第247話 世界大戦②
ついに火蓋が切られた世界大戦。まずは北方戦線の様子について記載してゆく。
アレクサンドロス大帝国は今や世界規模の侵攻に晒されている。その突然の知らせに驚いた皇帝は急ぎ玉座の間に舞い戻ると、第18師団”参謀部隊”のダンタリオンを呼び出した。現在、不機嫌そうに玉座に座る皇帝の前にはストラスとダンタリオンが控えている。
「くそっ!おのれ、何故このようなことに……ラグナレーク王国がどこかの国を味方に付け反抗してくることは考えていたが、まさか世界のすべてが敵に回るとは……!」
「はい、どうやら恐れていた最悪の事態が起きてしまったかと」
ダンタリオンは嘆息してから、眼鏡を上げつつ答えた。口に出さずとも、やれやれと言っているようであった。
「正義の神による大地の神の討伐……我々はあの事件をもっと重大に受け止めるべきだったのです。当初は大陸を統一する上で最大の障壁であった大地の神が滅びたことは、むしろ我々にとって好ましいことだと考えていました。ですがそれはとんだ見当違いだった、あの事件を機に正義の神が信仰を集め世界が一致団結する危険性をもっと早く認識しておくべきだったのでしょう」
ダンタリオンは前々から、皇帝の急速な領土拡大方針には疑問を投げかけていた。征服した国々の統治はまだいずれも完全とは言えず、散発的な反乱も発生しているような状況である。ここでまだアレクサンドロスの支配下に入っていない国すべてが一斉に攻めてきたらひとたまりもないだろうと、そう思ってはいたのだ。
しかし正義の神によって大地の神が下されてから、ひと月とかからずにこのような世界的気運ができあがるとは、さしものダンタリオンにしてみても予想外の出来事であった。
「ど、どうすればいい!?どうすればいいんだ、ダンタリオン!」
皇帝は慌てふためきながら、情けなくダンタリオンに縋り付いた。
彼はうっとうしそうに顔をしかめると今後の方針を口にする。
「落ち着きやがれください、主様。ともかく動かせる部隊を西、北、東それぞれの戦線に投入して対処してゆくしかないでしょう。参謀部隊については私が引き続き城に留まり、ブエル、カイム、ウァサゴはそれぞれの戦線対応に当たらせます。生産部隊や聖空部隊にも、師団長のハーゲンティとフェニクスに采配を任せ、各戦線の兵站構築に当たらせましょう」
「おお!任せたぞ!やはりお前は頼りになるな!」
皇帝は縋るような瞳で言っていた。
「ストラス、偵察部隊も総動員して各戦線の状況を逐一連携するようにしてください。お願いしますよ」
「承知しました、ダンタリオン」
ストラスはそう言うと、茶色い翼をはためかせながら玉座の間を後にした。
「さてと、どうやら正義の神とその仲間たちの本拠は現状神聖ミハイル帝国のようですからね。前々から工兵部隊の方で準備させていたあの計画をスタートさせることとしましょう」
ストラスの去り際を見送ってから、ダンタリオンは静かにつぶやいた。
◇
北方戦線――
アトラスタン山脈を越えた飛空艇三隻は、ツァルトゥール州側の山麓まで到達すると、そこに降り立って進軍を開始した。
三隻の巨大な飛空艇にはそれぞれ神聖ミハイル帝国の兵士たちが搭乗している。それぞれ離れた地点に降り立って、別々のルートから付近の都市を目指す算段であった。ただしこれは征服ではなく、どちらかといえば協力を取り付ける腹積もりであった。国境に近い周縁部ほどアレクサンドロスへの反抗勢力が多い為だった。
「まあ、それは同時に敵さんの部隊も常に近くで控えているってコトなんだがな」
「うん、だから私たちは軍の展開が上手くいくようにしっかりサポートしないとね!」
唯一着陸していない小型の飛空艇、その甲板からマルローとトリエネが双眼鏡を手に言葉を交わしている。こちらの飛空艇には白明団のメンバーが乗っており、北方戦線全体の指揮を取る立場であった。
具体的にはトリエネ、マルロー、バズ、グラスト、アリーアの五人。アーツ、グレーデン、カルロは西方戦線の方に出向いているため不在、ムファラドとマルクスは共に戦闘要員でも能力者でもないため不在である。また聖女メレーナはこちらに同乗していた。
飛空艇から出て進軍を始めた兵士たちは、上空からは蟻の列のようであった。しかし遠方から、それらとは明らかにサイズ比の違う人影が近づいて来るのが見えた。
「おいおい、さっそくなんか見えてきたぜ。双眼鏡なしでも遠くに影が見えやがる」
「すごい大きさ……アレがもしかして噂に聞いていた巨兵部隊ってやつなのかな?」
ゆうにニ、三十メートルはありそうな巨人が大挙して向かってくるのである。みな腰蓑のような簡素な装備に、巨大な棍棒を握り締めている。地上の兵士たちは地響きと共に近づくその姿を見るや、次々恐怖に包まれていった。
二人がどうしたものかと考えていると、背後から厳かな声が聞こえた。
「あれが第8師団”巨兵部隊”ってやつか。頭数はさほど多くない部隊みたいだが、兵の一人一人が並みの兵士級とは一線を画する強さのようだな。このまま接近を許したら一網打尽にされちまうだろう」
振り返れば世界最強の傭兵、バズ・クレイドルが立っている。
「じゃあ、おじいちゃんがなんとかしてくれるってコト?」
「いや、俺じゃねえ。あいにく俺の体は一個しかねえモンでな、あれだけバラバラに向かって来られたら対応するのも億劫だ。ここはグラストに任せるぜ」
バズが視線をやった方を見ると、いつの間にかグラストも出て来ていた。目深に被ったボーラーハットを掴みながら、ひひひと醜悪に笑っている。
「嬉しいですよ、可愛いペットたちの餌がこんなに……!」
「言っておくが、くれぐれも味方に被害は出させるなよ」
「ええ、ええ、勿論ですとも……!」
口角を上げ、醜い面を更に歪めた。そして首に提げた犬笛のようなものを吹くと、颯爽と紅い神鳥ガルーダが背後の山合から現れて、グラストを乗せて勢いよく飛び立ってしまった。
「おじいちゃんは行かないの?」
「行くさ。どうもあの巨人どもとは別の部隊も控えているみてえだからな。おいマルロー、この飛空艇に防御膜の機能付けてただろ?あれ展開しとけ」
「ん?ああ、分かったぜ」
マルローが飛空艇内に戻ると、程なくして飛空艇の周囲が光る球状の膜に覆われた。昼の光の中なので、目を凝らさねばよく見えない。
トリエネは、まだ敵の位置も遠いというのに何故防御膜を張らせたのか疑問だったが(マルローの神力で動いているので乱用してはいけない意識があった)、すぐに歴戦の傭兵の勘に驚愕することになる。
巨人の群れは現在、主に南西方向から向かって来ていたのだが、それとは別の南東方向から突如大量の火球が飛んで来たのだ。高熱と轟音を迸らせながら炸裂するが、防御膜に阻まれ幸いにも飛空艇には一切のダメージがなかった。
「やはりな、どれ俺はあっちの方に行って来るぜ」
バズは南東の方角を見やりながら言っている。軍勢の影も見えないが、きっと遠くにさきほどの火球を打ってきた魔法使いの集団でも居るのだろう。
「おじいちゃんスゴイ!よく分かったね!」
「まあ勘さ。敵には遠距離攻撃に長けた部隊が居ることも分かってんだ。巨人で編成された部隊なんていう目をくぎ付けにするのにお誂え向きの部隊まであるんだ、不意を突いてくるだろうなと思ったんだよ。そいじゃ、あいつらを潰してくるぜ。俺の勘じゃ、あいつらは固まっているはずだからな」
バズは片手に剣、もう片手に槍を携えると勢いよく飛空艇から飛び降りていった。
自身のことを老いぼれと言うが、トリエネにはバズのことがとても耄碌した兵士のようには見えていなかった。あの頼もしき後ろ姿は、敵勢力の殲滅を何の疑いもなく信じ込ませるかのようだった。
「なーなー、トリエネー」
間の抜けた声が聞こえると思ったら、マルローが甲板に戻って来ていた。
「どったの?マルロー」
「いや、近づいて来る巨人どもを見てて思ったんだけどよぉ、なんか聞いてた人数より少なくねーか?」
「え?そーかなぁ?」
トリエネも双眼鏡を覗いて辺りを伺う。たしかに少ない印象だった。情報では第8師団”巨兵部隊”の兵士級数はおよそ三万。しかし向かって来る巨人の数は一万にも届きそうに見えなかった。
「うーん、たしかに少ないような……部隊を分割してるのかな?」
「でも東の戦線も西の戦線もこっからは遠いし、こっちに向かって来ないとなると何処にいやがんだ?」
二人がそんな会話をしていた時のことだった。
突然遠くの山で、耳をつんざくような大爆発が起こった。激しい衝撃波が周囲に巻き起こって、トリエネたちの搭乗する飛空艇も大きく揺さぶられた。
「おわぁっ!?なんだなんだ!?」
「見て!山が……」
トリエネが指差す方を見れば、遠くアトラスタン山脈の一部が盛大に吹き飛んでいるのが視界に入った。
今まで神聖ミハイル帝国がアレクサンドロス大帝国の脅威に晒されなかった主たる理由は、大地の神の存在もそうだが、ツァルトゥール州との間にアトラスタン山脈という険しい山脈が聳えていたからというのもある。この山脈は世界最高峰の標高を誇り、世界の屋根という異名もある程であった。グラシャ=ラボラスならば越えられるのだが、それ以外の行き来の手段がないというのも不便極まりなく、大帝国は長らく山脈の向こう側には手を出してこなかった。
その山脈に大穴が空いたことで、なぜ巨兵部隊の大部分の姿が見えないのか、その訳が分かってしまった。
「……!もしかして、巨兵部隊の大部分は、ここじゃなくて神聖ミハイル帝国の領土内に……!?」
トリエネは冷や汗をかいた。彼女の推測の通りであった。
アトラスタン山脈の東部、トリエネたちから離れた地点では山脈が消し飛んで荒れ野と化していた。そこを巨兵部隊の師団長ベレトが、オセとフラウロス、その他大勢の兵士級を引き連れて進軍している。
「グオオオオオ!偉大なるリドルディフィード様に歯向かったことを後悔させてやるのだ!者ども、この国の人民どもを残らず血祭りに上げてしまえ!」
巨大な甲冑に身を包んだ巨人――ベレトは五十メートル近いすさまじいサイズであった。額には青筋を浮かべていて、激怒しながらのしのしと歩を進めている。
その傍らには同じく甲冑に身を包んだ巨人オセとフラウロスが付き添っている。オセは男性型で、フラウロスは女性型だ。
「行ってらー」
神聖ミハイル帝国に向けて進軍する巨兵部隊を見送りながら、機械仕掛けのモグラのような怪物が陽気な声でエールを送っていた。第10師団”工兵部隊”の将軍級、マルバスである。彼は硬い岩盤でも容易に穴を空けることができる。今まで工兵部隊総出で山中に穴を空け、そこに爆弾を大量に仕掛けていたのだ。爆弾は発破の名手、クロケルのお手製である。
「まずまずね」
深緑の長髪の女性、クロケルが吹き飛んだ山を見ながらぽつりと言った。
そして錆色の髪を靡かせながら、楽隊のような衣装に身を包んだ男――師団長のアムドゥキアスが出てくる。
「ふふふ、なかなかの威力じゃないか!よし最後の仕事にとりかかろう!アムドゥキアス隊総出で、巨兵部隊のみなさんを送って差し上げるのだ!」
アムドゥキアスがそう言うと、兵士たちが次々とあらかじめ用意していた楽器を演奏し始める。管楽器や太鼓のメロディーに背を押されながら、巨人の群れは神聖ミハイル帝国領内へとずんずん入り込んでいった。




