第105話 夜の街で
公都ウィントラウムで情報収集に奔走する一行。マルローは調査にかこつけて、いかがわしいお店巡りを楽しんでいるようであった。
食事を済ませたのち、一行はさっそく分散して調査に取り掛かった。
調査といってもただ調べ物をしたり、聞き込みをするだけではない。もし情報に繋がりそうな人物がいたならば、とにかくアリーアの”眼”に変えていく。そうしてレイザーに関する情報が手に入る確率を少しでも上げるのだ。
現状レイザーはポルッカ公国内のどこかにいる程度しか情報が無く、彼を見つけ出すことは雲をつかむような話だった。その為一行はポルッカ公国最大の人口を擁するこのウィントラウムでの調査に賭けていた。
公都ウィントラウムは芸術の都だけあって、街並みも優美であった。しかし駅前から離れた裏街まで来れば、粗野な歓楽区域もあるものである。妖しげな看板が立ち並び、行き過ぎる男たちの顔つきもどこか下卑て見える。
そんな区域の建物からマルローが満足げな顔つきで出て来るのだが、それを待ち構えていた人物がいる。トリエネである。
「あー!やっぱりこんなところにいた!」
「なんだトリエネか。どうした?俺に逢いたくてたまらなくなったとか」
「違うから!情 報 収 集!」
マルローはともかくトリエネは確かに情報収集の為に、この歓楽街へとやって来ていた。普通の人では知り得ない情報を持っている可能性が高いのはやはり裏の人間である。そしてそういった連中の社交場といえば、やはりこのような歓楽街であることが多い。木を隠すなら森の中、罪を隠すなら人の中である。
「あー、やっぱそうだよな。表立って知られていないような奴を捜すんだ、こういうアングラな輩が出入りしている区域こそ狙い目だよなー、分かる分かる」
「……マルローは絶対遊んでたでしょ?」
トリエネはジトッとした視線をマルローに送る。見れば彼の首筋には仄紅い跡が付いている。
「ん?あー、これか。これはなあ、あれだよ、虫刺されだよ」
「……どう見てもキスマークなんですけど」
「へっ、悪い虫がついたってか?まあ口説いてたのは俺の方なんだがな!」
「もう、マルロー!私たちは情報集の為にこの街にきたんだからね!遊ぶためじゃないんだから!」
トリエネの追及にマルローは悪びれもなく、かといって殊更に遊んでいたことを知らばっくれる様子でもなかった。
「まあまあ、落ち着けやトリエネさん。俺は何もただ遊んでいたワケじゃあないぜ?」
「遊んでたことは認めるのね……」
「店の中で仲良くお話した姉ちゃんたち、それに意気投合した野郎どもをもれなく”眼”にしてきたぜ」
得意げに口元を歪ませながら言う。彼はとにかく相手との間に壁を作らない。いつの間にか仲良くなることが彼の得意技であった。
「”眼”にするには相手に触れなきゃいけないはずだけど、ホントに?」
「おおよ、店にいたほぼ全員よ。仲良くなって、テキトーにボディタッチよ、よゆーよゆー」
「マルローすごいわね。見た目もそんななのに」
マルローは腰まで届くバイオレットの長髪、そして体の右半分全体には炎を模した巨大なタトゥーがある。マグナがそうであったようにたいていの人はまずその風体に驚くものだが、それでもマルローは相手と距離を近づけることに長けていた。革命の立役者だけあって、彼もまた常人にはない並々ならぬ才能があるのだ。
「さて、まあこの一軒だけで目ぼしい情報が手に入るなんてこたぁねえだろう。というわけで、もう一軒行ってきまーす」
とマルローが言いながら立ち去ろうとする。
「どうせエッチなお店を梯子したいだけでしょ?」
「いやいやちゃんとした情報収集だぜ?それになトリエネ、スケベなお店に行く男に目くじら立てたってしょうがないぜ?男はみんなスケベなんだからな。俺は髪が伸びたから床屋に行くような、ごく当たり前のことをしているだけなんだよ」
「……男はみんなって、正義の神も?」
「おおともよ、アイツは間違いなくムッツリスケベだな」
何故か自信満々に言うマルロー。
「いや、そもそも推理の必要なんかねえ。男はみんなスケベなんだからな。オープンじゃないなら、消去法でソイツはムッツリスケベだ。それになトリエネ、マグナはかなりのおっぱい好きだぞ?」
「……ふーん」
トリエネは半信半疑で聞いている。
「まあ男はみんなスケベだが、誰しもがそれを第一に生きているわけじゃないだろう。愛だったり正義だったり、金や名誉とか、何が一番かは人によって違う。俺はたまたま自分のオチ■ポを一番にしているだけさ」
「……私が問い詰めておいてナンだけど、もうこの話止めにしていい?」
「そうか、納得してくれたか。やっぱ、話せば分かるんだなぁ。じゃあ、二軒目行くぞー」
そう言ってマルローは赤らむトリエネの腕を引っ張って行く。
「えー!なんで私まで、一人で行ってよ!」
「だいじょーぶ、これから行くのは基本的には酒場だからさ。ただちょっとエッチなお姉さんがいて、エッチなサービスがあるだけさ。ほら行くどー」
「いやああああああ!」
こうしてトリエネは夜の街へと消えていった。マルローには相手が嫌がっていても遠慮しないという悪癖があり、それどころかその方が気分がノッてくるという質の悪さであった。
彼が他人と距離を縮めるのを得意としているのも、その悪癖故に単純に試行回数が多く経験豊富だからか、もしくはあの能天気な思考回路なら上手くいった場合だけを覚えているからかもしれない。
◇
一方、こちらは駅から程近い位置にある公立図書館。
マグナとリピアーはここで一、二時間ほど資料を読み漁っていた。ポルッカ公国内の過去の新聞や時事ネタを扱う雑誌に目を通している。傍らではミサキが絵本を読んで暇を潰していた(おそらく文字は読めていない)。
「なにかレイザーに繋がりそうな情報はあったか?俺はさっぱりだが」
「あいにく私もね。そろそろ図書館も締まるわ、日を改めてまた来ましょう」
いつの間にか午後八時近くになっていた。
二人は広げていた資料を片付けると、ミサキを連れて出口の方へ歩を進める。
「トリエネとマルローはちゃんと調査してんのかな」
「まあ正直、こういった調査に関してはあの二人の方が得手なのではないかと思うわ。トリエネは密偵の仕事を何度もやっていたし、マルローはきっと遊び慣れているでしょう?」
「……そうかもな」
四人の中で自分が一番情報収集に向いていないのではないか、とマグナは思った。リピアーは話していて頭の良い女性だと分かる。トリエネとマルローについては、リピアーが言った通りだ。
図書館を出る。
その階段を降りる際に、ミサキが足を踏み外して転びそうになる。それを行きずりの人が支えた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、どうもありがとう。かたじけないわ」
ミサキを支えてくれた女性にリピアーは礼を述べる。女性の視線はミサキから、リピアー、そしてマグナへと移る。
「可愛いお子さんですね」
「……」
「ふふ、ありがとう。嬉しいわ」
思わず押し黙るマグナをよそに、リピアーが返した。
女性と別れ、二人はミサキを連れて歩く。今晩泊まる宿を探すのだ。
マグナはさっきの女性の一言がやけに気になっていた。あの女性にはきっと自分とリピアーは……
しかしどうにも照れくさくて頭に留められなかった。ましてや言葉になど……そう思っていたのだが、隣のリピアーが
「あの女性、きっと私たちが夫婦に見えたのでしょうね」
と少し愉快そうな声で言った。
マグナはどう返すべきかをひどく悩んだ。顔が上気しているような気がして彼女に向けられなかった。苦し紛れにただ一言。
「……嫌か?」
「まさか」
リピアーは目を閉じて、夜風の中でしんみりとつぶやいた。




