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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第7章 暗闇に星を結びし者達
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第178話 忘却のレーテー②

杏族の隔離区域を調査する一行。彼らは記憶の欠如により立ち往かなくなった人々の暮らしを目の当たりにする。

「さきほどの男性はいったい何だったのでしょうか」

「……髪色的には間違いなく(シン)族だろう。彼らはずっとこの地で暮らしているはずだが、何故初めて来た土地のような振る舞いをしていたんだ?」


 ラヴィアとパンサンは考え込んでいる。

 一行は廃墟同然の街中をひたすら歩いていた。


 まず人の姿自体を見かけなかった。しかし先ほどの男性のように、何処かにいることはいるのだろう。更なる情報収集の為、彼らは人探しを続ける。


 やがて、ぐーー、という気の抜ける音が聞こえた。

 見ればユンファがお腹を押さえている。彼女の腹の虫であった。


「……お腹が空きました」

「ああ、じゃあさみんな、このお店に入ってみない?」


 フォンインが指差す先には粗末なあばら家が一軒。しかし扉や壁など、ところどころが雑に補修された形跡があった。扉は開けっ放しだ。


「……店?これがか?」

「でも補修の痕跡は新しいですね。それに食事処の文字が書いてありますし、この字も風化していません」

「試しに入ってみる価値はありそうだな。誰かいるかもしれない」


 パンサンとラヴィアのやり取りを経て、この店らしきものに入ってみることが決まった。


 中はやはりというかボロボロであった。壁はひび割れていて、隙間風がひどい。屋根も穴が多く空いているので、雨でも降れば雨ざらしであろう。それでもいくつかのテーブルや椅子が設えられ、最低限客を迎える準備をしているようには見受けられた。


 店の奥には一人の若い女性の姿があった。比較的清潔な服装をしている。髪は長く後ろ手に結わいており、夜の闇のように黒い。


「あのー、すみません」

「ひっ!ど、どなた、でしょうか!?」


 女性は面食らったように驚いていた。ここが店なら、むしろ人が来ることを企図しているはずである。しかし女性の顔は、まるで未知のものに遭遇したかのような戸惑いの表情だった。


「え、えーと、貴方はこのお店の従業員……ですよね?」

「お店……?あー、そうですね……たしかに、此処はお店……ですよね……」


 女性は周囲を伺い、初めてそこが飲食店であると認識したような素振りをみせた。そして、じろじろと自分の服装を見回す。


「も、もしかして、やっぱり私、このお店の従業員……なんでしょうか?」

「……いえ、私に聞かれても」


 ラヴィアは当惑した表情で答える。しかし目の前の女性はそれ以上に困惑している様子だった。そして、ひとしきり周囲をキョロキョロと伺った後、「あ、お、お客さんですよね?そ、その、どうぞご自由に掛けてください!」と言って、店の奥のおそらく厨房らしきスペースへと引っ込んでしまった。


 四人は考え込んだ表情のまま、テーブルへと座した。水や茶すら出ないまましばらくが過ぎた頃、女性が困り果てた様子で顔を出す。


「あ、あの、申し訳ありません。食材がどれも腐ったり、傷んでいるのしかなくて……」

「……はあ、分かりました。どうもお騒がせしました」


 この女性に何か尋ねたところで無意味だろう。そう思ったラヴィアは手短に返答したのみで、この店を後にした。


 四人は道端で思案に耽る。


「……(シン)族のみなさん、もしかして記憶がなくなっているのでしょうか?」

「今まで見て来た限りを考えると、おそらくそうだろうな」


 呟くユンファに同調するパンサン。


「何がきっかけでそうなるのかは定かではないが、彼らが記憶を失っていることはもはや間違いないだろう」

「みんなそういう状況なら、街がこれだけ荒れ果てるのも頷けるね。社会はまるで機能しないだろうし」

「先ほどの女性はもしかしたらあの店を立て直して、あそこで商売をしようとしていたのかもしれません。ですが記憶を失い、ここが何処なのか自分が何者かも忘れて、ああして呆然と佇んでいた」

「一緒に頑張っていこうと誓ったお仲間さんもいたかもしれませんよね。でも自分も仲間も、記憶をなくしてしまって離れ離れに……」


 記憶の欠如により、立ち往かなくなった人々の暮らし。それを象徴するかのように荒れ果てた街並み。


 四人はしばらく物憂げに立ち尽くしていた。


 ◇


 一組の若い男女が川の畔に座り込んでいる。

 二人はぴったりと、寂寥(せきりょう)をごまかすように身を寄せ合っている。


「大丈夫だよ。この先何があっても、俺が君を守るから」

「……嬉しい。こんな見知らぬ土地で、自分が誰かも分からないけれど……私、貴方に出逢えて本当によかった」


 女は潤んだ瞳で男の顔を見上げる。


「寄る辺ないのは俺も同じだ。俺も君に出逢えなければ、きっと不安でたまらない気持ちだっただろう」

「ええ、二人で……二人で力を合わせて生きていきましょう……!」


 そして二人は静やかなれども情熱的に、その唇を重ねる。


 直後、女が力強く男を突き飛ばした。


「……!どうしたんだ、急に!」

「嫌っ!誰……?誰よ、あなた!」


 その女の顔には、もはや男への親愛の情はまるでなくなっていた。ただただ不審者を見るようなものへと変貌していた。


「何を言っているんだっ!誓っただろう!二人で協力して生きていこうって……!」

「そんな話知らないわっ!勝手なこと言わないで頂戴!もうっ、此処はどこなのよ!」


 そう言って女は怒った様子で立ち去ってしまった。

 後には呆然とへたり込む男の姿だけが残された。


 ――四人は遠巻きにそれを眺めた後、黙って通り過ぎた。




 道の外れで、少女と青年が火を囲んで座り込んでいる。

 地面に敷き詰めた葉の上に、川から調達したと思しき魚が数匹横たわっている。

 青年は弓と矢筒を身に付けていて、傍らには釣り竿を置いていた。


「……お兄ちゃん、ありがとう。私のことを助けてくれて」

「いいさ、気にするな。困った時はお互い様だよ」


 青年は優しい声音で答える。しかし二人は血の繋がった兄妹にはみえなかった。


「それより腹減っただろう。塩も街から見つけてきたし、採った魚を焼いて食おうじゃないか」

「うん!あ、私、串焼き用に枝探してくるね!」


 そう言い残し、少女は元気よく立ち去った。

 その直後、男が頭を抱えて唸り出す。


「…………何処だここは?俺は……俺は、誰なんだ?」


 苦悩に満ちた瞳で辺りを伺う。


 パチパチと燃える火。傍らに並んだ魚。置かれた釣り竿。

 男は即座にそれが、自分で自分の為に用意した食糧だと見た。


 腹の虫が鳴る。ひどく空腹だった。これしきの魚で足りるだろうか。


 そう思っていたところに、遠くで野鳥が降りる姿を見る。そして自分が弓矢を所持していることに気が付くと、腰を上げてその場を離れた。


 やがて少女が数本のきれいな枝を抱えて戻って来る。


「あれ、お兄ちゃんどうしたんだろう?おしっこかな?」


 青年がいないことに戸惑う少女。しかしあまり事態を深刻にとらえず、用意した枝に魚を突き刺し始めた。


「戻って来るまでに焼いておいてあげよ。お兄ちゃん、早く戻って来ないかな」


 魚を串刺しにし終わったところで、青年が野鳥の首根っこを掴んで戻って来る。

 そして少女の存在に気付くと、鬼のような形相で睨み付けた。


「……っ!誰だ!俺の食糧に何してやがる!」

「え、え?ど、どうしたの?お兄ちゃん……」


 戸惑う少女を意に介さず、青年は少女を乱暴に突き飛ばした。驚きに目を見開く少女に、青年は追い打ちのように暴言を浴びせる。


「薄汚いガキめ!人の食糧を横取りしようなどと!さあ、立ち去れ!」

「な、なんでお兄ちゃん……?私のこと、忘れちゃったの……?」

「立ち去れ!どうせ誰かに食糧を奪って来るよう言われたんだろう!代わりにお前が食われたいか!」

「う、うわああああん……!」


 少女は泣きながら何処かへ走り去ってしまった。

 そして独り残された青年は、不貞腐れたように魚を焼き始めた。


 ――四人は遠巻きにそれを眺めた後、黙って通り過ぎた。


 ◇


 廃墟の片隅に麦畑があるのを四人は見た。青い麦穂が風に揺れている。

 人の姿はどこにもない。畑の隣には荒れた家屋が一軒有るのみだ。


 家屋の中を調べていると、風化した家財の中にひと際異彩を放つ物を見つける。


 ――それは日記帳だった。これだけは真新しい素材のように感じられた。中には畑の管理方法が簡潔に記載されているだけであった。


「これは……隣りの麦畑を管理していた方が残した物でしょうか」

「そのようだな。当の本人は死んだか、記憶を無くしてここを離れたか」


 そしてページの後半にメモ書きのようなものを見つける。


『どうやらこの土地では、人の記憶が消えてしまう現象が起きている。畑作りを一緒に手伝うと言ってくれた男が、突如私に向かって、お前は誰だと声を荒らげた。無知は恐怖を煽るのか、彼は私を殺そうとしたので撃退せざるを得なかった』


「……」

「やはり、記憶が消えているのか……」


『この土地は決して人が多いわけではないようだ。それでも私が、この不可思議な現象を目の当たりにしたのは一回や二回ではなかった。おそらくだが、記憶の消去は二十四時間周期で行われている。それも統一されたタイミングはなく、各個人でバラバラに起算されているようだった』


「やっぱ、そういうことなんだねえ」

「二十四時間しかもたない記憶……それで社会生活が満足に営めるはずないですよね」


『だから今後困った時の為に、他ならぬ私自身の為に、ここに麦の育て方を記しておこうと思う。もっとも私自身が、これを書いたこと自体を忘れてしまうかもしれないが……』


 そこでメモ書きは終わっていた。

 事態を把握すると、一行は主を失ったその家屋を後にした。


 誰にも気付かれなければこの麦たちも、ロクな管理もされないままに枯れて往く運命かもしれない。よしんば気付いてもらったところで、二十四時間後には忘れてしまうだろう。


 この(シン)族隔離区域では、もはや畑を維持することさえも困難を極める有様であった。



「記憶を存続させないようにする――よもや、このように人を苦しめる手段があるとはな」


 パンサンがうらぶれた街並みを見回しながら言った。


「そうだね、しかもこれだけの惨状をもたらすなんてね。僕は(メイ)族隔離区域のことしか知らないけれど、比較にならないほどの荒れ様だ」

「二十四時間しか記憶がもたないのであれば、一日のほとんどが現状の把握と食糧調達で終わってしまうでしょう。そしてそれがずっと繰り返される……皆で協力して、大きなことを為していくことができない。これでは文化や文明はまったく育ちません」


 フォンインもラヴィアも、辺りの風景に視線を泳がせる。

 荒れ果てた廃墟にかつての栄華はどこにもない。そこは夢の跡と呼ぶには、あまりに寂しすぎた。


「それだけではありませんよ……」


 ユンファが言葉を続けた。どこか感傷的になっている声音だった。


「愛を誓い合った人たちが、信頼で結ばれたはずの人たちが、あっさりと敵対するようになっていました。とても大切な気持ちだったはずです。それでもあんなにもたやすく忘れてしまうのですね……もし私が、ラヴィア様に救われたあの時の記憶までも忘れてしまうかと思うと、哀しくてたまらないです……」


 涙ぐむユンファ。震える彼女の肩に、パンサンはそっと手を置いた。


「大丈夫だユンファ。俺たちの記憶は、この絆は決してなくならない。俺たちがこの惨状の元凶――レーテーを倒せばいいのだからな」

「でもパンサン、そのレーテーって奴どうやって探すのさ?街中にもそれらしいのは見かけなかったし」

「そうですね……どうしましょう?今までは現地の人に協力を仰いで事態を解明してきましたが、今回はそれができそうにありません。なにせ皆記憶がないのですから……」


 立ち尽くす四人。そこに玄武のしわがれた穏やかな声が聞こえて来る。


【姫よ、心配は要らぬ。レーテーの居場所が儂には分かる】

「……!本当ですか?」

【儂は聖獣の中で最も古くから存在しておる。高い霊力と鋭敏な感覚を持っておるんじゃよ。それにここら一帯は儂の縄張りである故、自分の体のようなものじゃからな――ここより更に北の方角、この桃華帝国領土の北限に程近い森林に悪しき気配がある……!】


 四人は決意の眼差しで北の空を見やる。

 文化や文明……それどころか愛や絆さえ持つことを許されない人々を解放する為、彼らは闘志の炎を燃やす。


「いきましょう、皆さん!北の森に居るレーテーの元へ……!」

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