第223話 復興する港町
ヴェネストリア解放戦から二か月ばかりが経過していた。エインヘリヤルの尽力もあって、街は着実に息を吹き返しつつあった。
――時節はドゥーマが人類是正計画を始動する前に遡る。
ところはユクイラト大陸南西部ヴェネストリア連邦。
まだ夏の名残の感じられる日和であった。
この連邦は四つの国家から構成されている。
北東のヴェネルーサ王国、中央のストラータ王国、南のリゼロッタ王国、北西のアンドローナ王国。しかしつい二か月ほど前まで、四か国すべてがアレクサンドロス大帝国の支配下にあった。
支配していたのは第6師団”深淵部隊”という、皇帝リドルディフィード肝入りの軍団であった。そこにラグナレーク王国が急襲を仕掛け深淵部隊を討伐、当初の戦力差から絶望的と考えられていたヴェネストリアの解放を達成したのである。
解放にあたって、ラグナレークの頭脳――ヘイムダルは入念に作戦立案をしてきた。敵の主力である将軍級をそれぞれ各個撃破ができるよう結集させないように努め、なおかつ限られたラグナレーク側の戦力を適切に回していくような内容であった。
最大の脅威であったフォルネウスは虚を突いて陸に引き揚げ、ブネは居城に引きつけ孤立させ、大部隊を以て進軍してきたアロケル隊はアミーから頂戴した溢れんばかりのマナで一気に壊滅させた。
控えとしてビフレストに残留していたバルドルとテュールを除く全てのラグナレーク隊長勢が、おのおのできる限りの努力をしたからこそもぎ取れた勝利であった。しかし最大の貢献者を敢えて挙げるなら、類まれなる機動力を発揮し作戦全体の遂行を支えた神器レーヴァテイン――そしてそれを巧みに操った第五部隊長フレイであったろう。
そんなフレイは、ラグナレーク七隊長で唯一の殉職者となってしまった。死に際に魔力を凝縮し周囲一帯を巻き添えに自爆しようとしたアミーを、レーヴァテインごと空中に押し上げもろともに爆散した。
深淵部隊が壊滅しヴェネストリア連邦が解放された後、まず真っ先に着手されたのは戦禍からの復興であった。その為フレイを含む戦死者の葬儀は実にささやかに行われるだけだった。
妹のフレイヤもその程度でよいと言っていた。それは戦禍復興を優先する兵士としての意思だったかもしれないし、できるだけ兄の死に面と向かいたくないだけの単なる逃避であったかもしれない。
とにかく解放後、ラグナレーク騎士団はビフレストに残留させていた第三、第四部隊もヴェネストリアに呼び寄せ、ここにエインヘリヤルの七部隊が集結した。呼び寄せたのは復興の人手が足りないこと、アレクサンドロスがすぐにビフレスト方面に攻めて来る可能性が低くなったからだ(もしそうなっても多くの人口を擁するヴェネストリア方面から背後を狙われてしまう)。現在はラグナレーク側もアレクサンドロス側も直接の交戦はせず、互いに自領内での下準備を進めているような状況と言えよう。
本国からも幾ばくかの助勢を受けて、およそ二か月に渡ってヴェネストリア全土の復興は着々と進められた。これは同時に次なる戦への軍備も兼ねていた。四か国それぞれが改めて軍団を結成し、エインヘリヤルとの親睦を深めていった。
嬉しいことはこれだけではない。ラグナレーク王国は、ヴェネストリア連邦の後押しもあってポルッカ公国を味方に付けることができた。直接派兵はしないが、自領内の通過や物資援助を引き受けてくれたのだ。
改めて周辺の地理情勢を振り返る。
アレクサンドロス大帝国は大陸南部全体を支配下に置いており、最南端のザイーブ州に皇帝の居城がある。ザイーブ州から見て、北西がマッカドニア州、北東がツァルトゥール州でありその更に東がヴェーダ州だ。今回解放されたヴェネストリア連邦はマッカドニア州の更に西隣りにある。そしてマッカドニア州の北にはビフレスト(ラグナレーク王国の南部に広がる荒原地域)が位置し、ポルッカ公国はヴェネストリア連邦とビフレストの隣接点に位置している。
――つまりヴェネストリアからビフレストにかけて、マッカドニア州に対する弧状の包囲網が完成しつつあるのだった。
◇
残暑も厳しい、ヴェネルーサの港町。
フォルネウスの襲撃によってひどい水害に見舞われたこの街も、ある程度の活気を取り戻しつつあった。かつて世界の玄関口とまで呼ばれた貿易港であり、とくに力を入れて復興が行われた都市の一つだ。
今でも復興に勤しむ兵士や建設作業員が慌ただしく街を行き交っている。
そんな中を第三部隊長バルドルは一人歩いていた。彼の率いる第三部隊は第二部隊と共に、この港町で活動していた。
「む?」
眼前から走り寄って来る影が見える。幼い少年が二人。
「バルドル兄ちゃん!」
「一緒に遊ぼう!」
その快活な姿を、バルドルは小さな微笑みで以て迎えた。
「……またお前たちか。ヘズ、ヴァーリ」
無愛想で、表情の変化が乏しい彼であるが、それでもどこか嬉し気である様子が見て取れた。駆け寄る少年二人は、ヴェネルーサの戦災孤児であった。
フォルネウスの襲撃こそヘイムダルによる事前の呼びかけにより被害者ゼロで済ませられていたが、それ以前にも一年前にヴェネストリア全体がアレクサンドロスによる大規模な攻撃に晒されている。二人の少年は、その際に親を失った孤児であったのだ。
窃盗を繰り返しながら生き、度々警備兵の厄介になっていたのだという。それが戦禍復興にあたって多くの人々に仕事が与えられたのだが、この二人にも仕事が与えられ、今は街で簡単な見張りや荷運びの手伝いをしているのだった。
バルドルは意外にも面倒見の良い性格で、二人の少年とは当初仕事上の付き合いでしかなかったのだが、いつの間にか度々気にかけてやるようになっていた。金もないだろうからとちょっとした食糧を差し入れたり、仕事の合間には少し遊びに付き合ってやったり。
そういうわけで、このヘズという尖った茶髪の少年とヴァーリという菫色の短髪の少年は、随分とバルドルに懐くようになってしまったのだ。
「悪いがまだ仕事が残っていてな。後にしてくれるか」
「えーー!つまんなーい」
「バルドル!いつもの丘の方で、すごいものを見つけたんだ!」
少年たちはワクワクしたような瞳で彼を見つめてくる。
「分かった分かった、夕方ごろに向かうよ。それでいいな?」
「うん!うん!」
「絶対来てよね!」
そう言って彼らは走り去っていった。
その後ろ姿をバルドルは随分と和やかな目で見つめていた。
出逢った当初、あの二人はあんなにも快活ではなかった。光を失ったような瞳をし、どこか塞ぎ込んだような心持ちであった。その日食うものにも困るばかりで、生活も困窮を極めていた。
今では多少生活も上向き、バルドルという話し相手も得たからか、すっかりあの調子になった。あれが本来の姿……あるべき姿であったのだろう。
バルドルはそんな彼らの心の復興に、自分などが貢献できたということにどこか喜びを感じていた。




