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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第7章 暗闇に星を結びし者達
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第184話 破滅のアーテー④

メイファとロウファを救ったラヴィア一行。ついに桃族を苦しめていた元凶、アーテーとの戦いが始まる。

「夜の闇のように黒い髪……ま、まさか貴女は……!」


 メイファは姉を抱えながら、目の前に降り立った少女を驚きと共に見つめている。


 やがて別の虎が近づいて来た。しかし空から紅い鳥が飛来したかと思えば、そこから更に三人ほど飛び降りて来た。彼らは降り立つと、手前の眼鏡を掛けた男が槍を振るい虎を撃退する。飄々とした男と、痩せた少女もその男に近づいていく。


「間に合った……でいいのかな?」

「いや、既に何人も犠牲が出た後だ。その表現はそぐわないだろうな」

「で、でもメイファさんはなんとか助けられましたね」


 そしてラヴィアに続いて、三人も頭の布を剥ぎ取る。雪のように白い髪、炎のように紅い髪、空のように碧い髪が露わになる。


 穴の外側ではどよめきが起こった。


「な、なんだアイツら!?あの髪色……」

「もしかして(シン)族……?それに後ろの三人は(イン)族、(リー)族、(メイ)族じゃないのか?」

「まさか四部族なのか?三百年前に、俺たち(タオ)族を虐め抜いたっていう、あの……!?」

「今は領土の僻地でそれぞれ隔離されているはずじゃ……」


 (タオ)族の人々は何やら不吉なものを見るような視線を送っている。それを受けて四人は眉をひそめた。


「虐め抜いた……どゆこと?」

「おそらく為政者の都合の良いように、歴史が改変された上で伝わっているんだろう」

「ひどいです!あんまりですよ!」


 どよめき収まらぬ中、更なる脅威が民衆を震撼させる。


 これだけうじゃうじゃと飢えた虎が放たれているのだ、一匹二匹撃退したところですぐに新手が襲い掛かって来る。そこに白い虎、青い龍、黒い亀が四人を囲うようにして出現した。そして周囲の虎に向かって、白虎と青龍は牙を剥いて咆哮し、玄武はジロリと睨みを利かせた。


 虎たちはみな一斉にビクッと身を震わせて、壁際まで退散した。怯え竦んだようにうずくまり、借りてきた猫のようにおとなしくなってしまった。


 突如として現れた四部族、そして聖獣の姿を前に民衆はもはやパニック寸前だった。歪んだ歴史を教わってきた彼らは、あれが古来よりユクイラト大陸東方を守護してきた聖なる存在であることに気付いていない。


「何だありゃ!?白い虎に、青い龍に、黒い亀……!?」

「上空の紅い鳥も見たことないぞ!」

「ね、ねえ、逃げた方がよくない!?」


 口々に喚いている民衆にはとくに意を介さず、ラヴィアは歩を進める。彼女の視線の先にあるのは、慌てふためく民衆とは対照的に後ろ腰に手を組み泰然自若としている阿鉄(アーティエ)――


 ラヴィアはある程度進んだところで立ち止まった。そして手にした白い棍の端を、かつんっと地面に打ち付けて高い音を鳴らすとともに高説を始める。


「我が名はラヴィア・クローヴィア!(シン)族王家の血を継ぐ者!」

 いや、宣戦布告であった。


「よくも私の同胞を、そして(イン)族、(リー)族、(メイ)族のみなさんを僻地に追いやり苦しめてくれましたね!それに飽き足らず、(タオ)族までをもこのような苦しみに晒すなんて……」

 白い棍を、穴の外側で見下す阿鉄(アーティエ)に突きつける。


「この桃華帝国を苦しめる元凶――”争いと不和の神エリス”!そしてその眷属である阿鉄(アーティエ)、いいえアーテー!私は、あなた方を許しません!」


 ラヴィアの啖呵を聞き、アーテーは愉快とも不愉快ともつかぬ笑みを浮かべる。


「そうかいそうかい。お 前 だ っ た の か」


 アーテーは再び人間味のない形相に変じた。


「気付いていたよ、この国に不届き者が入り込んでいることにはね。お前が(シン)族の姫君か。随分とアタシの妹たちを可愛がってくれたそうじゃないか」


 変じたのは形相だけではなかった。邪悪なオーラを発しながら、アーテーはみるみるうちにその正体を現してゆく。


「たっぷりと払ってもらおうかね……人間ごときが不遜にも我らに歯向かったその代償をね……!」


 ――そこには大きく裂けた口に牙を剥き、凶悪な表情を浮かべた巨大な狐の姿があった。尾は九本も生えており、まるで触手のように揺蕩っている。


 民衆の混乱はいよいよ限界に達したか、彼らはたちどころにパニックになった。


「うわあああああああああっ!阿鉄(アーティエ)様が化け物の姿に……!」

「な、何が起こってるんだよぉ!」

「に、逃げなきゃっ……!」


 騒ぐ民衆を余所に、アーテーは天空に向かって吠える。すると民衆は次々とスイッチが切れたようにバタバタと倒れてしまった。


【ふん、やかましい奴らだね……少しばかり眠っていな……!】


 ラヴィアは辺りを注意深く見回すが、死んでいる様子は見られなかった。アーテーの言の通り眠らされただけなのだろう。


【安心しな、エリス様の大切な餌なんだ。簡単に殺しやしないよ。奴らには今までの出来事は夢だったと思ってもらおうかね】

「ありがたいですね。こちらとしても、民衆に騒がれ続けるのは面倒ですので」

【まあお前たちは、これから永遠に眠ることになるんだがね】



 アーテーが咆哮と共に発した術は催眠だけではなかった。


 突如、ユンファがその身にそぐわず素早く槍を振るって、ラヴィアに襲い掛かった。ラヴィアは突然のことに驚きながらも、なんとか攻撃を防いで事なきを得た。


 ユンファの目はどこかすわっている。見たことのない表情だった。それどころか周囲が、天候はまるで変わっていないのに厚い雲に覆われたかのように薄暗く見えていた。


「ユ、ユンファちゃん!?突然どうしたんですか……?」

「も、もう止めましょうよ、ラヴィア様……」


 目の前のユンファに見える何かは、恐怖につままれたような声を発した。


「ここまで来られたのもきっと運が良かっただけなんです。今までだって何度も死にそうになったのに、このまま邪神に挑んだって生きて帰れるはずないですよぉ……」

 ユンファは震える声で槍を振るい続ける。ラヴィアはそれを防ぎながらも、攻めるに攻められなかった。


(いや、違う……!ユンファちゃんは危険を承知で旅に付いてきました。こんなことは間違っても言いません……!)


 目の前のそれはユンファのようでユンファではない。それに気づいたラヴィアは鋭く棍を振るって打ち倒した。


 死角から次なる影が襲い来る。それはパンサンの姿で槍を構えていた。咄嗟に攻撃を防ぐ。


「いい加減に諦めろ、ラヴィア」

 いつもの理知的な声音で言う。


「勇気と無謀は違うんだぞ?お前が止まらなければ、お前の熱にあてられここまで付いて来た俺たちも死んでしまうだろう。そして勇気とは進むだけではない、時には踏み留まる勇気も必要だ」


 あの熱い男がこんな後ろ向きなことを言うものか。ラヴィアは再び棍を振るう。


「ってかさ、ここまで来れたのって、ラヴィアというより聖獣が凄かったからじゃない?」

 この軽い調子の声……パンサンの代わりにフォンインの影が現れた。


「その聖獣たちだって三百年前にエリスに負けたんでしょ?だったら冷静に考えてさ、勝ち目なんてなくない?今なら国外にだって逃げられるだろうしさ、もう逃げちゃおうよ。かないっこないよ」


 ラヴィアはフォンインの影を打ち倒す。

 彼は柳のような男だ。しなやかでいて強い。彼もまたこんな後ろ向きなことを言うのは似つかわしくない。


「アーテー!私の仲間を愚弄しないでください!みんな並々ならぬ覚悟を(いだ)いてここまで来ました!彼らの想いはたやすくは壊れません……!」



「もういいのよ、ラヴィアちゃん……無理しなくても」


 ラヴィアはぎょっとして振り返った。

 この慈愛に満ちた優しい声音……そこに居たのははアースガルズに居るはずの柳美麗(リウメイリー)だった。


「貴女は本当によく頑張ったわ。でも元々は戦いの心得なんてなかったじゃない?このまま進んでも無駄に命を散らすだけよ……私はラヴィアちゃんには生きて帰って来てほしい。貴女がいないとお店を回すのも大変だしね」

「……」


 ここでラヴィアは合点がいき始めた。アーテーがメイリーのことを知っているはずがない。この幻を見せているのはアーテーではないのだ。


「ラヴィア、厳しいようだがもう少し己の(ぶん)をわきまえるべきだ」


 落ち着いた男の声が聞こえる。

 ハレーだ。正義の神に制裁されすべてを失った寄る辺なき元公爵……今ではラヴィアにとってかけがえない友人の一人。


「お前はフェグリナを討伐する旅では何もできないお荷物だったのだろう?それどころか俺がヘキラルの町を襲撃した時も恐怖に竦んでいるだけだった。あれから半年も経っていないんだ、荷が重いことをしている自覚を持て……!」

「……」


 幻を見せているのは他でもない……自分の心だ。心の弱い部分が様々な影となり立ちはだかっている。


「よく臆面もなくこんなところにまで来られたわね」


 気丈かつ挑発的な声音。忘れもしない、一時期は毎日のように聞いていた声。

 武術の師匠、波海蘭(ポーハイラン)が姿を現した。


「アンタ自分が弱っちいの忘れたの?私の修行に付いてこれず、げえげえ反吐ぶちまけて……ここまで来れたのも聖獣が凄かっただけ。アンタ何強者になったつもりでいるのよ?身の程を自覚して、尻尾巻いて逃げ帰りなさい」


 本物同様に手厳しい物言い。しかし物言いだけだ。


「アーテー!私を甘く見るな……!」


 毅然と叫ぶ。

 かつてアースガルズで語らい合った仲間たちは眉一つ動かさず、冷たい瞳をラヴィアに向けている。


「彼らは私がどれだけ挫けそうでも、そんなことは言いませんでした。ただただ私の成長を願い、見守ってくれていました。私は心身ともに成長しました……!今までの私とは違います!今こそあの人たちの恩に報いる為……そしてここまで信じて付いて来てくれた仲間たちの為にも、私は負けません……!」


 その時、空が俄かに晴れたような気がした。


 ◇


 聖獣たちは混乱していた。突如としてラヴィアたちが見えない何かと戦い始めたのだ。まだ事態を把握しきれないでいた。


「……!……!」

「や、やめてください、ラヴィア様!どうしてこんなことをするんですかっ!」

「どうした、ラヴィア!お前はそんなことを言うような奴ではないはずだ……!」

「ちょっとちょっと!ラヴィア、急にどうしちゃったのさぁ!?ねえ!」


 四人はそれぞれ何事かを叫びながら別々に動いて、正体不明の敵と戦っている。


【おいおい!嬢ちゃんたち、どうしちまったんだよ!】

【おそらくアーテーの幻術です!ラヴィア様たちは幻影と戦わされているのでしょう……】

【しかし存在しない敵か……どうしたものか。やはりアーテー本体を叩くしかないか?】


 三柱の聖獣はアーテーが居た穴の外側を見る。そこにはアーテーの姿はどこにもない。それどころか処分場は深い霧に覆われていた。


 アーテーが発動した術は三つあった。

 一つは民衆を排除する為の催眠術。一つはラヴィアたちの心の弱い部分を実体化させる幻術。そして最後は感覚を狂わせ視界をも封じる霧の魔術。


【いや、なんとかなるか……】


 青龍は傍らの玄武をじっと見た。彼は先ほどからずっと微動だにしていなかった。



【カカカッ、たやすいものだねぇ。人間なんていうのは】


 処分場内のどこぞでアーテーが愉快気に呟く。


【心は人間にとって最大の武器さ。しかし無限の広がりを持つが故に同時にとても危ういものだ。心がある限り、それは逃れ得ぬ宿命のようなものさね。光と闇が表裏一体であるように、心の強さと脆さは不可分なもの。心が有る時点でアタシの敵じゃあないよ】


 アーテーは勝ち誇っていた。


 そこに突如、背後の壁が倒れてきて彼女を下敷きにしたのだ。アーテーは突然の出来事にまったく反応できなかった。


 壁は壊れたわけではない。いつの間にか背後の壁は二層有った。その手前側が倒れて来ると共に、正体を現したのだ。


 ――それは玄武であった。


【お、お前は玄武!穴の中に居たはずじゃ……】

【愚かなりアーテー……!まやかしの術を使えるのが自分だけだとでも思うたか?】


 見れば、穴の中の玄武はボロボロと砂楼の影のように崩れ始めた。


【儂を甘く見たな。儂は聖獣最古の存在……儂は白虎のように身軽には動けんし、朱雀や青龍のように空を飛ぶこともできん。しかし鋭敏な感覚と膨大な霊力に関しては、儂の右に出るものはそうおらんよ】

【クソッ、この老いぼれめ、離れろ!】


 アーテーは暴れたり術を行使しようとするが、そのすべてが功を奏さなかった。肉体も精神も玄武に抑えつけられている。


【じゃがお前は良いことを言ったぞ。そうとも、心こそが人間の最大の武器。そしてエリスにとってそれは餌でもあり脅威でもある。お前の言う通り、心というのは強さと脆さを兼ね備えておる……これは不可分じゃ。しかし脆いからこそ強いのじゃ!怯えを知るからこそ勇気に価値が生まれ、哀しみを知るからこそ愛しさを尊ぶ。心は脆いものじゃが、それにすらも意味がある……!】


 そう言って玄武は首を伸ばして、穴の中に視線を向ける。


【そして見るがいい……我が姫君を……!】

【……!】


 ラヴィアはいつの間にか棍を振るうのを止めていた。そして次第に落ち着きを取り戻してゆく。


【馬鹿な、自力で幻術を解きかけているだと……】

【カッカッカッ、流石は我が姫君じゃわい!じゃが独力で完全に解くのは厳しいか。どれ……カァッ!】


 玄武はアーテーを抑えつけた状態のまま、首を伸ばして叫んだ。それに伴って神聖な霊力が爆発したかのように周囲に駆け巡った。


 ラヴィアたち四人にかかっていた幻術は解け、周囲を取り巻いていた深い霧も晴れる。


【今じゃ、姫よ!儂とてこやつを長時間抑えつけておくのは難しい……!今こそ勝負を決めるのじゃ!】

【クソがあ!離れやがれ、クソ(じじい)……!】


 ユンファたちはまだ混乱した様子であったが、ラヴィアはすぐに幻術が解けたことを理解した。そして玄武の声から素早く位置を捕捉すると、棍から推進力を発生させて空に昇る。


 そこから推進力の向きを変じて急速にアーテーに接近すると、そのまま四聖剣を青龍形態に変化させ、アーテーの首をばっさりと斬り飛ばした。


 邪悪な狐の首は白目を剥き、おびただしい血を噴き出しながら弧を描いて飛んでいった。

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