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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第8章 災害と呼ばれる者
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第199話 異形を愛でる男

崩落する地下施設内を逃げ惑うイロセスとメレーナ。二人は異形と化した女性たちでひしめく不気味な部屋に迷い込む。

 イロセスとメレーナは狭い通路を疾走する。追い縋るように天井の崩落音が続く。これは自然な崩落ではない、ドゥーマが侵入者を亡き者にすべく意図的に天井を崩しているのだ。


「……父上」

「気持ちは分かるが聖女様、ボヤボヤしてたら潰されて死んじまうぜ!走れ走れ!」


 草薙剣を携えてイロセスが先導する。メレーナも先ほどまでに比べれば幾分か立ち直っていた。聖王の安否についてはスラに委ねられている。彼らと地上で合流できることを祈りつつ、ただひた走るしかなかった。


「たぶんドゥーマってやつは、アタシらの居場所を大雑把にしか把握してねーんだ。正確に分かってるならとっくに始末しているだろーからな。とにかく止まらずに走り続けるんだ!」


 やがて丁字路に差し掛かる。左右のどちらに進むべきか思案する暇もなく、右側からも崩落音が聞こえて来た。


「聖女様、こっちだ!」

「はい!」


 二人は左に曲がってゆく。そのまましばらく走り続けていると崩落音の追走は止み、代わりに奇妙な扉が目の前に現れた。分かれ道はなく、退路もない。


 イロセスは意を決して草薙剣を振るう。扉を破壊すると、二人して勢いよく部屋の中へと飛び込んだ。


「……!」

「こ、これは……」


 部屋の中の光景を見て、イロセスとメレーナは目を丸くした。


 至るところに裸の女性がいたのである。それも彼女らは普通の人間の出で立ちではなかった。下半身が蜘蛛のようになっている者もいれば、蛇になっている者もいる。下半身が魚になっていて水槽に入れられている者もいれば、鳥のような翼を背に生やし天井から吊るされた籠に入れられた者もいた。


「……いったいなんなんだ、この部屋は?」

「……彼女らの姿、普通ではありませんね」


 状況に驚愕しつつも、女性たちが変わり果てている原因が二人には分かっていた。バジュラが言っていたことを思い出したのだ。この地下施設の黒幕にはドゥーマ以外にもう一人いて、人間を”異形”に変える力を持っているのだという。その者の仕業に違いなかった。


 異形と化した女性たちは驚き戸惑った瞳で、突如闖入してきた二人を見つめている。やがて蜘蛛の下半身をした女性が「ご、ご主人様!」と叫びながら部屋の奥の方に向かってゆく。


 奥からは紳士的な服装をして髭を蓄えた壮齢の男性が出て来る。彼は不安そうにしている蜘蛛の女性を優しく抱いて(なだ)めると、闖入者の二人に視線を送った。


「ほほう、これはこれは……随分と麗しいお客様だ」


 まるで見定めるような、舐め回すような視線である。


「もしや貴方が麻薬”アガペー”を作り出した、この施設のもう一人の黒幕ですか?」


「いかにも、吾輩(わがはい)の名はメデルスキー・エツニーリン。人形の神、ピッグマリオンの力を持つ者である」


 メデルスキーと名乗るその男は近くの椅子に腰掛ける。そして傍らに寄って来た蜘蛛の女性と蛇の女性の頭を優しく撫でまわす。撫でる方も撫でられる方も、実に甘美な表情をしていた。


「……ここに居る女たちはアンタがバケモンにしちまったのか?趣味の悪いヤローだぜ」

「フフフ、よいさ。常人には理解できない感覚であることは吾輩とて重々承知している」


 イロセスの嫌味に、メデルスキーはどうということもなく答える。


「アンタがドゥーマとかいう奴と一緒に、このくだらねー施設を作ったんだな?」

「いかにも。もう十年以上昔になるか、或る時ドゥーマが吾輩の元に現れてこう言ったのだ。一緒に金儲けをしないかと、収益の半分を渡すし最高の地下空間を提供しようと」


 女性に頬ずりを始める。


「金に不自由せず人目も気にせずに人体実験ができる環境は吾輩にとって理想的だった。だから奴の話に乗ったのだ。そして吾輩の力を利用し、人間を屈強な怪物へと変える”魔人開発計画”はスタートした」


 ペロペロと女性の頬を舐め始める。


「当初は人間を異形に変えるには、吾輩が直々に力を行使せねばならなかった。しかし天才たる吾輩は機械装置にてこれを実現可能とした。人ひとり入れられるほどの巨大なフラスコの付いた装置だ。機械の内部に蓄えた吾輩の力と繋がっていて、フラスコ内部に入った人間を徐々に異形へと変じてゆく。ドゥーマは当初、この装置を外国に売って金を得ていた。例えばラグナレーク王国がそうであるな」


 話しながら片時も愛撫を止めないメデルスキーを、イロセスとメレーナは引いた目で見つめている。


「しかし吾輩は金以上に人体実験の素材を欲した。吾輩の力もその頃まだまだ不完全であったが故、とにかく色々試したかったのだ。その為、素材の方から来てくれるように仕向けようと考えた」

「……そして、麻薬を流布させることを考えたのですね」

「そうだ。吾輩が人間を異形に変える際、特殊な成分が人体に浸透してゆくのだ。吾輩は長年の努力の末、この成分を結晶化させることに成功した。それこそが諸君らもご存じのあの麻薬なのだ」

「分からねえな、そんなんがどうして幸福感を与えるようなクスリになるってんだ?」

「吾輩は人間を心の底から嫌っている。そして異形を心から愛している。あの麻薬を摂取した者は肉体が徐々に異形へと変じてゆき、同時に異形に対する吾輩の止め処ない愛を享受する資格を得るのだ。故に得も言われぬ幸福感に包まれる、故に”神之愛(アガペー)”……!」


 メデルスキーは愛撫を止めてニタニタと笑い始めた。


 イロセスは醜悪な害虫を見ている気分だったが、メレーナは異なる面持ちだった。彼女はメデルスキーに向かって一歩踏み出すと静かに切り出した。


「……メデルスキーといいましたね。もしや貴方ならば、異形と化した人を元の姿に戻せるのでは?」

「いかにも、できるとも」

「ではお願いします!どうかスラ様の妹君アンジェラ、そしてわたくしの父上である聖王ミヴァコフを元の姿に戻して頂けないでしょうかっ!」

「……」


 メデルスキーは渋い顔をする。それを見たメレーナは、あろうことか床に跪くと両手と額を床に着けて懇願した。


「お願いします!お願いします!」

「……いいだろう。二人とも異形に変わる適性はなかったようだからね、吾輩としてももはや興味がない」

「では……!」

「ただし条件がある」


 彼の言葉に意外な気持ちはなかった。ただで望みを叶えてくれるとは元より思っていない。メレーナは覚悟を決めて彼の提示する条件とやらを伺う。


「……条件というのは?」

「人の姿を捨てていただこう。そして可愛い可愛い吾輩の為の異形と成りて、永遠にこの理想郷で共に過ごすのだ」

「……!」


 それではせっかく父親を元に戻せても、もはや再会が叶わないではないか!


 メレーナはかなり逡巡した。しかし、背に腹は変えられぬと覚悟を決めた。これは自分の父親だけではない、スラの妹の運命も掛かっているのだ。


「……分かりました、その条件を飲みましょう」

「脱ぎたまえ」


 メレーナは体を起こすと、恥ずかしそうにしながら外套を外して衣服をはだけ始めるが、メデルスキーは「君ではない」と制止した。


「へ?」

「残念ながら君では不適格なのだよ。君はまったく面白みがない。聖女という尊い身分に生まれ、自身もまた何の疑いもなく尊い存在であろうとしている。深いようで浅い、まったくつまらない存在だよ君は」


 彼は聖女をさんざんけなした後、傍らの女性を遠ざけて椅子から立ち上がると、イロセスの方へと歩み寄った。


「吾輩が興味があるのは君の方だ。君がどこの誰だか知らないが、君はとにかく素晴らしい」

「はあ?何言ってやがんだ、この変態おやじ!」

「その人形のように整った見た目と気品、君はとても高貴な生まれだね?それでいて心は非常に歪だ。深い悲しみと喪失……それに揉まれてきたようなひどく摩耗した心をしている」

「……!」


 初対面であるはずのこの男に、自身の半生を見透かされたことにイロセスは驚いた。そしてこの外面と内面のちぐはぐには自分でも辟易することさえあったのだが、このメデルスキーという男はそれにこそ価値を見出しているようである。まるで宝物を見つけた少年のような、ひどく輝きと興奮に満ちた瞳をしている。実に気持ちの悪い男だった。


「君こそ吾輩の次なる芸術作品にふさわしい。さあ服を脱いで、生まれたままの姿になってごらん」

「……」


「ダメです、イロセスさん!断ってください!」


 メレーナが声を張り上げた。


「元に戻して頂けるようお願いしているのは、スラ様の妹君とわたくしの父上です!貴女が犠牲になる必要はありません!」

「……別にいいぜ、聖女様」


 そう言ってイロセスは草薙剣と背負っていた背嚢を下ろすと、衣服を脱ぎ始める。


「なっ……!ダメです、イロセスさん!」

「コイツの言う通りなんだよ。アタシにはもうなーんも残っていないんだ。両親やノクトロス公爵家もとっくに滅んでるし、居場所をくれた盗賊団だって壊滅しちまった。好きだった人もなんだか妙な奴に変わり果てていた。アタシにはもう何も残ってないんだよ。聖女様や今まで助けてくれたスラの役に立つってんなら、それだけでも救われるってモンさ」

「でも……!」

「いいんだよ。それに周りの女たちを見てみろ、どいつもこいつもこの変態おやじを愛おしげな目でみてやがる。きっと洗脳に近いレベルの愛情を持たされるんだ。こんな奴に尽くすようになるのはまったく不本意だけど、きっと悲しみや苦しみはないんだろーな。心が有るようでいて無い、それこそ人形のような存在に成るだけさ」


 イロセスは脱ぎ終えて一糸纏わぬ姿になると、メデルスキーの方に向き直った。


「おら、準備はできたぜ!やるならさっさとしやがれ、変態おやじ!」


「よろしい、では君の魅力をつくづく堪能させていただくとしよう」


 メデルスキーは裸のイロセスに歩み寄ると、彼女の体を丹念に、まるで宝物でも磨くような手つきで撫でまわし始めた。全身をくまなくまさぐってゆく。


「ほほう、素晴らしい体だ。これを素材にできるのは冥利に尽きるというものだ。ふむふむ、ここの膨らみはいささか控えめだね。それもまたよし、いやはや素晴らしい」


(気持ち悪ぃ……!気持ち悪ぃ……!なんでコイツこんな気色の悪い手つきができるんだ……?)


 イロセスは不快に満ちた顔をしている。メデルスキーは触診に夢中になっていたが、思い出したように呟く。


「そうそう、君は先ほど言っていたね、人形のような存在に成るだけだと。その理解は概ね正しい。しかし彼女らは完全な洗脳状態にあるわけではない」

「何?」

「彼女らは記憶の奥底で覚えているのだよ、人間だった頃のことをね。忘れさせるなど勿体なかろう。普段は吾輩に対する止め処ない愛情があるおかげで気にしていないが、時折人間だった頃のことを思い出すのだ。そして絶望に満ちた眼差しをしたり、吾輩に憎悪の眼を向けてきたりもする。それもまたよいものなのだ……!」


 邪悪に笑う男を見て、イロセスは異形に変わる決断をしたことを後悔し始めた。決して軽はずみな気持ちで承諾したわけではない。それでもなお、この男の異常さと醜悪さは常軌を逸していた。


「吾輩は何故異形を好むのか、自問自答したことがある。きっと吾輩は”完全”を嫌い、”不完全”を好いているのだ。であるからして、彼女らにはそのようにあることを望んだし、君のようなちぐはぐな存在に心惹かれたのだ」


 やがて撫でまわされているイロセスの体が、妖しく仄かな光を発し始めた。苦しみ悶えながら、頭から彼女の麗しい外見とは不釣り合いな歪な角が生えだした。苦痛に顔をしかめる。


「ぐっ……!ぐっ……!」

「フフフ、題して”天使のような悪魔”……いや”悪魔のような天使”の方がよいかね?」


 そしてひとしきり悦に入った後、次のことを思い出したように伝えた。


「……そういえば言い忘れていたがね、戻してやると約束した聖王ミヴァコフとアンジェラという少女だが、どうやら二人とも既に死んでしまっているようだよ」


「「……!!」」


 イロセスとメレーナは二人して驚いた。しばらく声を出せずにいた。


「どうやらドゥーマは君たちよりも、聖王たちの方の始末を優先したようだね。あちらの方で大規模な崩落があったみたいだ。聖王の生命反応は既に感じない。あちらは隔離区域の方だから、アンジェラという少女も他の失敗作ともろともに潰されて死んでしまっているね」

「……そりゃ、本当か」

「勿論だとも。吾輩の力で作り上げられた異形ならば、遠く離れていても仔細に分かるのだよ」


 事も無げに言うのである。イロセスは怒りを露わにした。


「てめぇ!なんでそういう大事なことを早く言わねえ!」

「大事?生きているか死んでいるかなど、約束の履行に関係なかろう?吾輩は元の姿に戻せるかと問われただけだし、それは可能だと答えたまでだ。安心しなさい、約束は守るとも」


 元の姿に戻れたところで、死んでいては何の意味もないだろう!


 イロセスは心の底から絶望と後悔に呑まれたが、不思議と涙は出なかった。もはやそれすらもできない程に、体の自由が利かなくなっていた。


 このままでは、何の益も無しに人ならざる者へと変わり果ててしまう。それに自分がいない状況下でメレーナは無事脱出できるのかという不安が今さら脳裏をよぎった。大規模な崩落で聖王もアンジェラも死んでいる状況――ともすればスラも死んでしまっている可能性があるのだ。


(ちくしょう、体中が熱くて痛てぇ……!自由に動かねぇ……!最悪だ、ホントにふざけたおやじだぜ!ぶっ殺してやりてぇ!)


 イロセスは動けないまま、恨みに満ちた眼をメデルスキーに向けていた。心の底から目の前の男の死を願った。


 その想いが天……いや、地に届いたか、途端に真上の天井で不気味な鳴動が起こった。

 一同が気付いた頃には既に遅く、大規模な崩落が発生して真下のメデルスキーは瓦礫の下敷きとなった。瓦礫からはみ出た腕がやがて脱力していく。真っ赤な血が溢れ出して流れた。

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