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第9話 君は雪のように真っ白な心で祈る

 悟はある朝、柄にもなく夢を見た。本当は夢見の魔法を使えるようになってから夢を見ることがなくなった悟であったが、その日は特別であった。ちょうど夢はこんな感じだった。


「――大丈夫ですか! 気をしっかり持って!」

 女の子が手術室まで運ばれている。

 よく見ると、その女の子は沙織だった。

 手術室まで運ばれ、手術用のベッドに移され、沙織は心臓に電気ショックを受ける。そして医者が大声で言った。

「さあ、戻ってくるんだ! 君は死ぬには若すぎる。どうか、この電気ショックで戻ってくるんだ」

 何回も電気ショックが行なわれる。

 悟は静かにその様子を見ていた。

 ――しかし、沙織の心臓の動きは戻ることはなかった。

 ピイーっと心停止を示す機械の音が鳴り響く。

「そんな…………。でも、たしかにあるんだよな。患者が戻ってこない時が。そういう時は決まって、患者が死ぬ準備をしているか、生き返る心持ちではないという時だ」

 執刀医はそう口ずさんだ。

 ――そんな。沙織さん。死んでしまうなんて嫌だよ。もうお別れなんて僕は嫌だ。こんなこと、夢であってくれ。

 悟は一心に祈った。まだ夢が夢であることに気づいていなかった。


「はっ」

 悟は夢から覚めた。

「えっと、今のは夢? おかしいな、どうして僕が夢を見たんだろう。――でも、まさか正夢にはならないよね? 急いで沙織さんの所に行かなくちゃ」

 悟はその日は学校を病欠して、一足飛びに病院の沙織の所まで飛んで行った。


――今日は沙織さんのためだけに来たんだ。

 悟は病院の受付を済ませて、おばあちゃんのお見舞いは今日は無しにして、沙織の病室へと急いだ。


 悟は病室の扉の近くに「雪峰沙織」の名がまだあることを確認して胸を撫で下ろした。

 ――よかった。まだ名前があるってことは、昨日の夜に死んでしまったということは無さそうだな。

 悟は唾を緊張しながら飲み込んだ。

 病室のドアを叩いた。

「――はーい。どうぞ」

 ホッと安心感が悟の体を包んだ。

 扉を開いて病室に入った。

「こんにちは、沙織さん。今日は伝えたいことがあって急いで来たんだ」

「何々、どうしたの? あれ、そういえば今日は平日の午前だよね? 学校は?」

「ああ、今日はちょっと休んで来たよ」

「そっか」

 沙織は意外そうな顔をした。そして悟に聞いた。

「で、伝えたいことってなにかしら?」

 悟は沙織が死んでしまう夢を見たことを告げた。

 すると沙織は言う。

「大丈夫、私は死なないよ」

 沙織の顔は自信に満ちていた。本当に死ぬ気なんて真っ新で、全くないような素振りだった。

 そして言う。

「ねえ、私決めたんだ。次の手術のこと。――――本当は私のお父さんは『女の子の体にメスを入れて傷を残すのは心が痛い』って反対していたいんだけどね」

 沙織は娘思いの父親を想い、それと比較するように自分の身を案じた。

「私ね、決めたんだ。次、手術する時、心臓に除細動器を埋め込もうって」

 悟は応えた。

「そっか、心臓に埋め込むんだね。手術の傷跡とかはどんな大きさのが残るの?」

 沙織は安心させるように言った。

「大丈夫。医学は発展していてね。除細動器といっても小さなものだから、傷跡も小さいものになると思うよ。それに脇の下あたりだから、人に傷跡を見られることも少ないと思うんだ」

「そっか。なら安心?」

「まあね。除細動器さえちゃんと働いてくれれば、私はもう、ブルガダ症候群に恐怖する必要はなくなるからさ」

 そして沙織は囁いた。

「ちょっと悟くん、こっち来て。近くまで」

 悟は椅子に腰かけ、沙織の近くまで寄った。

 すると、沙織は両手で悟の頬をむにっと包むように抑えた。

「ねえ、わたしがどう感じたかわかる?」

「なんのこと?」

「えへ、とぼけないでよ。――この前、あなたの女の子のお友達を連れてきてくれたじゃないの。その時のことよ」

「え、それに対して何のことだろう?」

 すると沙織は唐突に囁いた。

「わたし、悟くんのことが好き」

 悟はビックリすると同時に意外に感じた。それと共に『嬉しい』とも感じた。よし、友達という関係から進めようと思った。

 悟は頬を赤らめながら言う。

「その気持ち、嬉しいよ。……僕も沙織さんのことが好きだ」

 それを聞いた沙織が嬉しそうな表情で言う。

「あは。それじゃあ、両想いだね? どうしよっか」

 悟は意を決して口にした。

「それはもう、友達の関係から進めるしかないよね」

 そして一拍おいてから悟は言った。

「沙織さん、僕と付き合ってください」

 沙織は口元をほころばせ、答えた。

「はい。よろこんで」


 お茶を飲んで、一息ついたところで、沙織が言った。

「ねえ、見せてもらいたい夢があるんだけど……」

 沙織は遠慮がちに言った。

「うん? どんな夢かな」

「誰も居ない雪の野原の上で、一人で寝っ転がってボーっとしながら、静かに消えるような夢が見たいな」

「そりゃまたなんで?」

「え、なんででも」

「うーん。そっか。――じゃあやってみるよ」

 悟はいつものようにして、沙織の額に手をかざして、目を瞑り、静かにイメージした。沙織が一人、雪原を行く姿を。


 どれ程長い間歩いて来たか分からない。私はやっと雪の原っぱに着いた。

 まだ私の他に足跡はない。

 私は力尽きて雪原に横たわる。雪が静かにゆっくりと降っていた。アーっと口を開いて、雪を食べた。

 そして想う。

「ここまで来て、ここで死ぬのなら、きっと誰にも迷惑をかけないで済むな」

 誰も居ない所。誰も届かないところ。そこでひっそりと、密やかに一人で死ぬんだ。

 そう思いながら、想う。

「お母さん、ありがとう」

 お母さんのことを。

「みんな、ありがとう」

 お父さんや学校の友達のことを。

「でもやっぱり死ぬのは怖いや」

 正直に言うと、やはり少女には死が眼前にあることは、すこし怖い事だった。

 そして時は過ぎ行く。

 心は澄んで来た。

 ――沙織は雪のように真っ白な心で祈った。

「みんなが幸せでありますように。みんなが笑顔でいられますように」

 お父さんとお母さんの笑顔を想った。

「みんなが精いっぱいに生きた、その先が報われますように」

 友達のこと。悟のこと。雪音のこと。町を行く――他人だけれど――同じ国の人のこと。

「どうか、私の死が――みんなにとって――良い思い出でありますように」

 そうして沙織は雪が降り止むまで、雪原に横になりながら祈った。


 夢から戻ってきた沙織が言う。

「悟くん、合格です。……今まで見た夢の中で、一番希望した夢に近かったよ」

「そっか。役に立ててよかったよ」

 悟は手ごたえを感じていた。

 沙織は言う。

「生きる理由ができたんだ。私、悟くんと一緒に生きて行きたい」

 悟は返事を返す。

「僕、今朝見た夢が正夢になるんじゃないかと思って怖かったんだ。でも、沙織さんに生きる理由ができたなら、正夢にならずに済むんじゃないかと思うんだ」

 沙織は慈しむように言う。

「大丈夫だよ。私は死なないから」

「――やめてよ。なんだか死亡フラグみたいじゃないか」

「あはは。死亡フラグね? そんなのもゲームに出て来たわね。でも大丈夫だから」

 と、悟と話していた沙織は急に体調が悪くなったのか、心停止した。

「はうっ」

「どうしたの?」

 悟が問いかけるが、沙織は返事をする余裕がないのか、呼吸を整えようとして精いっぱいだった。

 しかし、そのまま沙織は気を失ってしまった。

 悟は急いでナースコールを押して看護士を呼んだ。

――ほら、やっぱり死亡フラグだったんだ。いやだよ。このまま死んでしまうのかな。そうしたら、僕はどうなってしまうだろう? 正気でいられるだろうか。

 看護士たちが急いでやってきて沙織にとりかかる。

 そのままオペ室に運ばれて行って、沙織は除細動器を植え込まれた。


 もう日は夕方になっていた。

 悟はずっと待っていた。

 オペ室から戻ってきた沙織は、存外に元気そうな顔をしていた。

 悟は苦笑いしながら沙織に言った。

「正夢になるかと思って怖かったんだ」

 沙織は返事を返した。

「ね? 私、死ななかったでしょ? 私、強いもの」

 悟は返す言葉が見つからず、ただ笑うしかできなかった。

「ははは。沙織さんは強いね」

 そうして、心臓に除細動器を埋め込まれた沙織と共に、悟は時間が来るまで、沙織と語り明かした。


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