第189話 五つの光が織りなす未来②
牢に入れられたメイウェイの元を訪れるラヴィア。彼はラヴィアにとある警告をする。
洛蘭市内の牢獄施設をラヴィアは訪れていた。
靴音と、手にした棍が床を突く音が暗い通路に響く。彼女は脚を止める。
最奥の牢獄……そこにはかつての皇帝、桃美位の姿がある。簡素な衣服に身を包み、牢の中に座っている。その姿は憔悴というよりは、憮然と何事かを考えている風であった。
「……杏族の姫君か」
彼の方から口を開いた。
「メイウェイさん、貴方にはこれまでの所業を悔いて頂きます。そして罪を贖って頂きます。私が貴方を外に出してもよいと判断した暁には、陽の光の下を歩くことを許しましょう」
ラヴィアは思いやりがあるとも、冷徹とも取れる声音で言った。
「そしてその時にはとくと見るがいいでしょう。貴方が捨て去ろうとした世界、それが息を吹き返した姿を」
「……五色同盟国か」
メイウェイはぽつりと言った。
「そうだな、その時が来たらしかと見させてもらおう。あれほどいがみ合っていた五つの部族が手を取り合う姿を、生まれ変わった国の姿をな……」
「ええ、その時をお楽しみに。では私はこれで」
ラヴィアは立ち去ろうとする。去り際にメイウェイが声を掛けた。
「ラヴィアよ、この世界には”大いなる意思”が存在する」
「大いなる意思?」
歩みを止めて、振り返る。
「どうにもこの世界全体に意思のようなものがあるのではないかと、余は思うのだ。神の力にしてもそうだ。まるで人間を敢えて苦しませようとしているような、敢えて滅亡に瀕するように仕向けているような、そのような意思の下で授けられている気さえするのだ」
「大いなる意思……その一つがエリスだったということですか?」
「いや、余が言っているのは、そのエリスを余の元へと送った存在のことだ。存在……というよりは、やはりこの世界自体に何らかの意思のようなものがある気がしてならん。混迷を極めていたのは、何も桃華帝国だけではなかったはずだ」
「……世界に意思のようなものが存在し、それが殊更に人間を苦しませようとしている、ということですね」
唐突な話であった。しかし思い当たる節はあった。
欲深き人物であった暴君フェグリナ(正確には成りすましの偽者)は、欲望の神の力で以てラグナレーク王国で圧政を敷いていた。そしてラヴィアは直接見聞したわけではないが、フランチャイカ王国は罪と罰の神によって、厳格なルールの下で統制された身分制度が人々を苦しめていた。更に世界に覇を唱えんとし、侵略戦争を続けるアレクサンドロス大帝国……その皇帝リドルディフィードは戦の神の力で軍団を造り上げたが、それこそ彼が侵略戦争を始めたきっかけだ。
神はなにゆえ人に力を授ける?
どのような判断で対象を選んでいる?
メイウェイの言う通り、世界が敢えて混迷するように、という意思の下で行われている可能性が考えられた。
「もしそうであるなら、やがてその”大いなる意思”が世界全体に牙を剥く時が来よう。その時が来たらば、お前が敬愛する正義の神……アレはイレギュラーな存在だな、混迷を極めんとする世界の中で人々を守る為に戦う者……彼が噂通りの者であるならば、おそらく”大いなる意思”に立ち向かうこととなるだろう」
「……」
「ラヴィアよ。その時が来たら、どうかその者を手助けしてやってほしい。余は其方の中に光を見た。暗闇に囚われていた余が、久しく忘れていたものだ。其方は世界を救う光になるやもしれん」
「無論ですよ」
ラヴィアは再び踵を返し始めた。背中越しにメイウェイに告げる。
「いつかマグナさんの隣に戻る、そして今度は私が彼を助ける……その為に私は今まで頑張って来たのですから……!」
◇
――拝啓、マグナさんへ
お元気でしょうか?貴方は今でも世界の何処かで、人々の為に戦っているのでしょう。昔から貴方はそうでしたね、自分が傷つくことは顧みず、誰かを救うために体を張れる貴方を私は尊敬していました。
今まではただ尊敬していただけでした。無力だった私は、ただ憧れの気持ちを抱いているだけでした。でも今は、わたし自身も斯くあらんとしています。なにせ一国の盟主……人々を守り、救い、導くべき立場になってしまったのですから。
ええ、マグナさん、聞いてくださいよ。盟主ですよ、盟主!
自分でも言っててワケが分かりません。
今や夏も過ぎ、秋の始まり。貴方と共にブリスタル王国を発ったのは春ごろでしたね。この半年、本当に色々なことがありました。住んでいた町が貴族の人狩りに遭い、お屋敷が焼けて寄る辺ない身の上になった私はむりやり貴方の旅に付いて行きました。しかし何のお役にも立てず、己の無力さを痛感した私は、アースガルズで貴方と袂を分かってからは死に物狂いで武術の修練に励みました。
ここから先はマグナさんには知る由もないことでしょうが、アースガルズはあの後神の力を持つ者たちの襲撃に遭いました。私と貴方の眷属とで抗戦し事なきを得ましたが、どさくさに紛れてやって来ていた盗賊団の手に落ち、しばらくの間私は盗賊として過ごす羽目になりました。勿論不本意ですよ!その盗賊団もアレクサンドロス大帝国のヴェーダ州に居た時に、皇帝リドルディフィードの手の者によって壊滅してしまいました。
そこから私はラグナレーク王国に戻ろうと、大帝国を抜けて桃華帝国までやって来たのですが、そこでなんと自分が杏族の王家の血を引く者であることが発覚しました。杏族というのはユクイラト東方五部族の内の一つですね。私の住んでいたヘキラルとその近郊はまれに夜の闇のように黒い髪を持つ者が生まれる地域でしたし、事実私もそうでしたが、ようやく謎が解けたようです。三百年前の動乱の中で、王を含む杏族の人々がブリスタル王国という遠く離れた地に逃げていたんでしょうね。
桃華帝国は”争いと不和の神エリス”という邪悪な神によって支配されていました。五部族すべてが凄惨な苦しみの中で暮らしていたのです。私は王家の血を引く者であった為、邪神から逃れる為に三百年前の王たちによって封じられていた聖獣を解放、その力を得ることができました。そこからはひたすら戦いの毎日でした。何度か死にそうになりましたよ……それでも私は現地で得た仲間や聖獣たちの力を借り、いつか貴方の元へ戻るという希望を胸に最後まで戦い抜きました。邪神の討伐に成功した私たちは、それまで争い合っていた五部族すべてが手を取り合う新たな国家――五色同盟国を打ち立てたのです。
書いていて眩暈がしてきました。というかアップダウンが激し過ぎやしませんか?貴族令嬢から寄る辺なき身になり、そこから盗賊に転落したかと思えば今度は姫扱いで、終いには一国の盟主……世界広しといえどもたった半年でここまで濃密な時を過ごした人はなかなかいないように思います。
長々と書きましたが私の身に起こったこととしてはそんなところです。
マグナさん、私はずっと、貴方と共に再び旅をすることを目標に頑張ってきました。あの時の私はお荷物だったでしょう。ですが今の私は力を付け、貴方の隣に戻るを資格を取り戻せたように思います。今度は私がマグナさんの助けになれればと思っています。
今は始まったばかりの五色同盟国の件があるので、すぐには戻れないでしょう。また便りを寄越します。それではお元気で。貴方の進む道に希望があらんことを、そして私が貴方の手助けをできる日が来ることを切に願っています。ではでは。
◇
五色同盟国の樹立から一ケ月ほどが経過したある日。
ラヴィアの姿はかつての杏族隔離区域の近くにあった。
そこは生き残った杏族の人々が住むための町を建設する予定地であった。彼女は視察の為に此処を訪れていた。
そこでラヴィアはとある噂を聞いたのだ。ずっと東に向かって海沿いまで行くと、不思議な遺跡のようなものがあるという。
彼女は試しにそこを訪れてみることにした。四聖剣の白虎形態ならひとっ飛びだ。
白い棍に跨って空を駆ける。しばらくすると海が見えてくる。教えられた地点に近づくと、そこには確かに古びた遺跡のような造りが存在していた。所々が崩れた石造りの壁がそこかしこにある。
ラヴィアは降り立って、遺跡の様子をしげしげと眺めながら歩き回る。
(いったい何なんでしょう、此処は……?)
そして遺跡の最奥に辿り着く。そこは海に向かって突き出た岬のような場所なのだが、不思議な台座のようなものを見つけた。周囲の地面には不思議な円形の模様が描かれており、幾つもの柱で囲まれている。
ラヴィアは気が付いた。台座の側面には不思議な文様が幾つも描かれている。上部が丸く、下側が撥ねるように突き出した特徴的な形……ラヴィアには見覚えがあった。
(……八尺瓊勾玉!)
懐から取り出す。四聖剣と共にラヴィアの戦いをずっと支えてくれていた神器。その八尺瓊勾玉の形状と、台座の文様が一致していることに気付く。
試しに台座の上に置いてみた。台座の文様がほんのりと光り輝いたような気がした。
周囲にとくに変化はないように思えた。しかし視線を遠く、海の方に向けると異変に気付く。
「なんですか、アレ……」
遠い海原、遥かな空の上に何かがある。
それは空に浮かぶ巨大な島であった。
これにて第7章終了となります。ラヴィア以外の既存キャラが一切出ない章となりました。心がテーマになったかと思います。次章からは最大最強の神との対立が深まってゆきます。




