箇所を逆転させ、急速で地上に向かうとともに四聖剣を白虎形態から青龍形態に変じて、ゼパルの鎧の右腕を一刀両断に斬り飛ばしてしまった。


 腕が音を立てて地面に転がる。血飛沫はなかった。

 おそらくゼパルの中身は鎧の胴体部分に丸ごと入っており、腕と脚の部分は機械仕掛けとなっているのだろう。鎧自体は三メートルを超える大きさだが、中身の方は平凡な背丈なのかもしれない。


「ちぃ!いい気になるなよ小娘!腕ならもう片方あんぜぇ!」


 ゼパルはまだ健在の左腕を伸ばすと、手のひらから小型の機関銃を出現させた。ラヴィアに向けてやたらめったらと打ちまくる。


 しかし再び四聖剣を白い棍に変えて、目まぐるしく周囲を飛び回るラヴィアをゼパルは捕捉できない。おろおろと、いらいらと、体を動かしている内についに背後に回り込まれてしまった。


「なぁっ!?」

「隙だらけですよ」


 そう言って、左腕の方もばっさりと斬り飛ばした。


 空を飛んだり、機関銃を出したり、恐るべき性能の鎧であったが、自身の体を動かしているわけでもないのでどうしても隙が生まれてしまうようだった。ラヴィアにしてみれば、隙を突かない方が難しいくらいであった。


 ゼパルを圧倒するラヴィアの戦いぶりを、バルバトスとレライエは遠巻きから唖然とした表情で見つめている。


「……すごいな、圧倒的じゃないか。どうやら東方五部族をまとめ上げたという偉業は嘘偽りのない事実のようだ」

「敵に回さなくてよかったですね……」

「……そうだな」


 バルバトスは溜息交じりに答えた。


 両腕を失ったゼパルは空を見上げると、足の裏からジェット噴射のようにエネルギーを放出し空中に打ち上がる。ラヴィアも剣を白い棍に変じて追い縋った。


 空中で、両者は対峙する。


「クソがああああ!ハーゲンティ!なにが最高傑作の高機能鎧だ!押されちまってんじゃねえかああ!」

「……うるさい人ですね」


 苛立ちの言葉を吐きながら、ゼパルは再び胴体部分の機関銃から弾丸を乱射した。しかし縦横無尽に宙を駆けるラヴィアにはかすりもしない。


 ラヴィアは更に高度を上げてゼパルの頭上を取っていた。

 おそらく攻撃のタイミング、彼は待ってましたとばかりに兜の口をあんぐりと開けて黒い砲身から紫色の光を迸らせ始めた。


充電(チャージ)完了だ……!吹っ飛んじまいなぁ!最高威力のレーザー砲を喰らえ!」


 紫色の、殺傷力に満ちた光線が発射される。

 しかしラヴィアは棍の推進力を逆転させ、構わず眼下のゼパルに向かって豪速で突っ込んでいった。


 血迷ったかとゼパルは思ったが、ラヴィアは力強く、

「玄武!」

 と叫ぶと、勢いを保ったまま白い棍はたちまち黒い盾に早変わりした。


「な、なんだとぉお!」


 猛烈な速度で降って来た分厚く硬い塊が、高熱のレーザーを防ぎつつ、ゼパルの鎧に命中。ぐしゃりと派手な音を立てて砕きながら、もろともに地面へと激突した。


 ゼパルの高機能鎧は、すっかりぐしゃぐしゃであった。


「ふう……やはり白虎から玄武への繋ぎが速度、破壊力、防御力を兼ね備えていて便利ですね」


 ラヴィアは鎧に近づき、「青龍!」と言って鎧をばっさりと切断した。

 ――鎧の中からは妙に手足の長い、枯れ木のように貧弱な男が()()うの(てい)で飛び出して来た。


「ひいい!こ、降参だぁ!許してくれぇ……!」

「あらら、随分貧弱な方が入っていらしたんですね」


 ラヴィアはさもつまらないものを見せられたような目で言っていた。


 足音を聞く。

 見ればバルバトスとレライエが近づいて来ていた。


「ゼパル……この男は他の将軍級(コマンダー)に比べると劣った存在だった。それがコンプレックスだったんだろう。だがコイツは生産部隊のハーゲンティと仲が良かったから、奴に特製の高機能鎧を作らせたんだ。そして戦果を挙げるようになって師団長にまで登り詰めたが、性根のところは変わっていないようだな」

「なるほど、そのような方だったのですね」


 ラヴィアはさして興味もなさそうに聞くと、青白い剣を片手に、じりじりとゼパルににじり寄る。


「ま、待ってくれ!俺の負けだよ!見逃してくれよ!な?な?な?」


「え?普通に嫌ですけど?」


 冗談気のない真顔で彼女は言っていた。


「な、なんでだよぉ!?バルバトスやレライエのことだって見逃したんだろ!?」」

「別に、私は彼らに命乞いなどされていませんよ?私が一方的に気に入って、一方的に見逃しているにすぎないのですから」


 ラヴィアの瞳は氷のように冷たい。


「つまり貴方がここから生還するには、私に気に入られるしか活路はありません。まあこれまでの言動のせいで、私の中での貴方の評価は地の底を抉っている状態ですが……どうしますか?話ぐらいなら聞いてあげますよ?」


 彼女の言う”聞く”とは、おそらく聴覚的な意味合いに留まるだろう。


 もはや絶体絶命の状況だった。

 ゼパルは情けなく、近くのバルバトスとレライエに縋るような目を向ける。


「お、おい、バルバトス!レライエ!助けてくれよ!俺たちゃ仲間だろぉ!?」

「……虫のいい」


 レライエは苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 バルバトスは嘆息し、言葉を繋げる。


「もう諦めろゼパル、年貢の納め時だ。そしてお前の敗因を教えてやる」

「は、敗因だと?」

「それはあることを軽視していたからだ。それは俺やレライエはもちろん、狙撃部隊の者ならば全員が普段から当たり前に意識していることだ」

「なんだよ、それ」

「敵の力量をしっかりと見定めることだ」


 バルバトスはぴしゃりと言った。


 ゼパルが此処にやって来て、ラヴィアをまったく警戒していないあたりから、バルバトスにはこの結末が予想できていた。一方彼とレライエが初めてラヴィアと会敵していた時は、最大限の注意を以て警戒にあたっていた。


 前者は勇猛果敢に、後者は臆病に映ることだろうが、実際に戦場で活きるのはむしろ逆である。


「俺は常日頃から部隊の兵士たちにその重要性を説いていたからな。まあそのせいで撤退することの多い部隊になっていたが、お前の目にはさぞかし腰抜けの部隊のように映っていたんだろうな」


 もはや仲間としても、バルバトスはゼパルを見捨てるつもりになっていた。


 いよいよ活路が閉ざされたゼパルは、バタバタと手足を蠢かし、見苦しく逃げ惑う。口汚く、不平不満と助命嘆願を叫び続ける。


「ふざけろ!ふざけろ!助けろ!助けろ!助けろ!ふざけろ!助けろ!ふざけろ!ふざけろ!ふざけろ!助けろ!助けろ!助けろ!助けろ!ふざけろ!助けろ!助けろ!」


 眼前には冷たい刃が迫っている。


「ちくしょおおおお……!」


 耳障りな断末魔を上げながら、彼の首は宙に撥ね飛んで、地面に転がった。

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