第118話 カレーを求めて三千里②
カレー粉を作るべく、皇帝リドルディフィードはハーレムを伴って出立する。一方、城では近衛部隊・参謀部隊の面々が皇帝の気ままな行動を嘆いていた。
「馬鹿な!ブリスタル王国はイギリスをモチーフとした国のはずだろう!ならば、何故カレー粉がないのだ!」
皇帝は膝から崩れ落ちた姿勢のまま大袈裟に絶叫していた。いやあるいは、本気で衝撃を受けているのかもしれない。
「リド様、カレー粉ってそもそも何?」
駆け寄りついでに尋ねるグレモリー。
「……俺はこの世界にはかなり満足している。強力な軍団を創って侵略戦争をしたり、お前たちのような見目麗しい美人を作って囲ったり……だがそれでも一つだけ、どうしても我慢ならない不満があった」
「不満?」
「それはカレーが無いことだ!元来は外国の料理だが、今や日本人の国民食!いくらこの世界が魅力的でも、カレーの無い暮らしは俺には耐え難いものだったのだ!」
「よく分からないけど、ともかくカレー粉っていうのは、カレーという料理を作るための材料……っていう理解でよいのよね?」
グレモリーの問いに皇帝は気持ちを荒ぶらせていて答えられそうにない。助けを求めるようにストラスに目配せすると、「何でもカレー粉とは、多数の乾燥香辛料から作られるミックススパイスなのだそうです」と解説してくれた。
「何故だ?何故カレー粉が無い?史実ではカレー粉はイギリスで発明された。現在でもチキンティッカマサラが国民食になっているレベルだし、ガラル地方を冒険していた時はさんざんカレーを作らされたのだぞ!」
「チキンティッカマサラ……?ガラル地方……?って何?フォカロル」
「……私に聞いて分かるとでも思ってんの?」
いつの間にか近くに来ていたフォカロルに尋ねてみるが、冷たく一蹴された。
一同は動揺している皇帝をただ見守っていたが、やがて皇帝は何やら得心がいったような顔をすると、跳び上がるように立ち上がり叫んだ。
「……そうか!イギリスでカレー粉が発明されたのは、当時香辛料大国であったインドが植民地であったからだ。植民地のスパイス料理を本国で提供しやすくする為の工夫であった。ではこの世界のインドモチーフの国であろうヴェーダ王国は……フハハハハハ!よくよく考えれば我がアレクサンドロス大帝国の領下に入っているではないか!これではブリスタルでカレー粉が発明されないのも必然ということか!」
そしてマントをはためかせながら、出入口の方へと足を向かわせる。背後のグレモリーたちに声をかけながら。
「グレモリー!フォカロル!ウェパル!シトリー!さっそく出立するぞ!」
「え?出立ってどこに?」
戸惑い気に問うグレモリー。
「無論ヴェーダ州だ!ブリスタルにカレー粉が無いのであれば、この俺が直々にカレー粉を作ってみせよう!」
◇
カウバル城の敷地内には広大な庭園が存在する。色とりどりの草花が植えられ、薬草園としても機能している。ザイーブ州は砂漠地帯だが帝都カウバルはオアシスの位置にある為、水はそれなりに豊かであった。
庭園の中央に位置する大噴水の近くに二つの姿がある。一つは人間大の蜂か蟻のような昆虫で二足歩行で立っている。もう一つは赤黒い肌に逆立った黒い髪、黒い翼を生やした男で、実にだるそうに庭園の地面に寝転がっている。
魔軍第1師団”近衛部隊”の将軍級、バエルとパイモンである。
【……トイウヨウナコトガアッタラシク、主様ハ現在城ヲ離レテオラレマス】
バエルには人間のような発声器官が無いのか、頭に直接思念を響かせて伝える。内容としては、皇帝不在の状況をパイモンに伝達していた。声音は不気味だが、話し方は実に丁寧であった。
「ハッ!いいねえ皇帝陛下は自由にお出かけできて。俺たち近衛部隊は勝手に城から離れられないっていうのによぉ」
パイモンは寝転がったまま不満を口にする。こちらは粗野な口調だ。
「なー、バエル。俺たち近衛部隊の役割って何だっけ?」
【我ラ第1師団”近衛部隊”ノ役目ハ皇帝陛下、及ビ皇帝陛下ノ居城デアルコノ城ヲ守護スルコトデス】
「そうだよなぁ!そうだよなぁ!なら何故、その護衛対象の主様が勝手にふらふら動きやがる?せめて近衛部隊の誰か一人でも随伴させるべきだろーよ」
【ワタクシモソノヨウニ進言シタノデスガ、必要ナイト突ッパネラレテシマイマシタ……マア妖艶部隊ノ将軍級ガ全員付キ添ッテイルラシイノデ、余程ノコトデモナケレバ問題ハナイデショウガ】
「アイツら戦うのが仕事じゃねーだろ!」
困った様子で立ち尽くすバエルに、不満げに寝転がるパイモン。これでも彼らは他の将軍級とは別格の存在。比較にならないほどの強さである。
「ああー!主様は何でいつもこうなんだよ!暇だ、暇だ、暇だ!」
「……騒々しいぞ、パイモン」
見れば長い金髪に二本の湾曲した大角を生やした美男子が一人。服装は黒を基調としたお洒落な出で立ちであった。
「なんだ、ベリアルかよ」
「我々近衛部隊の役割は、皇帝陛下の御身とその居城に何も問題を発生させないことだ。問題があること自体が異常事態なのだ。暇を持て余すのは宿命とも言える」
ベリアルは実に落ち着いた、理知的な声音で話す男であった。
「いや、でもよぉ、この退屈さはいくらなんでも耐え難いぜ?そもそも護衛対象自体がどっかに行っちまってるしよぉ」
「そんなに暇なら、何か趣味でも見つけたらどうだ。私は図書館の本を読んだり街を散策したりしているが」
「俺、そんな高尚な趣味ないんだわ」
「ならアスモダイみたいに修行でもしたらどうだ?アイツはいつも修練場に居て、滅多に姿を見せないからな」
「俺、そういう地道なのも嫌いなんだよねぇ。ああー、暴れてえ!暴れてえ!暴れてえ!」
「……つくづくお前は近衛部隊には向いていない性格をしているな。能力は申し分ないが」
嘆息するベリアルに、カツカツと靴音が近づいて来る。
「まったく、相変わらず暇そうで羨ましいなお前たちは。我ら第18師団”参謀部隊”は、常時てんてこまいだというのに」
眼鏡を直しながら不平を口にする浅葱色の髪の男。服装は執政官のようにきっちりしている。
「ダンタリオンか。主様に用があって来たのか?」
「その通りだよ、ベリアル。まあ無駄足のようだったがね。しかし遠隔思念では主様は無視することが多いからな、待つしかあるまい」
「お前も大変だな、ダンタリオン」
「まったくだよ。どうやら我らが主様は女と遊び惚けることとグルメ、そして侵略戦争にしか興味がないらしい。侵略した後の国の統治は、我ら参謀部隊に丸投げだ。まったく、我々は内政機関ではないのだぞ……」
ダンタリオンという男はやつれた貌で、目だけがやけにギラギラと光っていた。バエルが心配そうに声を掛ける。
【デハ主様ニモット内政ニモ関心ヲ持ッテ頂ケルヨウ、進言シテミテハイカガデショウカ?】
「ふん、馬鹿を言えバエル。アレに内政なぞ務まると思うか?一日で反乱が起きるぞ」
「主様相手でも容赦のない物言いだな、ダンタリオン」
パイモンといい、ダンタリオンといい、彼らは不平不満を口にしてはいるが、実際には皇帝リドルディフィードにちゃんと忠誠を誓っている。忠誠を誓いながらもかなり自由に発言をするのは、そもそもリドルディフィードがロボットのようなイエスマンばかりに囲まれるのを嫌ったからだろう。
そして彼は自分の配下たちをとても信頼していた。内政を丸投げしているのは確かに興味が無いからというのもあったが、ダンタリオンの手腕を信頼しているというのもあった。
「それでダンタリオン、お前は何用で来たのだ?」
「主様に内政の方針について意識を共有しておきたかったのと、今後の侵略戦争はラグナレーク王国との決着がつき次第しばらく控えろというつもりだ」
「内治がまとまり切らぬうちに対外的に敵を作り過ぎれば簡単に四面楚歌状態になる……お前が以前に言っていたことだな」
「その通りだ。まだザイーブ、ツァルトゥール、ヴェーダといった東の支配も確立し切っていないというのに、西の方にも勝手に手を出しおって。ヴェネストリア連邦を落としたと思ったら、今度はラグナレークか!ええい、次から次へと!」
ダンタリオンは声を荒らげながら、頭を両手でボリボリと掻いた。
「今神聖ミハイル帝国や桃華帝国といった大国に攻め入られ、同時に支配地で一斉に反乱でも起きたらどうするつもりなのだ!戦はただ勝てばいいというものではない、その後どうするかがより肝要だというのに!」
「そういえばお前は言っていたな、神聖ミハイル帝国と桃華帝国にはうかつに手を出すなと。そんなに強大な国なのか?」
「いや、国の軍隊自体はどうとでもなる。問題なのはそこにいる神だ」
「そんなに危険な神なのか?」
あくまでベリアルは興味本位で問うただけである。しかしダンタリオンは決して冗談味を感じさせない、鬼気迫る声音でこう言った。
「……ああそうだ、どちらの国にもかなり危険な神が居座っている。桃華帝国の方はまだなんとかなるだろう。少なくともお前たち近衛部隊が動けるのなら、敵ではないはずだ。問題は神聖ミハイル帝国の方だ。調べたところ余りにも危険極まりない存在……!正直お前たち総出でも勝てるかどうか分からん。リドルディフィード様がこのユクイラト大陸を統一しようとするのであれば、間違いなく最大の壁となるだろう」
神聖ミハイル帝国にいるという危険極まりない神……
一同はその情報を聞いて、ごくりと喉を鳴らした。




