第124話 カレーを求めて三千里⑧
一方ラヴィア・クローヴィアは、ウパニシャッドの市場で食糧調達をしていた。盗賊団での活躍から、彼女は男たちから姉御と呼ばれるに至っていた。
――ところ変わって、ウパニシャッドの活気溢れる市場にラヴィア・クローヴィアの姿があった。動きやすそうな旅装束に身を包んでいる。
盗賊団のアジトに備蓄していた食糧が少なくなってきたので、彼女は男三人を伴って食糧調達に来ていた。一昨日晩に盗みを働いた街に再び戻って来るのも妙な気持ちではあったが、姿を見られているわけでもないので特に警戒も心配もしていなかった。
(量が欲しいのは日持ちのする固パンに缶詰、チーズ、干し肉、蒸留酒、漬物などなど。せっかくのヴェーダなんですから香辛料も揃えたい。長旅で食材が限られる時はこういうのがモノを言いますからね。野菜や果物等の生鮮食品も久しぶりに調達しましょう。日持ちはしませんが早い内に消費すればよいだけです)
そうしてラヴィアは大量の食糧を購入して、それを収めた袋を同行の男たちに持ってもらった。三人共両腕に大袋を抱えている。一方、ラヴィアは手持無沙汰であった。自分も持つつもりであったので袋を余分に用意していたのだが、男たちは自発的にラヴィアに荷物を持たせないよう努めていた。
「さあて戻りましょうか、ラヴィアの姉御!」
「いいんですか?私は何も持たなくても」
「構いやしませんぜ、姉御!」
「荷物持ちなんてつまらないこと、アッシらにやらせてくだせえ、姉御!」
(……)
ラヴィアはすっかり盗賊団の男たちから担ぎ上げられていた。
頭領アリクが直々に勧誘したという経緯こそあれど、最初は確実に舐められていた。このちびっちゃい小娘に一体何ができるのかと、みな多かれ少なかれそのように思っていた。
しかし皮肉なことに、ラヴィアがアースガルズで死に物狂いで鍛え上げた戦闘センスは、盗賊としての暮らしにおいていかんなく発揮された。
スリをするにも、家屋に忍び込むのにも、武術の師匠である波海蘭から教わった”隙”を見つける技術がとにかく役に立った。相手が素人なら肉弾戦になっても問題なかったし、突入しながら冷静に状況の分析ができた。なによりミアネイラとの戦いを経て元々図太かった彼女の精神はさらに増長を遂げたのか、ちょっとそっとでは動揺しない強靭な精神力を獲得していた。
もう一つ、料理の師匠である柳美麗から教わった調理技術も大いに貢献した。盗賊団の男たちは料理に心得などなく、限られた食材で美味い料理を作るラヴィアに皆惹かれていった。
また慕われた理由として、ラヴィアは別に悪人を毛嫌いしていない、というのも大きいだろう。
彼女はフリーレというならず者やスラという暗殺者と共に旅をしてきたし、元人攫いの大罪人であるハレーとも今や友人関係である。ラヴィアが身綺麗であることにこだわる精神的潔癖症ではないことは明らかであり、盗賊である自分たちにも普通に接してくれるラヴィアに男たちは好感を抱いていった。
そうしていつの間にやら、ラヴィアは盗賊団の男たちから、姉御という尊称で呼ばれるまでに至ってしまったのだ。
(姉御、姉御ねえ……悪い気はしませんが、なんだかむず痒い)
しかしこれは盗賊団としての姉御である。
彼女は別に盗賊を毛嫌いしているワケではない。ただ普通に犯罪者だとは思っているし、彼女も盗賊になりたくてなったワケではない、成り行き上仕方なくというのが大きかった。
とりわけラヴィアが気にしていたのは、正義の神であるマグナが今の自分を知ったらどのように思うのかというところである。盗賊団に囚われの身とかであれば何の問題も無い。しかし彼女は盗賊団の一員として盗みに加担してしまっているし、それどころかこの盗賊団に愛着めいたものさえ感じるまでになっていた。頭領を含めて憎めない、嫌いになれない人ばかりであった。
ふと、街の人々の会話が耳に届いて来る。
「聞いたか?富豪ペトラのお屋敷に盗賊が入ったって話!」
「ああ、もちろん聞いているさ。門番を昏倒させられていて、鍵のしまった裏口もこじ開けられていたらしい。姿を見た衛兵もいなかったらしいし、突入から退却までエラい手際よくやったんだろうよ」
「いやいや金なんて持つモンじゃないな。そんなのに狙われたら、財産がいくらあっても足りやしないヨ」
(今の私をマグナさんが知ったら、どう思うんだろう……)
盗賊団の人たちは嫌いではないが、早い内に縁を切りたいとも思っていた。
……しかしラヴィアの思いは想定よりも早く、そして不意に叶うことになる。
上空を巨大な何かが猛スピードで通り過ぎていった。それはラヴィアを含むイフリート盗賊団にとって非常に見慣れた姿だった。
彼らがアジトを備えている場所、巨大な翼を生やして鎧のような鱗に覆われた巨大魚――神獣バハムートであった。
「バハムート!?」
ラヴィアは驚きで声を上げた。
バハムートは飛び去っていった。それもアリクたちが居るはずの森の方角だった。バハムートはウパニシャッドから少し離れた海上に待機させているはずであった。それに本来命じていない勝手な行動は取らない。
そのバハムートが、アリクたちの居る場所に向かって飛んでいく理由とは?
ラヴィアは嫌な予感がした。
「ありゃ、バハムートだな」
「でも海の上に待機させているはずだろ?なんでまた」
「それに飛んでった方角、お頭たちが居る場所じゃねーか?」
「……!!」
ラヴィアはバハムートを追って駆け出した。すっかり機敏な動きが板についていた。盗賊団の男たちが慌てた声を上げる。
「姉御!追うんですか?」
「嫌な予感がします!もしかしたらアリクさんたちの身に何かが……」
「こ、この荷物はどうするんでさぁ?」
「そんなもの投げ捨てていいです!急ぎますよ!」
ラヴィアの喝に、男たちも只事ではない事態が起きているらしいことを理解した。彼らは抱えていた荷物を放り出すと、一目散に駆け出してラヴィアの後に続いた。




