第131話 愛は星明りの如く①
公都ウィントラウムで上演される名もなき演者たちの舞台。そこに哀しい目をした少女が祖母に連れられやって来る。
一週間後――
良く晴れた昼下がり。
ウィントラウムの公立劇場にはそれなりの賑わいがあった。この日の午後に彼らの演劇が初披露される。一週間に渡って一日一回の上演だ。
無名の役者による演劇、有名な小説や戯曲を題材に用いているワケでもなかったので、この客の入りようは比較的上々と言えた。満員御礼には程遠いが充分だと彼らは思った。無名の役者、無名の脚本、それがまた好奇をそそったともとれるかもしれない。
劇場内にはぬいぐるみを抱いた少女が、老婆に連れられて歩いている。
「さあさメリア、こちらがお席ですよ」
「お婆様、私演劇なんて見る気分じゃないわ」
メリアと呼ばれた少女は抑揚の無い声で言った。
「……ウィルドが亡くなったことが悲しいのは分かります。せめて気晴らしになればと思いましてね」
「……」
老婆(おそらくメリアの祖母だろう)は慈愛に満ちた表情をしている。
反して、メリアの顔には深い陰が差していた。
メリアは愛犬を亡くしたばかりだった。人付き合いが苦手な彼女にとって、ウィルドは唯一といっていい信頼のおける友だちだった。彼女の心の闇は深く、どのような光も届かないかのように思われた。
(演劇なんてどれも同じじゃない。歌って踊って雰囲気をごまかして、あたかも世界を輝かしいもののように繕う。薄っぺらくて、バカみたい)
やがて場内が暗くなり始めたことにメリアは気が付いた。次々と消滅していく灯火が劇の始まりを予感させた。
やがて舞台の緞帳が静かに開いた。
◇
うらぶれた街角を一人の男が歩いている。男の名はレイザー。なんともみすぼらしい恰好の男であった。
彼は街の建設現場で働いていた。朝早くから起き、陽が沈むまで働きっぱなし。しかし親方から渡された給料袋はなんとも軽いではないか。親方や同僚たちがいなくなると、彼は分かりやすく肩を落とした。
一日中ロクな食事も取れていなかった彼は酒場を訪れる。腹を満たしたいのと、酒という気晴らしが欲しかったのだ。彼は酒を片手に陽気に歌い始める。
「あ~何ということか!日がな一日働きづめ、ところがどうだい、手に入る金はたったのこれだけサ。飲まにゃあヤれんよ、えんやえんや♪」
くるくる回って踊っていると、スキンヘッドの荒くれ男に突き飛ばされる。
「どきな、邪魔だぜ坊主!酒が不味くならあ」
「イタタ、ひどいじゃないか、突き飛ばすなんて」
「目障りだと思えば、みんな見てみろ、この琥珀色の髪、浅黒い肌、こいつはエリシャの血筋だぞ」
荒くれが呼びかけると、酒場中のガラの悪い客たちが集まって、レイザーを取り囲んだ。
「エリシャは神の嫌われ者♪だからお国を亡くしたのサ♪お前の居場所はここにはないヨ♪さあ、出ていけ、出ていけ」
男も女も踊りながら、彼に迫害の言葉を浴びせる。
彼はそれまでの陽気な表情を、たちまち曇らせて舞台袖へと退散した。
(思い出す……私がいいとこのお嬢様だからって、からかい冷笑してきた奴らのことを。やっぱり世の中はそんなものよね)
◇
暗転の後、再び舞台はうらぶれた街並みとなる。
「ああ、やっていられない。俺はこんなにもひたすら働いてるのに、いつまでたっても貧乏暮らし。街の人たちもちっとも良くしてくれない。神よ、俺たちが何をしたというのですか!」
悲痛な声が場内にこだまする。
「神よ、それでも俺は貴方を信じます。人は何か信じるものがなければ、立ち行かぬのです。嗚呼、この憐れな男にどうか救いの手を……」
悲嘆に暮れて歩いていると、ゴミ捨て場を漁る女性を見つける。粗末な外套こそ羽織っているが、隠せぬ気品があった。
「どうしよう、見つからないワ。あれは大切なお母さまの形見なのに」
その必死な様子に、彼は何故だか捨て置けない気持ちになった。
「随分と懸命に何やら探されているご様子、俺でよければお手伝い致しましょうか?」
「……」
いきなり現れた風体の悪い男に、女性は怪訝な目を向ける。探し物を持っていかれるとも、自身が身ぐるみを剝がれるとも思ったかもしれない。
「結構でございます。構わないでくださいナ」
「それでも結構、勝手に探すとも。貴女はイイトコのお嬢様だろ?金持ちが廃棄した物品を拾い集めて暮らしているような輩を俺は知っている」
「……それは本当なの?」
「彼らが持っているかもしれないし、持っていなくてもありそうな場所を教えてくれるかもしれない。行ってみようじゃないか。アンタの探し物は何だい?」
ここで女性は初めて外套を取り、その端正な顔立ちが露わになった。
石楠花色の髪が揺れる。幾ばくか心を開いた声音で、探し物を告げる。
「ブローチ。母の形見の、瑠璃のブローチでございます」
二人は連れ立って、壇上を廻るように掛け始めた。
背後では建物や、屋台などが次々と出ては入ってを繰り返し、街並みが絶えず変化をしてゆく様子を演出していた。その建物や屋台が人が動かすわけでもなく、独りでに動いていたので観客たちは驚いてしまった。
これはマルローが拵えた自走式の舞台装置であった。
「探せ♪探せ♪瑠璃のブローチ♪」
「探せ♪探せ♪お母様の形見♪」
二人は軽やかに歌って踊りながら、目まぐるしく舞台のあちこちを動いて、探し物を続ける。
人も物も騒がしく動き、軽快な伴奏がそれを助長する。観客はいつの間にか楽しい雰囲気に飲まれていた。
やがてゴミ捨て場でレイザーは青く輝くアクセサリーを見つけ出し、それを高く掲げる。
「見つけたぞ!これが君の探し物だな!」
「嗚呼、本当に良かった!なんて運がいいの」
「運じゃないさ、諦めないでいたからこうして見つけられたんだよ。とにかく、君の力になれてよかった」
レイザーは女性にブローチを手渡す。目と目が合う。二人の間に確かな友愛の情が見て取れる。
「俺はレイザー、レイザー・ラングベルグだ。よければ君の名前を聞かせてくれないか」
「……私はマリアベル。マリアベル・フィオーレです」
そうして二人は軽快な足取りで舞台袖へと出て行った。
舞台には再び暗幕が降りた。
(久々に見る演劇もなかなか楽しいわね。でもあんな風に上手く行くのはお話の中だけよ。所詮現実なんて……)




