第114話 ドラマのある物語
レイザーの物語を演劇にするにあたって監修を申し出るリピアー。そして彼女は自身の文才を証明するべく、自作の恋愛小説を公開する。
まあレイザーの言い分ももっともであろう。監修する側に才覚がなければ、述べる意見にも従わせるだけの説得力は出まい。
リピアーは考える。己の文才を証明できそうなものが彼女の持ち物にあった。しかしできれば他人に見せたいものではなかった。ひとまず言葉で納得させようと試みる。
「私の趣味は本を読むことよ。年間百冊以上は読んでいる。文章力や構成力はそれなりにあると自負しているわ」
「ふん!信用できんな。口先だけでは何とでも言えるだろう」
やはり言葉で言い包めるのは難しいかと思い、リピアーはついに観念する。そしてジャケットの内ポケットから一冊の小冊子を取り出した。とくに表紙には絵も文字もない。
「なんだそれは?」
「……これは私の自作の小説よ。あまり他人に見せたいものではなかったけれども、この際仕方ないわ。これを見て私が監修に値する人間かどうかを判断して頂戴」
レイザーは奪い取るように小冊子を手元に寄せると中を読み始める。
「ふん、いいだろう。この俺が直々に批評をしてやる。ほう……恋愛小説のようだな」
それを聞いて一同はリピアーに興味深げな視線を送った。リピアーは恋愛小説なんてものを書くのか……それがみな一様に思ったことだった。リピアーは目を閉じて、このちょっとした羞恥に耐えた。これだから出したくなかったのだ。
当然小説はすぐに読み切れるものでもなく、一行はレイザーが読み終わるまでしばしの間待つこととした。
――序盤
「主人公の女性は貴族令嬢。対して出会った男は下民の出身か。ふん、読めたぞ。周りに反対されながらも二人は惹かれ合うのだろう。陳腐な設定だ」
――中盤
「親が勝手に決めた結婚に令嬢は納得できず、すべてを察した男は彼女は攫って駆け落ちか。よくある話だ。しかしこれまで散々身分やら家庭事情やらに振り回されてきたからな。ただの平民に成り下がったとしても、二人は今度こそ幸せに過ごすに違いない!」
――終盤
「ぬあああああああ!結婚が破断したことにより、実家の爵位は降格!怒り狂った両親が突如現れ、男の目の前で娘を八つ裂きに!せめてあの世では幸せになろう、そう呟きながら男は令嬢の亡骸を抱えて入水……最後までセピア色だああああああ!」
読書中の人の姿というものは、本来見世物になるようなものではないだろう。しかし読書中のレイザーの喜怒哀楽はかなり激しく、その様は見ていて実におかしかった。それだけでなく、リピアーの書いた小説に対する興味というものを一層増長させた。
「く!なんということだ、悲劇に終わってしまったぞ!お前は鬼か?どうしてこんなひどい結末にする?救いがないのは現実だけで充分だろう!」
「貴方が喜劇の方が好きなのは分かったけれども、とにかく心は動かされたでしょう?いつの間にか主人公二人の幸せを心のどこかで願っていたはず。”没入感”とでも言えばいいのかしらね。物語において大事なのは何よりソレよ。そしてソレを生むには、ドラマがなくてはならない」
「ドラマだと……?」
「ええ。ドラマとは、換言すれば変動に振り回されることだと思うわ。それでも諦めずに、願いを遂げる為に前に進んでいくのよ。たとえ最後に盛大に躓くことになろうとも。人は誰しも社会に揉まれながら生きている……物語の中のドラマを通すことで、読者の心は主人公たちにより親身になっていくのよ」
レイザーは納得のいかなさそうな顔になった。いや、納得できるがしたくないといった感じだ。
「物語の中でくらい幸せ色に満ちていてほしいものだと俺は思うが、確かに心が動かされたのも事実だ。くそ、俺の物語に足りなかったのは没入できるようなドラマだったのか!」
「それで、私は貴方の監修者たりえるかしら?」
「…………悔しいが、確かにお前には文才があるようだ。いいだろう、俺の作品の監修を認めてやる!」
レイザーがそう言うと、リピアーは小さく安堵の息を吐いた。
ひとまずこれで話はまとまったのだ。彼の物語を公都ウィントラウムの劇場で公演する。そのままでは駄作になることは目に見えているので、彼女が物語の監修をする。これにたった今原作者の許しが出た。
話が終わったことを確認すると、トリエネがレイザーの元へと近づく。そして彼から小冊子を受け取った。
「へーそんな面白いんだ……!ねえリピアー、読んでもいいよね?」
断ったところで駄々をこねられることは目に見えていた。リピアーは嘆息交じりに許可を伝える。
「まあ、別に構わないわ……」
「わーい、やったー!楽しみー!」
トリエネは嬉々として物語を読み始める。マグナとマルローも近づいて覗き込み、一緒に読み始めた。リピアーはどうにも落ち着かない様子で立ち尽くしている。仲間たちに自分が秘密で書いていた物語を読まれているのだから、やはりどことなく羞恥の念があった。
――序盤
「文章運び上手いな」
「ねー、流石リピアーだよね」
「ああ、しっかり言葉を選んで、丁寧に記述していっている感じがすんな」
――中盤
「ちょっと!周囲の人も、家の人も仕打ちがひどすぎるよ!二人とも早く、早く逃げて!」
「ふざけんなよ、逆らえないように追い込みやがって!追い込み漁かっつーの!」
「……」
―終盤
「うわあああああああん!ひっぐ、ひっぐ……どうしてこんなひどい結末なの!最後には二人に幸せになってほしかったよぉ!」
「ううう、ひでえ顔してねーか、俺?本読んで泣くなんて何年ぶりかなあ、ちくしょう……」
「……最後まで怒涛の展開だったな。前代未聞の突拍子もない展開があったわけでもない、しかし演出の妙でいつの間にか引き込まれていたな」
読後のトリエネの顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。マルローも目頭を押さえていた。マグナもやや俯き気味になって、涙を滲ませたその眼を見られまいとしている。
「ううう、リピアーって悲恋が好きなの?」
「別にそういうわけではないけれども」
「私はリピアーには幸せになってほしいよぉ!」
「大丈夫よトリエネ、その物語の中の令嬢は私ではないわ」
二人のやり取りを見て、レイザーはどこか得心のいった顔をした。
「なるほどな。物語の中の主人公は実在しているわけではないというのに、何故だか感情を振り回されてしまった。これが体を成した物語、ということなのだな」
「そういうことね。大丈夫、貴方の物語も工夫を凝らしていけば、読む者を引き込ませられるものへと変わるはず。私が協力するわ」
「ふ、だがここまでの悲劇はゴメンだぞ」
「心配要らないわ。だって劇にするんですもの。お客さんには笑顔で帰ってもらいたいしね。とびきりの喜劇に仕立てましょう」
微笑むリピアーにあてられ、レイザーも初めて心を開いたかのような笑みを浮かべた。彼は立ち上がってリピアーに近づく。そして二人は固く握手を交わすのであった。




