第239話 白明団
ドゥーマとの決着後、裏世界の一同は聖都ピエロービカのアジトに集結していた。長老たちはトリエネに今後の全てを委ねることを決める。
同じ頃、聖都ピエロービカの地下空間にトリエネの姿はあった。
此処は裏世界のアジトとして使われてきた場所であり、同じく地下にあったアガペーの生産施設が崩落で使い物にならなくなっているのに対しこちらは無事であった。
現在会議室には、トリエネを始めとした裏世界の面々が揃っている。
具体的にはトリエネ、バズ、ムファラド、マルクス、アーツ、アリーア、グラストの七名である(リピアー、ドゥーマ、バジュラ、スラは死亡している為、グレーデン、カルロ、ミアネイラは離反中の為、レイザーは組織に所属している自覚がないので不在である)。
それに加えて、体の右側に炎を模したタトゥーを入れた長いバイオレットの髪の男も居た。
「ご苦労だったな、トリエネ。正義の神と共によくぞ役目を果たしてくれた」
テーブルの上座に座っているバズが開口一番に言った。
「ドゥーマが死に、帝国中に展開されていた土塊人形もすべて土塊に戻ったそうだ」
「帝国を取り囲んでいた大蛇も跡形もなく消えていたそうだよ。とにかくドゥーマが始めた人類是正計画については完全に終息したとみてよさそうだね」
ムファラドとマルクスが続いた。
「ありがとうみんな。でもドゥーマの野望を止められたのも、みんなが協力してくれたからだよ」
「その通りだな。正義の神を覚醒させたのはお前だし、実際にドゥーマを倒したのは正義の神だがそれだけではない。体を張ってドゥーマと戦ったアーツに、全世界に状況共有を可能にした鍛冶の神とアリーア、そしてお前たちをここまで導いてくれたリピアー……誰一人として欠いては成し遂げられないことだっただろう」
トリエネの言葉にバズは頷きながら返した。
「とにかく今まで厄介な存在でしかなかったドゥーマはいなくなった。今こそ俺たち長老勢が前々から考えていたことを話そうと思う」
バズは両隣のムファラドやマルクスとアイコンタクトを取った。
そしてじっと、トリエネの方を見る。
「え、なになに?」
「――トリエネ、お前に裏世界のすべてを託す」
バズは神妙に言った。
トリエネは一瞬、言葉の意味が分からなかったかのように硬直したが、やがて言葉を切り出す。
「……え、託すってどういうこと?」
「そのままの意味だ。お前こそこの組織のすべてを任せるにふさわしい」
「前々から話していたんだ。俺たちももうジジイだし、後先長くない。俺たちがくたばった後は誰がこの組織を引っ張っていくべきかをな」
「リピアーはどちらかと言えば裏方に徹するのが好きなタイプだったし、アリーアも似たようなものだ。やはりトリエネ以外にないだろうとみんなで話していたのさ」
長老勢は口々にトリエネを褒めそやすように言う。
一方トリエネは混乱していた。彼らの言うことと、トリエネ自身が抱いていた自己評価とが随分と乖離していたからだ。
「どうして?私は神の能力もなければ、特別な地位や経歴があるわけでもないのに……」
「そんなことはない。いや、むしろお前はこの組織で誰よりも奇特で稀有な存在だった」
バズはトリエネの目を真摯に見つめながら言っている。
「お前はリピアーに連れられ、物心ついた頃からこの組織に居た。神々の相互扶助組織というものだから徹頭徹尾悪の組織というわけではなかったが、行動原理に善悪という観念があったわけでもない。殺しの依頼なんかも平気でやってきた組織だった。しかしお前は幼少期からそのような空気に身を置きながらも心が闇に染まることがなかった」
「心が闇に……?」
いまだ困惑気なトリエネに、ムファラドとマルクスも続く。
「周囲がロクでもない環境なら、人間の心は簡単に闇に染まる。だがお前はこの組織に身を置きながらも明るく素直な心を失わなかった。いつもいつも飽きもせずにスイーツのことばかり考えるぐらいにな……!」
「これはとてもすごいことなんだよトリエネ。君が思っている以上にね。この組織を君に任せてみたいと、僕もバズもムファラドもそう話していたのさ」
トリエネは手元のティーカップに目を落としながら、「そうだったんだ……」と零して考え込んだ。
「トリエネ、誰が何と言おうと俺たちはお前を認める」
バズは力強く言った。
それを聞いたトリエネは、どこか気恥ずかしそうに俯いていた。
「なにも難しく考える必要はないわよトリエネ。貴女のやりたいようにやればいい。いっそこの組織を表社会に出して、まっとうな活動に取り組んでいくというのもアリだと思うわ」
「そうだな、好きにやってみろよトリエネ。俺たちも協力は惜しまないからよ」
「わたしも報酬さえ頂けるのであれば、謹んで尽力いたしましょう」
アリーア、アーツ、グラストも追従した。
しばらくトリエネは考え込むように目を閉じていたが、やがて意を決したかのように立ち上がった。
「分かった!私、この組織を引き継ぐよ!けど今までみたいな裏の組織じゃなくて、世の為人の為に活動する組織にしたいの」
「具体的にはどうするつもりだ?トリエネ」
「うーん、詳しいことはおいおい考えていくつもりだけど、なんとなく考えているのは正義の神――マグナのお手伝いとかできればなぁって思ってるんだ」
そこで今まで発言せずにいたバイオレットの髪の男が、「いいじゃねえか、それ!」と言った。マグナたちの旅をこれまで支えてきた縁の下の力持ち、火と鍛冶の神ロベール・マルローであった。
「きっとマグナの奴も喜んでくれると思うぜぇ」
「えへへ、でしょでしょ?リピアーにもマグナのことを支えてあげてねってお願いされてるし」
「というか鍛冶の神……お前が何故ここにいるんだ?」
仲睦まじく話す様子が気になったのか、ムファラドがマルローに声を掛けた。
「まあこの組織も離反者殉職者だらけで人手不足みたいだからなー、トリエネの奴に誘われていたんだよ。ってわけだから宜しく頼むぜぇ、お義祖父さん♪」
「き、貴様にお義祖父さんと呼ばれる筋合いはないっ!」
ムファラドはどんっとテーブルを叩いた。それを見てバズは柄にも無くガハハと笑っていた。
やがてマルローが再びトリエネに語り掛ける。
「で、トリエネどーするんだよ?」
「?どーするって何を?」
「組織の名前だよ、名前。表に出すのに裏世界なんて名前のままは変だろー?」
「それもそうだね!うーん、どうしようかなぁ」
トリエネは座り直すと、しばらく腕を組んでうんうん唸っていた。やがて閃いたようにして目を開き立ち上がる。
「決めた!これよりこの組織の新しい名前を発表します!」
「いよっ!トリエネ、聞かせてくれよ新しい組織名をよー」
「この組織の新しい名前は……”白明団”にすることにします!」
トリエネはにこにこ笑いながら、さも良い名前を浮かんだ風に言っていた。
一方マルローやムファラドなど一部そうでない者もいたが、多くは微妙そうな顔つきをしていた。とくにアリーアが若干引きつり気味の笑顔になっていた。
「ト、トリエネ、ちなみに由来とか聞いてもいいかしら?」
「えーとね、私どんな組織にしたいかを考えたんだ。浮かんだイメージは暗い闇夜に明るい星が浮かぶ光景だったの」
トリエネがそのようなイメージを持ったのは、おそらく公都ウィントラウムで公演した自分たちの演劇があったからだろう。そしてリピアーの最期の言葉を思い出してもいた。
貴女は、私の輝く一番星……
「なるほど、だから白き星明りということで白明……それはいいんだけど、さすがに団っていうのちょっと……」
「ワハハ、いいじゃないか!それでいこう!俺の孫娘が決めたのだ、誰にも文句は言わせんぞ!」
微妙な表情のアリーアを余所に、ムファラドが楽しそうに笑っていた。彼は長老勢の中でもっともトリエネを溺愛しているのだった。
こうして裏世界は、白明団として新たなるスタートを切ることとなった。
そしてさっそく正義の神のお役に立てそうなことが起きていることに、アリーアは気が付いていた。
マグナは今でもアリーアの眼となっているので、彼の見聞きしている情報はアリーアにも共有されているのだ。
「みなさん、さっそくですが正義の神がなにやら企んでいるそうですよ」
「何だと?それは本当か」
「ええ、状況について共有いたしますのでもう少しお時間くだされば……」
そしてマグナ本人が持ちかけるまでもなく、彼が対アレクサンドロス戦線を構築しようとしている状況が白明団の全員に伝えられたのだった。




