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God:Rebirth(ゴッドリバース)  作者: 荒月仰
第5章 会議は踊り歌いて進む
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第108話 太古の世界で②

現代を目指して歩を進めるマグナとリピアー。二人は河べりで夜を過ごしつつ、星空に想いを馳せる。

 鳥を追いかけている内に、次第に周囲の風景は様変わりしてゆく。


 植生が明らかに変化し始め、広葉樹が目につき始めた。見かける動物も恐竜のような大型爬虫類は見られなくなり、代わりに鹿や兎のような哺乳類が目立つようになっていった。


 二人は時折、木々がまばらだったり、高台になっているような見通しの良い場所を見つけては、足を止めて周囲を見渡してみる。

 広がる山々に漠々たる緑。文明の香りは何処にも感じられない。まだまだ人類の存在する時代には程遠いようであった。


「この場所はどれくらい昔の時代なんだろうな」

「ざっと数百万年ぐらいは昔だと思うのだけれど」


 着実に現代に近づいてはいるのだが、まだまだ気の遠くなりそうな年月であった。


「マルローとトリエネ、それにミサキはどうしているかな」

「おそらくだけど、三人とも同じ時間軸に飛ばされているんじゃないかしら?」

「分かるのか?」

「過去に飛ばされる直前、私は貴方の近くに居たと記憶しているし、トリエネたち三人は私たちとは離れた位置で固まっていたような気がするのよ」

「その期待に賭けるしかないな。マルローも馬鹿ではないし、帰る手段に自力で気づけるだろう」


 マルローたちを捜しに行きたいのはやまやまだが、別の時間軸であればそれも叶わぬことであった。

 それにさきほど試して気づいたことだが、眷属たちへの遠隔思念も届かなかった。やはり元の時間軸と今いる時間軸とでは、そもそも世界が違うということなのだろう。


 マグナとリピアー。

 果てしなき世界の中で、二人ぼっちであった。



 いつの間にか陽は沈み、夜が訪れる。

 これはここ数時間ほど今居る時間軸が変動していないことを示していた。


 二人は水場の近くで火を焚き、夜を明かすことに決める。近場の岩を椅子代わりに腰を落ち着ける。二人は隣り合っていた。


「こうも暗いと見通しが利かなくてしょうがないな」

「無理して進む必要は無いわ。明るくなってから再び進みましょう」

「そうだな。しかしこのまま無闇やたらに進んでいても埒が明かない。明日はこう、人類の居るような時代まで進められるといいんだが」

「理想的なのは何か遠巻きに建造物でも見つけられることね。まあ明日に期待しましょう」


 そこで会話が途切れる。

 炎のパチパチと揺らめく音だけが聞こえる。


 しばらく経って、リピアーがどこか含みのある声音で口を開く。


「この時代にはまだ人類が存在していない。今この世界にいる人類は私たち二人だけ……マグナ、どうする?もしこのまま永遠に現代に帰れなかったら」


「……?何を言って」


 何やら楽し気に見えるリピアーに、マグナは胸がときめくのを感じた。


「人類は何処から来たのかしらね?もし私たちがこの時代に取り残される運命なのだとしたら、きっと私たち二人が人類の始祖ということになるのよ。ふふ、どうかしら?私たち二人が頑張らないと人類が誕生しないのよ」


「何だか楽しそうだな、リピアー」


「そう見えるかしら」


「ああ、らしくもなく、な」


 リピアーはごまかすように虚空を仰いだ。マグナもつられて空を見上げる。

 頭上には満天の星空が広がっている。星屑が濃紺色の深みに溶けながら、まるで生きているかのように瞬いていた。


「綺麗だな……」

「そうね……」


 しばらく、言葉を忘れて見入っていた。或る時リピアーが続ける。


「私たちが見ている星の光は、過去の光だというわ。煌めくその瞬間の光を私たちは見ているわけではないの」

「そうなのか」

「ええ、もしかしたら今見ている光も、その光を発した星自体は既になくなっている可能性だってあるのよ。私たちは光るその瞬間を認識できないの」

 そう言ってリピアーは、隣のマグナの手に自身の手を重ねた。


「……!」

「だから貴方が世界の為に、正義の為にしたことも、みんなにすぐには分かってもらえないかもしれないわ。それでも、必ず届く時が来るはずよ」

「……そうだな」

「地上を分け隔てなく照らす星々のように、貴方の正義も()くあるのだとしたら、きっとそれが届く時が来る」


 これは列車での続きなのだな、と思った。相変わらずリピアーは彼のことを気にかけていたのだ。


「だから負けないでね。私は貴方が世界を良くできると信じているから」

「……ああ、有難う」

 いつの間にか涙が頬を伝い落ちていた。彼女の心の優しさと、神秘的な星空の風情のせいか、とにかく感極まっていた。


 リピアーはその涙を優しく拭うと、ふっと微笑んでそっと手を取り、またしてもハンドマッサージを始めるのだった。



 しばらく冷たくそよぐ夜風の中で、お互いの肌の温もりを堪能していた。夢見心地というべきか、星空の神秘性がそうさせるのか、どこか現実離れした幸福感があった。


 ひとしきりそうして、やがてマグナは腰を上げた。


「そろそろ寝るか」

「食事はいいの?」

「疲れたが、そこまで腹は空いていない。こうも暗くちゃ、食い物を探すのも難儀だしな。明日でいい」


 そう言って、はてと疑問が浮かぶ。


「そういやリピアーって、食事は必要なのか?」

「ふふ、聡いわね。私は不死の体だから、実は食事は必要ないの。餓死ならできるかもと思って、飲まず食わずで過ごしてみたこともあるけれど、数日経てども数月経てども、死ぬことはおろか体が衰弱することすらなかったわ」


 彼女の言葉には過去の深い闇が陰を落としているような、妙な哀しさが滲んでいた。

 マグナは不意にその闇に踏み込んでみたくなった。リピアーのことをもっと知りたかった。


「……過去に何かあったのか?その不死の肉体も、望んでそうなったワケじゃないんだろう?」

「そうね、色々あったわ。本当に色々とね……」


 リピアーも話をはぐらかす気はなかった。彼に自分のことを話したかった。


「私とトリエネは、ヴェネストリア連邦アンドローナ王国辺境の町、マルティアの出身なの」

「聞いたこともない町だな」

「……もう存在しない町よ」

「……」


 ――そこから聞いたリピアーとトリエネの昔話は次の通りであった。


 二十年前に町で疫病が流行り、自分とトリエネ以外は全滅したこと。

 自分が生き残ったのは、神タナトスに突如授けられた不死の力によるということ。

 死んだ家族の後を追いたくても死ぬことすらできず、絶望に(さいな)まれたこと。

 トリエネを拾ったのは、独りぼっちの淋しい心をごまかす為の、道連れでしかなかったこと。

 寄る辺ない身の上の二人は、いつしか裏世界に身を寄せるようになったこと。


「どんな疫病なんだ?それは」

「未知の病よ。この世のどこにも前例はなく、どこから来たのかも分からない。私はアレを”腐食(ふしょく)(やまい)”と呼んでいるわ」

「腐食?」

「生きながらにして、肉体が腐って死んでゆくのよ。感染力も致死率も尋常なものではなかったわ。なにせ私たちが暮らしていた町が一夜にして滅んだのだから。たった二人を残してね」

「それがお前とトリエネか」


 リピアーはタナトスの能力で、肉体に常に”死から遠ざかる力”が働いているのだから、確かに恐ろしい疫病を患っても生き残れるだろう。


 して、トリエネはなにゆえ?


「トリエネが死なずに済んでいるのも、リピアーの能力のおかげなのか?」

「そうよ。彼女が首飾りを提げていたのを覚えているかしら?アレは”ピッグマリオンの秘石”という量産型の神器でね、神の能力をストックしておけるのよ」

「なるほど、そこにリピアーの”死から遠ざかる力”がストックされているってことか……待てよ!ってことは、アレが無くなったら、トリエネは病を発症して死ぬ……?」


 マグナは話していて、なにか合点がいくのを感じ始めていた。

 リピアーは極めて善良な人柄で、秘密組織というのにはどうにもそぐわない印象があった。それについてはトリエネも同様である。


 そんなリピアーが、裏世界に身を置き続けた理由。

 そしてトリエネを裏世界に閉じ込め続けてきた理由。


「ここまで話すのは貴方が初めてよ、マグナ。裏世界の誰にも、私たちの過去の詳細は話していない。ピッグマリオンの秘石を調達してくれているマルクスも知らない。みんななんとなく察してはいるでしょうけれど、私が話したがらないのを(おもんぱか)って、踏み込んでくることはなかったわ。そしてトリエネ本人も知らないこと。だからねマグナ、私がこの話を告げるのは貴方が初めてなのよ。他言無用だからね?」


 リピアーはマグナを真剣に、真っすぐに見つめる。その目には往き場のない悲哀、そして目の前の男への信頼めいた情があった。


「……トリエネの中には、今でもその史上最悪の疫病が眠っているのよ」

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