第144話 ヴェネストリア解放戦③
ヴェネストリア州の中央部に位置するストラータ領。そこに建つストラータ城には深淵部隊の面々が集合していた。
ストラータの城下町は、パラータ平野を流れる河の畔に位置する美しい街であった。そこに聳える白い石壁の美しきストラータ城。しかしそこには翼を生やし奇怪な仮面をかぶった者たちが出入りしていた。街中では浮かない顔をした人間たちをちらほら見かけたが、城内では人間の姿はとんと見られなかった。
その城の最上階、大きなテーブルと幾つもの椅子が並んだ会議室のような空間に四人の姿があった。一人は尖った耳と金色の長い髪に紫のドレスを着た切れ長の美人、一人は緑色の長い髪をした精悍な男性、一人は筋骨隆々の逞しい男性、最後の一人は髭を蓄えた痩身の老人であった。
四人はテーブルの四方に散らばり、囲うようにして向かい合っている。何やら金髪の女性が話をしているようだ。
「……とまあ、今現在ヴェネストリア州はそのような状況に置かれているということだ」
どうやらヴェネストリア州がラグナレーク王国に攻め込まれている現状を共有しているらしかった。これは急遽開かれた緊急の会合だった。緑髪の男性が豪快に笑い始める。
「ハハハッ!ラグナレーク王国め、先遣部隊に勝ったくらいで思い上がったか?雑魚が俺らに喧嘩売るとはヨ。集団自殺しに来たようなモンじゃねえのか」
「まったくだ。飛んで火に入る夏の虫。いや、お前と戦うなら火でなく水か?どちらにせよ死に往くだけか。あわれなムシけらども……」
女性は不敵な微笑を浮かべながら空中を見上げる。そこには多数の兵士が平野部で駐屯の準備をしている様子が、実に遠巻きから映し出されていた。傍らには翼を生やした、この城内を闊歩している連中とは違った出で立ちの男がいる。ストラータ城へ情報伝達にやって来た偵察部隊の兵士級だった。彼が四人に映像を見せているのだ。
「これもっと近くで撮れねえのか?」
「どうやら難しいようだ。やたら感覚の鋭敏な奴が敵にいるそうだからな。ストラスが易々と近づけないのもソイツが原因だ。既に偵察兵で何人か犠牲も出ている」
「へっ、偵察もできねえ偵察部隊に何の価値があるってんだ」
緑髪の男が、きっと偵察部隊の者がこの場にいることを自覚しながら、よく通る声で言った。
金髪の女性は話を続ける。口ぶりから彼女が司令官のようである。
「連中はアラクトラ山脈を越えた後、ヴェネルーサ南西のパラータ平野で駐屯を開始している。ひとまずそこを拠点にするつもりだろう。ヴェネルーサの港町も近い、まずはお前と戦うつもりなのかもな、フォルネウス」
「へへ、一年ぶりに暴れられる機会が来たってところか。この会議が終わったら、さっさと戻って準備をするとしようか」
フォルネウスと呼ばれた緑髪の男は拳を鳴らしながら言う。
「一応言っておくが、油断はするなよ」
「誰に言っているつもりだ、ブネ?この俺が深淵部隊最強だということを忘れたか?」
「だからこそだ。敵陣にはエリゴスとウァラクもいる。敵はお前が最も手強いと分かっているからこそ、きっと全力をつぎ込んで来るだろう。それで足元を掬われては目も当てられぬからな」
ブネと呼ばれた金髪の女性は、頬杖を突いて、今度は逞しい体格の男性に向き直る。
「アロケル、敵の狙いはおそらくまずフォルネウスだろうが、お前も早い内に戦の準備をしておけ。アンドローナ王国はヴェネルーサの西隣り故、距離的に遠くはないのだからな」
「心配いらないぜ、ブネ!俺たちアロケル隊は常日頃から鍛錬や武器の手入れを抜かりなくやっているからな!」
「お前は相変わらずだな」
「戦うことこそが俺の生き甲斐よ!鍛錬で培った俺の力を見せてやるぜ!」
アロケルと呼ばれた体格の良い男は座ったままの姿勢から、腕を曲げて収縮する筋肉を見せつけた。最後にブネは老人の方を向く。
「さてアミー、お前のリゼロッタ王国は我がストラータ王国よりさらに南、現状奴らの居場所からは最も遠い位置にある」
「ふむ、さてどうしたものかのう」
「ひとまずハルファスを呼んで、ストラータとヴェネルーサ間の国境、ストラータとアンドローナ間の国境、そしてお前の領地であるリゼロッタ王国の三か所にゲートを設置してもらおうと思っている。それなら戦況次第でお前も駆け付けやすいはずだ。お前はお前で戦の準備をしておけ」
「承知したぞい、ブネ」
アミーと呼ばれた痩身の老人が髭を撫でながらほくそ笑んだ。
「それでお前はどーするんだよ?ブネ」
「私はこの部隊の司令官だからな。基本的にこの城に待機して、戦況に応じて動くことにする。我が翼なら、お前たち三国のどこにでも速やかに駆け付けられよう。その為にも私の領地を、このヴェネストリア連邦の中央部に位置するストラータ王国としたのだからな」
「へへ、頼りにしているぜブネ」
フォルネウスが笑う。釣られたようにブネも、そしてアロケルにアミーも笑った。気の置けない間柄であることが伝わって来る印象だった。
◇
偵察部隊を帰らせた後、彼らの会議もお開きとなった。ブネ以外の三人はそれぞれの持ち場に戻るべく、部屋を後にしようとする。
「現在偵察部隊は、ラウムとマルファスが二人がかりで、敵軍の展開情報と地勢図を作成中だ。その内お前たちにも遠隔思念で届くだろう」
「了解だぜ、ブネ」
立ち去り際のフォルネウスが応答する。
「彼我の力の差は歴然、とはいえ戦において情報は肝要だ。それを甘く見ては煮え湯を飲まされかねん。リドルディフィード様に敗北を献上するワケにはいかない。必ずやラグナレークの兵どもを打ち倒せ!我ら深淵部隊の力を奴らに見せつけてやれ……!」
ブネの檄を聞きながら、アミーはいささか思案気な顔をする。
「どうした、アミー?」
「いや、前から気になっていたんじゃがのう。わしらの部隊名である深淵部隊……深淵とはどんな意味なのじゃろうと思ってな」
「確かに俺も気になるな」
アロケルが腕を組みながら同意の視線を向ける。
「ほかの部隊は役割に応じた名前が付いとるじゃろ?近衛部隊や偵察部隊は実に分かりやすい。中には妖艶部隊や幽冥部隊のように、若干分かりづらい部隊もおるがの、それでも役割を理解すれば納得のいく部隊名ではある。しかし我ら深淵部隊に関しては、まったく意味が分からないではないか?」
「確かにそうだな。以前に私もリドルディフィード様に部隊名の由来を問うたことがあったのだが、ちゃんと答えてはくださらなかった。いや、私の理解が及ばなかったというべきか」
ブネはアミーの疑問に答えるべく話を続ける。
「一応私はこう解釈している。我々第6師団は、空を縄張りとする我がブネ隊、海を支配下とするフォルネウス隊、陸戦では敵なしのアロケル隊、魔法を得意とするアミー隊、一個師団であらゆる戦況に対応できるのが強みだ。その強大さ、奥深さを”深淵”と表現されたのではないだろうか」
「なるほどのう、もっともらしい解釈ではある」
「不満か?」
「いや、ただ儂は、主様が我々の部隊名を呼ぶときに時折り口にする、アビスという言葉が気になっているんじゃよ」
考え込むアミーに、フォルネウスが同調する。
「それなら俺も聞いたことあるぜ。どーいう意味かは知らないけどよ」
「ふむ、気になるのう」
「まあ、我々の浅慮浅薄な浅知恵では主様の深謀遠慮なるお考えは理解できないということだ。ともかく、我々に求められているのは部隊名の謎を解き明かすことではない、主様に勝利を捧げることだ。此度の戦、必ずや勝利するぞ!先遣部隊と同じ轍を踏むことだけは有り得ないと肝に銘じておけ」
そうしてブネの檄の元、彼らはそれぞれの持ち場へと帰還していくのだった。




