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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第10章 終末の戦い
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第226話 慰安のレクイエム

肉体を捨て無敵の存在と化したロキ。ヘイムダルはギャラルホルンを手にかつての仲間と対峙する。

【ヘイムダルゥ……貴方でしたか!ハハハハハッ】


 無論、宙に浮く甲冑に表情は無い。しかしそこにはありありと、愉悦に歪むロキの顔を推察できるようだった。


 ヘイムダルを含むエインヘリヤル一同は、実はウァラクから暗躍部隊の特殊能力について共有されている。それに声の主についてもすぐに分かったので、置かれた状況から大体の推理が出来ていた。


 おそらくロキはアレクサンドロス側に寝返った。

 そして人ならざる存在となり、こうして自分たちに牙を剥いている。


「……」


 ロキに言いたいことは五万とあったが、それよりも優先すべきことがあった。ヘイムダルはギャラルホルンを抱えたまま、床に倒れ伏すバルドルの元へさっと駆け寄った。


 もはや虫の息であった。

 いつの間にかミストルティンの植物も枯れている。


(これは……助からない……)


 彼は悲しげな瞳でバルドルを見つめた後、静かに立ち上がって甲冑を見据える。態度に出さずとも、激しい怒りの炎を胸の内に燃やしていた。


【ククク……このヴェネルーサで活動していたのがちょうど第ニ、第三部隊でしたからねえ……私としてはとても都合が良かった!私を舐め腐っていたバルドルは当然殺すつもりでしたが、貴方のことも殺してやりたかったですからねぇ、ヘイムダル!】


「やはり貴方でしたかロキ……その力、まさか敵国に魂を売るとは……」


【当然でしょう!自分を評価しない存在に尽くそうと思いますか?私を認めぬ国など要りませんし、積年の恨みを晴らせるのであれば私は何にでもなりましょう……!】


 やかましく響くロキの声を聞きながら、ヘイムダルは覚悟を決めた。「そうですか……」と呟きながら再び弦楽器モードのギャラルホルンを構える。


「分かりました、ロキ。貴方には報いを受けて頂きます。かつての仲間を手にかけるのはいささか気が引けますが、こうなれば後戻りはできないでしょう」


 ギャラルホルンの弦に指をあてがう。


「……お覚悟を、ロキ」


【ヒャハハハハハハ……!私を倒すおつもりで?冗談でしょう?肉体を捨て無敵の存在となったこの私に敵うとでも?】


 耳障りな嬌声の中で、ヘイムダルはかつての仲間を討つ為、そして死せんとする戦友の為にも演奏を開始する。彼の指が滑らかに動き出す。


 不思議な音色の旋律だった。

 激しい音調でこそなかったが、しっとりとじんわりと心に深くまとわりつくような響き。


 ――ギャラルホルンには管楽器と弦楽器、二つのモードがある。

 管楽器は味方に身体能力向上などの有利な効果を与え、弦楽器モードは敵に恐怖や判断力低下などの不利な効果を与えることができる。そして敵味方の区別は、ギャラルホルンの付属品であるリング(幾らでも複製できる)の有無で判別する。リングを付けていれば味方、付けていなければ敵として認識される。


 ロキはもちろん、今回の戦闘は夜間に突如発生したものであった為、バルドルもリングを身に付けていなかった。つまり演奏の効果は、ロキとバルドルどちらにも及んでいる。


 バルドルは先ほどまで苦痛に歪ませていた顔を、今では安らかに変じている。

 一方、ロキは表情こそ伺い知れないが、非常に苦しそうな声を上げた。


【グアアア……な、なんですか!?この音色は……!?】


「ロキ、貴方が今どのような状態なのかはなんとなく察しがついています。おそらくリドルディフィードの眷属の力で魂だけの存在となり、そうして甲冑に憑りついているのでしょう」


 言いながら演奏を続ける。


「確かにこれでは普通では倒せないでしょう。ですが相手が悪かった、何を隠そう私の神器ギャラルホルンには魂に直接作用する演奏目がございますからね。その名も、”慰安のレクイエム”……!」


 これは元来、迷える魂を慰め冥府に導く為の曲であった。つまり生者に対してはまったく意味を為さないものである。


 意味があるとすれば、まさに死せんとし肉体から魂が離れかかっている者……あるいは肉体を喪失して魂そのものとなった存在に対してだ。


 死せるバルドルと共に、ロキの魂が冥府への道程を歩み始める……!


【ガッ……!ガッ……!こんなことが……その曲を止めろっ!ヘイムダル!】


 苦しみ悶えるように、宙に浮かぶ甲冑はバラバラに四散すると、猛烈な勢いでヘイムダルにぶつかっていった。彼は吹き飛ぶが、素早く立ち上がって即座に演奏を再開する。ほとんど間断なく、レクイエムは奏でられ続ける。


 曲に合わせて、ヘイムダルは歌い始める。

 いよいよ魂が召され始めたのか、ロキは更なる悲痛な声を上げる。


【……っ!歌うのを、やめなさいっ……!】


 ロキは文字通り死に物狂いで、甲冑から床に転がる剣の方へと乗り移った。そのまま猛スピードでヘイムダルに向かって突撃して、彼の胴体を刺し貫いた。


 しかしヘイムダルは執念の鬼となっていた。彼は決してひるまず演奏を止めない。

 ロキが慌てていたので心臓を狙えていなかったというのもある。しかしそれ以上に、ここで自分がロキを倒さねばという彼の執念が、決して床に口を付けることを許さなかった。


【お……のれ……!どう……し……て……】


(魂だけの存在……私以外の隊長勢で今のロキを倒せる者は居ないでしょう。であればこれ以上被害が広がる前に、なんとしてでも私が倒さなくてはいけない!たとえこの命に代えても……!)


 演奏は止まらない。

 ロキはいよいよ魂の制御がまったくできなくなった。物体を操ることもままならず、ただただ悲痛な声を上げ続けるばかりだった。


【そ……んな……私……は……何故……い……つも……こん……な……】


「ロキ。このレクイエムはバルドルへの、そして貴方への手向けでもあります」


 音色の中で、ヘイムダルが静かに言った。


【私……の……!?】

「フェグリナ様の圧政が始まるよりも昔……私と貴方は同期として騎士団に入りましたね。どんどん出世していく私を、貴方はさぞ憎らしく悔しく思っていたのでしょう。ですが私は、騎士としての才がなくても周囲から評価されなくても、めげずに努力を続けられる貴方を尊敬していました」

【嘘……だ……そん……なこと……】

「そう思うのも無理はないでしょう。あまり人と話したがるタイプでなかった私は、それを伝える努力を怠ってきましたからね。ですから今回の一因は、きっと私にもあるのでしょう。ですからねロキ、せめてもの贖罪として、貴方を独りにはしません。安らかに穏やかに、共に冥府に参りましょう……」


 その声は冷徹な印象のある普段のヘイムダルからは、想像し得ない程に穏やかだった。彼は再び歌い始める。


 しばらく、レクイエムは奏でられていた。

 それが止んだ時、第三部隊兵舎の武器庫に生きているものは誰一人として居なくなっていた。


 床に伏しながら冷たくなったバルドル。

 ギャラルホルンを抱えたままこと切れたヘイムダル。


 そしてロキのやかましい声もどこからも聞こえなくなり、隙間風ばかりが寂しく吹き込んでいた。

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