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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第9章 アタナシアの真実
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第217話 タカマガハラ

マグナとトリエネは、ヤクモに連れられてヒノモトの中枢タカマガハラへとやって来る。そこはヒノモトの環境、および世界全体の管理に関係する重要な場所だった。

 明くる日、二人はヤクモに連れられてとある洞穴までやって来た。村より幾分か離れた場所で、深い森の中であった。辿り着くには一時間ほどを要した。


 洞穴の前には体格の良い男が二人組で立っている。彼らの手には素朴な槍が握られている。


「これはヤクモ様!お疲れ様でございます」

「しかし、そちらの二人は何者でしょう?」


 見張りの男たちはマグナとトリエネに不審の眼差しを向けた。当然だ、このヒノモトでは住民が全員が顔見知りであり、見知らぬ他人など存在するはずがないのだ。


「紹介しよう。こちらはタケミカヅチ様、そしてこちらがアメノウズメ様だ。お二方はこのアシハラの視察の為、遥かタカマガハラより参られたのだよ」


「な、なんと!そのようなことが……」

「事情を知らなかったとはいえ、無礼を働きました!何卒お許しを……!」


 見張りの男たちは槍を手放すと、地面に跪いて平伏の姿勢を取った。


 二人は神として敬服の念で以て迎えられている――マグナはともかく、トリエネは初めての経験に若干の戸惑いを覚えていた。


「おお……しかし生きている間に神にお逢いできる日が来ようとは……感激にございまする……!」

「その通りだ、神がアシハラに降臨されるなど滅多にないことだからな。村の者にもじきに紹介する故、今はみだりに触れてくれるな」

「はい、承知致しました……!」


 男たちに見送られながら、ヤクモたちは洞穴へと立ち入る。この場所こそがタカマガハラへの入り口であるらしい。


「ヤクモ、さっき俺たちがタカマガハラから来たみたいに言っていたよな?あれはどういうことなんだ?そもそもそのタカマガハラこそが俺たちの目的地だというのに」

「ヒノモトの神観念ではアシハラが人間の住む世界、タカマガハラが神々の住む世界ということになっているのだよ。お前たちがそこから来たことにしなければ辻褄が合わんのでな」

「そ、そうだったんだ」


 洞穴の中を少し歩いたところで立ち止まる。そこには岩の中に、いかにも機械的な扉が取り付けられていた。


「この洞穴は首長以外は立ち入り禁止となっている場所だ。あの見張りの男たちも中に何があるかまでは知らない。この先がヒノモトの中枢――タカマガハラに繋がっているとは夢にも思っていない」

「そうなのか」

「この扉は普段閉ざされている。今から開けるので少し待っておれ」


 ヤクモはそう言って、傍らの岩壁に手をあてがう。なんとパカッと、パネルのようにめくれるではないか。そこにはサイズが均一な正方形の出っ張りが並んでいて、数字や記号のようなものが印字されている。


 ヤクモはカタカタと、慣れた手つきでなにやら打ち込んでいる。スイッチの羅列のようなものか、とマグナは思った。やがて機械音と共に、扉が物々しい音を立てて開いた。


「では往くとしようか、立ち入るがよい」


 三人は扉の中に入る。無機質な狭い空間だった。中央には台座のようなものがあり、それ以外には何もない。


「ここがタカマガハラ……じゃないよね?」

「当然だ、ここはただのエレベータだからな」

「エレベータ?」

「昇降機のことだ。タカマガハラはこの浮島の内部にあるといっただろう?今から我らはそこに向かっていくのだよ」

「え、ひょっとしてこの部屋自体が下に向かって動くってこと?」


 トリエネの疑問を背中で聞きながら、ヤクモは台座の光っている箇所に手をかざしている。生体情報を照合しているのだが、二人には何をしているのかがよく分かっていない。


 やがて部屋がひとりでに動き始めたので、二人は思わず息を飲んだ。


「こ、このやんわりと落下しているような浮遊感は……」

「ほ、本当に部屋自体が降りているの……?」


 未知の技術に驚愕しながら、二人はヒノモトの内部へと招待されてゆく。


「ちなみに外側の世界にはヒノモトの神観念のルーツたる神話が存在するが、タカマガハラは天上に存在し、地の底には死者が住まう世界があるとされている。根の国だとか黄泉の国だとか呼ばれる場所だな。そして天上と地底の(はざま)である地上に、人が住まうアシハラが存在しているのだ」

「それを、外側の人間は信じているのか?」

「古い神話だ、現代でも本気で信仰している者はなかなかいないだろうな」

「そのネの国?みたいなのもこのヒノモトにあるの?」

「いや存在しない。ヒノモトの民であれ、地上の民であれ、このアタナシア全ての命は死んだら冥府に向かうのだからな」


 死んだ者の魂は冥府と呼ばれる死者の世界へと赴く。そして別の人間や生物に生まれ変わる――輪廻転生(リンカーネイション)。これがアタナシアの常識であった。



 話している内に部屋の降下が止まったかと思えば扉が開く。

 ――そこは目を見張る空間だった。金属製の壁で構成された薄暗く巨大な空間で、通路が壁際に層状に設置されていて吹き抜けの構造になっている。通路同士は階段で繋がっていて、歩いて行き来できそうであった。


 この巨大空間の中心部には、五つの機械仕掛けの置物があった。巨大なサーバ機器群と言っても、マグナとトリエネには理解が及ばないであろう。


 機器は各所を明滅させながら、騒がしい駆動音を辺りに響かせていた。


「なんだこれは……?」

「言っただろう、タカマガハラにはヒノモトの環境を保全するためのシステムがあると。この機械たちがそうだ。この五つのサーバ機器によって、ヒノモト全体の管理が行われているのだ」

「サ、サーバ機器?なにそれ?」

「ふむ、とにかくこのデカい箱のおかげでヒノモトは空に浮かんでおり、なおかつ人間が暮らせる環境になっているという理解でよい」


 一行は階段を降りて、一つ下の通路まで移る。そこから歩を進めて、通路の突き出した部分――機器たちがよく見える辺りにまで歩を進める。


「これらの機器にはそれぞれ異なる役割と名称がある。気象システム<アマテラス>、水系システム<ワダツミ>、駆動システム<スサノオ>、時節管理システム<ツクヨミ>、監視防衛システム<コトシロ>という」


 そしてヤクモはそれぞれがどのようなシステムかを詳しく教えてくれた。以降にまとめる。


 ■気象システム<アマテラス>――ヒノモトの気温や天候を管理するシステム。このシステムによってヒノモトは雲の上にありながら、人間の暮らしやすい適度な気温に保たれている。また晴れ、曇り、雨といった様々な天候の変化を実現させている。気温・天候の変化や度合いは季節ごとに定められた一定のパターンから乱数に基づいて決められる。時折り台風も起こすので、人々はそれを乗り越えなければならない。

 ■水系システム<ワダツミ>――ヒノモトを流れる河川を管理するシステム。このシステムによってヒノモトは空に浮かびながらも、河の流れが循環するようになっている。海に見立てた塩湖も生み出しており、人々に海の幸をもたらす。河川は時折り洪水を起こすので、人々はそれを乗り越えなければならない。

 ■駆動システム<スサノオ>――ヒノモトの動作を管理するシステム。このシステムによってヒノモトは空に浮かんでおり、地上との隔絶を実現している。またマグナたちが乗って来た帰還台や、タカマガハラまでやって来るのに使用したエレベータ等、ヒノモト内部のあらゆる機械駆動を司っている。時折り地震を起こすので、人々はそれを乗り越えなければならない。

 ■時節管理システム<ツクヨミ>――ヒノモトの季節を管理するシステム。単なる時間については、アタナシア全体と時間を共有しているが(つまり地上のヒノモトに程近い大陸東部が夜なら、ヒノモトも必然夜となる)、このシステムによってヒノモトは雲の上にありながら春夏秋冬の季節が訪れる。今は地上と同じく中秋に差し掛かった頃である。

 ■監視防衛システム<コトシロ>――ヒノモトの絶対不可侵領域化を実現するシステム。このシステムによってヒノモトは周囲の空間が捻じ曲げられ、普通に飛んで辿り着くことは不可能となっている。また幻影機能によって肉眼での認識もされなくしている。加えて、飛来する不審な存在(鳥のような矮小な存在を除く)があった場合にはアラートを発して管理者に通知する機能がある。


「はえー、すっごい……」

「この巨大な装置で、人が暮らせる浮島を実現しているわけだな……俺たちの理解を越えた技術だ」


 説明を聞く間、トリエネとマグナはただただ驚きに舌を巻いていた。


「ちなみに此処より更に下層にも巨大な空間があり、そこにはアタナシア全体に関わる管理権限サーバが存在している。元来”タカマガハラ”とは、その管理権限サーバの名称だ」

「管理権限サーバ?」

「このヒノモトだけではない、アタナシア全体の例えば時間だったり季節だったり、大地や海といった世界の組成そのものだとか、生命体の栄枯盛衰だとかとにかく色んなものを管轄する機器群だ。我ら管理者がその権限に基づいて、世界全体に干渉できるのだよ」

「大地?もしかしてドゥーマの力も――?」

「そうだ。神の能力というのはな、管理権限サーバによって実現できる機能の一部をアタナシア内部の人間に貸し出している、というのが実情なのだ」

「……!」


 今まで神の能力というものの実態は深く考察されてこなかった。神というもの自体が人智を越えた存在である為、それがもたらす力も当然に人智を越えたものと考えられていた。少なくともマグナやトリエネにとってはそうであった。


「じゃあアンタがその権限で、ドゥーマの力を奪うこともできるのか?」

「できる。だが昨晩も言ったはずだ。これはあくまで内部の問題であり、我ら外部の人間は干渉しない方針だと」

「だから!ドゥーマに力を与えたのもそもそも貴方たちなんでしょ!責任持って回収してよ!」

「まあ、ダメ元で他の管理者に掛け合ってみるとしよう。そもそも地上は私の管轄ではない故、私の一存で進めるわけにはいかないのだ」


 タカマガハラについての説明が一段落すると、三人は通路の壁際の方に戻っていく。よく見れば、壁にはいたるところに小部屋が存在している。その一つを指差しながらヤクモが言う。


「見ろ、そこかしこに部屋があるのが分かるだろう。まあ管理者用の寝室だったり、資料室だったり、操作室やら倉庫やら実に様々な部屋があるのだが、その全容は私でも把握し切れていない。何処に何があるのかも完全には分かっていない」

「なるほど、それを俺たち三人がかりで調査するというわけか」

「何か役立つ物があるといいね!」

「それでは各自ばらけて行動するとしようか。操作室や更なる下層へのエレベータ等、管理者以外には入ってもらいたくない部屋が幾つかあるが、まあそもそも権限の無い者は入れないようになっているからな。お前たちでも入れるところは好きにいじくり回してくれて構わん」

「了解した」



 こうしてタカマガハラの探索が始まった。マグナが立ち去った後、トリエネも彼とは違う方面に向かおうとするが、そこをヤクモが呼び止めた。


「待て、トリエネ。お前には探索以前に大事な目的があるだろう?」

「……?あ、そっか!私の中のウイルスをなんとかしないといけないんだった!」


 どうやらトリエネは本気で忘れていたらしい。能天気な娘だ、とヤクモは思った。


「……呆れたな、いやそれほどの胆力がなくては物心ついた頃から今に至るまで、ずっと恐ろしい病魔を見に宿したまま生きてはゆかれないか」

「うーん、でも私がお母さんに真実を教えられたのは二か月ちょっと前だよ?」

「なんと、そうか。タナトスの力で病魔を無力化するばかりか、この年まで隠し通すとはな……見上げた母親だ」

「うん!私の自慢のお母さんなんだ!」


 リピアーのことを褒められ、トリエネは上機嫌に答えた。

 そのまま彼女はヤクモに連れられて、通路の奥の一室に入る。


「ここが調整室だ。ここでお前の身に残存する”集落浄化プログラム”を抹消するためのプログラムを作成し、薬剤として生成しよう」


 どうやらリピアーが”腐食の病”と呼んでいたものに、そのような名があるらしかった。


「プログラ……なにそれ?」

「まあ説明するとだな、お前の故郷を滅ぼしたのも管理権限サーバの機能によるもので、ターゲッティングしたエリアに住まう生物をすべて死滅させるというものだ。例外的にタナトスに力を与えられたお前の母親と、その者によって庇護されたお前は生き残ったわけだがな。そしてこのプログラムは実行の度に管理番号を生成する。今からログを漁って、過去にマルティアを滅ぼした際に生成された番号を確認し、それを指定した上で削除用のプログラムを実装するのだ」

「……全然分からないんだけど」

「別に分かる必要などない」


 ヤクモは素っ気なく言うと、部屋の奥の方へと向かった。そして椅子に掛ける。目の前の机には、なにやら透きとおった面のある四角く平べったい装置、そして均一な大きさの出っ張りが並んだ長方形の板がある。


 彼女がその板の出っ張りの一つを指先で叩くと、画面の液晶がぱっと光を放った。なにやら文字のようなものが、不可解な法則で羅列していた。


「え、なんなのこれ?」

「まあ、黙って待っておれ」


 トリエネに構わず、ヤクモはカタカタとその板の出っ張りを高速で弾き始めた。それに連動して液晶の中の四角い枠に、次々と文字が表示されていく。


「ふむ、コードの出だしは出来たぞ。どれ、二十年前のアンドローナ王国のログは――」


 ヤクモが指を動かしている間、トリエネは背後で部屋を見回しながら突っ立っていた。その内飽きたので、くるくる回って遊び始めた。


 一仕事終えた顔でヤクモが立ち上がると、すぐ隣の別室へと向かった。トリエネも付いて行くが部屋には入らず、扉の前に立ったまま駆動する巨大なサーバ機器群の方に目をやり、ぼけーっと眺めていた。やがてヤクモが褐色の液体が入った試験管を持って出て来た。


「できたぞ、”集落浄化プログラム”の削除プログラムを、生命体でも接種可能な形に加工したものだ。これを飲め」

「……こ、これって美味しい?」

「そんなわけがなかろう」

「……デスヨネー」


 トリエネのダメ元質問を、ヤクモは一蹴した。恐る恐る、口に流し込む。ひどい味わいだったが彼女は頑張ってすべてを飲み干した。


「うう、まずーい!なにこれぇ……」

「しかしこれでお前の中に残存するプログラムは打ち消されたはずだ。もうその首飾りを外しても問題なかろう」


 彼女は言われるがままに、ピッグマリオンの秘石を外してみる。風呂に入る時すら外さずにずっと身に付けてきたものだ。


「な、なんともない?もう私、大丈夫なの?」

「まあよく考えたら、あのプログラムは発症のタイミングや進行の度合いが乱数で決まっていて、人によってかなり差異が出るようになっている。今は平気でも一、二時間後に急に……なんてこともあるかもな」


 ちなみに一律して即効性でないのは、感染源に動き回ってもらうことで被害を拡散させる狙いがあった。


「ええーー!こ、怖いこと言わないでよ!」

「ははは、冗談だ。間違いなく消去されているよ。安心してくれていい」


 一抹の不安を捨てきれないでいるトリエネを、ヤクモは軽く笑った。

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