第102話 公都行き列車
時の神レイザーの情報を探るため公都ウィントラウムに向かう。道中の鉄道列車内で一行は知の神アリーアの能力を知る。
ポルッカ公国は世界で最も鉄道技術の発達した国である。それはフランチャイカから神聖ミハイルまでを繋ぐ大陸間鉄道のみならず、公国内の随所に敷設された鉄道路線からも伺い知ることができる。
一行はメルクラットから公都ウィントラウムへと向かう鉄道に乗り込んだ。向かい合わせの座席に五人で座り、汽笛の音を聞きながら車体の揺れに身を任せていた。客数はまばらであった。
マグナとリピアーは車窓側に座り、マルローはマグナの隣に、トリエネはリピアーの隣に座っている。ミサキは相変わらず女性陣二人の間だ。
「ウィントラウムに着いたら、まずは聞き込みでもしますかねぇ」
「しかし人が多い公都とはいえ、地道に聞き込みをするくらいでレイザーって奴を見つけられるのか?」
「勿論ただ聞き込むだけではないわ。アリーアにも協力してもらうつもりよ」
「え!アリーアも?」
トリエネが喜色に弾んだ声を上げる。
リピアーは列車の天井を仰ぎながら何者かに向かって語り掛けるように言う。
「それでいいかしら?アリーア」
何も聞こえてこない。しかしリピアーの頭には彼女からの返答があったようだ。リピアーはマグナたちの方を向きながら「アリーアが了解したと伝えてきたわ」と言伝てをするのだった。
「アリーアってのは誰なんだ?」
「裏世界のNo.8、知の神アテーナーの能力者よ。彼女はね、触れた相手を自身の”眼”にすることができるのよ。”眼”となった人間の視覚情報はアリーアに共有される。ついでに聴覚情報も共有されるわ」
「するってえと、今リピアーはその”眼”とやらになっている状況なのか?」
「ええ、”眼”となった人間にはこのような特有の痣が出現するわ」
リピアーは帽子を脱いで後ろ髪を掻き揚げて見せる。
なるほど、確かに特有な痣がうなじに浮かんでいる。黒い、散りかけたバラのような不定形だ。
「リピアーの視覚と聴覚を通して、アリーアも今この状況をしっかり把握しているということか?」
「その通りよ。そして”眼”となっているのは私だけではない。この大陸全体にアリーアの”眼”となっている者がおおよそ五十万近くはいるわ」
「五十万!?すげえ数だな」
「それだけ膨大な視覚情報、常人の脳ではすぐにパンクしてしまうわ。けれどアリーアはそれらの情報をまとめ上げ、脳内で適切に整理整頓しているの。記憶量が常人の比ではないどころか、アウトプットも早く、なにより記憶が風化することもない」
「話が読めてきたぜ!ウィントラウムにも、アリーアの”眼”が既に何人もいるんだろう?そいつらから情報を得ようってことか?」
マルローが得意げに言うが、リピアーは不正解の顔をする。
「それだと受動的すぎるわね。”眼”というのは結局他人の視界を間借りしているに過ぎないのだから、実際に調査に繋がるような行動をするかはあくまで”眼”となった当人の自由意思に基づくのよ」
「なるほどなー。そいつ自身の意思まで乗っ取れるわけでもなく、そいつの気ままになっちまうと」
「だから私たちで情報に繋がりそうな人物を見極め、新たに”眼”にしていく必要があるわ。アリーアの能力のキモはね、能力者本人でなくても”眼”を増やせるところにあるのよ。相手を”眼”にするには直に触れる必要があるのだけれど、それはアリーア本人だけでなく”眼”となった人物なら誰でもできる。ちなみに相手の同意は不要よ」
そう言ってリピアーは手を伸ばし、マグナの首筋に触れた。体にはとくに違和感なし。
「何も変化を感じないな」
「いえ、しっかり痣が出ているわ、うなじの辺りにね。それに先ほど私がやってみせたように、アリーアは”眼”となった人物に遠隔思念を送れるから、それで分かると思うわ」
マグナは目を閉じて、何か聞こえてこないものかと集中する。やがて声が聞こえてきた。それはとても理知的で、同時にどこか温かみのある声だった。信頼できそうな相手だと思った。
【初めまして、正義の神。貴方の活躍は聞いているわ。私は知の神アテーナーの能力者、アリーア・クロイゼルファン。私はドゥーマの秘書という立ち位置だから、表立って協力することは難しい。けれどもできる限りバックサポートはしていくつもりだから宜しくね】
マグナはなにかしら返したく、脳内にあれやこれや言葉を思い浮かべてみるが、相手に届いている様子がない。
「リピアー、さっそくアリーアから挨拶が来ているんだが、これどうすれば返事できるんだ?」
「残念ながら遠隔思念はアリーアから”眼”への一方通行なのよね。ただ彼女は聴覚情報も受け取っているから、口に出して話せば、アリーアにも聞こえるわ」
確かにさきほどのリピアーも、アリーアとの会話は言葉を声に出していた。
マグナは向かうべき相手がその場にいないので若干とまどいながら、虚空に向かって「俺の方こそよろしく頼む、アリーア」とどこか照れくさげに言った(眷属との遠隔思念は双方向なので、このような思いをすることはなかった)。
程なくして【リピアーとトリエネをどうか支えてあげてね、お優しい神様】と返って来た。
リピアーは次いでトリエネ、そしてマルローにも触れて彼らを”眼”にしていった(ミサキにはできなかった。これも意思疎通不可の呪いの影響だろうか?)。
すると、マルローが突如車窓の向こうを見やりながら、「アリーアさん、今度お茶でも行きませんか」とやたら生き生きとした口調で言ったので皆呆れてしまった。
「なに言ってるの?マルロー」
「よく顔も分からない相手をいきなり口説けるわね、貴方……」
「おっ、アリーアちゃんの声が聞こえてきたぜ。この声……絶対に美人だな。知的でいいかんじだ」
マルローは目を閉じてしばし浸っていた。やがて目を開けて、皆に向き直る。
「アリーアは何て?」
「……軽薄な男はタイプじゃないってよ」
「アハハ!マルローふられてる!」
「貴方はもう少し日頃の素行をまともにすることを心掛けた方がいいわね」
「みんなひでえなあ。俺ほどの紳士はそうそういねえってのに……」
楽しそうに笑うトリエネの横で、それでもリピアーはマグナだけでなくマルローにも打ち解けているような様子が見て取れた。マルローはぼやいていたが、別に気にしているようなふうでもなく、きっと言い寄って拒まれることなどいつものことなのだろう。
ドゥーマと対立している状況下でも、列車の旅はどこか楽し気であった。ミサキも氷の無表情がほころんだように錯覚した。マグナは小さく微笑みながら、彼女の頭をそっと撫でた。