第165話 四聖との出会い
訪れた聖廟で手にした聖剣には四聖獣の魂が封じられていた。そしてラヴィアは三百年前に邪神の力で桃華帝国が興ったことを知る。
ラヴィアはとまどいながらも、響く声に応答する。
「杏族……?たしか桃華帝国に住む民族ですよね。私はブリスタル王国出身なのですが……」
【いや、その夜の闇のように黒い髪……見紛うはずもない。それに杏族は儂が庇護する民族じゃ。儂には分かる、其方は杏族の血を引く者で間違いない】
その頭に響く声を、ラヴィアは何故だか信じられそうな気がしていた。自分には杏族の血が入っている。それ自体は元々疑っていたことなので寝耳に水でもなかった。
しかし姫君とは……?
「以前から考えていました。私の生まれたブリスタル王国クローヴィア男爵家……そのルーツには東方の血が入っていたのではないかと。でも姫君というのはどういうことなんでしょう?」
【この部屋に入れたこと自体が、汝が王家の血に連なる者であるという何よりの証なのだ】
先ほどまでの老人の声とは違う、落ち着いた威厳のある声が聞えてくる。
【三百年前……桃族を除く四部族の守り神である私たちは、その四部族の王たちによってこの聖廟に封じられたのです】
【すべてはあの忌まわしい邪神から逃れ、来るべき反逆の時を待つためさ!】
今度は紳士然と貞淑に話す声が、最後に活気溢れる勇ましい声音が響いた。
ラヴィアは次から次へと様々な声で語られるものだから、思考が混乱してくる。
「……ええと、つまり私のご先祖様には杏族の方がいて、しかもその人は王家の血筋であったと、そういうことでしょうか?」
【状況からして、そう考えるのが妥当じゃろうな】
一番最初に聞いた老人の声が再び聞こえた。
それから頭に響く声の主たちはこれまでのあらましを語ってくれた。
三百年前に桃族の王、桃美位が邪神の力を手に入れたこと。
彼は邪神の力で他の四部族を次々と支配し、ついに桃華帝国を興したこと。
四部族の王族については皆殺しにしようとしたこと。
四部族の守り神は王たちを救うべく邪神と戦い、深く傷つき倒れたこと。
王たちは辛くも逃れ、漠静山脈奥地の聖廟に祀られた聖剣に、守り神を封じたこと。
「……ここがその聖廟ということですね」
ラヴィアは話の流れこそ理解できているが、いかんせん現実離れしている感から抜け出せずにいる。
【その通りだ。汝が掴んでいるのは杏族に伝わる聖剣でな、神聖なる力を蓄えておけるという代物なのだ】
「この聖剣にあなた方……四部族の守り神が封じられているという状況なのですね」
ラヴィアは話していて、なるほど道理で声が四通りも聞こえてくるものだと思った。
【状況は理解できたな!そいじゃあ、早速だが頼まれちゃくれねえか】
【貴方にはこの桃華帝国内で今も苦しめられているであろう、四部族を救済して頂きたいのです。ひいてはあの憎き邪神の討伐をお願いしたい――】
ここで声の主たちの正体、そして彼らの願いについてまとめる。
最初に聞こえた老人口調で話すのが玄武。夜の闇のように黒い髪を持つ民族――杏族の守り神。
次に威厳のある口調で話すのが青龍。空のように碧い髪を持つ民族――梅族の守り神。
丁寧な口調で紳士然と話すのが白虎。雪のように白い髪を持つ民族――櫻族の守り神。
最後に調子よくハキハキと話すのが朱雀。炎のように紅い髪を持つ民族――李族の守り神。
そして彼らの願いというのは、彼らが守護する各部族たちの解放。そして諸悪の根源である邪神の討伐である。
「桃族以外の部族もまだこの桃華帝国内のどこかで生きている、そういうことですか?」
【そうじゃ。予想では、あの忌まわしき邪神は四部族を絶滅までさせてはいないじゃろう】
「何故そう言い切れるのです?」
【かの邪神は人間の負の心を糧としている。死なせてしまっては負の心を得ることもできぬからな。きっと四部族については、三百年前のあの時からずっと、生かさず殺さずの責め苦を味わされ続けているに違いない】
話を聞いていて、なんとスケールの大きいことかとラヴィアは思った。どうしても自分の手に余るような気がしてならない。
「そもそも桃華帝国は世界第三位の面積を誇る広大な国です。四部族が現在どこにいるか、どう探し出すのでしょうか?」
【それについてはご心配に及びません。我々聖獣は、庇護する部族についてその居所が分かります】
【ってのも俺たちの肉体は、アイツらと一緒に有るだろうからな】
肉体……?思えば聖剣の中に入っているということは、守り神たちは魂だけの状態なのだろうか。
「そういえば、こうして剣に皆さん収まっているということは、現在は精神だけの状態になっていて、肉体は別にあるということですよね」
【そうそう!理解が早いじゃねえか、嬢ちゃん!】
【儂らのに肉体に宿りし力を媒介にして、邪神は各部族を隔離して閉じ込めておるんじゃろう。故に今の儂らは無力。さりとて彼らと共にあるが故、部族のみんなの居所は感覚で分かるんじゃな】
【三百年前のあの時、王たちは私たちを救出して逃げ出す余力はありませんでした。ですから私たちは魂だけの存在となって、こうして聖剣に封じて頂いたのです。なので肉体に関しては邪神のいいようにされているでしょうね】
「……燃やし尽くされたりしていないでしょうね」
【我ら聖獣の肉体は単なる有機生命体と同様ではない。朽ちることも燃え尽きることもない。であるからして、きっと今も奴らに都合よく使われていることだろう】
――状況は理解できた。しかしラヴィアには、まだ決意の覚悟が足りない。
「……話は分かりました。ですが四部族の解放、そして邪神の討伐――私の手には余るように思えてならないです」
【いや、むしろ其方にしか成し遂げられまい】
「……何故そう言えるのですか」
【我ら聖獣の力を引き出すには、当然四部族の血を持つ者でなければならぬ。とくに王家の血であれば何より望ましい。汝は杏族の姫君である故、玄武を媒介にして他の聖獣の力も得られよう。肉体が無い故、共に戦うことは叶わぬが、この聖剣を通して我らの力を発揮できよう】
「……四部族の王家の生き残りは、他にいないのでしょうか」
【私たちを封じた後、王たちは全滅を免れるべく散り散りになって国外へ逃げたのだと思います。消耗した私たちの力が回復し、王家の血を引く者が現れて後を継ぐ――その時が来るのを信じて】
【そんなミラクルそうポンポン起こるわきゃねえだろ!嬢ちゃんが現状唯一の生き残りなんだよ!】
「……」
ラヴィアは逡巡していた。
本音を言えば、見捨てたくはない。しかし、たかだか戦いの心得が多少ついた程度の小娘には荷が勝ちすぎるのも事実であった。
だが想いを後押しする面もあった。
まず彼ら守り神たちの力を借りられそうだということ。彼らの魂が宿っているのだから、この聖剣は現状神器のようなものなのだろう。
そしてマグナなら、敬愛する正義の神ならばどうするかと考えた。悩むまでも無く、彼ならば苦しむ人々を救う為に戦うだろう。
初めは一度戻って、マグナやフリーレに助力を請うべきだと考えた。しかしハレイケルとアースガルズで再会したあの日に決めたではないか、自分は強くなってみせると!苦しい修行の日々を思い出す。あれを乗り越え、あまつさえ盗賊生活にさえ適応してみせた今のラヴィアには、ここで退路を取るというのはどうしても己が手に入れた矜持に傷を付ける気がしてならなかった。
何よりフェグリナ討伐の旅で自分だけが何も果たせずにいたことを、彼女はとても悔いていた。もうあんな思いをしたくはなかった。今度こそ己で成し遂げられればこの憂いも晴れる気がしたし、いよいよあの人の隣りに戻る資格を取り戻せるような気がした。
そんな思いを経ている内に、ラヴィアの胸中には先ほどまでの逡巡は綺麗さっぱりなくなっていた。
そして、彼女は決意を帯びた声音で次のように言うのである。
「――分かりました。苦しむ人々を見捨ててはおけませんし、私が杏族の王族だというのなら、必死に逃げて命を繋いでくださったご先祖様の想いを無駄にしたくはありません。玄武さん、青龍さん、白虎さん、朱雀さん……私に力を貸してください。四部族の解放と邪神の討伐、何としてでも果たしてみせましょう!」
【素晴らしい覚悟である!】
【有難き幸せ……私は感動で身が震える思いです】
【いいぜいいぜ!ちびっちゃいくせにクソ度胸あるな!いいねえ、気に入ったぜ!】
【して杏族の姫君よ、其方の名を教えてくれぬか?】
目を閉じ、息を吸い、剣を引き抜く。掲げながら彼女は高らかに名乗りを上げる。
「私の名はラヴィア――ラヴィア・クローヴィアです!」




