第101話 情報共有
正義の神マグナ、鍛冶の神マルロー、死の神リピアー、そしてトリエネとミサキ。行動を共にすることとした五人はひとまずカフェで情報の共有を開始する。
結論から言うとリピアーの要望をマグナとマルローは受け入れた。
そして五人は近場のカフェで、ちょっとした食事をとりつつ話をすることにした。
店内奥のテーブル席にトリエネとリピアーが隣り合って座り、対面にマグナとマルローが座る。ミサキは女性陣二人の間に座らされた。
「さて、それじゃあ最初の話なのだけれど……」
「ねえねえリピアー!これすっごく美味しそうじゃない?」
トリエネは運ばれてきたミートサンドに目をきらきらさせていた。この店の看板メニューらしく全員同じものを頼んでいた。
「トリエネ、これから真面目な話をするのだから、すこしいい子にしていなさいね」
「はーい」
リピアーは慣れたようにトリエネの頭を撫でながら諭す。トリエネも言われたとおりに大人しくミートサンドを食べ始める。その様子を見て、マルローが口を開く。
「なんだか母と娘ってかんじだな」
「え、実際にそうだよ?」
トリエネは何のけなしに言った風であったが、マグナとマルローは固まった。
まずリピアーの見た目は二十台前半といった若さであり、トリエネのような大きな娘がいる年齢には見えない(これについては彼女の肉体を流れる”死から遠ざかる力”が影響している)。それに二人は顔つきも髪色もだいぶ違っていて(リピアーは暗い赤銅色、トリエネはブロンドベージュ)、やはり血の繋がりがあるようには見えなかった。
「……まじで?」
「まあ母娘とはいっても、私とトリエネの間に血縁関係があるわけではないわ。ただ私はこの子が物心つく前から保護して育ててきたから、確かに母親という立場ではあるわ。つまり生みの親ではなく育ての親ということね」
「へー、なるほどね、育ての親か……って、ん?待て待て待て!」
マルローが手で顔を抑え始めた。何やら腑に落ちないところでもあった風である。
「トリエネ、お前いくつ?」
「私?えへへ、最近ようやく二十歳になりました!」
「にゃるほど、そしてリピアーはコイツを物心つく前から保護して育ててきたと言っていたが……リピアー、アンタいくつだよ?」
マルローの問いに、リピアーは冷めた表情で嘆息した。
「……軽々しく女性の年齢を聞くのは感心しないわね」
「マルロー、最低」
「えーっ!いいじゃんかよぉ!このままじゃ気になって、ドゥーマとかアタナシアとか集中できる気がしねえなぁ」
「……三十五よ」
マルローのノリはやや鬱陶しかったが、それでもリピアーは頑なに己の年齢を秘密にしているわけでもなかった。だが彼女は軽はずみに実年齢を伝えたことを後悔することになる。
「三十五!?ギャハハハ!まじかよ、見えねー!二十台前半くらいのその見た目で、実は三十五とか!詐欺だ、詐欺!ハハハハ……!」
何がツボに入ったのか、マルローは腹をかかえて大層愉快そうに笑い始めた。トリエネは彼を憮然とした表情で見つめながら「マルロー、最低」と再び言った。
リピアーは表情こそ崩していなかったが、マグナの方を向いて一言。
「正義の神、アレ引っぱたいてもいいかしら?」
「いいぞ」
マグナは即答した。
静かに立ち上がる音がする。そしてやけに気持ちのいい高らかな音が鳴り響くのであった。
◇
結局、話の本題に入る前に食事が済んでしまった。空になった皿を店員が片付けていく。食後のコーヒーを飲みながら、ようやく肝心の情報共有が始まった。
初めは裏世界がアタナシアの調査に乗り出したきっかけについてであった。
フェグリナの偽者――アヤメ・カミサキが神話に登場する三種の神器を持っていたこと、かつてはフランチャイカ王国で暮らしており腹違いの妹がいたこと(それがミサキだ)。
そこからは、大きく分けて三つの内容が共有された。
アタナシアとは何か?ドゥーマとはどのような存在か?これからどのような方針で動くのか?
――アタナシアについて。
「で、そもそもアタナシアってのはなんなんだ?」
「世界各地に伝承が残る伝説上の聖地よ。世界の始まりの地とされているわね」
「ドゥーマとかいう奴はそこへ行って何をしようとしているんだ?」
「残念ながら分からないわね。そもそも何処にあるのか?どうすれば行くことができるのか?あまりにも情報が無さすぎる。何があるのかなんてまったく分からないのが実情よ」
「なら、ドゥーマは何故そんなにも躍起になってアタナシアを目指している?」
「それについては単なる推測になるけれど、おそらく”ガイア”が何か教えたんじゃないかと思うわ」
「ガイア?」
「ドゥーマに力を与えた神の名よ。ともかくドゥーマはアタナシアへ辿り着く方法は知らないけれども、そこがどういう場所かは知っているのよ」
「なるほどなぁ」
「これも私の推測だけど、アタナシアにはおそらく何かがある、いや何かが”居る”のよ。ミサキの父親ハルトもアタナシアの出身だと推理しているし、だとするとアタナシアには人が住んでいることになる。それに世界の始まりの地と伝えられる場所……もしかしたら神々が住まうのではないかとも言われているわ」
「神?俺たちのような、神の能力を得た人間のことではなく……」
「私たちが過ぎ去りし神々と呼ぶ存在ね。創世の神話にて、世界と人を造り、やがていなくなった存在」
「俺たちに力を与えたテミス、ヘーパイストス、タナトスのような正真正銘の神が居ると?」
「断言はできないわ、けれどそれなりに確証はあると思うの。調査をしていて思ったのは、確かにアタナシアは実在していそうではあるということ。そして実在するなら、なぜこれほどまでに情報に乏しいのか?それはそこに住まう者たちが意図的に情報を隠蔽しているから、外の世界と隔絶したがっているから。そしてそうしようとするのは、やはり何かがあるからなのよ」
――ドゥーマについて。
「貴方たちに改めて確認するわ。私やトリエネと行動を共にする以上、それはドゥーマとの敵対を意味する。アレは半端な相手ではないわ、引き下がるなら今の内だからよく考えて」
「ドゥーマ……トリエネもそいつを怖れていた様子だったが、そんなにヤバイ奴なのか?」
「ヤバイなんてものではないわ、文字通りの規格外よ。アイツに力を与えたガイアという神はね、大地の化身なのよ」
「大地の化身?」
「私たちに力を与えたような他の神々とは一線を画す存在……ガイアはこの世界の大地そのものであり、世界を形作る構成要素の一つなの」
「力を与えた神からして規格外の存在ってことか」
「そうね。神力の大きさは”信心”によって左右されることは知っているでしょう?人間は太古の昔から大地の上で生きてきたわ。時に大地の恵みに感謝し、時に地震や噴火といった大地の脅威を怖れながら。そういった人間たちの畏敬と畏怖の念が連綿と続いて今に至っている。分かるかしら?ドゥーマが何故驚異的な力を持つのか」
「奴の支配領域が大地そのものなら……最初から信心が最大限あるようなものってことか。反則もいいところだな」
「今後もしドゥーマと対峙することがあっても、絶対に戦うことは考えないで頂戴。これは忠告よ。僅かでも勝てる可能性があるかもと思い上がった考えはしないように」
「不死身のお前でも無理なのか?リピアー」
「私は死なないというだけで、無敵というわけではないわ。ドゥーマほど無茶苦茶な力の持ち主なら、私を無力化する手段なんていくらでもある。例えば地中深くに引きずり込んで押し固めてしまえば、脱出不可能で死ぬこともできない永遠の牢獄が完成するわね」
「想像すらしたくない地獄だな、それ……」
――今後の方針について。
「そして今後の方針なのだけれど、貴方たちは何かアテがあるのかしら?」
「いや、なにも」
「俺もさっぱりだ」
「そう、なら私のプランで動こうと思うのだけれど」
「具体的にはどうするの?リピアー」
「レイザーを探すわよ、トリエネ」
「レイザー?」
「裏世界のNo.14よ。時間の神クロノスの力を持つとされる男。クロノスというのも、おそらくガイアと同格の存在なのだと思うわ」
「なんだか半信半疑な口調だな」
「そもそも誰も彼に会ったことがないのよ。アジトに姿を現したことは一度も無いわね」
「なんでだ?そいつもメンバーなんだろ?」
「彼は、ドゥーマが利用する気満々で名前だけ所属させたはいいが、コンタクトに失敗して放置状態といういきさつがあるのよ。ドゥーマも匙を投げている状態ね。アリーアが調べても分からなかったわ。当のレイザーは自分が裏世界という組織に所属しているという自覚すらないでしょうね」
「……本人もいい迷惑だな」
やがて会話は締めに移る。
「いい?私たちは直接ドゥーマと戦ったって勝てやしないわ。重要なのはいかにドゥーマを出し抜いて、先にアタナシアに到達するか。アタナシアにはきっと何かがある。そしてそこに到達するには、やはりミサキからどうにかして情報を得なくてはいけないわ」
「それでレイザーに協力してもらうんだね、リピアー」
「ええ、ミサキの意思疎通不可の呪いは先天的なものではないはず。つまり過去のあるタイミングで何者かにそういう体にされたはずなのよ」
「時間の神の力を借りて、そうなる前のタイミングまで時間を戻すってことか」
「アリーアの情報では、レイザーはこのポルッカ公国内のどこかにいるらしいことまでは分かっているの。まずは情報収集の為に、公都ウィントラウムに向かいましょう」




