第141話 ウァラク登場②
ウァラクに敵意がないことを見抜いたフリーレは彼女を第七部隊に所属させることを提案する。案の定ルードゥはそれに待ったを掛けるが……
このウァラクについてだが、フリーレは夕食に際して、彼女を第七部隊の面々に紹介することとした。席に着く部隊員たちの前には微笑みを浮かべたウァラク、そしていつも通りに仏頂面のフリーレといまいち気の進んでいない表情のエリゴスが立っている。
紹介の後、フリーレの口から衝撃的な一言が放たれ、場は騒然とした。ルードゥが左手で額を押さえながら、なんとも受け入れがたそうに声を上げる。
「あー隊長、悪いがもう一回言ってくれ」
「聞こえなかったか?ではもう一度言おう。ウァラクは本日より我々第七部隊の所属とする」
「いや、ふざけんなよ!」
ルードゥは荒々しく声を張り上げた。
「なんで敵兵を仲間に迎えるんだよ?エリゴスならまだ分かるぜ?既に皇帝に見限られてるんだからな。けどそのウァラクってのは別にそういった事情があるわけでもねーだろ?」
「そういった事情がないとダメなのか?」
「要するにそいつは敵側だっつってんだよ!」
「しかし敵意や殺意のようなものはまるで感じないぞ。それに説明した通り、コイツには変身能力という類稀れなる能力がある。勧誘しないでどうする?」
ルードゥは大きく溜息を吐きながら、「裏切るかもしんねえだろうがよ……」とぼやいた。
「お姉様、なんですノ?あの口うるさいボサボサ茶髪は?」
「アイツはルードゥという男でな、態度はデカいが器の小さい男だ」
「まあ!お姉様の部下としてふさわしい方ではありませんね!」
遠巻きで行われる揶揄に苛つき、ルードゥは「うっせーぞ!クソ巻き毛!」と怒鳴る。
「ちょっと!誰がクソ巻き毛ですノ?わたくしにはウァラクっていう名前があるのですよ?」
「知らねえよ、大体お前はいいのかよ?あちらの皇帝さんを裏切ることになるんだぜ?」
ルードゥの言葉はもちろん第七部隊を危険に晒したくないという、自分たちの保身という意図が大部分を占めていたのだが、その一方でウァラクが自分たちに与することで皇帝から制裁されやしないかという、敵であるはずの彼女の身を案じた気持ちも確かに存在していた。
このような気持ちを抱いている時点で、ルードゥにも内心ウァラクがあまり悪い存在には見えていなかったのだが、それを簡単には認めたくないという思いがあったし、自分が疑わなければ誰が疑うのだというよく分からない矜持のようなものもあった。
しかし当のウァラクはルードゥの内心など、どこ吹く風と、
「別に、私は元々あのヘッポコ皇帝に忠誠は誓っていませんし、裏切るも何もないですワ」
と巻き毛をいじりながら、そう言ってのけた。
「忠誠を誓っていない……?」
ルードゥはそんな眷属が存在するのかと、どこか愕然とした声音で言った。
「私は三日ほど前からこのビフレストに変身能力を駆使して乗り込み、敵情視察を行っていましたワ。あ!ご安心ください、まだ一度も報告をしていませんので、皆さんが現在進められている作戦について、あのヘッポコ皇帝はまったく知りませんワ」
ルードゥは本当かよ、と疑いの眼差しを向けるがウァラクは構わず話を続ける。
「それでね!それでね!第七部隊の調査をしていた時に初めてお姉様にお逢いして、わたくしすっかり心を奪われてしまいましたノ!凛とした佇まい、毅然とした物腰、隙の無い立ち振る舞い……わたくしは確信しましたノ、自分が真に仕えるべき御方はこの人だと!」
嬉しそうにはしゃぎながら、フリーレに対する熱い想いを語るウァラク。遠くで分かってるなぁと、うんうん頷いているディルクたち、そして傍らで彼らと同じように頷いているグスタフに、ルードゥはジトッとした視線を送った。
「そういうことだ、どうもコイツは私を慕ってくれているようだ。変身能力もこの先きっと役に立つだろう。他の隊長勢については私が説得する。エリゴスもそれでよいな?」
「……私は、お頭が決めたことに従うまでです」
口ではそう言っても、エリゴスの態度もルードゥ程ではないにせよ、どこか事態を歓迎していない風であった。
「さっきも言ったけどよぉ、ウァラクのそれが演技だったらマジどーすんだよ?」
「そんなに言うなら、これは訓練の一環だと思え」
「訓練だぁ?」
「私が生きてきた荒野はいつ誰が裏切るか、いつ敵に襲われるか、常に気を緩められない環境だった。どうしてもウァラクが受け入れられないなら、味方ではなく敵として受け入れて、常に気を張っていろ。そしてお前の言う通りにコイツが何か良からぬことをした場合は、お前たち自身でなんとかするんだ。そういう訓練だと思えばいい」
ルードゥはフリーレの言葉を冗談だと思いたかったが、これ以上言葉を重ねても時間の無駄と思い、押し黙ってしまった。
◇
夕食が終わり、第七部隊の一同は例によって浴場で汗を流している。
浴槽ではルードゥとグスタフがいつものように肩を並べて湯に浸かり、疲れを癒している。
「なーに考えてんのかねえ、我らが隊長さんはよ」
「でも心配要らないと思うぜ?実際悪い奴には見えないし、フリーレ隊長が直々に問題ないと言っているワケだしな」
「お前は能天気でイイよなー、グスタフ」
そんな掛け合いをしている頃に、浴場の扉が開き全裸のフリーレが入って来る。その背後には同じく裸のエリゴスが居る。ここまでは見慣れていたので、もはやどうということはなかった。
しかしその更に後ろに、服を脱ぎ巻き髪も解いたウァラクの姿があったので、二人はまたしてもいつかと同じような叫びを上げてしまうのだった。
(どうなってんだよこの部隊?日に日に浴場の女比率上がってんぞ!)
フリーレはとくに気に留めることもなく、湯船に浸かる前にまず体を洗おうと、洗い場に腰を掛ける。エリゴスとウァラクは共に彼女の後を付いて来る。
「お頭、お背中を流します」
エリゴスがいつものことのように声を掛け(実際一緒に風呂に入るようになってから、エリゴスはいつもフリーレの背中を流していた)、フリーレの背中に手を伸ばすが、その腕をウァラクが掴んで制止する。
「ちょっとエリゴス!お待ちくださいまし!お姉様のお背中はわたくしが洗いますワ!」
「いや、これはもはや私の仕事だ。お前がする必要はない」
「ずるいずるいずるいですワ!わたくしは今日が初日なんですから、わたくしに譲ってくれてもいいでしょう?」
「お前こそ、第七部隊に入るなら私は先輩になるんだぞ?少しは先輩を立てたらどうだ?」
後ろでやいのやいのと騒がしいのが嫌になったか、フリーレは少しドスの効いた声で、
「どちらでもいい、洗うならさっさとしろ」
と背中越しに言った。
二人はこれ以上反感を買うのも嫌なので、速やかに決着を付けようとする。
その手段は、ジャンケンであった。
互いに右こぶしを構える。そして合図を取った後、勢いよくそれを繰り出した。
「いよっしゃあぁぁぁああ!ですワ!」
「……くっ」
ウァラクはパーを、エリゴスはグーを出していた。
負けを認めたエリゴスは仕方なしにウァラクに背中を流す権利を譲る。ウァラクは喜色満面で石鹸を泡立てると、時に素手で、時にボディブラシで、フリーレの背中を丁寧に洗っていく。
(……)
ルードゥはそんなやり取りを見つめながら、先ほどまでウァラクを必死に警戒していた自分が、少し馬鹿らしくなってくるのを感じた。




