第192話 妹を探して
闇に生きる男、スラ・アクィナス。彼の旅の始まりは生き別れた妹――アンジェラの捜索の為であった。
二人はこうして巡り逢ったのも何かの縁とばかりに同じ馬車にて同道することとなった。馬車に揺られながら目的地を目指す。
スラもまたとある目的を持って聖都ピエロービカに舞い戻ろうとしていた。
この数か月間、裏世界の他のメンバーは基本的にアタナシアの調査やそれに付随する任務に時間を費やしてきた。ドゥーマが優先度1の”お願い”を行使して、アタナシアの調査を命じていたからである。例外といえば運び屋としての役目の大きいグラストや、とある施設の管理を全任されているバジュラ、そもそも組織に所属している自覚のないレイザーくらいであったが、スラもまたこっそり個人的な調査活動に時間を割いていた。
(我が生き別れの妹、アンジェラ……彼女はおそらくピエロービカに居る)
彼はずっと、自分の妹を探していた。
裏世界に所属したのも、まったく手掛かりのなかった妹の行方を追う為であった。そして組織に加入するにあたって実力を証明せねばならず、その際にたまたま命じられたことが暴君フェグリナの討伐であったのだ。
正義の神を味方に付け討伐に成功したスラは、晴れて裏世界の正式メンバーすなわちナンバーズとなった。そしてある程度任務を達成して貢献度を稼いでから、妹捜索の”お願い”を行使するつもりであった。
しかしここで嬉しい誤算が生じた。
というのも、裏世界の事情通といえば世界最高の商人と呼ばれるマルクスか、世界中に自身のネットワークを持つアリーアであるが、その二人は存外に人が良い性格であった。スラはダメ元で自身の目的を打ち明けてみたところ、この二人の協力を得ることに成功したのだ。
以来彼はアタナシアの調査活動をしているフリをしつつ、ようやく獲得した手がかりを元に妹の捜索活動に没頭していた。
(我が故郷、ストラータ王国がアレクサンドロス大帝国に攻められ、街が燃えたのが一年前……それっきりアンジェラは行方知れずだった。生きているといいのですが)
――彼は闇に生きる者であり、誰にも己の素性を詳しく語ったことがない。今後も仔細に語ることはないと思われるので以下に記す。
スラ・アクィナスはストラータ王国の生まれであり、両親は五年ほど前に亡くしている。以来彼は、たった一人残された家族である妹と共に暮らしてきた。
彼は生計を立てるべく様々な職業を転々としたが、いずれも長続きしなかった。人付き合いがそれほど好きではなかったし、それどころか人間というものをどこか鬱陶しく思っていたからだ。
いつの間にか彼は盗みで生計を立てるようになった。これなら人付き合いなぞしなくて済むし、他人の顔色を伺う必要もない。当然妹にはそのことをずっと隠し通した。
彼にとって妹の笑顔以外のことは、基本的にどうでもよかった。だからといって他人に横柄にふるまったりはしなかった。むしろターゲットに警戒されることなく近づくにあたって便宜である為、彼はまっとうに商売人をしていた頃よりも丁寧で紳士的な態度を取ることが得意になった。無論、本心には程遠い仮面での振る舞いである。
そんな陰のある慎ましい生活も或る時終わりを告げる。一年前、アレクサンドロス大帝国がヴェネストリア連邦に対して攻撃をしかけたのだ。やがて彼の暮らしていた街も炎に包まれた。
当時彼は外出しており、戻った時には既に家は半壊していた。そして家に居るはずの妹も行方を眩ませてしまっていたのだ。
彼は妹を探す為、旅に出た。アレクサンドロスに支配された故郷にいつまでも居る気にはなれなかったというのもある。
そして旅の道中で神ヘルメースに力を授けられ、彼は盗みだけでなく暗殺の仕事もこなすようになった。裏の社会で名を上げていく内に、彼は神々の秘密組織”裏世界”の噂を耳にする。
その組織の力を借りられればきっと妹も見つけ出せるに違いない……そう考えた彼は組織に所属すべく関係者にコンタクトを取ることに成功した。そしてフェグリナ討伐の為にラグナレーク王国を訪れたのである。そこで正義の神マグナと出逢い、それ以降はこれまでに記述してきた通りである――
マルクスやアリーアの助力を得たことで、彼はようやく妹が神聖ミハイル帝国に居るかもしれないという情報に到達していた。
当時は戦火を避ける為、ヴェネストリア中の人々がフランチャイカやポルッカ、神聖ミハイルといった近隣諸国に逃れていた。妹と思しき外見の少女が神聖ミハイル方面に向かっていた――これを知ることができたのはアリーアの”眼”から得た情報によるものであったし、それぞれの国でヴェネストリアのどの地域の出身者が多く逃れていたか等はマルクスもかなり事情通であった。
アンジェラが神聖ミハイル帝国に居ると確信したスラは、同国内で調査を続けていた。しばらくはこれより詳細な情報を掴めずにいたのだが、最近になってアタナシア調査に付随して過去の映像をチェックしていたアリーアからとある一報が入って来た。アンジェラらしき姿がピエロービカで確認されたとのことだった。
以上のようないきさつがあった為、彼は急ぎピエロービカまで戻るべくこうして馬車に揺られているのである(裏世界のアジトはそのピエロービカに在るので、ここでは”戻る”という表現が正しい)。
(アリーアさんの情報では、アンジェラらしき姿が街を歩いているのが確認されたのが半年ほど前……それきり彼女の”眼”でも目撃情報は得られていない。やはり最後には私自身で真偽を確かめねばなりませんね)
(……)
物憂げに外の景色に視線を投げるスラを見て、彼が抱える心の闇にイロセスは思いを馳せていた。
◇
やがて二人はピエロービカへと辿り着いた。
薄曇りの空の下で、優美な装飾の建物が立ち並んでいる。街の中央広場には豪華な噴水が設えられ、散歩や運動にいそしむ人々が目に映る。しかしこれは中心街の景色であり、裏街に外れれば外れる程に街並みは廃れていく。汚い路地裏、潰れかけた家々、行き交うガラの悪い人々……
スラの目的地はどちらかといえばそちらであった。表に出てこない情報というのはアングラな場所でこそ得られることが多い。それに期待してのものだった。なにより彼は姿を消すという、潜入や現地調査にうってつけの能力を持っている。
(しかし数奇なものですね。アンジェラを探すべく裏世界に加入しましたが、裏世界のアジトがあるのと同じ街に彼女も来ているとは。いや、まだ見つけられたわけではありませんが)
そうしてスラは己の目的を遂げるべく、イロセスに別れを告げようとする。
「さて、私は裏街の方まで向かいたいと思います。それではここで」
「はい、妹さん見つかるといいですね」
二人は馬車の中で、簡単に互いの旅の目的について話していた。
「是非そうありたいものです。それで、貴女はどうされるのです?記憶がないのでしょう?この街に来たらどうするかなど、何かアテはあるのでしょうか」
「……いいえ、とくにありません。ひとまずピエロービカに辿り着くことが目的でしたから。この街を見れば何か思い出せるかもと密かに期待していましたが、今のところ何も思い出せそうにありませんし」
イロセスは消沈した声音で言った。彼女はこの街を初めて訪れるので、何も思い出せないのは当然であった。
「とにかくお金も底を尽きかけてますので、この街でしばらく生計を立てていこうかと思います。これだけ大きな街ですし、ゆっくり自分探しをしてゆくつもりです」
「生計ですか……でも住所不定の状況では仕事を探すのも難しいのでは?」
「……そうかもしれません。もしお金に困ることがあったらこれを売ろうかと思っているのですが」
そう言ってイロセスは背嚢を下ろすと、そこから顔を覗かせていた黒くて長い物を取り出した。
スラはそれを見て驚愕した。
見紛うはずもない、それはかつて対峙した暴君フェグリナが使っていた神器――草薙剣であったのだ。アタナシアへの手掛かりとしてドゥーマが捜索を命じている三種の神器の一つだ。
「……イロセスさん、その剣はどちらで?」
「実は私も詳しいことは分からなくて……なんでも私を助けて下さった方によると、一緒に河岸に漂着していたらしいのです。鞘に書いてある名前も、もしかしたら記憶を無くす前の私が書いたのではないかと」
そうしてイロセスは鞘に書かれた文字をスラに見せつけた。確かにイロセス・ノッキアという名が書かれてあるのを彼は見た。
(たしか三種の神器は王都アースガルズから盗賊団に盗み出されて以来、その行方は知れないままでした。まさかこの女性はその盗賊団のメンバー?それがなんらかの事情で記憶を失って、今に至っているのでしょうか)
スラは動作に出さずとも、頭を抱え始めた。彼にとって優先すべきは妹の捜索であり、正直アタナシアの捜索についてはあまり関わりたいと思っていなかった。
しかしこうして草薙剣の所在を突き止めてしまった以上、無視するわけにもいかなくなった。
(悩ましいですね……裏世界が探していた三種の神器の一つが、まさにお膝元とでもいうべきこの街に流れて来るなんて。本来ならドゥーマに報告すべきなのでしょうが、アリーアさんは彼女がアタナシアに到達することを危険視していましたし、裏では離反したリピアーとトリエネが先に到達できるように取り計らっているようです。マグナさんも彼女らに協力しているみたいですし、私もここで三種の神器の在処を公にするべきではないのでしょう)
そして己の取るべき行動について結論を導き出したスラは、去りゆくイロセスの肩に手を添える。
「それではありがとうございました。私はこれで」
「……お待ちなさい」
彼の言葉にイロセスも素直に歩みを止める。見知らぬ街で独りきりの彼女は、引き留めてくれるのを心のどこかで期待していたかもしれなかった。
「自分で言うのもナンですが、私は情報収集に長けていると自負しております。しばらくは私とご一緒に行動されてはいかがでしょうか。記憶の件だけでなく住居や仕事を探すにしても、何かしらお手伝いができるかと思います」
「……それもそうですね。すみません、お言葉に甘えさせてもらってもいいでしょうか?」
「かまいませんよ。私から言い出したことなのですから」
こうしてスラは妹探しの旅に、不本意にもこの記憶喪失の女性を伴うことになった。しかし自由に行動させて三種の神器がドゥーマの手に落ちるのは避けるべきであったし、自身の近くに置いておく方が安全だろうと判断したまでだ。
見知らぬ他人同士から旅の道連れとなった二人は、そのまま裏街の方へと歩を進めていった。




