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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第7章 暗闇に星を結びし者達
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第182話 破滅のアーテー②

一行はメイファの案内で茶房へと場所を移す。そして彼女の口から桃華帝国の実態が語られるのだった。

 一同は男を診療所に運んだ後、メイファに案内される形でとある茶房にやって来ていた。ラヴィアがこの国の状況が知りたいと申し出て、メイファが落ち着いて話せる場所への移動を提案した成り行きであった。


 高台中腹の裕福な立地の為か、店内は高級感を漂わせていた。つい先日に(シン)族隔離区域で見たばかりの、ボロボロの店もどきとの対比でより一層魅惑的に見えた。


 顔を覚えられているのか、メイファを見るなり店員はひどくかしこまり、とくに何も伝えていないのに最奥の特別そうな個室へと案内してくれた。中央に上品なテーブルが設えられていて、内装も豪華絢爛である。窓からは外の景色がよく見えた。

 五人はテーブルに着席する。四人揃って頭を布で覆い、しかも誰一人それを取ろうとしないのをメイファは少し奇妙に感じたが、深く詮索はしなかった。この国が並々ならぬ事情を抱えているように、余所から来た人にも何かしらの事情があるのだろうと思った(メイファは四人とも外国から来た者だとばかり思っているが、実際にそうであるのはラヴィアだけである)。


「先ほどはどうもありがとうございました。ささやかですが、この場を以てお礼に換えさせてください」


 メイファはそう言うや否や、鈴を鳴らして店員を呼び寄せる。そして慣れたように注文を始めた。店員が去ると再び向き直った。


「……それで、確かこの国の現状について詳しくお知りになりたいのでしたっけ?」


「はい。申し遅れました、私の名はラヴィア・クローヴィアといいます。こちらが趙雲花(チャオユンファ)夢伴桑(モンパンサン)楊風音(ヤンフォンイン)です」


 紹介された三人がぺこりと会釈をする。ラヴィアはともかく、他三人が桃華風の氏名であることにメイファは幾ばくか驚いた。頭の布といい服装といい見慣れない出で立ちであり(唯一ユンファだけは服を道中の(タオ)族の町で調達しているので、物珍しいものではなかった)、てっきり外国人だとばかり思っていたからだ。しかし自国民ならばこの国の実情を知らぬはずがないので、外国から来たことは間違いないだろうと思った。


「ご丁寧にありがとうございます。わたくしは桃美花(タオメイファ)――この桃華帝国の第ニ皇女にして、現皇帝と皇后の第一子にあたります」


 軽い調子で紹介された彼女の素性に、四人は驚いた。しかしまったく意外性がなかったわけでもない。高貴そうな立ち振る舞い、気位の高そうな言葉遣い、このような高級店にも来慣れているような素振り……まさか皇女とは思わずとも、どこかやんごとなき立場のお嬢様なのだろうとは思っていた。


「皇女様……ですか。まさかそのような御方でしたとは……」


 ラヴィアは取って付けたように、恐れ多そうな声音で返した。


「気になさらないでください、この国でそのような身分は絶対的なものではございませんので。そしてそれは、あなた方が知りたがっているこの国の制度の話にも繋がります」


 そこへ注文したものが運ばれて来た。

 蒸籠(せいろ)に入れられた点心(軽食全般のこと)とお茶であった。


 点心は芝麻球(チーマチウ)桃包(タオバオ)

 前者は黒胡麻の餡を入れた米粉の生地を白胡麻で覆ったいわゆるゴマ団子、後者は桃の形と色合いを模した小麦粉の生地で蓮餡を包んだいわゆる桃饅頭である。なんでも桃包は桃華帝国を代表する銘菓であるらしい。


 お茶は熱い湯で淹れられており、かぐわしい香りが漂っている。紅茶ほど発酵を進めずに半発酵の状態で煎られたお茶――つまり烏龍茶(ウーロンチャ)である。


 上等な甘味(かんみ)を前に四人は目を輝かせる。そして話そっちのけで、しばらくは点心とお茶を楽しむひと時が過ぎた。とくにユンファが点心を口に含む度に、感激したように唸っていた。



 点心がある程度減った頃、再び話題は国の体制へとフォーカスされる。


「……あまり外国の方に喧伝するようなことではないのですが、この国には”国民評価ポイント制度”というものがございます」

「ポイント……もしかして国民一人一人が国に評価されて点数が付けられるということですか?」

「おっしゃる通りですわ。そしてこのポイント次第で暮らしは大きく左右されます。というのもポイントと身分が比例関係にあるからです。高ければ高いほど偉く経済的にも恵まれます。反面低いほど落ちぶれた暮らしを強いられるのです」

「先ほど皇女の身分は絶対的なものではないとおっしゃていたが、それはあくまでポイント付けされる上での評価項目の一つに過ぎないということですか?」


 珍しく(うやうや)しい態度で問うパンサンに、メイファは首肯する。


「はい。皇族だとか華族だとか、家の位はあくまで審査項目の一つに過ぎません。”十大審査項目”と呼ばれる十個の評価基準によって、ポイントは加点ないし減点されてゆきます。そうして導き出された最終的なポイントこそが、その者の国での立ち位置を決定するのです。職業選択の自由もポイントが高いほど広がります」


 そしてメイファは、このポイント制度について懇切丁寧に教えてくれた。これはこの体制に不満を持つ彼女なりの抗議だったかもしれない。


 生まれた段階ではみな一律百万点からスタートするようだ。それが十個の審査項目によって上がったり下がったりしてゆく。幼い頃は評価が甘いらしく、あまり差は生じないのだそうだ。それが年齢が上がるにしたがって評価がシビアになってゆく。十代後半ともなれば、二十歳以上の大人と扱いは大差なくなるのだという。


「それに十代後半というのは、科査(クーチャ)で挽回する最後のチャンスでもあります。なにしろ二十歳を越えると受けられなくなりますので……先ほどの男性は今年で二十歳だったらしいので、きっと大した成果を出せずに絶望してしまったのでしょう」

「その科査(クーチャ)というのは?」

「六歳から二十歳までの若者を対象に、年一回実施される全国統一の学力試験です。春に数日がかりで行われ、夏に結果発表があります。試験は他にも色々とあるのですが、これに関しては強制で全国民が受けねばなりません。内容は年齢ごとに異なりますが、年齢相応といった内容ではなく非常に難しいものとなっています。凡人では猛勉強してようやく平均を越えられるかどうか……ズバ抜けた天才でもない限り満点は取れないでしょう」

「ですがそれはそんなに重要な試験なのですか?話を聞く限り評価項目は他にもあるようですし、試験もその科査(クーチャ)だけではないのでしょう?」

「”十大審査項目”の内、学力はもっとも後天的な挽回の効くものだからです。そしてもっとも認知度と影響力の高い学力試験こそが科査(クーチャ)なのです」


 ラヴィアの問いに答えた後、メイファはその”十大審査項目”の詳細な説明に移った。概要を次にまとめる。


 ①容姿

 メイファ注釈「文字通り見た目の良さです。男女ともに見た目が整っている方が評価されます。顔の造作以外に体型も重要視されます。男性は逞しく力強ければ、女性は見目麗しく丈夫な子供が産めそうなら評価されます」

 ②学力

 メイファ注釈「頭の良さと知識の深さですね。前述しましたように審査項目の中で後天的な挽回がしやすい割には重要視される項目ですので、みな死に物狂いで勉学に励みます。二十歳を過ぎれば科査(クーチャ)がなくなるのでこの項目での挽回も難しくなりますが」

 ③能力

 メイファ注釈「容姿とは違い、こちらは目に見えない運動神経や技術そのものが評価対象です。技術というのは例えば武器の扱いに長けているだとか、楽器の演奏が上手とかですわね。学力同様に後天的に伸ばせる領域として注力する方々が多く見られます」

 ④血統

 メイファ注釈「いわゆる家柄です。皇族や華族の生まれならば平民よりは初期ポイントが高まるのです。ほとんど先天的な要素ですが、ポイント最上位層ともなれば爵位を与えられたりもします」

 ⑤子数

 メイファ注釈「余所の国では子沢山ほどつましい暮らしになるやもしれませんが、この国では子供が多いほど評価されます。そしてポイントが向上すれば暮らしも豊かになるという好循環を生むのです」

 ⑥忠誠心

 メイファ注釈「これは皇帝陛下および国家への忠誠心です。常日頃の生活態度が監視されていて、それにより変動いたします。上がりにくい割には下がりやすい項目です。ひとたび陛下に侮辱の一つでもすれば、一気にポイントを引き下げられることでしょう」

 ⑦貢献度

 メイファ注釈「国家への貢献度ですわね。素晴らしい発明をしただとか、国外への自国アピールを魅力的にしただとか。他の審査項目には該当しないような手柄がここで評価されることが多いです」

 ⑧礼儀

 メイファ注釈「⑧~⑩は俗に減点項目と呼ばれています。基本的に加点される項目ではなく、出来ていて当たり前という認識です。礼儀とは目上……つまりポイント上位者に対する礼儀です。少しでもポイントが上ならば目上になるので逆らうことはできません。ただし例外として、ポイントに関係なく子は親には逆らえないという決まりもございます」

 ⑨悪歴

 メイファ注釈「犯罪歴ですね。今までに罪を犯した数や罪状次第でポイントが減算され、社会的な立場がなくなってゆきます。とはいえこれに関しては余所の国でも大差ないことでしょう」

 ⑩健康状態

 メイファ注釈「この国では健康的に活動できることがそもそもの前提となっています。重い障害を患って生まれたり、怪我や病気で動けなくなれば評価は一気に地の底に落ちます。国の益にならない命の存続は認められないのです」



 国民を評価しポイント付けするシステム……四人は懐疑的な顔を浮かべるばかりだった。


「そもそもなんでこんな仕組みがあるのかが気になるね」

 フォンインが茶を啜りながら呟く。


(タオ)族全体の質を向上させる為、と説明されています。代々政府のトップがこれを取り仕切っているのですが、現在は阿鉄(アーティエ)という高官がその立場にあります。皇帝陛下と並び国の事実上のトップです」


「でもその方はどうやって、国民一人一人を監視しているのでしょうか?とくに忠誠心とか礼儀とか、生活に張り付いていないと判断できないのでは?」

 ユンファも点心にほっぺたを膨らませながら、疑問を呈した。


「それについてはお狐様が監視しているのです。阿鉄(アーティエ)様は国最高の魔術師でもあります。彼女が生み出した狐の姿をした精霊が全国民に憑りついて日常を監視しているのです。現在もお狐様はわたくしの左肩に乗っておられます」


 そう言ってメイファは自分の肩を示してみせる。しかしそこに狐らしき姿を見つけることはできなかった。


「何も乗っていないように見えますが……」

「当然ですわね、これは(タオ)族にしか見えないのですから」


 メイファの説明は微妙に実情とは違う。正確には”桃華帝国民である(タオ)族”にしか見えない。

 その為例えばラヴィアの料理の師匠である柳美麗(リウメイリー)は民族的には(タオ)族だが、彼女はラグナレーク王国民なのでこのような狐は憑いていない。


「わたくしのお狐様は落ち着いた微笑みを浮かべています。これは全体からしてポイントが平均より上位であることを示します」

「ポイント次第で表情が変わるのですか?」

「はい、お狐様は首元にその者のポイントを表示させるだけでなく、国全体でどの辺りの立ち位置なのかを表情で示してくださるのです。高い方から、喜→楽→哀→怒と変化してゆきます。これは段階的に切り替わるのではなく、徐々に変じてゆきます。喜と楽の間ぐらいならわたくしのお狐様のような穏やかな微笑みですし、楽と哀の間ならしょんぼりとした哀し気な眼をなさいますし、哀と怒の間なら怒りの混じった泣き顔になるのです」

「なるほど」

「混じりけのない満面の笑みこそ最上位層の証であり、純粋な憤怒の形相は最下位層の証なのです。また、この表情については制度上でも利用されます。例えば移動の自由はポイントの高さに比例しますが、お狐様の表情に怒りが混じった場合は洛蘭(ルオランの貧民街にしか住めなくなります」

「それはまた何故?」

「逃亡や決起を警戒してのことだと思います。ポイント劣悪者は国外に出る許可はまず降りませんし、居住地も制限されるのです。国の目の届きやすいところで管理する思惑なのでしょう。そして洛蘭(ルオランから出られなくなるのには他にも理由が……」


 そこでメイファは口をつぐんだ。しばし待っていると、再び重苦しそうに言葉を繋げる。


「お狐様の表情にはまだ制度上の意味があります。まず純粋な”喜”の表情はポイント上位百名限定です。毎年一度だけ上位百名の者に褒章が授与される式典があり、式典の日時が発表された段階でポイント百位以上だった者が対象となります…………そして反対に、純粋な”怒”の表情はポイント下位百名限定。最下位の百名は月に一度国によって処分されます」

「……!」


 四人は目を見開いた。既に聞き及んだ情報だけでもとんでもない制度だと思っていたが、これこそが桃華帝国を取り巻く社会の闇なのだ。

 しかし考えてみればそう意外なことでもなかった。今までのエリスの眷属による支配を思い返せば、国民をポイントで優劣付けするだけで終わらせるはずがない。


「処分……というのは殺すということでしょうか?」

「はい、これこそが怒りの混じったお狐様が憑いた者を洛蘭(ルオラン)から出さない理由なのです。彼らは言ってしまえば処分対象候補者……処分が決まった場合はすぐに連れて往けるようにという意図なのです。この洛蘭(ルオラン)にはポイント劣悪者を処分する為の施設が複数あるのですが、処分をいつどこで実施するかは告知されません。それはまったく唐突に始まるのです……」



 それきりメイファは口を閉ざし、ただただ茶を啜り続けた。制度についての話が一段落したからであったが、同時に秘された真意にもラヴィアは気が付いていた。


(この方、先ほどから制度の説明しかしていません。ただ事実を言っているだけ。それに対して自分がどう思うかはまったくおくびにも出していない)


 それもまた、お狐様とやらが見張っているからだろう。ラヴィアは何も見えないと分かっても、メイファの肩をじっと見た。


 ――そこで、唐突にメイファが血相を変えて立ち上がった。窓の外の景色を見た途端だった。

 四人は彼女が見たものに気付いていない。


「……っ!姉様……?」

 

 メイファの視線の先には腹違いの姉、楼花(ロウファ)がいた。何故だか彼女は兵士に連行されている。そして彼女の肩の狐は、純然たる憤怒の形相を帯びていた。

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