第120話 カレーを求めて三千里④
盗賊イロセスは夢を見ていた。すべてを失った忌まわしき日の記憶を。
皇帝リドルディフィードも夢を見ていた。美しい花園で麗しい少女と遊んでいた記憶を。
身なりの良い人々が鬼のような形相で、私の父を、母を、そしてその背に隠れる私を睨みつけている。彼らの手には武器が握られている。
「国王リドルディフィードが隣国ザイーブに戦争をしかけたのだ!」
「戦争に反対した我らの父、アノラス伯爵は殺された!領地も接収された!」
まただ、あの頃の夢か……
「お前たちノクトロス公爵家は王家と親しい間柄だ、お前たちも同罪だ!」
「死すべし!マッカドニア王国を迷走させる悪鬼め!」
忘れもしない、五年前の記憶……
「逃げろ!逃げるんだ!イロセシア、お前だけでも……!」
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そこは街から少し離れた森の中だった。十数人の男たちが焚き火を囲む中で、高価そうな宝石やアクセサリーを手に歓喜に沸いていた。酒や肉を片手に、陽気に笑っている姿も目立つ。
その片隅で、イロセス・ノッキアは浅い眠りから眼を覚ました。傍らにはイフリート盗賊団の頭、アリク・ハルジャの姿もある。
「大丈夫かイロセス?うなされていたようだが」
やっぱりか。あの日の夢を見る時は決まってうなされている。
「……大丈夫、なんでもないぜお頭」
「だといいけどよ。それよりほら、お前も騒ごうぜ。久しぶりにでかい仕事を達成したんだからな」
アリクは酒を片手に笑っていた。そして別の容器に酒を注ぐとイロセスにも勧めた。
「ありがと、お頭」
「しかしウパニシャッド随一の富豪、ペトラの屋敷は凄かったな。色んなお宝にありつけたぜ」
「これでしばらくは金には困らねえな」
イロセスも酒に口を付けると微笑んだ。夢で見たあの日の記憶を遠ざけるかのように。
「あの屋敷も凄かったが、こうしてお宝にありつけたのもお前たちが頑張ってくれたからさ。あとラヴィアもだな」
「ああ、なんだかんだ凄えよな、アイツ。あのちびっちゃいナリでも普通に戦えるし、いつの間にか鍵開けの技術も誰より上手くなっちまったし」
「機転も利くし、現場の把握能力にも優れている。突入しながら、しっかり建物内の構造を見極めているんだ。盗みを終えて脱出する時もラヴィアの先導がなければ、ここまでスムーズにはいかなかっただろうぜ」
アリクは、やはりラヴィアの才能を見抜き勧誘した自分の目は狂っていなかったと、そう悦に浸り笑った。
「そういや、そのラヴィアはどうしたんだよ?」
「こうして騒ぎ始めたはいいんだが、備蓄の食糧が少なくなっていたのを思い出したんでな。街まで調達に行ってもらっている」
「一人でか?」
「いや、荷物持ちで野郎どもを何人か行かせている」
「まあ、そりゃそうか」
「今日はもう遅いし、出発は明日にしよう。その頃にはラヴィアたちも戻っているはずだ」
イロセスはお頭の言葉を聞きながら酒を飲み、そして空を見上げた。とうに陽は沈み、輝く星空が広がっている。あの日も空はこんなだったな、とイロセスは思った。両親が血を流して死んだ惨劇の夜、空はそれとは不釣り合いなほどに綺麗だったことを覚えている。
(リドルディフィード……どうして)
◇
そこは誰も知らない秘密の花園。
幼い俺と、あの娘の秘密の場所だ。
ここには大人同士のしがらみも何もない。うるさい教育係も、子供にまでこびへつらう商人もいない。
色とりどりの花が咲き、蝶が軽やかに舞う。穏やかな日和の下で、優しいそよ風が吹いている。
そんな場所で、俺たちは気の済むまで遊んでいた。ほとぼりが冷めたら家に帰る。名残惜しいが、大人たちに探し回され、この場所を知られることの方が嫌だった。ここは俺たち二人だけの秘密の場所なのだから。
たしか、あの日はあの娘に花冠を作ってやった。あの娘の青白い髪の上にそれを載せて、そしてこう言ったのだ。
「……いつか僕たち、結婚しような、イロセシア」
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「リド様起きて!」
「んがっ?」
皇帝リドルディフィードは粗末な宿の一室で目を覚ました。
簡素なベッドが五つ並んでいる、多人数で泊まれることだけがウリの安っぽい部屋だった。飾り気のないカーテンの隙間から朝の柔らかな陽光が差し込んでいる。
皇帝が眠っていたベッドの傍らでは、グレモリーが辛抱をきらしたような顔をしていた。
「フォカロルがイフリート盗賊団の居場所を見つけたって!見に行きたいんでしょ?モタモタしてたら、どっか行っちゃうかもしれないよ!」
「フハハハハハ!そうであったか。では、早速向かうとしようか」
皇帝は笑いながら勢いよくベッドから飛び起きた。
フォカロルには気流を操る能力があり、その応用で自身の肉体を飛行させることができる。彼女は昨夜、目立たない夜の内に周囲を調査して、見事盗賊団の居所を捕捉していたのだった。
しかし朝っぱらから空を飛ぶのは目立つ。その為、皇帝一行は徒歩で目的の場所まで向かうこととした。
「はあ……わざわざ歩いていくのもめんどくさいわね」
「まあ森の中とはいえ、そこまで離れていないみたいだし」
不満げなフォカロルを、グレモリーがフォローした。
「そもそもアンタは何で盗賊団なんか、見に行きたいのよ?」
「いや、だってイフリートだぞ?普通逢いたくならんか?」
輝く目をしたリドルディフィードに、フォカロルは理解の及ばない表情を浮かべた。
「それに盗賊被害に遭って困っている街の人の代わりに、事件解決に赴く……まさしくRPGではないか!」
「リド様、度々聞くけどRPGってなんなの?」
「ロール・プレイング・ゲームの略称だな。プレイヤーが勇者やその他選ばれし者となって、魔王や邪神といった悪と戦うのだ」
「ん?んー?」
何一つ知っている単語が登場しない。グレモリーは理解を諦めた。しかしこれもいつものことであった。
リドルディフィードは従者四人を伴って歩きながら、ふと空を見上げた。いや見ているのは空ではない。昨晩見た夢の光景を想起していた。
(しかし久しぶりにあの日の夢を見たな。魔軍を作ってからはあまり見ることのなかった夢……アレはおそらくリドルディフィードが”俺”に代わる前の記憶……)
夢の世界の美しい花園。そこで共に遊んでいたのはとても可愛らしい少女だった。彼女が生きているのなら、いつか再び巡り合いたいものだと彼は思った。




