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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第10章 終末の戦い
224/270

第224話 嵐の前兆

前の戦いで活躍した各隊長勢は特別に褒章を授与されていた。フリーレはとくに何も要らないと回答するが……

 その日の夜間――


 こちらはストラータの城下町である。ここではフリーレ率いる第七部隊が活動していた。人数の少ない第七部隊が、隊長フレイを欠いた第五部隊を伴ってのことだった(第ニ、第三がヴェネルーサ。第五、第七がストラータ。第一と第六がリゼロッタ。第四がアンドローナというようにエインヘリヤル全部隊が各国に散って復興作業に従事している)。



 酒場でフリーレとディルクたち取り巻きの連中が、和やかに談笑しながら酒を飲んでいる。葡萄酒を嗜みながらブルスケッタを摘まんでいる。


「それにしてもよかったですね、お(かしら)!騎士階級の授与……おまけに家名だなんて!」

 ディルクが嬉しそうに言っている。


「……別に私はどうでもよかったのだがな」

「いやいや!ついにお頭も人間社会に受け入れられて、真っ当に評価されて、アッシらも自分のことのように嬉しいですぜ!」


 アベルが酒を呷りながら言う。他の取り巻きも同調して騒ぎ出す。


「そうか……まあそうだな、喜ばしいことなのだろう」


 フリーレは誤魔化すように酒を傾けつつ天井を仰いでいる。


 彼らが話しているのは、三日前にあった出来事である――


 --------------------------------


 ストラータ城下町内に建てた第七部隊の兵舎(例によって廃墟と化した建物を改修して、間借りさせてもらっているにすぎない)に、ラグナレーク王国十四代目国王――ツィシェンド・ラグナルが訪ねていた。


「なるほど、ここも復興は順調のようだな。お前たちの尽力には感謝の言葉もない」


 応接室でツィシェンドはフリーレと話をしている。彼はヴェネストリア各地で職務に従事しているエインヘリヤルの全員に、こうして査察を兼ねて激励の言葉を送っていた。


「私だけではない。ヴェネストリアの解放も復興も、エインヘリヤルの全員が頑張ってきたからこそ成し遂げられたことだろう」

「それもそうだ――だから他の隊長勢と同じように、お前にも何か褒章を授けようと思っている。とくに隊長勢の活躍には目を見張るものがあったからな」


 彼はじっと目を合わせ、言葉を続ける。


「それでフリーレよ、お前は何を望む?俺が用意できるものなら何でも用意してやるつもりだ。お前がブネの引きつけと撃破を引き受けてくれなければ勝利なぞなかったのだからな」

「褒章か……そんなものは必要ない」


 フリーレは喜ぶどころか、どこか困ったような表情をしながら言った。


「ほう、要らないというのか?」

「私は果てしなき荒野で、今までずっとならず者として暮らしてきた。いつ死ぬとも分からぬ生活だ、今でも変わらずにそれを繰り返しているだけだ。称賛される謂れなどない。それにこうして人間社会で受け入れてもらえただけでも私は充分に恩義を感じている。褒章というなら、私の配下の隊員たちに肉や酒でも振る舞ってやってくれ」


 彼女の言葉にツィシェンドは感心しながらも、褒章についての話を進める。


「ふふふ、そうか。もちろん今回尽力したのは一介の兵士たちも同じだ。エインヘリヤルの全員に報奨金を支給する予定だし、戦が終わったら盛大に宴を開くつもりだ。だがそれとは別に、功労者の一人であるお前にも何か授けさせてもらうぞ」

「要らんと言っているだろう」

「そうはいかないぞ。欲するものが無いと言うのであれば、この俺から一方的に授与することとしよう」


 ツィシェンドはしたり顔で笑っている。


「実はお前がそのように言うだろうことは想定していたのでな、予めこんなものを用意させてもらった」


 彼は綺麗な模様の筒を取り出すと、そこに丸めて入れられていた上質な紙を卓上に広げる。見れば、”騎士階級、授与勅命書”のような文字が並んでいた。それに続いて、此度の戦についての手柄を称賛するような文言や、功績を讃え騎士階級と共に家名を授与するような旨が(したた)められている。


 勅命書の下部には、『フリーレ・ヴォーダン』という名が大きく書かれていた。


「なんだこれは?」

「フリーレよ、お前には騎士の位を授与する。つまり平民より上の身分になるということだ。それには家名がないのは不都合だったのでな、お前には併せて家名も授けることとしたのだ」

「平民より上……貴族ということか?」

「厳密に言うと貴族ではないが、それに準ずるものだと思ってもらえればよい」


 フリーレはなんとも不思議そうな面持ちで、卓上に広げられた紙を見つめていた。


 ――ならず者であるはずの自分が、人間社会に受け入れられたばかりか、騎士階級?

 にわかには現実のものとして受け入れられなかった。フリーレはならず者であった自分を深刻に憂えたことがない。というのも、人間社会の営みというものが自分にとっては縁もゆかりもない別世界のことのように思っていたからだ。だからとくに嫉妬も羨望もなかった。


 だからフリーレにしてみれば、こうして自身の取り巻き共々人間社会に居場所を用意してもらえただけで有難かったし、それ以上のことは本当にまったく何も望んでいなかったのである。


 それが騎士階級、しかも家名まで付いてきた。フリーレは自身にファミリーネームがあったのかどうかさえも知らない。そしてそれもまた人間社会特有の文化であり、自身にはまったく関係のないものであると当然に受け入れていた。最後までただの”フリーレ”として生きて、死ぬのであろうと――


「まさか私が、このようなものを授かる日が来るとはな……どうにも現実感がない」

「ふふ、驚きが先行しているだけで喜んでくれてはいるものと理解したよ。なに気にする必要は無い、隊長勢はお前以外全員騎士階級なのだからな」

「しかし私はならず者だ」

「それはかつての話だろう?誰が何と言おうと、お前はラグナレーク王国騎士団――エインヘリヤル第七部隊長のフリーレだ。それにあれ程活躍したお前に何の特別な褒章もないようでは、私が民に怒られてしまう」

「民が、怒るのか……?」


 フリーレは、どうにも信じられないといった風に言った。


「もはやお前をならず者と呼んで嘲笑する者の方が少数派だ。民の多くがお前の活躍を称賛している」

「そう……だったのか……」


 この時の彼女は、どうにもいつもの彼女らしくなかった。彼女は言の通り、今まで通りを貫いてきたにすぎない。そこに騎士階級と家名がやって来た。ならず者としての生き方しか知らない(そしてそれで充分だと思っていた)自分に、新しい生き方さえも提示しうるものであり、それが彼女をひどく動揺させてしまっていた。


 偉くなるよりも、人間社会に居場所ができるよりも、今までの自分が死んでしまうような感覚に危機感すら抱いていた。


 しかしこれが喜ばしいことであることを、フリーレはもちろん理解している。ただ今まで自分が過ごして来た世界とはあまりに馴染みのないものであったが故に、折り合いの付け方が分からないのだ。彼女はこの動揺を乗り越えて、幸福を感じるべきなのだろうと思った。


「ヴォーダンとは今では断絶した、かつてラグナレーク王国の初代国王を支えた名門騎士の家名だ。勇猛果敢な騎士を多数輩出したという」

「……本当にいいのか?そんな由緒正しきものを、私に名乗らせてしまって」

「気にするな、俺が決めたのだからな。今でなら他の隊長勢もきっと認めてくれることだろう。なにより共に暮らしてきたお前の仲間たちも喜んでくれると思うぞ?まるで自分のことのようにな」


 そう言ってツィシェンドは笑った。


 ----------------------------------------


「騎士階級……やりましたね、お頭!おまけに家名だなんて!」

「お頭!こうなった以上、新たな生き方を模索するなんてのも手ですぜ。例えば結婚して家庭を持つとかよ……」


 褒めそやすケヴィンに、ユルゲンが続けた。一同は興味深げにフリーレを見る。


 彼女が結婚などというものにはまるで関心がなく、今まで通りの生き様を希求しているであろうことは、聞くまでもなく取り巻き連中には理解されていることであった。しかし同時に、フリーレという敬愛すべき頭領の、人並みの幸せを願ってもいた。別に騎士団を辞めるべきだ、という話ではない。ただ彼女が、世の他の女性たちと同じようなありふれた幸福を享受できたなら、それは彼らにとっても望外の喜びなのであった。


「……結婚か」

「やっぱ、興味ないですかい?」

「まあな」


 尋ねるラルフに、あっさりとした一言で返した。


「でも伴侶を持って、街中で楽しそうに暮らしているお頭とか、それだけで夢がありますね」

「俺たちゃもう三年以上、あの荒野でその日暮らしをしてきたからなァ」


 しっとりと呟くドレイクとアルブレヒト。


「お、お頭!別に無理する必要はねえよ!騎士階級だろうがなんだろうが、お頭はお頭だ。お頭のやりたいようにやっていけばいい!俺たちはどこまでもお頭に付いて行きやすぜ!」

「……サミーに同意」

 己の本心を伝えるサミーに、ジンナルが同調する。


 笑いながら酒を酌み交わす仲間たち――いつも通りが、そこにあった。


「そうか……ありがとうな、お前たち」


 結婚している自分の姿というものが、フリーレにはまったく想像ができなかった。それはまるで別の生き物のようにすら思えた。微笑みながら将来を共にすると決めた人と並んで、二人して子供の手を引きながら、街角を渡る。


 どこか気恥ずかしく現実感のない空想を誤魔化すように、フリーレは再び葡萄酒を口に流し込んだ。


 ◇


 夜の同じ頃、ところはヴェネルーサの港町へと戻る。


 第三部隊兵舎の武器倉庫に、バルドルの姿はあった。剣や槍、甲冑が多数保管されている。それらに囲まれながらバルドルは黄金色に輝く、豪華な装飾の大剣を握り締めている。


「しかし見事な剣だな。これは何かの神器なのだろうか?」


 話は夕刻のことである。

 ヘズとヴァーリ――彼が近頃気にかけてやっていた二人の少年が、街外れの丘にバルドルを呼んだ。二人がよく遊び場にしている場所だった。


 そこでバルドルが見せられたのが、この黄金色に輝く大剣であったのだ。それは無造作に茂みの中に打ち捨てられていた。


「お前たち、なんだこれは?」

「分かんない。でもすごく高そうな剣だよね」

「ボクが見つけたんだよ、バルドル!」


 どこか心配げなヴァーリを余所に、ヘズが元気のよい声音で言った。


「バルドル……とりあえず触らないようにしておいたんだけど」

「そうか。正しい判断だ、偉いぞ」


 バルドルは優しく言いながら、ヴァーリの頭を撫でた。


「とにかく状況が不自然すぎる。何故こんな剣がこんなところに打ち捨てられている?それに妙な気配を感じる……もしかするとこれはただの剣ではなく、神器なのかもしれない」


 彼は恐る恐る、剣を持ち上げてみる。罠であるような気配は感じられなかった。ずっしりとした重みと冷たい金属の感触が伝わる。


「二人とも、よく知らせてくれた。とにかくこれは我々エインヘリヤルの方で調べてみるとしよう。今日はもう帰りなさい」


 そう言って少年たちと別れ、バルドルは剣を手に兵舎へと舞い戻って来たのであった。



(しかし、妙な気配のする剣だが、今のところはただの剣だな。神器を使うのと同じように、的を試し斬りしてもみたが何の特別な力も見られない)


 バルドルはまじまじと、黄金色の大剣を見つめている。


 静かな夜だった。それが今、この瞬間を以て打ち破られ、嵐の如き(いくさ)が突如巻き起こることを誰が想像し得ただろうか。


 彼は突然、胸に激痛を覚えた。

 血がおびただしく滴り落ちる感覚が駆け抜ける。

 目線を下げて、驚愕した。


 黄金色の大剣は、その刀身を生き物の体のように捻じ曲げて、彼の胸を深々と刺し貫いていた。

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