第161話 ヴェネストリア解放戦⑳
最後の将軍級アミーとの戦いも後半戦。そしてヴェネストリア州を巡る戦は決着する。
二人の言葉を聞いて、フレイもフレイヤも見上げるようにして、アミーの様子を伺う。
「……確かに、グングニールの攻撃を受ける際、不自然な動きをしたような気がする」
「ですが、単なる身じろぎとの区別がつきませんね」
「ならもう一度試せば分かることだ」
フリーレは手元に戻していたグングニールを、巨人の胸部目掛けて投擲する。
炎の巨人は胴体を横に傾けて、明らかに胸部に当たらないように努めるような動きをした。
「……見たか?間違いなく躱すような動きだった」
「おそらく体内に核のようなものでもあるのでしょう。それによってあの巨大な炎の体を制御していて、それを破壊されればきっと体を維持できなくなるのだと考えられます」
落ち着いたフリーレとヘイムダルのやり取り。いつの間にやらヘイムダルもすっかり元の調子を取り戻していた。作戦立案こそ彼の本領であり、急場での臨機応変な対応はどちらかといえば不得手であったが、すっかり頼もしきならず者に救われていた。
フリーレは間髪入れずに再度胸部に向けて投擲する。今度は確かに胸部を貫通した。しかしアミーの体には何の変化も無かった。
「何の手応えも無いな」
「いえフリーレさん、おそらく核が移動しているのです。ですが何度もグングニールの投擲を繰り返せば、アミーの体の動きから核のおおよその位置が割り出せるはずです……!」
「それもそうだな。任せておけ、ヘイムダル」
フリーレがエインヘリヤルに所属してからまだ三か月も経っていない。
そしてヘイムダルは当初、彼女を蛮族のならず者と見て毛嫌いしていた。
フリーレ自身、まったく繕うことなくならず者として生きてきた自分を喧伝してきたし、振る舞いも殊更人間社会に溶け込むことを企図した態度でなかったので、ヘイムダルが自身を嫌っていたことについて特に気にしていなかった。むしろごく当然な反応であるとすら感じていた。
しかし今のヘイムダルにはフリーレへの侮蔑の念はなく、純粋に仲間として熱い信頼を寄せていた。フリーレもまた、かつては自分の取り巻きぐらいしか信用に足る存在などなかったが、今やヘイムダルにも他の隊長勢にも絆のようなものを感じ始めていた。
「フリーレさん!上半身への攻撃に対する反応が薄い、おそらく核は腰の方にまで移動しています!」
「……ああ、任せろ!」
観察力に優れる二人は、アミーが攻撃を受ける際の動きから核の位置を適切に割り出していた。やがてフリーレがアミーの右腰辺りにグングニールを貫通させた時、何かが砕けるような音がした。
程なくして、屹立していた燃え盛る人型の炎は、大きくバランスを崩して地に伏した。
急いで退避する。土埃と猛烈な熱風が地上を駆け抜ける。
【クックックッ、やりよるな。まさか魔力を全力解放した儂をこうもあっさり破るとはな……!】
四人は様子を伺う。アミーは地に伏したまま微動だにしない。
「……やったのか?」
勝負は決まったかに思われた。
ところが突如、倒れるアミーの体がまるで冷えた溶岩のように固まったかと思うと、ボコボコと茹る熱湯のような鳴動を始めた。四人は驚いてその様子を見ている。
その脈動がまるで爆発寸前の爆弾のようであることに感づいた時、ヘイムダルは切迫した表情を浮かべた。
「まさか、自爆する気では……!?」
「……!!」
言われてみれば脈動と共に、魔力が体内に凝縮していっているような気配を感じる。フレイとフレイヤも只事ではない状況を理解して焦燥した。
【クックックッ……おめでとうよ、ラグナレークの諸君……此度の戦はお前たちの勝利じゃ……しかし……それはお前たちの生還を意味するワケではない……】
肉体を激しく蠢かしながら、アミーのしわがれた邪悪な声が響く。
【消える前に、残された魔力のすべてを凝縮し炸裂させてやろう……ラグナレーク拠点も含めてこの辺り一帯は灰燼に帰すのじゃ……初めに言ったはずじゃ、お前たちはみな死に往く定めじゃと……定めには逆らえんぞ……!!】
もはや絶体絶命かに思われた。
ヘイムダルも、フレイヤも、フリーレでさえも打つ手が浮かばず立ち尽くすのみだった。
彼らが動けずにいたのは、全員が助かる前提で打開策を考えていたからだ。
ただ一人――
フレイだけは機動形態のレーヴァテインを出現させて急いで乗り込むと、上昇していくような軌道で発進してアミーに突撃、そのままフォルネウスを海から引きずり出した時と同じようにアミーを空中へと押し上げた。
「……!!お兄様っ!!」
フレイヤは悲痛な声で叫んでいた。
兄が何をしようとしているのか?それは誰の目にも分かることだった。
「フレイ……!いや、でも、確かに、全滅を免れるにはこれしかない……!」
ヘイムダルは納得したくてもできないような、葛藤に満ちた表情で空を見上げている。
「……フレイ」
フリーレも、決死の覚悟で空へと上昇するレーヴァテインを哀し気な眼で見つめている。
嗚呼!彼は仲間を救う為、自分一人だけが犠牲になろうとしているのだ!
フリーレには経験がなかった。自分が生きてきた荒野では弱い存在は死んで当たり前、他人を身を挺して守るというのは野生の常識を知らないものの所業であった。
命を守ってもらって死なれるというのはこんな気分になるのか、これなら知らない方が良かったなとも思った。
脈動を続けるアミーの体を突き上げたまま、レーヴァテインは高く高く上昇していく。
(みんな、すまない……俺にはこれしか思いつかなかった……だが、時間がない……!もはやこうするしかない……!)
「嫌っ!嫌ですっ、お兄様っ!お兄様ーー!!」
フレイヤは涙を流して叫んでいる。地上からその声はフレイには届いていないはずである。それでも彼は、愛しい妹の叫びを聞いたような気がした。
(すまないフレイヤ……俺一人だけの犠牲でエインヘリヤルの皆を守れるのなら、これが最善のはずなんだ……お前を一人残してゆく不出来な兄を、どうか許してくれ……!)
フレイは操縦しながら目を閉じた。涙が一粒、こぼれた。
――直後、耳をつんざく程の大爆発が起きたかと思えば、激しい熱と光が、ヴェネストリア連邦の空を激しく震わせた。




