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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第8章 災害と呼ばれる者
212/270

第212話 凍ったように冷たい月の下で

謎の疫病で壊滅した町を少女は往く。空っぽの未来は、不死の呪いによって終わらない悪夢へと変わった。

 *****


 少女は陽の沈みつつある町を歩いていた。

 道端には自分の父や母と同じように、グズグズに腐乱した果実のような死骸が散乱している。

 しかし自分はどれだけ待ってもその一部になれなかった。


 町は混乱の最中(さなか)であった。

 遠くで上がる悲鳴を聞きながら、少女は時が止まったような無表情で歩いていた。


 既に涙は枯らした後だった。

 ()に光はない。

 されども足取りに澱みはなく、少女はやがて町の河川を見下ろす高台へと辿り着いた。


「今行くわ、父さん、母さん……」


 少女は迷いなく、空中にその身を投げ出した。


 真下の河原の砂利が広がった辺りに激突する。

 全身に激痛が走って、体の力が抜けてぐったりと動かなくなる。

 その脱力にどこかやすらぎさえ見出していた。


 しかしいつまで経っても天に召されない。

 それどころか痛みが引き、負傷が跡形もなく消えていったので少女は困惑した。


「……嘘、なんで……?」


 少女は河原をよじ登ってまた元の高台へ戻ると、同じことを繰り返した。

 しかし何度身を投げてもその命を散らすことはできなかった。


「どうして……どうして……どうして……どうして……」


 血だまりの中に手を着き、うなだれながらボヤいている。

 壊れた人形のようだった。


 しばらく少女はそのようにしていたが、やがて不気味な影が目の前に現れた。

 脚は無く、宙に浮いている。

 まるであの世にでもいそうな不穏な気配であった。


【我ガ名ハ死ノ神タナトス。コノ世ノ死ヲ司ル存在ダ】


 影は心にまとわりつくような、不気味な声を少女に届けた。


【名モ知レヌ少女ヨ、オ前ノ絶望シカト見セテモラッタ。オ前ハ完全ニ生キル気力ヲ失ッテイルナ。果テノ無イ闇ノヨウナ絶望ニ囚ワレ、未来ニ何ノ希望モ(イダ)イテイナイ】

「……」


 少女は死んだような目と呆けた表情で、影を見つめている。

 既に心はいっぱいいっぱいで、眼前の存在に恐怖する余裕すらなかった。


【ダカラコソ、オ前カラ死ヲ取リ上ゲタノダ。オ前ハドウヤッテモ死ヌコトガデキナイ体トナッタ。空ッポノ心デ空ッポノ明日ヲ迎エ続ケルガイイ。ソシテ人間ノ可能性ヲ我ラニ示スノダ】

「……」


 麻痺した思考でも、その影がロクでもない存在だということは理解できた。


 やがて影はかき消えるようにして消えていった。

 少女はしばらくぼうっと、その場にへたり込み続けていた。


 それからまた何度も、何度も、何度も、何度も、高台から飛び降りた。

 盗んだナイフで首を引っ搔いたり、胸を突き刺したりもした。

 民家に火を放ち、その中に身を置いたりもした。


 何をしても、少女は死ねなかった。




 既に陽は没していた。

 灯りの無い暗い夜道を少女は歩いている。


 地獄を往く亡者のように、表情の無い顔で、力無い足取りで歩いている。


 腐乱した死体はもはや風景の一部であった。

 道端の石ころのように、なんら特別感もなく、ごく当たり前に転がっていた。


 その一つが、不意に蠢いた。

 まだ生きているようだった。

 妙齢の女性で、下半身が完全に崩れていて、歩くことができなくなっているようだった。

 虫の息だった。


「誰か……誰か……居るのですか……?」

「……」


 転がっていた女性が、気配のする方に向かって籠を差し出した。

 中にはまだ一歳にも満たないであろう赤子が寝かされていた。


「どなたか存じませんが、お願いします……どうかこの子だけでも助けてください……どうか、どうか……!」


 少女は黙って、差し出された籠を冷たい目で見つめていた。

 やがて力尽きたのか、どさっと籠は地面に落ちた。

 女性は既に息絶えていた。


「……」


 少女はしばらく黙って、死んだ女性を見下ろしていた。

 そして、突如として蹴り飛ばし始めた。

 執拗に、執拗に、蹴った。


「なんでよ……なんでみんな死ぬのよ……!私だって、私だって死にたいのに……!」


 そこで堰を切ったように涙が溢れ始めた。

 少女は泣きながら、何度も何度も女性を蹴っては踏み付けた。


 息を切らしながら、ジロリと籠に目をやった。

 かよわく、小さな命がそこにあった。


 やや乱暴に抱き上げてみた。

 少女はその後、どうするかをまるで考えていなかったが、赤子を連れていくことにした。


 死を渇望する彼女にとって、死を与えてやるなど有り得なかった。


「……そう、あなたトリエネっていうのね」


 服の刺繍を見ながら、少女は抑揚の無い声で呟いた。




 町はずれのひとところに、まだ息のある人々が集まっていた。

 篝火の仄かな灯りの下で、生きたまま腐った人々が寝かされている。


 まだ余裕のある者が、生死の境を彷徨っている者を懸命に励まし続けている。

 しかしまるで打つ手などなかった。

 刻一刻と、死体の数は増えるばかりであった。


 そんな彼らが遠方に目をやると、赤子の入った籠を抱いた少女を見出した。

 不思議な少女だった。

 この惨状の中で、まるで自身の命の心配をしていないのが、ことさら奇異だった。


「……あらら、起きちゃったわね」


 少女はまったく感情の無い声で言った。

 赤子は大きな目をぱちくりさせ、きょとんとした目を少女に送っている。

 やがてぐずり出した。


「……何?お腹でも減ったの?それともおしめ?」


 世話をする気などまるでないのに、少女は言った。

 その心の有り様は、彼女自身にもよく分からなかった。


「このぐらいの赤ん坊って何を食べるのかしら?穀物とか芋をドロドロに煮溶かしたものを食べさせるとか?」


 そんなことを言っていた時のことだった。

 突如、石が飛んで来た。


 少女の頭に命中する。

 血を流しながら振り返ると、まだ生き残っている町民たちが、鬼のような形相で少女を睨んでいた。


 ――どうして、あの女だけ平気なんだ?

 ――きっとこの疫病は、あの女が撒き散らしたんだ!

 ――アイツは魔女に違いない!


 次から次へと石が飛んで来た。

 少女は痛みに顔をしかめながら、みるみる負傷していった。


「止めて!何するの!?」


 叫びながらも、少女の負傷はみるみる修復していく。

 その摩訶不思議な現象は、なおのこと町民を疑心暗鬼に駆り立てた。


 投石は止まない。

 石の一つが赤子に命中した。

 赤子は大きな声で泣き始めた。


「止めなさいって言ってるでしょう!」


 少女は大声で怒鳴った。

 しかし町民は取り合わない。

 おもむろに一人の町民が言った。


 ――あの女の生き血を飲めば、病気がなおるんじゃねえか?


 その言葉を皮切りに、まだ動ける町民たちは続々と立ち上がって、少女に近づいていった。

 乱暴に、少女の腕を掴んで引き寄せようとする。


「……嫌っ!……止めて、止めて!」


 少女は籠を落として、赤子を抱きながら、無我夢中で走り去った。

 体が崩れ出している住民たちを巻くことは、難しくはなかった。


 町から離れた森の中に、少女は佇んでいる。

 腕の中の赤子はいつまで経っても泣き止まない。


「……うるさいわねぇ、静かにしなさいよ」


 ようやく吹き返した感情は、哀しみと苛立ち、寂寥(せきりょう)だけであった。

 それらは枯れたはずの涙を再び押し出してゆく。


「……泣き止んでよ……泣きたいのは、私の方なのに……」


 少女の心はついに限界を迎えた。

 泣いた赤子を抱き締めたまま、声を上げて泣き出し始めた。


 凍ったように冷たい月の下で、二人の泣き声がずっと響き続けていた。

これにて第8章終了となります。最強の神との対立が深まる中で、人の有るべき姿がテーマとなったかと思います。次章では世界の真実が解き明かされます。

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