第200話 傷だらけの友情
崩落する地下施設から逃げる二人。辛くも地上への脱出を果たすが……
メデルスキーの絶命を確認すると、イロセスはすぐに体を動かすことができるようになった。しかし頭部に角は生えたままだ。周囲の女性たちも異形の姿のまま慌てふためいているので、どうやら彼が死んでも能力は解除されないらしかった。芸術家が死んでも作品は後世に残されるのと同じであろうか?
やがて本格的に天井の崩落が始まった。メレーナは急いで衣服をなおす。イロセスは裸の上から外套だけを羽織って草薙剣だけでも拾い上げると、二人して弾けるように駆け出した。
「ちっ……まずいぜ、聖女様!このままじゃ潰されちまう!」
「急いでここを離れましょう……!ひゃあっ!」
そう話している内に瓦礫が二人の真上に振って来る。二人は流石に死を覚悟した。
しかしその時である、巨人が突如部屋に荒っぽく乱入したかと思えば、メレーナとイロセスの二人に覆いかぶさるようにして彼女らを守ったのだ。全身が白っぽい灰色の巨人。二人にはその巨人に見覚えがなかったが、とにかくメデルスキーが生み出した異形のひとつであろうことは分かった。
巨人は瓦礫の雨が収まるまでの間、身を挺して二人を守り続けた。瓦礫の降りしきる音の中で、メデルスキーの作品たちの断末魔がこだましていた。
やがて崩落音が止むと、巨人は屈んだ体勢から立ち上がった。瓦礫に打ちのめされ、全身から血を噴き出していた。もはや助からないことが誰の目にも明らかだった。
いったいこの巨人は何故自分たちを助けてくれたのだろう?
そう疑問に思っている内に、巨人が手を差し出した。手のひらに乗れと言っているようである。二人が素直に彼の手のひらに乗ると、巨人は二人を大きく穴の空いた天井から地上へと昇らせた。彼は二人を守るばかりか、懸命に逃がそうとしてくれているようだった。
(こいつ、どうしてアタシらを助けてくれるんだ?アタシらはこいつのことを何も知らないのに。……っ!)
イロセスの脳裏には、神の力でバジュラの肉体を操るスラの姿が連想された。
「ま、まさかお前、スラなのか……?」
傷だらけの巨人は静かに頷いた。
彼は他人の肉体を支配している際、身動きが取れなくなるはずであった。彼の性格を考えれば、激しい崩落の中で身動きの取れなくなる能力を行使する可能性は低い。考えられる可能性は二つ。安全な場所に避難した上で能力を行使しているか、あるいはもはやどうにもならなくなったから苦肉の策でこうしているか。
先ほどメデルスキーの言っていたことが、どうにも後者の可能性を強く感じさせた。
「お前はどうしたんだよ、スラ!他人の肉体を操っている時って動けないんじゃなかったのか!?」
「……」
焦燥に駆られるイロセスの瞳を、巨人は表情の無い顔で見つめている。
「もしかしてお前、もうとっくに動けなくなっちまってるのか……?瓦礫に潰されて、それでアタシたちだけでも助けようとして……」
巨人は再び頷いた。そしてよろよろと膝を付きそうになる。巨人の生命が尽きかけているのか、それともスラの生命が尽きかけているのか。
その様子を見て、イロセスは表情をキッと引き締めた。
「……!分かったぜ、スラ。アンタの想いは無駄にしねえ。絶対に生還してやる……!絶対に生きて帰ってやるからな……!」
彼女の言葉を聞いて、巨人が微笑んだような気がした。やがて巨人は力尽きて倒れ伏した。
「……スラ、ありがとな」
イロセスは立ち上がり、隣で悄然としているメレーナの手を引く。
「急ぐぜ、聖女様!早くここから離れよう!」
◇
地上へと出た二人は辺りを見回す。裏街からさらに離れた、ピエロービカ近隣の森林区域に居るようだった。
二人は急いで駆け出すも、心のどこかには地上に出た以上多少は安全になっただろうという、根拠のない安心感があった。しかしそれは容易に打ち破られる。
背後から木々をなぎ倒す音が聞こえた。
見れば砂や瓦礫が幾本もの腕と成って、逃げる二人を追いかけてくる。
「くそ、地上にさえ出れば安心かもって思ったけど、そうは問屋が卸さないってか!」
イロセスは立ち止まると素早く振り向き、草薙剣をがむしゃらに振り回した。なんとか迫る砂の腕たちを破壊することに成功する。
「今だ!早く逃げるぜ、聖女様!」
「……!イロセスさんっ!」
メレーナが必死の形相でイロセスを見ている。見れば彼女のすぐ近くに新たに腕が現れたかと思えば、その巨大な腕は二人をまとめて叩き潰そうとした。
「聖女様、アブねえ!」
イロセスは突撃するようにしてメレーナを遠くに弾き飛ばした。しかし自分は間に合わない。
――彼女は砂の腕に下半身をぺしゃんこに押し潰されてしまった。
「うわああああああああっ……!!」
「イ、イロセスさん……!」
メレーナは青ざめた表情で駆け出すと、地に落ちた草薙剣を拾い上げる。そして砂の腕に向かって、無我夢中でそれを振るった。斬撃に晒された腕が崩れて四散すると、メレーナは地に伏し呻くイロセスに駆け寄る。
「イロセスさん!しっかりしてください!」
メレーナはイロセスの手を取ろうとする。しかし彼女はその手をはたいて拒絶した。
「……!」
「何ボヤボヤしてやがる!今なら砂の腕も来ねえ、早く行け……!」
彼女はもはや自分の命を諦めている。考えていることは、せめて聖女様だけでも生かすことだけであった。
「で、でも」
「うるせえ!早く行きやがれ!」
「い、嫌です……!一緒に逃げましょう!イロセスさん!」
「はあ?アンタ、アタシの体が今どうなってるのか見えねえのか?ひでえなあこれ、下半身が脚ごと潰されちまってやがる……めちゃくちゃ痛てえ……」
イロセスの腰から下は直視に堪えない惨状であった。おびただしく血が流れ出している。
「わ、わたくしが担ぎますから……!ご一緒に逃げましょう!」
「だから分かれっての!こんな姿で生還してどうすんだよ……腰から下を切断しなくちゃいけないんじゃねーか、これ?嫌だなあ、上半身だけで生きるのは……」
「わたくしがお世話します!かいがいしくお世話しますからぁ……!」
「いいんだよ、もう!アタシのことは見捨てろ!このままじゃ助かるモンも助からなくなる!アンタまで死んで全滅したら、いよいよスラの奴の想いを無駄にすることになんぜ!」
イロセスは声を張り上げる。激痛と気持ちの高ぶりでとにかく声量が大きくなっていた。
しかしメレーナは悲痛な面持ちで涙ばかりを流して動かない。そして次のように気持ちを吐露した。
「……わたくしにはいなかったんです、聖女という立場を気にせずに話せる友人が。皆かしこまってばかりで、本音で話してくださらない。わたくしはイロセスさんとならそんな関係になれる気がしていたんです。わたくしは貴女とお友達になりたかった……!」
「……そうかいそうかい、ならぜってぇ友人にゃなってやらねえ……!」
イロセスはギロリと視線を向けた。
「イロセスさん……!」
「二人の命と引き換えに手に入る友情なんて、クソほどの値打ちもねえ!生きてこそだろ!この状況下で二人して助かるなんて無理だ!ならアタシは、アンタを逃がすために鬼にでも悪魔にでもなるぜ……!」
「イロセ……」
「うるせえっ!なにぐずぐずしてやがんだ!?バカじゃねえのか?さっさとアタシの視界から消えろ!二度とツラ見せんじゃねえ!」
「……」
「アタシは盗賊に成り下がっていたよーな奴だぜ?最初からアンタみてーなのとは合わねーんだよ!お高くとまりやがって!アンタみてえな意識高そうな奴、アタシは大っ嫌いなんだよ!縁が切れてせいせいすらぁ!さっさとどこにでも行っちまえ……!」
メレーナは背を向けて駆け出した。頬に涙を光らせながら。
やがて彼女の後ろ姿が見えなくなった。
「……へっ、それでいいんだよ。聖女様」
イロセスの表情から安らかに力が抜ける。
「アンタには未来があんだろ?聖女としてこの国を背負っていくって未来が……何もかも失ったアタシとは大違いさ」
程なくして新たな砂の腕が現れた。
「失くしてばかりのアタシにも、一つぐらいは冥土の土産にできそうなモンができたようだぜ……未来を担う聖女様を命懸けで救ったってな……」
巨大な手のひらが、横たわる上半身を派手な音を立てて叩き潰した。




