第249話 世界大戦④
視点は再び北方戦線の方に戻る。巨兵部隊、魔攻部隊に対し、グラストとバズがそれぞれ働きをみせる。
第8師団”巨兵部隊”の大部分が神聖ミハイル帝国に入り込んでいたのと同じ頃、同部隊から唯一別行動をしていた隊が北方戦線で進軍を続けていた。将軍級バティンの率いる隊である。
バティン隊はてんでんばらばらに、飛空艇が降り立った辺りに向かってズシズシと歩を進めていた。見かけた敵兵を片っ端から潰してゆき、ゆくゆくは飛空艇をも破壊する算段であった。ただその役目は背後に控えている第4師団”魔攻部隊”にも担われており、とにかく目立つ巨兵部隊は魔法攻撃を成功させる為の都合の良い陽動としても機能していた。
しかしそれももはや関係ないだろう。
彼らは知ることになるのだ――自分よりも大きな生物に、圧倒的な暴力で以て蹂躙され、喰われてゆく恐怖を!
「なんだ!?何かが飛んでいるぞ!」
巨人の一人が、空を指差して叫んだ。
そこには大きな(といっても巨人ほどのサイズではない)紅い鳥と、それに乗ったボーラーハットを被った小太り中年の男が居た。
鳥は翼を広げて、優雅に空を飛翔している。
「よしよしガルーダ、あまり近づくことはおやめなさい。奴らは野蛮な連中ですからね、この辺りでよしましょう」
「クケー」
グラストの命を受けて、ガルーダはその場で羽ばたきつつ静止した。
「なんだアイツは?」
「叩き落してしまえ!」
近くに居た巨人たちが次々とガルーダ目掛けて棍棒を投げつけていく。しかしガルーダはだいぶ余裕のある動きですべてを回避した。
「ほうら、だから言ったじゃありませんか。もう少し離れておきましょう」
ガルーダは更に高く上昇する。いよいよ棍棒を投げても届かない程の距離まであけられた。
(なんだあの男は、ただの偵察兵か?しかしあの鳥、どうにも普通の鳥ではない。神獣や神鳥と呼ばれる特異な生物がこの世界には居るらしいが、その類か?)
全身紫色の、周囲より一回り大きな巨人――バティンは警戒しつつ空を見上げていた。彼の目には、ガルーダは機動力こそ目を見張るものがあっても、戦闘能力はたいしたことがないように見えていた。しかしそれとは裏腹にとても嫌な予感がしていた。
(な、なんだ……?この胸のざわつきは……?)
彼の予感は、なにもかも正しかった。
「クケー」
「ふふふ、なぜそんなに上機嫌なのかって?当然ですよ、久々にあのコにたっぷり食事と運動をさせてあげられるんですからね」
グラストは言いながら、ゴソゴソと懐から特殊な笛を取り出した。ガラスで作った小型のオカリナのようだった。
「あのコは私の手なずけた神獣の中でも、とびきりの暴れん坊ですからね。だから普段は人様に迷惑がかからないよう、餌に鎮静作用のある薬を混ぜて大人しくしてもらっていますが、今朝の餌にはそれを混ぜませんでした」
元々醜悪だった顔をさらに醜く歪めながら、彼は嗤う。
「さあさ、今日は特別です、たっぷりお腹を満たしなさい……!ヒュドラ……!」
グラストが笛を吹く。しばらくすると突然地面が激しく揺れ始めたので、周囲の巨人たちは慌てふためいた。その揺れは時間を経るにつれて、収まるばかりかより激しさを増していった。
やがて、凄まじい衝撃と共に何かが地中から飛び出して来た。
それは数えきれないほどの黒い鱗で覆われた蛇の頭であった。
「う、うわあ!」
「な、なんだアレは……?」
グラシャやボティスのような例外こそあれど、巨人たちは基本的に自分たちより大きな生物というものを見慣れていなかった。眼前に現れた大量の蛇の頭は、その一つ一つが巨人よりも遥かに大きかった。
巨人たちはこの日初めて、蛇に睨まれた蛙の気持ちを理解したのだ。
「……!……!」
「あっ……!あっ……!」
状況を受け入れられず、巨人たちはすぐには動けなかった。思考は混乱の最中であった。そうこうしている内に、ヒュドラはその多くの頭を次から次へと蠢かして、巨人を一人また一人と、バクバク生きたまま喰らい始めた。
「うわあああ!」
「た、助けてくれ!助けてくれー!」
巨人たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑い始める。しかし虚しい試みだった。ガブリガブリと、あっという間に喰いつかれて丸呑みにされてゆく。
中には激しく暴れたり、棍棒を叩き付けたりして抵抗を試みる者も居た。しかしそのすべてが功を奏さず、ヒュドラの腹に収まってゆくだけだった。
(くそ!こんな化け物を飼い慣らしている奴が居るとは……!)
バティンは自身の両頬を叩いてむりやり混乱を追い出すと、雄叫びを上げながら駆け出した。その勢いのまま、向かって来るヒュドラの頭の一つを力いっぱい殴り付けた。少しは利いたような手応えがあった。
しかし少しの抵抗もグラストは許す気がない。
彼はヒュドラを戦わせているのではない、ただ食事をさせているだけなのだ。
再びオカリナを吹き始める。先ほどとは異なる音色だった。
「ミルメコレオ、マンティコア……あのデカぶつを仕留めなさい。殺したら好きに喰ってよろしい」
グラストが吹き終わるや否や、すぐさま地面から下半身が昆虫の獅子が現れ、それと同時に翼を生やした獅子が山合の方から飛んで来た。どちらもかなりのサイズだった。
二匹は揃うと、まとめてバティンに喰らい付いた。
「う、うわああああああ!」
二対一では為す術もなかった。どんどん噛みつかれて、次第にバティンは抵抗する気力を失くしてゆく。おびただしく血が流れ出していた。やがて生きたままバリバリと喰われ始めた。
「くくく、素晴らしいでしょう?可愛い可愛い私の神獣たちは……!」
グラストは彼らの食事ぶりを、愛情深げな目で見下ろしていた。
ここで軽くグラストの過去にも触れておく。
彼は見た目の醜悪さから人付き合いが上手くいかず、いつしか人間というものを嫌うようになっていた。そして犬や猫などを慰めに飼い始める。動物は良かった、人間とは違い見た目の美醜で態度を変えないからだ。グラストはすっかり動物の魅力に憑りつかれた。
いつしか金と動物だけが彼の生き甲斐だった。グラストから言わせれば、その二つは裏切らないから信じられるのだそうだ。そして神獣との出逢いが彼の心を熱狂的に昂らせ、彼はこれまでの人生の大半を神獣探しに費やしてきた。気づけば彼は稀代のモンスターマスターとなっていた。
この戦場は、彼の今までの集大成お披露目の場とも言え、守銭奴の彼からしても報酬とは関係なく喜ばしい舞台であったのだ。
◇
北方戦線から南の方角(つまりツァルトゥール州側)に十数キロメートル離れた地点に、第4師団”魔攻部隊”の姿があった。
みな魔法使いのような丈の長い衣装に身を包み、尖った帽子を被って杖を握っている。典型的な魔法使いのイメージのそれであった。
「うーむ、どうやらさきほど放った火炎魔法は上手くいかなかったようだな……」
右目の前に指で円を作りながら、それを覗き込んで遠くを見ている髭を蓄えた男。魔攻部隊の師団長、アモンであった。
「命中しなかったのでしょうか?」
「言われた座標通りに放ったはずですが……」
背後の兵士級たちが口々に不安そうに言ってくる。
「いや、命中はした。どうもよく分からん障壁を張って防いでしまったようなのだ。どうにも敵は、未知の技術を持っているな」
アモンは悔し気に顔をしかめながら、どうしたものかと頭を悩ませる。
その時、足音が聞こえた。
降って来たのは閃きではなく、死の気配であった。
「ほう、こんなところに居やがったか」
目を向ければ世界最強の傭兵、バズ・クレイドルが立っている。
「な、何者だ!お前は!」
「おいおい、聞かなくても察してくれよ?戦争してんだぜ、俺たちはよ」
バズは厳かな声で言いながら、ジロリと睨みを利かせた。アモンはその大剣と大槍を携えた背の高い老兵に、気圧される思いだった。
「俺はなあ、テメエらみてえなのが一番ムカつくんだよなあ……自分たちだけは安全な場所から弓だの何だのバカスカ打って、いざ危なくなったらさっさと退散しやがる。それでいていっちょまえに戦闘に参加した気になっていやがる。まあ俺が常に最前線で走り回っていたような傭兵だから、そんな風に感じるだけなのかもしれねえがな」
バスは大剣の方をカチンと背中の鞘にしまうと、大槍を高く担ぎ上げる。
「お、お前たち!早く最大出力の火炎魔法をコイツにお見舞いしろー!」
アモンが大慌てで、周囲の兵士級に向かって叫んだ。
「残念だがテメエら全員既に俺の間合いだ。意味の無い足掻きなんざ止めて、辞世の句でも考えておけ……」
バズはそう言って、高く跳躍した。およそ常人ではできないであろう程の高さだった。
そして眼下の魔法使いたちが魔法の詠唱を完了するより数段早く、彼は大槍を地に向けて投擲した。
「喰らいな、魔槍ゲイボルグ!」
投擲された槍は次の瞬間、爆発四散したかのように分裂しながら周囲に拡散した。そのことごとくが肉体に突き刺さり、魔法使いの集団はあっという間に死屍累々の巷と化した。
師団長アモンも絶命していた。
バズは着地とともに槍を呼び戻す。
「ふん、俺も老いぼれたモンだな……何匹か仕留めそこねたか」
目線を動かすと、ひいひい言いながらなんとか距離を取ろうとする兵士級の姿があった。苦し紛れにバズに向けて火球を放つが、忽然と彼の姿は消えていた。
「なっ!ど、何処へ……?」
「後ろだ、間抜けが」
敵が振り向くことも許さず、バズはその首を一瞬で斬り飛ばした。そのまま辺りを素早く駆け巡って、まだ息のあった者たちを続々と仕留めてゆく。
やがて最後の一人になると、バズは即座には仕留めず相手の胸倉を掴み上げた。
「ひいい……」
「ふん、気が変わった。お前は簡単には殺さねえ。お前には部隊の情報について話してもらうぜ」
かつて戦場で幾度となく見せてきた邪悪な笑みを、バズは久方ぶりに見せていた。
「将軍級ってのは四人居るんだろ?俺の勘じゃ、四つに分かれて部隊を配置しているな?残りの隊の居場所を言え……!」
「こ、断る……誰が、仲間を売るような、ことを……」
「そうかいそうかい、いいんだぜ拒んでくれてよ。俺は拷問にゃあ慣れてるからなあ」
バズの笑みは邪悪さを増した。
それからひとしきり、魔法使いの憐れな叫び声が響いていた。
巨大なキャラクターが増えてきたので、おおまかなサイズ比較表を作りました。
デカラビアが十メートルくらいのイメージです。
デカラビア<フォルネウス<巨兵部隊の兵士級<マルコシアス(覚醒時)<アミー(魔力全開放時)≦ベレト<ヒュドラ<忘却のレーテー<<<グラシャ=ラボラス≦ボティス<<<大地重鎧状態のドゥーマ※ヒノモト時<<<<<大地重鎧状態のドゥーマ※地上時<<<<<<<<<<ピュートーン




