第163話 迷いのラヴィア
リドルディフィードの襲来によるイフリート盗賊団の壊滅。あれからラヴィアは独り、桃華帝国南西の山中を彷徨い歩いていた。
フランチャイカ王国の革命騒動や、ラグナレーク王国とアレクサンドロス大帝国の戦争勃発……あれから二か月以上が過ぎたのでしょうか。アースガルズを離れてからマグナさん、フリーレさんの様子をつぶさに伺い知ることができずにいます。
マグナさんは革命を達成された後、どうされているのでしょうか?フランチャイカ王国はしばらく混乱の中にあったそうですが、今貴方がどうしているのか、何を想っているのか、気になって仕方がありません。
フリーレさんも大丈夫でしょうか?アレクサンドロスは世界最強の軍団を擁する国、今に熾烈な激戦に身をやつしていないか正直不安です。
気になっても今の私にはそれを知る術がないのです。
何故なら私、ラヴィア・クローヴィアは今、あてどない放浪の旅をしているのですから……
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青々とした木々に彩られた山道。
照り付ける陽光の眩しさからすっかり夏が訪れたことを知る。
「……」
どことなく覚束ない足取り。風に揺れる夜の闇のように黒い髪。
片手には行脚用にして護身用代わりの杖を突いている。
「……」
目の光は消え失せ、茫然と辺りを眺めている。
「……何処だろう、ここ」
正義の神マグナと共に旅に出た少女――ラヴィア・クローヴィアは今、何処とも知れぬ場所を彷徨い歩いていた。
◇
思えば、彼女には色々とあった。
王都アースガルズに取り残され修行に明け暮れていたところ、裏世界による襲撃に巻き込まれ、彼女は記憶の神ミアネイラと交戦した。そのどさくさに紛れて盗賊団に連れ去らわれてしまい(狙われたのでなく巻き込まれただけであったが)、以来彼女は盗賊として日々を過ごしていく羽目になった。
その盗賊団――イフリート盗賊団をラヴィアはそれなりに気に入っていた。
頭領のアリク・ハルジャは悪人とは思えぬほど気さくな人柄であったし、実力を見せつける内に団員たちも自分を姉御と呼んで慕ってくれるまでになっていた。唯一折り合いの悪かったイロセスとも、なんだかんだで気の通じ合う仲になり始めていた。
そんな風であったから、盗賊生活に憧れこそなかったものの、とくに悪人を毛嫌いしているワケでもなかったラヴィアはいつの間にか盗賊団に愛着めいたものさえ感じるまでになっていた。
そんな折、あの日の悲劇は訪れた。
――アレクサンドロス大帝国の皇帝リドルディフィード、そしてその従者の襲来である。
ヴェーダ州で盗みを働いた二日後の出来事だった。
当時買い出しに出掛けていたラヴィアには、かの皇帝が何故イフリート盗賊団を訪ねたのか、そして何故団員を皆殺しにしたのかが分かっていない。
ラヴィアが駆け付けた頃には、既に仲間たちは皆息絶え、死屍累々の有様であった。アリクも無残な姿で横たわっていた。唯一イロセスの死体だけは見ていないので、彼女を巡って何かがあったのではないか?そう推察もしたが、いかんせん確証がなかった。
仲間たちを始末したのは誰か?それは分かっている。
薄気味悪い笑みを浮かべたダークグレイのショートカットの女、確かシトリーと呼ばれていた。
それに当時はバハムートも始末されていたので、シトリーには他にも仲間がいたことが伺えた。彼女を迎えに来たチョコレートブラウンの長い髪の女、グレモリーと呼ばれていたのがそうだろうが、おそらく他にも仲間はいたことだろう。
とにかくラヴィアは所属していた盗賊団を壊滅させられ、バハムートというアジト兼乗り物も失った。
そして彼女は今何の目的を持って歩いているのか。
仲間の仇を討つため?まだ生きているかもしれないイロセスを捜すため?
どちらも叶えたくはあったが、いかんせん彼女は非力であった。金もなければ頼れる仲間もいない。神器や神の能力もない(八尺瓊勾玉を秘匿してはいるが、これ自体は戦闘用の神器ではない)。
仮にシトリーたちに再会できても現状では勝ち目がないと思えるし、イロセスを捜すにしても何のツテもなくなってしまった彼女には難しいことであった。
そういうわけで、ラヴィアはひとまずラグナレーク王国に戻ろうと考えていた。
しかしかの国は現在アレクサンドロス大帝国と交戦状態である為、大帝国の領地であるヴェーダ州からでは直接戻れそうになかった。
その為、彼女はヴェーダ州から延々と北上を続けて、大帝国領からの脱出を画策して今に至るのである。
◇
(ここは何処なんでしょう……多分ヴェーダ州の北、桃華帝国の西部辺りだとは思うんですけど)
ラヴィアは桃華帝国を訪れたことがないので、当然その地理については明るくない。大雑把に説明すると、この国は東部が海に面していて、内陸に向かえば向かう程に山がちな地形になっていく。
彼女の現在地は桃華帝国南西の山中であり、まさに深山幽谷といった場所を歩いていたのであった。
標高がそれなりに高い故、夏の暑さはさほど問題でもなかった。
ただただ空腹と脚の疲労に悩まされるばかりだった。
(お腹減ったなあ……喉も乾いてきたし)
しばらく歩くと、かろうじて人の往来がありそうな道へと出た。
近くに村があるのかもしれない。期待を胸に歩き続ける。
向かいから桃の入った籠を背負った行商人がやって来る。
二人はすれ違う。ラヴィアの手には桃が握られていた。
「……!」
甘みと水分で天にも昇る気持ちであった。
向かいから杏の入った籠を背負った行商人がやって来る。
二人はすれ違う。ラヴィアの手には杏が握られていた。
「……!」
甘みと水分で天にも昇る気持ちであった。
すっかり盗賊としての生き様が身に付いてしまっていた。




