第246話 世界大戦①
戦線結成会議から半月、ついに世界規模のアレクサンドロス大帝国への変更が始まった。突如始まった北、東、西からの進軍は皇帝を驚愕させる。
マグナが正義の神として名を馳せてから、様々なことがあった。
表の世界ではアレクサンドロス大帝国の脅威を取り去るべく、対アレクサンドロス戦線結成会議が開かれ、全世界が正義の神の名の下に結束した。
そして世界の裏側では人知れず冥王の代替わりが起こり、孤高なる戦士として死んだフリーレは生き返しの相談さえ受けていた。
あれから半月が経過した。
風も冷え始めた晩秋の頃、史上最大規模の激戦が幕を開けようとしていた。
その日の朝方、神聖ミハイル帝国から三隻の巨大な飛空艇と、一隻のいくらか小型の飛空艇が飛び立った。そのすべてが南のアレクサンドロス大帝国ツァルトゥール州との間に聳えるアトラスタン山脈を目指してゆく。
鍛冶の神ロベール・マルローがこさえた飛空艇は、箱型の船の造りに巨大なマストが聳え大きな帆が張られている点は通常の帆船と大差ない。それに加えて空を切る為の翼が両側に設えられており、揚力を得るためのプロペラがあちこちに付けられている。しかしこれらはあくまで補助的な役割であり、主な浮力は動力部に備えられたマルローお手製の宝玉より発生させられていた。
急峻な山脈もたやすく越えられた。
飛空艇の駆動音は、さながら開戦の合図の如くであった。
それと同じ頃、大陸の東方――五色同盟国南部の平野にて、盟主ラヴィア・クローヴィアは軍の展開を始めていた。
多寡の差こそあれど、桃、紅、碧、白、黒の五色がそこかしこに散在している。そのすべてが盟主の名の下に集結し、彼女の為に世界の為にと、戦いを始めようとしている。
軍は四つの部隊に分けられた(どれも五部族混成である)。
そしてそれぞれを各部族の代表たち――具体的には櫻族代表の趙雲花、桃族代表の桃美花、李族代表の夢伴桑、梅族代表の楊風音が統率してゆく。それらすべてを束ね指揮するのが盟主である。
「皆さん、今こそ世界に脅威を振り撒くかの国、アレクサンドロス大帝国を討つための戦いが始まります!」
盟主の演説は、ただちに兵たちの耳目を集めた。
「はっきり言います、何人かは死ぬことでしょう。かの国が擁する怪物の軍団――魔軍は戦の神の力で作り出されたもの。生半可な相手ではありません。全世界が結託しての協力体制とはいえ、やはり簡単に勝利を収められるものではないでしょう」
コツンと、手にした棍を地に打ちながら話を続ける。
「ですがこのままかの国の暴虐を許していては、更なる惨禍がもたらされることでしょう。私たちはただ手をこまねいて、破滅の時を待ち続けるような脆弱な存在ではありません。勇気を胸に未来を信じ、力強く明日に向かって踏み出してゆける強靭なる存在です」
小柄な少女の力強い演説が、兵士たちを叱咤してゆく。
「信じてください、光ある未来が来たることを。どれだけ絶望的な深い闇の中でも一筋の光はあります。貴方がた一人一人の勇気が、暗闇に未来を映し出すのです。勇気を胸に闇に向かい、光の先に道を拓きましょう!」
いつかの玄武が言っていたようなことであった。
盟主の高説を受けて、兵士たちはみな腕を振り上げ大きな鬨の声を発した。
かくして東方で、軍の展開が始まった。
しかしそれは西方でも同じことであった。
ヴェネストリア州より北に位置するフランチャイカ共和国とポルッカ公国。この二ヶ国から南に向かって進軍が開始された。これら二ヶ国の軍隊には、それぞれブリスタル王国軍も援軍として参加していた。
それぞれが槍や銃剣を携え、馬を駆り領内に突入してゆく。しかし国境を警備する兵たち(獣将部隊の兵士級であった)は随分と軟弱だった。
それもそのはずだった、現在ヴェネストリア州では正義の神が己の存在を拡散させ広範囲に散っていた。そして覚醒した彼の力――秩序を展開させている。悪とみなした相手の力を著しく制限する支配の力。
マグナの正義の観念からして、リドルディフィードのやっていることは紛れもない悪であった。此度の戦は、世界を脅かす悪を討つための崇高なる蜂起であった。
この日を以て、大陸にはびこる大いなる悪は滅びの末路を辿るのだ。
◇
ユクイラト大陸最南端、アレクサンドロス大帝国ザイーブ州の帝都カウバル。
皇帝の居城――カウバル城の一階に位置する食堂に皇帝リドルディフィードの姿はあった。
第15師団”偵察部隊”のハルファス、マルファス、ラウムの三人は食堂に招かれて皇帝お手製のカレーを振る舞われていた。しかし席に着いてカレーに舌鼓みを打っているのはハルファスとラウムの二人だけであった。
マルファスだけは女学生のような衣服を着せられて、ニヤケ面の皇帝の前で様々なポーズを取らされている。
「ううう……リドルディフィード様、こんな恰好恥ずかしいよぉ」
「フハハハハハ!素晴らしい!素晴らしいぞ、マルファス!もっとだ、もっとこの俺を昂らせてみせろ!」
腰をくねらせながら上目遣いで煽情的なポーズをさせられているマルファスを、皇帝はニヤニヤ笑いながらカメラで撮影をしているのだった。
そんな光景を、ハルファスとラウムは食卓からぼんやりと眺めていた。
「ねぇねぇラウム、どうしてマルファスばっかり色んな服を作ってもらえるの?」
「それはねハルファス、マルファスの役目の半分くらいがリドルディフィード様の着せ替え人形だからだよ」
ハルファスの純朴な問いを、ラウムは淡白に返した。
しばらくマルファスの悲鳴と皇帝の高笑いが響いていたが、やがて食堂内に颯爽と入り込んで来る一つの影があった。師団長のストラスである。
「主様!ここにおられましたか。遠隔思念にもご反応頂けませんでしたので、お探し致しましたぞ」
「当然だろう!可愛いマルファスの姿を写真に収めようと躍起になっていたのだ、集中状態にもなる。何かあったのか?手短に頼むぞ」
ストラスは皇帝の前で平伏の姿勢を取り、言葉を続ける。
「はっ!申し上げます!東のヴェーダ州、中央のツァルトゥール州、西のヴェネストリア州の三州に展開していた部隊からの情報なのですが、それぞれで隣国からの侵攻が確認されたとのことです」
「っ!ぬあんだとおぉぉぉおぉ!!!!」
皇帝の絶叫が食堂内にこだました。




