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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第7章 暗闇に星を結びし者達
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第181話 破滅のアーテー①

視点は洛蘭に住まう桃華帝国第二皇女、桃美花(タオメイファ)に移る。彼女は国の現状、そして己の至らなさに悩み憂えていた。

 夏の昼下がり、溢れる陽光に反してわたくしの心はどんよりとしていました。


 先日は科査(クーチャ)の成績発表があったのです。毎年春に行われ、夏に成績発表があるものですから。十八歳のわたくしが受けた試験内容は、当然十七歳時のものより難しいのです。わたくしはあまり(かんば)しい成績を修めることができませんでした。


 それでも肩の狐は変わらずにゆったりと微笑んでいる。


 下がりはしても、全体の中での立ち位置にはきっと変化がなかったのでしょう。こんなことに一抹の安堵を感じている自分が少し嫌になる。


 私が浮かない顔をしていたものだから、宮廷の庭園で姉様が声を掛けてくださいました。


「どうしたの?美花(メイファ)


「……楼花(ロウファ)姉様」


 少しくすんだ桃色の髪を頭頂部で二つの輪にまとめている。穏やかな微笑みを添えて。


 その変わらぬ佇まいに安心しながらも、心のどこかで暢気(のんき)なものだとも思いました。ロウファ姉様のポイントはわたくしよりもずっと低いのだから。それに既に二十歳を過ぎているので、科査(クーチャ)で挽回することもできません。


 それだのに、姉様は変わらず微笑んでわたくしを(いた)わってくださいます。昔から姉様はわたくしをよく気にかけ、遊んでくれたりもしました。

 どうしてですか?どうして貴女は他人のことばかりで、自分を幸せにしようとしないのですか?わたくしは姉様にも幸せになって頂きたいのに。


 狐はずっと哀しい目をしている。


「やっぱり落ち込んでる?先日の科査(クーチャ)の成績発表」


「……はい。わたくしなりに努力はしたのですが……」


 それきり言葉は続きませんでした。心には数多の想いあれど、何も言葉にはできなかったのです。


 しばらく黙っていると、姉様が見かねたようにわたくしの手を取りました。そして穏やかに語り掛けます。


「知っているわ。寝る間も惜しんで勉学に励んでいらしたものね」

「……でも及びませんでしたわ」

「大丈夫よメイファ。貴女はとても強く、そして聡明な子だもの。きっといつかは、報われる時が来るわ」

「……そうだといいですけど」

「でも無理だけはしないでね。私はポイントなんかよりも、貴女の体の方が心配よ」


 慈愛に溢れた言葉に思わず涙腺が緩くなる。

 腹違いなれど、わたくしはこの姉様が大好きでした。



 庭先で姉様と別れた直後、神経を逆撫でるような声が聞こえてきます。


「おやおやぁ?誰かと思えば皇女殿下ではございませんかぁ」


 無視しようかとも思いましたが、その方がかえって後々面倒になるでしょう。わたくしは溜息を吐きながら振り返ります。


 そこには憎たらしい顔をした男が、同じくらいの齢のお供を連れて立っていました。


「あら、何か御用ですか?貴明(グイミン)さん」

「なに、父上が宮廷に用があったものでね、その付き添いみたいなものさ。皇女殿下こそ、こんなところでボケッと何をしているのですか?そんな暇があったら勉学にでも励まれてはいかがですか」


 そう言って彼はけらけらと笑い始めました。彼はわたくしの点数が自分よりも低かったことを知っているのです。なんならお付きの者もわたくしより上でした。


 狐はどちらもにっこりと笑っております。


「ご忠告どうも。言われずともそうしますとも」

「おやおや、目上の人への礼儀がなっておりませんなぁ、皇女殿下。俺は貴女様よりずっとポイントが上なのですよ?頭が悪いばかりでなく、目上にそんな態度だからいつまでもポイントが上がらぬのです。まあ今更挽回は難しいでしょうが、せいぜい頑張ってください」


 そして二人は下品に高笑いしながらその場を去りました。

 あのような振る舞いをする輩が、わたくしや姉様より評価ポイントが高いなど到底納得できません。ですがこの国でもっとも重要視される姿勢は、皇帝への忠義と体制への迎合……わたくしや姉様が低みに座しているのには、きっとそれも関係しているのでしょう。


 でもわたくしはこの社会がちっとも好きになれそうにありません。ですからせめてもの挽回の為にこうして勉学に励んできたのですが、それも思ったほどの成果は出せなかったのです。一応平均は越えているのですが……


「――無様だねえ、メイファ」


 嫌なことは重なるものです。わたくしのもっとも苦手な声が聞こえてきました。

 振り向けば意地の悪そうな眼に(とん)がった高い鼻、官服に身を包んだやたら背の高い老婆がおります。


「……阿鉄(アーティエ)様」

「皇族のくせに、たかが成り上がりの華族に好き放題に言われて恥ずかしくないのかい?」


 この方は政府の高官です。そして国最大の魔術師でもあります。一億という最高のポイントを有し、皇帝陛下と並んでこの国の頂点に座す存在……


「メイファ、アタシは優しいから教えてやるよ。何故お前はダメダメなのか。学力だけじゃない、目上を目上と敬えないその腐りきった心構えがなによりダメなのさ。心の中では思っているんだろう?自分はアイツらなんかよりもずっと価値の高い人間のはずだと」

「……」


 わたくしは黙って聞き続けます。余計なことは言わずに、はいはい聞いておくのが無難だからです。


「まあ皇族だからというのもあるかもねえ。家の位が高いというのは加点要素だ。だがその反抗的な態度、いつまでたっても社会に迎合できない幼稚な精神の方がよっぽどダメなのさ。まあお前はまだマシだよ、お前の腹違いの姉はひどいものだからね。知性も品性もまるでなっちゃいない、ありゃ皇族の面汚しだよ」

「……」


 このような罵倒は初めてではありません。ですが聞くたびに心がぷっつりと張り裂けそうになる。長年の努力の末、表情すら変じることなくこれを聞き流す術を身につけました。


 わたくしのことはまだよいのです。ですが、何故姉様がこんなにも不当な扱いを受けねばならないのでしょうか?このような社会ですから、側室の子というのは関係ありません。そして姉様はわたくしよりよっぽどステキなお心の持ち主だというのに。


「……とにかく勉学だけじゃない、日頃の振る舞いを正してゆくことだね。お狐様はいつでもお前たちを見ているよ」


「……精進いたしますわ」


 そして彼女は立ち去りました。わたくしは見えない角度で苦虫を嚙み潰したような顔をしていたことでしょう。



 わたくしは気晴らしのため、普段よく足を運ぶ場所を訪れます。そこは宮廷の敷地の端にあたる場所で、洛蘭(ルオラン)の市街を一望できるのです。

 この帝都は大河の畔に位置していますので、昔から身分の高い者の家ほど高所にありました。市街の奥地に高台があるのですが、その中腹辺りは裕福な人々が暮らす家が立ち並び、そして最上部にこの宮廷があるのです。


 欄干にもたれて眼下の街並みを見る。甍で葺かれた家々。活気の溢れる中を、せわしく行き交う桃色の人々。


 わたくしはこの景色が好きでした。でも人や社会は嫌いでした。

 素敵に見える街並みも、その実態は肥溜めの如くに汚いのです。


(……?)


 ぼうっと景色を眺めていると、ある不審な様子の男に気が付きました。此処からすぐ真下の位置です(つまり宮廷の外です)。男はきょろきょろと辺りを伺った後、あろうことか塀から身を乗り出そうとしたのです。此処は高所ですから落ちれば勿論助かりません。


 わたくしは驚いて、気づけばその場所に向かっていました。その男は塀の前でまだモタモタしていました。土壇場で恐怖が沸いたのでしょうか。ですがわたくしが差し迫った時には、いよいよ覚悟を決めたのか大きく塀に足を掛け始めました。


 わたくしは無我夢中で飛び付きます。


「ちょっと!何をしていますの!」


「……!邪魔するな!死なせろ、死なせてくれ……!」


 男の顔は絶望に歪みきっていました。そしてわたくしには、実はこの男が何を深刻に思い詰めているのかが聞かずとも分かっていました。だって科査(クーチャ)の成績発表が先日あったばかりですもの。こういう状況に遭遇したのは別に初めてではありませんでした(さすがに介入したのは今回が初めてです)。


 狐も怒りの混じった泣き顔をしています。でもそう……あくまで怒りでなく泣き顔なのです。


「早まらないでください!まだ完全な憤怒の形相ではございません!努力すればきっと挽回してゆけますわ!」

「テキトーなこと言うな!てかな、これならもういっそ処分された方がマシなんだよ!完全な怒り顔の方がいい!怒り交じりの泣き顔が一番嫌なんだよ!他の奴らから徹底的に見下されながら生き続けなきゃいけないんだからな……!そんな人生ゴメンなんだよ……!」


 わたくしには正直この男の気持ちが分からないわけではありませんでした。ですが目の前で人に死なれて気持ちがいいはずありません。


 男の体に巻き付けた自分の両腕に力を込める。それでも少女一人の力では押さえられそうもありませんでした。


 このままでは……!



 ――そこに見慣れぬ姿が現れたのです。


 頭に布を巻いた少女二人、男性二人の四人組でした。先頭に立っている少女がリーダー格のようでした。端正な顔立ち、そして小柄な体躯ですが何故だか妙に凄みというか気迫のある方でした。


 彼女はこちらへ近づくと流れるような所作で、わたくしを遠ざけつつ騒ぐ男を塀から引き剥がします。そして両腕を男の首に回して、力を込めたのです。少し鈍い音がした後、男は動かなくなってしまいました。


「……あらら、どうしましょう。この方気を失ってしまいました、ご気分でも悪かったのでしょうか?すみませんそこの方、この男性を医療院に運ぶ手伝いをしてくれませんか?」

「……」


 しらじらしい……!と思いながらも、わたくしにはこの方に異論を申し上げることができませんでした。妙に有無を言わさぬ勢いがあるのです。


 後ろのお三方は三者三様の表情です。痩せた少女は尊敬の眼差し、眼鏡の男性はやれやれといった面持ち、端正な顔の男性は愉快そうに笑っています。


 とにかくこの方の行動が、別段おかしくもない”いつも通り”であることは推察できました。


「……止めて頂きありがとうございます。ひとまず、お近くの診療所をご案内いたしますわ」

「本当ですか、助かります。ありがとうございます」


 この方は男を軽々と支えながら、小さく微笑みました。


 ――これがわたくし美花(メイファ)と、救世主ラヴィア様の出逢いだったのです。

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