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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第9章 アタナシアの真実
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第213話 ヤクモ・ヤエガキ

三種の神器を遺跡の台座に捧げるマグナとトリエネ。そして二人はついに世界の始まりの地――聖地アタナシアへと到達する。

 大陸の遥かなる東の果て、海沿いに建つ古びた遺跡にマグナとトリエネの姿はあった。


 ドゥーマが”信賞必罰の領域”に囚われた日の翌日である。

 グラストの駆る神鳥ガルーダに乗ってここまで来ていた。


 この辺り一帯はついこの間まで桃華帝国の領土であったが、今では五色(ウースー)同盟国に取って代わられている。その立役者であるラヴィアの元に顔を出したいのもやまやまだったが、マグナたちには先を急がねばならない事情があった。


(なんとしてでも早くアタナシアに辿り着かなければ……そしてドゥーマに対抗する(すべ)を見出さなくては)


 彼の眷属モンローは、ドゥーマを三日間拘束すると宣言した。

 しかし想定外に早く亜空間を打ち破られるかもしれないし、アタナシアに到達できたとてすぐにドゥーマへの対抗手段が見つかるかは分からない。


 残されている時間は想定よりずっと短いかもしれないのだ。


「早くアタナシアに向かわないとな」

「うん、あの台座に残りの神器を捧げればいいんだよね」


 二人は不思議な文様の描かれた円形の台座に目を向ける。

 既に回収済みらしいが、八尺瓊勾玉については一度捧げられているらしい。


 前方を見れば、遠景にぼんやりと巨大な浮島の影が見える。

 ――あれがアタナシア。神器は一度捧げれば、しばらくの間有効なのだろうというのはアリーアの推理だ。


 残り二つの神器を台座に捧げる。草薙剣をマグナが、八咫鏡をトリエネがそれぞれ台座に置く。しばらく待つと、台座の文様がぼうっと光り始める。


 いや台座どころか、周囲の床に描かれた模様全体が眩しく光り輝いていた。


 二人は固唾を飲んで成り行きを見守っていた。いったいどのようにしてアタナシアに招待されるのだろう?巨大な鳥でも飛んで来るのか、それとも空に虹の橋でも架かるのか。


 しかし空には何の異変もない。変化があったのは足元であった。突如として、彼らの居る台座周囲の床がせり上がったのだ。


「うおっ!」

「わっ!なになに?」


 せり上がった床の縁には、何やら柵のようなものが出来上がる。床はどんどん上昇を続け、ついには浮き上がった。それは例えるなら宙に浮かぶ巨大な独楽(こま)のような形状だった。


「これは……もしかして、乗り物か?」

「え、嘘!これが飛ぶの?」


 トリエネがそう言うや否や、その独楽は浮島に向かってグワンと上昇を始めた。二人は柵に掴まって落ちないように努める。


「……乗り物というより、空飛ぶ足場って感じだな」

「……うん、簡素だよね。なんか」


 面食らったというか、肩透かしというか、二人は少々意外な気持ちに包まれながら後方を見た。先ほどまで居た遺跡は既に遥か彼方だった。眼下には広大な海原が広がっている。


「ついにアタナシアか……ようやくここまで来た。しかしマルローも来れりゃよかったんだが」

「仕方ないよ、怪我しちゃったしね。元気そうだったけど……」


 道すがら、二人は昨晩のことを思い返していた。


--------------------------

 マグナはモンローにドゥーマを任せた後、マルローとトリエネを連れてウラードニスク外れの山小屋に戻って来た。状況はアリーアが共有していたので、彼が報告するまでもないことだった。


 マルローが怪我を負ったので、アタナシアへはマグナとトリエネの二人で向かう手筈となった。裏世界の残りのメンバーは、ドゥーマが亜空間から戻った時に備えて待機である。


 小屋の一室を臨時病棟代わりに、マルローはそこに寝かされることになった。腹部に出血が見られるのと、左脚の骨にひびが入っているらしかった。脚にギプスを巻いて、腹に包帯を巻いたマルローがぼうっとした顔で天井を見つめている。


 そこにトリエネがやって来た。神妙な顔つきだった。


「マルロー、大丈夫そう?」

「ああ、なんとかな」

「……やっぱり、これ使ったら?」


 トリエネは胸元の首飾りを手に取った。ピッグマリオンの秘石――神の能力を外部にストックしておける神器である。これにはリピアーの”死から遠ざかる力”が保存されている。今もトリエネの体内に眠る”腐食の病”を失活させておくためのものだ。


「いや、いらねえよ」

「で、でも」

「それで俺の怪我を治したら残量が減っちまうだろ?アタナシアに行ったって、お前の中のウイルスをなんとかする方法がすぐに見つかる保証はないんだ。とっとけ、とっとけ」


 マルローは笑いながら言った。


「しかしよかったよな。能力者がいなくなっても保存された力は残るんだな」

「うん、もし”死から遠ざかる力”が消えちゃってたら、今ごろ私も体が腐って死んじゃってたかもしれないんだよね……」


 トリエネは不安げに首飾りを撫でた。

 彼らには預かり知らないことだが、この神器はアガペー開発の過程でメデルスキーによって生み出されたものである。自身の能力を外部に抽出し固定化する研究の中で生まれたものなので、能力者本人の存否に関わらず力が残り続けるのは当然であった。


「じゃあ私はマグナとアタナシアに行ってくるから。アタナシアで私の中のウイルスをなんとかできたら、マルローの怪我は首飾りの力で治してあげるからね!」

「へへ、ありがとよ。だがちょうど目の前に、俺にとって最高の回復薬があるんだぜ?」


 何のことか、トリエネがきょとんとしていると、マルローは上体を起こして彼女に向き合う。そして両腕を彼女の体にぎゅっと回して抱き締めた。


「ちょ、ちょっと!マルロー!」

「へへ、柔らけえ、いい匂いすんなあ。ちゃくちゃくと肉体が快方に向かっているのを感じるぜぇ」


 マルローのいい加減な発言を聞きながら、トリエネは「もう、馬鹿……」とこぼした。しばらくされるがままだったが、突然背中以外に触られている感触を受けてびくっとなる。


 気付けば、マルローの右手がさりげなく位置を下げ、彼女の尻を執拗に撫で回していたのだ。


「へへへへへへへ」

「……」


 トリエネは無言で、彼の腹の負傷している辺りをごつんっと殴った。


「ぎゃあああっ!そこは叩いちゃダメなとこ……!」

「馬鹿!エッチ!スケベ!もうマルローってば、そこで生死の境でも彷徨っててよねっ!」


 そう言ってトリエネは足早に部屋から出て行った。


「……頑張れよー」


 扉の閉まり際に、ボソッと言った。


 彼の行動はもちろん下心が大半を占めていたのだが、それ以外の理由もあった。

 この部屋に来た時のトリエネはとても思い詰めた顔をしていた。マルローの怪我を心配していたのもあったが、彼女の顔を曇らせていた主たる要因はやはりリピアーの死である。最愛の育ての母に、目の前で死なれたことがツラくないはずがなかった。


 マルローは彼女をいつもの調子に戻してやるにはどうすればよいかと考えた。結果、安い慰めの言葉を掛けるでもひたすらに同情するでもなく、いつも通りに振る舞うことを選んだのだ。そしてそれはそれなりに功を奏したようであった。


「……さてと、上手くいくといいけどな」


 彼は再び寝ころびながら、どこか含みのある呟きをした。


--------------------------


 ◇


 空飛ぶ足場に乗って待つこと十数分、いよいよアタナシアの上空へと到達した。既に雲より高い位置にいた。眼下には生い茂る木々と、雄大な川の流れが広がっている。


「すごっ……」

「雲より高い位置にある島に、木々が生え川が流れている……どうなってやがんだ」


 やがて足場が静止したかと思えば、今度は緩やかに下降を始めた。浮島全体の端っこの方に向かっている。そこはちょっとした高台になっている場所で、先ほどの遺跡にあったのと同様の模様が描かれた石造りの床が広がっていた。足場が近づくと、床が下がってそこに収納された。


 足場が収納されるとともに柵も引っ込む。

 二人は恐る恐る、アタナシアへの最初の一歩を踏み出した。彼らは記念すべき下界からの初の来訪者となった。


 到達したはいいが、これからどこに向かえばいいかは見当がつかない。二人はキョロキョロと辺りを伺う。幸い高台なのもあって周囲の景色はよく伺えた。しかしちょっとした山や森、川が目に映るばかりだった。


「さてと、どこに向かえばいいのかな」

「ひとまずここを降りないことには駄目そうだな……おい、見ろトリエネ。あっちの方に集落みたいなものが見えないか?」


 マグナが指差す方を見る。遠く川の向こうに藁ぶきの小さな家々が建っているのが認められた。


「ホントだ!やっぱり人が住んでるんだ!」

「ああ、リピアーが推測していた通りだな。行こう」


 ”創世の神話”の記述や、ハルトという出奔者がいたことからもアタナシアに人が暮らしているであろうことは前々から予想されていたことだった。


 二人は神器二つを回収した後、集落を目指して道なりに高台を降りていく。思いのほか道は整備されており、少なくとも木々を掻き分けて獣道を進む必要には迫られなかった。鳥のさえずりが耳に届き、リスのような小動物が視界を横切る。雲の上の浮島に、普通に生態系が存在しているようで驚きを隠せなかった。


「すごーい……どうなってるの?この島」

「そもそも雲より高い位置だってのに暖かすぎる。常識を超えた場所だ……」


 更に道を往こうとするが、マグナは素早く立ち止まるとトリエネを庇うような体勢を取った。トリエネもほぼ同時に気づいてはいた。


 前方から何者かが近づいて来る。それは夜の闇のように黒い髪をした女性だった。前髪は左右に分けていて、後ろ髪は肩にかかる程度の長さ。年齢は三、四十代ほどに見える。白い前開きの上衣を羽織り、下には足首まで届く紅い袴のようなものを履いていた。


「やれやれ、駆動システムが作動していたから何事かと思えば、まさか外から人が来るとはな……」


 女性はジロリと視線を寄越した。あまり攻撃的な態度でこそなかったが、だからといって歓迎している風でもなかった。


「初めまして、招かれざる客人よ。私はこのヒノモトの首長――ヤクモ・ヤエガキだ。そら名乗ってやったぞ、お前たちの素性を聞かせてもらおうではないか」

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