第166話 四聖剣
ラヴィアは四聖獣の宿りし聖剣、四聖剣の扱い方を学ぶ。そしてまず一番近い櫻族の解放を実現すべく出立する。
ラヴィアは引き抜いた聖剣を手に洞穴を後にする。暗い場所から出たばかりからか、外の光を一層眩しく感じる。
紺碧に晴れ渡る空を見上げながら、この空の下で今も四部族の人々が苦しめられているのだろうかと、そう想いを馳せた。
「そういえば、この剣はなんと呼べばいいのでしょうか」
【元々は五常の剣と呼ばれた神聖なる剣であるが、今は我ら四聖獣の魂が宿っている故、”四聖剣”とでも呼ぶがよかろう】
ふとした疑問に、青龍の厳かな声が答えた。
その四聖剣には現状四体の聖獣の力が宿っている。そのため四通りの力を発揮できるのだが、ラヴィアは出発前にその力を使いこなす練習をすることにした。むろん聖獣たちの指導を受けながらである。
四聖剣には四つの形態がある。
一つ目は最初の剣のままの状態で、これは青龍の形態であった。青白く透き通るような刀身である。これは単なる剣ではなく、その刀身を僅かに液状化することで、ウォーターカッターの要領であらゆる物を切断可能とする。尋常ならざる切れ味を誇る近接戦用の形態だ。
まるでバターを切るように岩や大木を切断できたことにラヴィアは驚愕した。そして強力である反面、普段使いをするのには難しそうに感じた(例えばこちらに殺す気が無くても相手に致命傷を与えかねない。というか簡単に腕の一本や二本飛ばせるだろう)。
二つ目は赤い扇の形状に変化し、これは朱雀の形態であった。扇を開いて煽ぐことで、暴風や大火を発生させることができる遠距離戦・集団戦用といった性能だ。
ラヴィアはあらかじめ朱雀の指示で、木々の少ない開けた場所まで移動した上でこの力を試した。まず暴風を起こせば目を覆うばかりの砂嵐が巻き起こった。そして火炎を混ぜればそれは周囲を焼き払う業火の嵐と化す。仮に先ほどまでの山林でこれをやっていたら、大規模な山火事になっていたことだろう。ラヴィアはこちらもまた強力な反面、融通性に欠けるように感じた。
三つめは玄武の形態であった。白い棒状の造りとなり、先端には黒く大きな盾が付属する。要は傘のような形状になるのである。この盾は頑強に極まり、あらゆる攻撃を弾き返すとは玄武の弁である。
そしてこの傘型の形状のみならず、薄型の防御膜を三百六十度周囲に展開することもできた(この時黒い盾部分は消える)。防御膜は透明である為パッと見では気付きにくく、さながらシャボン玉の中に入っているような格好である。こちらについては先ほどの黒い盾に比べると、あらゆる方向からの攻撃を防げる反面防御力については劣るようであった。
ラヴィアは攻めばかりでなく守りに秀でた形態があることに安堵しつつ、これを咄嗟に使いこなせるかどうかが明暗を分かつように感じた。
そして最後は白虎の形態になるのだが、結果ラヴィアはこれをいたく気に入ることになる。
まず形状は白くて長い棍であり、両端のどちらかから推進力を発生させることができる。主な使い方としては、推進力を発生させた状態の棍に掴まるなり跨るなりして、空中を高速移動するというものだ。前三つが近接戦用、遠距離戦・集団戦用、防御用であったのに対して、この白虎の形態は高速移動用とでもいうべきものであった。
そしてラヴィアがこの形態を気に入った理由は二点ある。
一つは、推進力の発生について非常に融通が利いたことである。推進力の強弱を細かに調節できるほか、棍の両端のどちら側から推進力を発生させるか、それも瞬時に切り替えられた。これは空中を移動しつつ、そのスピードを柔軟に調節したり、急停止したり、急な方向転換も可能ということを意味している。
ラヴィアはラグナレーク王国での苦い経験を思い出す。フリーレのグングニールに巻き込まれ、深い山の中に遭難した時の記憶だ。グングニールでの移動は速度が速すぎたし、速度や方向の調整なぞ一切利かず、しかもぶつかるまで止まれないという不便極まるものであった(そもそも攻撃用の神器をムリヤリ移動に転用していたのだから無理もない)。この白虎の形態については、そのグングニールでの移動のあらゆる不便さを取り去り、すべて便宜に利するように計らったかのようなものであり、ラヴィアはその使い勝手の良さに感激さえしそうになった。
そして二つ目の理由としては、形状が棍であるという点であった。ラヴィアは武術稽古の際にリーチの短さを補う為、棍などの長物を振り回して戦っていた。自分が使い慣れている形状というだけでなく、青龍の形態のようにうっかり相手を死なせる心配も、朱雀の形態のように周囲を巻き込む心配もない。それにただ単純に振り回して戦うだけでなく、要所要所で推進力を発生させたりさせなかったりすることで攻撃の速度に異常な緩急を付けられる。実質普通の棍の上位互換として使える代物であり、これに移動手段としての利用価値まであるのだから、気に入らぬ方がおかしいという話であったのだ。
そしてラヴィアは一通り四聖剣の扱い方を理解すると、再び出発することにした。今も苦しめられているであろう四部族の解放に向かうのだ。
「まずはどこに向かえば良いのでしょう?」
【ここからですと、一番近いのは我が櫻族の隔離区域でしょうね。更に北西の方角です】
白虎の丁寧な声が背中から聞こえる。ラヴィアは四聖剣を白虎の形態で(すなわち棍の形状で)背負っている。
【四部族はそれぞれこの桃華帝国の領土の東西南北に分散して隔離されておるようなのじゃ。西の山中には櫻族、南の盆地には李族、東の海沿いには梅族、北の最果てには杏族といった具合にな】
「なるほど、ではまず櫻族の解放に向かうとしましょう」
またしても山道を歩くのか、と思いかけたがラヴィアは四聖剣には移動用の形態があることを思い出した。ちょうど今その状態で背負っている。
ラヴィアは棍に跨るとお尻側の端から推進力を発生させて、さながら魔法の箒に乗って空を飛ぶ魔女のように飛行を始める。軽やかな風が彼女の黒い髪を靡かせる。
「わあ、気持ちいいです!」
これから邪神との戦いに挑むというのに、ラヴィアは楽し気な様子を見せた。別に事態を楽観視しているワケではない。ただ目先の脅威に安易に怯えすくめる程、彼女はヤワな経験をしていなかった。
玄武はそんな杏族の姫君の予想に反した落ち着きぶりに感服しつつも、申し訳なさそうに声をかける。
【すまんのう姫よ。本来お主はこの桃華帝国とは関わりなく暮らしていたはずじゃ。過酷な運命に巻き込んだ儂らを恨んでいてもおかしくない】
「……大丈夫ですよ、玄武さん。乗りかかった船ですし最後まで付き合います。邪神に苦しめられている人が大勢いると聞いて知らんぷりはできません。私が杏族の姫で、私にしか救済ができないのであればなおのことです」
【おお、なんと気高きお言葉!三百年の時を隔てても、王族はまっこと凛々しきものか!】
玄武の感激する声を聞きながら、ラヴィアは買い被りだと思った。
ラヴィアは真似をしていただけなのだ。もし正義の神ならば同じように言っただろう。ラヴィアはかつての彼の言葉を思い出していた。フリーレと初めて出会ったあの果てしなき荒野でのやり取りである。
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「正義の神、マグナといったか、私はこれから仲間を助けにラグナレーク王国とやらに向かうつもりだ」
グングニールの刃先をさらに近づける。
「協力しろ、嫌とは言わせん」
「……いいぜ、乗りかかった船だ、最後まで付き合ってやるよ」
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(マグナさん……どうか私に力を)
ラヴィアは目を閉じ、文字通りに神に祈った。
「そういえばあまり聞けていませんでしたけど、その邪神というのはどのような存在なのでしょうか」
【そうじゃな、アレは言うなれば人間の負の感情そのものといった存在じゃ。その名も、”争いと不和の神エリス”という】
「争いと不和の神エリス……」
邪神と聞いていたように、やはりロクでもないものを司っているのだなと思った。正義を司る神とはえらい違いだ。
「エリス自身は帝都に居て、四部族についてはそれぞれ眷属が支配しているかんじでしょうか」
【その通りじゃ。今向かっている櫻族の隔離区域に居るのはおそらくエリス配下の怪物じゃろう。姫よ、辛い役目を押し付けるようですまないがどうか宜しく頼む】
「御心配には及びませんよ、玄武さん……荒事にはもはや慣れているので」
ラヴィアは言っていて、かつての自分では考えられない言葉が自然に言えるようになったものだなと思った。心の成長が自分自身でも如実に感じられた。
【青龍よー、四聖”剣”だってのに、嬢ちゃんは剣の形態はそこまでお気に召さなかったようだぜ?残念だなー、ハハハハハ!】
【……それはお前も同じだろう、朱雀】
跨っている棍から聖獣二匹の楽し気なやり取りが聞こえる。自身の成長以外にも、こういった空気が要らぬ緊張を阻害させていた。
「そんなことありませんよ。お二人の力は強力だからこそ、普段から気安く使うのには向いていないだけです。いざという時は頼りにさせて頂きます」
【……ああ、その時は存分に頼るがいい】
【ハハハ!口の上手い姫様だぜ!】
こうして妙な気負いも気疲れも無いままに、彼女は桃華帝国西部――櫻族の隔離区域に到着することとなった。