第148話 ヴェネストリア解放戦⑦
敵勢が突如退却したことで肩透かしを喰らうフォルネウス。しかしそれはフォルネウスを討つ為のラグナレーク側の計略に過ぎなかった。
いつの間にか陽が昇って、朝になっていた。
フォルネウスはすっかり静かになってしまった港町を遠くの沖合から呆然と眺めていた。あれだけ躍起になっていた敵勢は今やどこにもいない。ブネの分析通り、敵の目的はあくまで市民の避難と隊の弱体化であり、己の討伐までは考えていなかったのだろう。
肩透かしと失望から、フォルネウスの緊張の糸はぷっつりと切れてしまっていた。
本当にヴェネルーサの港町には誰も潜んでいないのだろうか?
我々は何か盛大な見逃しをしてやいないだろうか?
どこか疑り深い性分であるフォルネウスは、危機感も欠如していたからか、港町の埠頭に程近い場所まで接近して、街の様子をつぶさに眺め始めた。海上に怪獣のような姿を現して街を見渡している。朝の陽ざしで街並みは隅々まで良く見え、街には一人の姿もないことが立ちどころに露わになった。そして死屍累々と転がる同胞たちが視界に入る。フォルネウスは強く歯ぎしりをした。
その時だった。響くような声が聞こえたのだ。
それも街からではない、沖合の海の中から聞こえる。
【警戒を解いて陸に近づいたな、フォルネウス!】
フォルネウスは驚いて振り返るが、その時には海面にせり上がるように巨大な何かが姿を現していた。翼のような造りを三対備えた金属の塊。それは機動形態のレーヴァテインであった。
「……っ!馬鹿な、レーヴァテインが何故此処に!?」
「驚くのも無理はない。レーヴァテインを含めた全員の一斉退却……すべてはお前の虚を突く為だったのだからな」
操縦席から話すフレイの背後にはフレイヤの姿がある。兄妹一緒に搭乗していた。フレイヤの姿は青を基調とした丈の短いドレス姿になっている。これは水のマナを解放したモードであり、操縦席全体を泡で包んで水びだしになることを防ぐと共に、水流を操作することでレーヴァテインの接近をフォルネウスに気付かれにくくしていたのだ。
しかしそれだけではレーヴァテインがここにいることの説明がつかない。西の方角、つまりこの港からは正反対の方角に飛び去って行くのを偵察兵が目撃している。そこからすぐさま急旋回して東の港町に向かったならば、あのサイズの飛行物体であれば目撃されないなど有り得ない。
考えられる可能性として、フォルネウスはある一つの推測に行き着く。
「そうか、ウァラクか!あいつの変身にサイズや重量なんて関係なかったはずだ。俺たちが認識していたレーヴァテインはあいつが変身していた姿だったんだな!」
「その通りさ。だが気づいたところでもう遅い!」
フレイが握った操縦桿に力を込めると、尾部からエネルギーを放出しながら、レーヴァテインはやや上昇するような軌道で発進した。フォルネウスは巨大な金属の塊に突撃され、彼の巨体は突き上げられるように空中へとおびき出された。翼が空を裂く音やゴオゴオ鳴動するエネルギー音と共に、彼は見る見る内に海から遠ざけられてしまった。
「フォルネウス。悪いが我々はお前のことを欠片も過小評価していない。お前を如何に打倒するか?我々は随分と頭を悩ませたものだった。海の中でお前に勝てると思う程、我々は思い上がっていない……お前には何としてでも陸に揚がってもらう!」
レーヴァテインは高速で空を飛び続ける。吹き抜ける猛風の中で、フレイのシルバーブロンドの髪と、フレイヤの撫子色の髪も激しく靡いている。
後方ではすっかり海岸線が見えなくなっていた。できるだけ敵を海から遠ざけるべく飛行していたが、フォルネウスは突き上げられた格好の状態から、恐るべき力で体勢を整えるとその巨大な腕を振り上げた。
「雑魚がぁ、調子に乗るんじゃねえ!」
力任せに機体に腕を叩き付ける。レーヴァテインは大きく揺らぎ、落下を始めてしまった。フォルネウスも空中に投げ出されるように機体から離れた。
「ぐっ……!」
落下する機体の中で、フレイは操縦席からボタンを操作する。レーヴァテインは落下の状況から形態変化を始める。翼を折り畳まれて収納され、代わりに手脚のような造りがせり出してくる。操縦席が頭部の位置まで移動すると共に金属製の枠に囲われる。
戦闘形態へと移行したレーヴァテインは、空中で体勢を整えると轟音を立てて地面に着地した。フォルネウスも土埃を上げて地面に激突する。ぐうっと呻き声を出しながら、フォルネウスは後ろ脚でその巨体を立ち上がらせて屹立した。
「お兄様、おそらく海から数キロメートルは離れたかと思います。あの巨体なら陸上では海の中ほど機敏には動けないでしょう。充分互角の戦いに持ち込めるはずです」
「ああ、勿論さ。ここでフォルネウスを倒さねば我らに勝利はない。必ずや打倒してみせる!」
駆動音を立てながら、巨人と化したレーヴァテインは敵へと突撃していく。
フォルネウスを陸に揚げたとて、簡単には勝利に至らない。それがエリゴスの見解であり、フレイたちは預かり知らぬがブネたち他の深淵部隊の評価も同様であった。そしてその見解通りにフォルネウスは、陸上というハンデを感じさせない力強い動きでレーヴァテインを迎え撃った。
巨大な怪獣と鉄の巨人が熾烈な殴り合いを始める。
互いに重い一撃を入れ合い、フォルネウスはその度に呻き、レーヴァテインはボディが軋む音を立てる。レーヴァテインのボディは熾烈な攻撃の中で既に修繕が必要なほどに傷つき、へこんでいる。陸上でこれならば、海の中ではどれだけ脅威であっただろうか?想像もしたくない。
それでもフレイはこのまま押し切れそうだと、確かな手応えを感じていた。ボディは損傷していても動力系に異常はなく、機能停止にはまだまだ至りそうもない。そして戦闘形態となったレーヴァテインの重い拳は、フォルネウスに着実にダメージを蓄積させていた。
当初フレイはこれを、陸上に揚げたフォルネウスの弱体化の度合いが想定以上に大きかったのだと、そう楽観的に解釈していた。しかしそれは敵の余裕が生み出したものにすぎないことに彼らは気づかされる。
遠くから地鳴りのような音が聞こえる。何かとてつもないものが猛烈な音と勢いで迫り来る気配を感じた。
「――何だ?この音は一体?」
「お兄様、嫌な予感がします。これはもしや……」
二人は驚愕した。遠くから大量の水が怒涛となって押し寄せて来ていたのだ。
「ククク、海から数キロ離れただぁ?それしきで安心するとか、俺を過小評価していないと言っておきながら、お前ら俺のことナメてんだろ?」
事態はフォルネウスによって、海岸線が急速に広げられたことでもたらされたものだった。荒れ狂う海水の流れにレーヴァテインはたちまち飲み込まれてしまった。
「我の力を知れ……!」