第160話 ヴェネストリア解放戦⑲
深淵部隊の将軍級を次々と撃破するエインヘリヤル。最後の一人、アミーを打倒すべく彼らは決戦の地へ赴く。
ブネが死に、フォルネウスが死に、そしてアロケルが死んだ――
それから幾ばくかして、フリーレ、ヘイムダル、フレイ、フレイヤの四人は拠点から南東の荒れ地を行進していた。
「そういえば、トールはどうしたんだ?」
「神器三つを全力解放してアロケルと戦ったんです、しばらくは動けないでしょうね」
尋ねるフレイに、隣りのヘイムダルが返す。
「聞きましたか?フリーレさん。フォルネウスとの戦いでエリゴスは半死半生の重体でしたが、治療が間に合いなんとか一命を取り留めたそうですよ」
「……そうか」
フレイヤの知らせを聞いているフリーレの様子は、興味無げでもなかった。ほんのりとだが安堵していた。たとえ勝っても死んでいては意味が無い。真に死線を越えたのだな、と思った。
一行は歩き続ける。
彼らは目的があってここに来ていた。
彼らの戦いはまだ終わっていない。
おそらくこの辺りに倒すべき最後の一人がいるのだが――
「まったく、大した連中じゃな。おぬしらは……」
しわがれていて、どこか邪悪な声が聞こえた。
一行は声のする方に視線を向ける。眼前の断崖の上に深淵部隊最後の将軍級、アミーが立っている。燃える炎の肉体を露わにしたままだ。
「アミー!」
フレイが叫ぶ。ようやく最後の敵将だと緊褌一番の思いだ。
「よもやこれほどの戦力差でここまで善戦するとはな。兵士級はブネ隊以外はほぼ全滅、将軍級についても儂以外の三人がみな逝ってしまうとはな」
アミーはどこか哀し気に空を仰いだ。散った同胞たちに想いを馳せているのだろうか。
「そういうことだアミー。お前たちはもはや追い詰められているのだ!」
「確かにのう、追い詰められてはおる。ここまで被害を出されては、深淵部隊は壊滅したと言うしかないじゃろう」
「いえフレイ、勝った気になるのは早いですよ。まだアミーがいるのですから」
「そうじゃそうじゃ。そこの片眼鏡の男の言う通りじゃよ。確かに深淵部隊は壊滅したがまだ終わってはおらん、なにせこの儂がいるのじゃからな……」
そう言ってアミーは瞬間移動のように、断崖の上から消えたかと思えば一同の前に出現した。そして雄叫びのような呻き声と共に、炎の体が煮えたぎる湯のようにボコボコと膨れ始める。フリーレを除く全員が、その異様な雰囲気に驚きながらも注視する。
――やがて眼前には見上げるばかりの炎の巨人が姿を現していた。
「何だ……この姿は……?」
フレイは冷や汗を流しながら驚愕している。その巨人はレーヴァテインの戦闘形態よりも、あのフォルネウスよりも、遥かに巨大であった。
「まさか、これほどの力が……」
フレイヤも戦々恐々としている。ヘイムダルはさすがにこれは誤算だったと、顔をしかめるばかりだった。
「……深淵部隊最強はフォルネウス。それを前提に我々は此度の作戦を考えてきました。決してアミーを侮っていたワケではありませんが、もっと慎重に対策を練るべきだったのかもしれません……」
【フフフ、お前さんの認識は間違っておらんよ。魔力を全力解放させた儂のこの姿はせいぜい一時間しか持たん。総合的な強さで言えば、やはりフォルネウスこそがトップじゃろうて。じゃが……】
炎の巨人と化したアミーは、その巨大な右腕を掲げ上げる。右手には、同じくらいに巨大な炎の剣が出現した。
アミーはその剣で鋭く空を斬り払った。途端、遠くの森林にて大火が巻き起こる。激しく燃え盛る炎が、遠くの空を夕焼けのように紅く染めた。
「……!!」
「なんだとっ!!」
それはとてつもない大火力の攻撃を、途方もない範囲で、遥かなる遠隔からも実行できることを一目で示してみせたのだ。
【……お前たちを殺し尽くし、この辺り一帯を焦土に変えるのに一時間も必要あるまいて。さあて覚悟せよ。儂がこの姿になった以上、お前たちに未来はない】
炎に包まれた巨大な頭部が眼下の一行を見下ろす。
【いやお前たちだけではない。ラグナレーク拠点の連中も、このヴェネストリア州の民たちも、残らず燃やし尽くしてやろう。そしてラグナレークは炎の中で終えるのじゃ。お前たちはみな死に往く……定めじゃ……】
炎の巨人が剣を掴んだ腕を振り上げる。一同は必死に打開策を思考する。時間の流れが鈍化したように感じられる。
(どうする……?レーヴァテインの戦闘形態で格闘戦でも仕掛けるか?いや、自ら燃えにいくようなものだろう……)
体が炎で出来ている敵を相手に、フレイは具体的な必勝イメージがつかめず頭を抱える。
(土や水のマナが溜まっていれば、多少は有効打になったかもしれません。ですがそのマナも充分には溜まっていない。一度撤退してマナの補充と体力の回復をするべきでしょうか?しかしそんな悠長なことをしている内に、アミーはヴェネストリア中を焼き尽くしてしまうでしょう)
ブリーシンガメンを掴みながら、フレイヤは悲痛な面持ちで炎の巨人を見つめている。
(フォルネウスはあれだけ周到に準備をしたから倒せたのです……!ここで突然フォルネウス以上の存在と戦う羽目になることは、完全に計算外でした。態勢を整え直す時間が欲しいところですが、そうも言っていられないようですね。万事休すでしょうか……?)
ヘイムダルは通用しないことが分かりながらも、藁にも縋るようにギャラルホルンを握っている。
三人は気持ちが逸るばかりで動くことができずにいた。
ただ一人――
ただ一人、フリーレだけは臆することなく、それどころかロクな思考も無しに、グングニールの稲妻のような投擲をアミー目掛けて打ち放った。
槍は炎の体を虚しく通り過ぎて往くばかりだった。悠然と屹立していたアミーが少し身じろぎした気がした。
フリーレは手を掲げ、放ったグングニールを手元に呼び戻す。
「ぐっ……やはり手応えはないか」
「一体どうすれば攻撃が通るのでしょうか?」
フレイとフレイヤは冷や汗をかいたままだ。二人は気づいていなかった。
対してフリーレとヘイムダルの顔つきは変わっていた。落ち着いた声で言葉を交わす。
「……気づいたか?ヘイムダル」
「ええ、グッジョブですよ、フリーレさん……敵は、避けるような動きをしましたね」