第119話 カレーを求めて三千里③
カレー粉を作るべく、皇帝リドルディフィードはヴェーダ州の州都ウパニシャッドにやって来る。そこで彼は盗賊団の噂を耳にするが……
ヴェーダ州はアレクサンドロス大帝国の最東端にして、三年前まではヴェーダ王国という独立した国家であった。その州都ウパニシャッドはかつての首都であり、今でも最大の人口を擁する街である。熱帯の気候故に数多の香辛料を産し、海の近いこの都市から世界各国に輸出している。
皇帝リドルディフィードは従者四人を従えてこの都市にやって来ていた。高貴そうな旅装束に身を包んでいる。
皇帝自らが市井を練り歩く……普通では考えられないことだが当の本人は意に介していない。そして大帝国による支配は三年前に始まったばかりであり、ヴェーダの人々の間で皇帝の顔はそこまで認知されていなかったのだ。
「ねえ、リド様?」
「どうしたグレモリー」
「一体なんなの……この歩き方」
見れば、皇帝とお供の四人は不思議な陣形を組んで歩いていた。
皇帝の前にはウェパル、左隣にフォカロル、右隣にグレモリー、背後にシトリーといった具合だ。ちょうど皇帝を中心として十字を描いた並びになっている。
「これはインペリアルクロスという由緒正しき陣形でな」
「インペ……って何?フォカロル」
「私に聞いて分かるとでも思ってんの?」
フォカロルは冷たくあしらうが、グレモリーも彼女に聞けば分かると思っているわけではない。皇帝に聞き返したところで更に理解から遠ざかるだけなので、いつの間にか染みついたその場凌ぎのリアクションにすぎない。
「ウェパル、お前がいる位置が最も敵の攻撃を受けやすく危険な立ち位置だ。心して戦え」
「ん、分かった。頑張る」
意気込んだ風の言葉を述べるが、別段やる気に満ち溢れているわけでもない。ウェパルもこれがいつもの皇帝の悪ふざけであることを理解しているからだ。
「そしてシトリー。お前のいる位置が最も安全な立ち位置だ。安心して戦え」
「あ、ありがとうございます!で、でも、私……リド様の為ならこの身を盾にしてでも、リド様をお守りしますよ……?」
「フハハハハ!嬉しいことを言ってくれる。だが気持ちだけにしておけ」
シトリーは三人の中で唯一、彼の発言を真摯に受け止める。だからか、彼女とのやり取りではリドルディフィードの方が気を使った。
「で、いつまで続けるのよ。このアホみたいな歩き方は」
ジロッと睨むフォカロル。
「フハハハハ!よく考えたらフィールド移動中にやることでもなかったな!各自自由にしてよし!」
「……」
「……」
グレモリーとフォカロルは呆れ顔で、緩やかに陣形を解くように歩調を変じた。
◇
「そもそも皇帝陛下が街をぶらつくなんて、どういう了見なのよ……まったく」
「まあまあ。みんなリド様の顔までは知らないみたいだし、大丈夫そうだよ?」
不満げなフォカロルをグレモリーが宥めている。
「そうか?皇帝が街中を歩き回るなぞ、普通のことだと思うがな」
「どこの世界の普通よ、それは」
「歩き回るどころではないぞ。困っている人の依頼を受けたり、怪物と戦ったり……」
「なんで皇帝が、街の便利屋や兵士がやるような仕事をするのよ」
そんな軽口を叩いている内に、彼らはウパニシャッドの市場に到着した。布や果物など、様々な商品が簡素な屋台に並べて売られている。皇帝は香辛料を売っている場所を探すべく視線を泳がせる。彼はカレー粉を作る為、この都市にやって来ているのだ。
「むう、どの辺りかな。香辛料を売る店があるのは」
「そもそも何でアンタがわざわざ買いに来たのよ?誰かしらに命じて運んで来させればいいだけじゃない」
「いや必要だ!カレー粉は実に様々なスパイスを使うからな。どんなスパイスをどのような配合で混ぜ合わせるか、それが当然俺好みのものでなければならんのだからな!」
「どんなスパイスが必要なの?リド様」
「そうだな……絶対に必要なのはターメリック、コリアンダー、クミン、唐辛子、胡椒あたりか。あとは好みになってくるが、たいがい入っているものとしてカルダモン、フェネグリーク、クローブ、シナモン、ナツメグなどなど……」
「……随分色々と使うのね」
皇帝一行は街の人に尋ねて香辛料が売られているエリアに到着すると、さっそく気になった香辛料を手あたり次第に買い込んでいった。乾燥香辛料で満たされた荷物で手が塞がってくる。
「ちょっと!いくらなんでもこんなに持ちきれないわよ!」
「心配するなフォカロル。俺が何も考えていないと思うか?お前の”気流を操る能力”で浮かせて運べば問題ないだろう」
「こんな街中でやったら目立つに決まってんでしょーが!」
フォカロルは声を荒らげた。
「むう、確かにそれもそうだな……ではグレモリー」
「あー、はいはい、ちょっと待っててね」
グレモリーはそう言うと目を閉じた。彼女の体が神秘的な光に包まれる。なんと彼女の肉体が二つに分裂した。
グレモリーには”分身能力”がある。本体と分身体には外見上の違いはないが、神力の差が歴然なので皇帝も他の妖艶部隊の仲間たちも、どれが本体かの判断に迷うことはない。また分身体は意志薄弱であり、命じられたことだけを忠実にこなし、無駄なことや勝手な行動は取らない。
彼女は更に分裂を続け、三体の分身体を作り出すに至った。分身体に荷物を持たせて、ようやく手持無沙汰になることができた。
「同じ外見の人が本体含めて四人並んでいるし、これはこれで目立つわね……」
「インドだし問題なかろう。四つ子ぐらい珍しくもなんともないはずだ」
だからインドとはなんなのかとフォカロルは思ったが、どうせ聞いても無駄なので押し黙った。
買い物を終えた一行は商店街から離れた開けた場所を探し始める。購入したスパイスを調合して自分好みの配合を見つけたい、そう皇帝が言って聞かないからだ。そもそもこれをしたいが為にわざわざヴェーダ州まで足を運んだのであるし、製粉用の小道具まで持参してきたのだ。
「宿とか取って部屋でやりませんかー?」
「それもそうだな。屋外だと風で粉が飛ぶか」
グレモリーの言葉を聞いて宿を探そうとしていた時のことだった。周囲の人々が何やら慌てた様子で話をしている。
「おい聞いたか!ペトラさんとこのお屋敷に盗賊が入ったんだってよ!」
「胡椒の商売でたいそう潤っていたみたいだからな……ついにそういう被害に遭う時が来ちまったか」
「盗賊?胡椒だと?」
何故か反応を見せる皇帝。そして皇帝は街の人に駆け寄って話し掛けだしたので、従者四人は呆気に取られてしまった。発言していた男の両肩に手を置く。
「おい!今の話を詳しく聞かせてくれ!」
「うわ、なんだアンタ!」
「胡椒を売る商売人が盗賊被害に遭ったのだな?娘か?娘が誘拐されたのだな?犯人はアレか、覆面マントで斧を持った半裸の大男か?」
「何を言っているんだ、アンタ?金品をあらかた持っていかれちまったみたいだが、誘拐なんて起きちゃゃいねえよ。それに犯人の姿は知らねえが、何でもイフリート盗賊団とやらの犯行らしい」
「イフリート!ドラクエかと思いきや、FFだったか!」
「……?なんでもそのイフリート盗賊団ってのは、西のツァルトゥールの方じゃ有名な盗賊団みたいでな、ついにこのヴェーダにまで進出してきたのかと、みんなで話していたところだったんだよ」
「そうかそうか!話を聞かせてくれて感謝する!」
皇帝は戻って来ると、さっそくフォカロルに叱責を受けた。
「ちょっとアンタ!なに皇帝陛下が市民に気さくに話しかけてんのよ!馬鹿じゃないの?」
「そう目くじらを立てるな。街の者に話を聞くのは、皇帝として普通のことだ」
「アンタの中の普通はどうなってんのよ……」
「それにイフリート盗賊団か。イフリート……その名を聞くとどうしても見ずにはいられなくなってしまうな」
「リド様、まさか」
グレモリーの心配は的中する。皇帝は楽しそうに笑みを浮かべると、従者四人に命じた。
「そのイフリート盗賊団とやらに逢いに行くぞ!どんな奴らか見てみたいし、なにより困っている人を助けてやるのが冒険者の務めだからな!」
貴方は皇帝陛下でしょう、グレモリーとフォカロルはそう言いかけたが、言っても無駄と思い言葉を飲み込んだ。




