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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第7章 暗闇に星を結びし者達
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第186話 争いと不和の神エリス

一同は皇帝、桃美位の元へと辿り着いた。そして彼の口からエリスに負の感情を集めさせていた真意が語られる。

 皇帝の瞳を見る。昔を懐かしんでいるとも、仇敵を憎々しげに見ているとも取れるような複雑な色を潜めているように感じられた。彼は静かに立ち上がると言葉を続ける。


「その揺るぎない瞳……三百年前の(シン)族の王もそのような目をしていたな」

「さも見て来たかのように言いますね」

「当然だ、余こそが三百年前にこの桃華帝国を興した桃美位(タオメイウェイ)その者なのだからな」


 突如告げられた真実に一同は目を丸くする。とくにメイファは驚いていた。しかし眼前の皇帝陛下はとてもそこまで年齢を重ねているようには見えない。


桃美位(タオメイウェイ)の名は世襲……メイファさんからはそのようにお聞きしましたが」

「そういうことにせねば要らぬ混乱を招くだろう?まさか三百年前の人間がずっと生き永らえているなど、常人では信じられんはずだ。それをごまかす為の方便だったのだ。余はエリスの力で以て、人よりずっと長い寿命を手に入れている」


 皇帝は淡々と厳かな声音で話す。冷たい(いわお)と向き合っている気分だ。


 そこで皇帝の姿が突如真っ黒い霧に包まれた。霧が晴れた後に見えた姿は、五~六十代程に老け込んだ威厳のある佇まいであった。


「これが余の本来の姿だ。これでも(よわい)三百にしては若すぎると思うがな」


 皇帝の代替わりについては、ここで彼の口から説明されることはなかったので以下に記す。


 メイウェイは次代の皇帝候補者として育てられた者を、代替わりの際に秘密裏に殺しその姿を奪ってきた。その為メイウェイ自身は三百年間皇帝として君臨し続けたが、対外的にはあたかも皇帝が順当に代替わりしているように見えていたのだ(この手段を取る場合、先代皇帝と次代皇帝は同時には存在できない。その為帝位の継承は決まって先代皇帝の死後に行われた。勿論偽装された死である)。



「……メイウェイ、一つ教えてください。貴方が永きに渡って人間の負の感情を集めていたその理由を」


 ラヴィアはずっと気になっていた。エリスの眷属たちのやり口……ただエリスを存続させてゆくことだけが目的ならば、どうにも手段が過剰ではないかと、そう思っていたのだ。


「単なるエリスの餌集め……ではないですよね。エリスの眷属たちは(タオ)族を含む五部族を徹底的に苦しめてきました。そこまでして大量の負の感情を集める理由とは……?」

「……よかろう。予定より幾ばくか早まったが、今宵我が大願を成就させることとしよう。その前にお前たちにもすべてを話してやろう」


 皇帝は冷たい瞳で一同を見渡した後、静かに呟いた。


「――余は、人間というものをすべて滅ぼすつもりだ」


 五人は揃って、信じられないといった顔をした。


「……人間すべてを滅ぼす?エリスにはそれほどの力があるというのですか?」

「無論、エリスにはそこまでの力はない。だがお前たちが倒して来たエリスの眷属たち、あれらがエリスから生み出された存在であるように、エリスもまた大いなる暗黒から生まれた存在なのだ」

「大いなる暗黒……?」

「――名を”ニュクス”という」


 聞いたことのない名であった。しかしエリスを生んだならば、更なる強大な存在であろう。


「ニュクスとはこの世界の闇そのもの。大地そのものである”ガイア”、天空そのものである”ウーラノス”などと同じようにこの世界を構成している別格の神格だ。創世の神話において”無明の闇”という名で語られている大いなる存在なのだ」

「負の感情を大量にエリスに集めさせていたのは、そのニュクスを目覚めさせる為……?」

「いかにも、余はニュクスを呼ぶつもりでいる。そうなれば世界は大いなる暗黒に閉ざされ、永遠に陽の昇らぬ終わらない夜の世界に変わるだろう」


 皇帝の言に、一同は血の気が引く思いになった。言葉通りの事象が起きるならば、彼の大願は本当に成就されてしまうに相違なかった。


「永遠に陽が昇らなくなる……それって……」

「もしそうなれば植物は死に絶えるだろうな……そして餌がなくなった動物も死に絶える……やがて、人間も……」

「ちょっとちょっと!それじゃ桃華帝国だけじゃない、ホントにこの大陸中の人間が絶滅しちゃうじゃん!」

「お父様!何故……何故そのようなことをなさるのですかっ!」


 黙って佇むラヴィアの横で、仲間たちは口々に声を上げている。


「お前たちは知っているか?三百年以上前――すなわち桃華帝国が成立する以前、このユクイラト大陸の東方地域がどのような社会であったかを。五つの部族が互いにいがみ合い、激しく争い合っていた。それはそれは実に醜いものだったぞ」


 皇帝は遠い記憶に想いを馳せるように、目線を上げる。


「余は或る時エリスの声を聞いた。そしてその力を用いて他の四部族を追いやり、余は桃華帝国を興した。始めは、(タオ)族だけになれば社会はまともになると思っていた。だが或る時思い違いに気付いた、”(タオ)族ですら醜い”のだ……!人間という存在自体が度し難い存在であることに余は気付かされた……!」


 その声は穏やかなれども、多分に憎しみと哀しみと失望を湛えていた。


「おまえたちもこれまでの旅路の中で、うんざりするほど見てきたはずだ。人間というものがいかに愚かしく浅ましい存在であるかをな」


「……そうですね、貴方の言うような一面があることはもはや否定しません。ですが美しく気高い一面だって私は幾度となく見て来ました。此処に居る彼らこそが何よりの証明です。すべてが駄目だと決めつけて、捨て去ることはないと私は思います」


 ラヴィアは毅然と返した。此処に至るまでに経てきた様々な経験――そのすべてを受け止め、考えた上での結論だった。しかし三百年という永き時の中で凝り固まった皇帝の想いは、たかが言葉一つで揺れ動きはしなかった。


「……そうだろうな。お前の言う通り、全部が全部そうではないだろう。だがそれを加味してなお、余は心の底から人間というものが嫌いだ……!」

「お父様!どうか考え直してください!すべてを見限って滅ぼすほど、人間は捨てたものではないはずです!」


 メイファは必死に叫ぶが、娘の言葉も彼には響かない。


「神話によれば、かつて世界は暗黒に閉ざされ、およそ人の住める土地ではなかったと聞く。滅ぼすと言えば聞こえが悪いが、余はただ世界を元の姿に戻そうとしているだけなのだ」


 そうぽつりと返すに留まった。



 ひとしきりの問答が終わると、皇帝は天井を仰ぎ見る。


「エリスよ、余はこれからニュクスを呼ぶ為の儀式に入る。それが成し遂げられるまでの間、なんとしてでもこの者どもの邪魔立てをせよ……!」


 ラヴィアたちもつられて天井に目線を向けた。


 気にはなっていた。エリスはこの宮廷に皇帝と共にいるはずだが、その姿は依然として見えない。しかししばらく天井を見ていると、浮き出すようにして巨大な顔が出現した。髪の毛や首から下の部分は見えず、顔面だけが天井から飛び出している。


 それは穏やかに眠る聖女のような面立ちだった。

 あれが邪神エリス……?一同はどこか腑に落ちない気持ちになりながらそれを見上げていた。


 ――突如、まるで画面が切り替わったかのように瞬時に、聖女は表情を変じた。目は大きく見開かれ、光の無い真っ黒な瞳。口角は高く吊り上がり、ニタニタと嘲るような笑みを浮かべていた。


 余りにも、余りにも不気味だった。皆、一瞬で戦慄した。


「ひぃっ……!」

「い、いくらなんでも気色悪すぎじゃない……?」

(おぞ)ましいにも程があるな……」

「このような……このような禍々しい存在が、ずっと宮廷に巣食っていたなんて……!」


 うろたえている内に、不気味な震動が玉座の間に起こった。天井が崩落する……!それを察知したラヴィアは四聖剣を玄武形態にして上に掲げると、大声で叫んだ。


「皆さん!急いで私の元へ……!」


 四人は素早くラヴィアの元へ参集する。すぐにガラガラと天井が崩れ出したが、彼らに降りかかる瓦礫のすべてが玄武の盾によって防がれた。


 土埃が収まる頃、ラヴィアたちはエリスの全容を見る。


 真っ白い体色で、胴体も手脚も引き延ばされたように異常に長かった。その不気味な人形(ひとがた)は上半身を折り曲げて、覗き込むような体勢で怖気の走る嘲笑を一同に向けている。長い髪が揺らめくように、乱れに乱れている。


 これが”争いと不和の神エリス”……

 想像していたよりもずっと、禍々しいという一言に尽きる存在だった。


 玄武はかつて、エリスを人間の負の感情そのものだと言った。おそらくエリス自体には確固たる意思はない。三百年の永きに渡って溜められた負の感情……それが形を成して立ちはだかっている。


 心には形がない。ゆえに心を視るということはできない。眼前にはだかるそれは、本来ならば見ることのできない、そして誰しもが持ち得る心の負の面が形を成した存在と言えた。これは敵との戦いであるとともに、自分自身との戦いであるやもしれなかった。


 一同は武器を構える。負けてはならぬ、折れてはならぬと心を強く持つよう努めた。


 やがてパンサンが異変に気付いて叫んだ。


「……!みんな、空がおかしいぞ!」


 天井の大部分が崩壊していたので、宮廷の中からでも空の様子はよく窺えた。


 見れば夜空に浮かぶ星々が、次々と炭のように真っ黒い闇に飲み込まれていく。エリスの背後では皇帝が空に向かって両手を掲げ、呪文のような言葉をぶつぶつと呟いている。闇はそれに呼応して広がっているようであった。


 空は星一つ見えない無明の闇に塗りつぶされた。いよいよニュクスの覚醒が始まっている。それを肌で感じるとともに、一同は背後から聖獣たちの声を聞く。


【お前たち!我々はこれから鳳凰(ほうおう)様を呼ぶ準備に入る!】


 麒麟の声だ。いつの間にか、五柱の聖獣すべてが姿を現している。


「……鳳凰というのは?」


【鳳凰とは、古来よりこのユクイラト大陸東方を守護してきた光の化身じゃ。ニュクスが闇ならば、鳳凰様は光――!】

【私たち五つの聖獣すべてが揃った今こそ、鳳凰様を呼ぶことができるはずです――!】

【何としてでもニュクスの覚醒より早く、鳳凰様を目覚めさせねばならない――!】

【つーことで悪いな!俺たちはそれに専念しなきゃならんから、戦いの手助けまではできねえ!けど大丈夫なはずだ、お前たちは伊達に此処まで来たワケじゃないんだからな――!】


 上空に広がる闇に対抗するかのように、聖獣たちの元から神聖な気が溢れ出していく……!


【皆の者、今こそが正念場じゃ……!其方たちは今、それぞれの部族を代表して此処におる……!エリスとは、人の負の感情そのものじゃ。誰しもが持つ憎しみや哀しみ、怒りが形を成して立ちはだかっておる。決して負けない光の心を持て……!無明の闇の中にも一縷の光はある!勇気を胸に闇に向かい、光の先へと道を拓くのじゃ……!】


 彼らの瞳にはもはや迷いも恐怖もなかった。武器を構え直し、眼前にはだかる邪悪をしっかと見据える。


「皆さん、行きましょう……!これが最後の戦いです!」


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